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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第1幕 Intervention in Corruption
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第54話 思わぬ躓き

「えっ!?」

「ど、どうした、魔物か?」

「あ、いや、何でもない」

「集中しろ。 今日はただでさえ魔物が活発なんだからな」

「ああ、気をつける。 何かあったら呼ぶから休んでてくれ」


 現在ハジメは都市防衛の仕事に従事している。 今回は夜間のため、モルテヴァ壁外での夜警と魔物がやってきた際の対応が主な業務内容となっている。


 ハジメが対応している地点はモルテヴァの北東で、ハンターのメイグスという男と共に交代で勤務している最中だ。 もし魔物がやってきたら個別に対応しても良いし、難しそうなら救援を呼ぶ判断も全て二人に任せられている。


(魔物はちらほら居るけど、町にやってくるほど凶暴そうなのは見えないな。 しっかし、便利な魔導具だな)


 ハジメは単眼鏡を覗き込みながら絶えず周囲を探っている。 この単眼鏡は特殊な魔導具で、闇属性の《夜目(ナイトアイ)》が付与されているため夜間においても昼間のような視界を確保することが可能だ。 それでも一応これは魔導具のため、基本的には魔法使いしか使用することができない。 そういうこともあって、実質的な戦闘能力が高くない魔法使いにも夜警の仕事が回ってくるというわけだ。


(適材適所だよな。 実際メイグスの方が戦闘能力は上だし、今のところ俺が出る幕はないわけだし)


 本日の業務で倒した魔物はすでに十体を超えており、その全てはメイグスによるものだ。 彼はでっぷりとした身体の割には動けるハンターで、両手で戦斧を振り回して暴れ回れる実力者だ。 元々は東のブルーム領の村で木こりをやっていたらしいが、村の壊滅からモルテヴァに至り、現在はハンターとして十分に稼げるほどの身体能力を有している。


(食い過ぎなのとイビキがうるさい以外は文句ないな。 魔物は全部倒してくれてるし、こっちとしてはありがたい限りだ。 そんなことより、今気になってることは……)


 メイグスの乱入で一時中断していたが、すぐに問題が起こりそうな魔物量でもなさそうなので、ハジメは自身の魔導書に視線を落とした。


(やっぱりあるな……。 いつからだ?)


 業務の傍ら何気なしに開いた魔導書だったが、そこには見慣れない文字と魔導人が書き込まれていた。 以前は《改定リビジョン》ともう一つの魔法に関する記載しかなかったはずだが、そこに数ページ足されている。 ハジメがメイグスの目を覚まさせるほどの声を上げてしまったのはそのためだ。


(相変わらず文字は解読できないけど、魔法名だけはハッキリと思い浮かぶんだよな。 《強化(リインフォース)》か。 ってことは武器に付与されてるのと同じ、だよな……? 《強化》って確か地属性のはずだし、なんでそれが魔導書に? 俺って地属性だったのか? というか、そうなんだよな。 今更だけど、“強化”効果が地属性ってことを完全に失念したまま魔法を使ってたぜ)


 ハジメはさらにページを捲ってみるが、増えたのは《強化》に関するものだけだ。 それ以降のページは真っ白なままである。


(……いや、そんなことはいいか。 とりあえず使ってみないことには始まらないよな。 今まで使ってきた感じ副作用なんかは無かったはずだし、メイグスも丁度寝てる)


 ハジメはそのページを開いたまま魔導書にマナを注ぎ、なるべく小声で魔法を唱えてみた。


「《強化》」


 途端にハジメの全身へ湧き上がる活力。 その感覚は、これまで《改定》を介して武器から自身に付与させていた“強化”効果と同様のもの。


 ブン、ブン、とハジメは試しに武器を振るってみた。


(普通に持つよりも軽い……! “減軽”効果を発動しなくても、それほど重みを感じない)


 やはり《強化》による身体能力向上は発揮されているようだ。


(待て待て待て待て……。 ってことは、武器に付与されている“過重”とか“減軽”も俺の魔法として使えるようになるのか? 体重を操作できるようになるだけで、できることは一気に増えるぞ……! それだけじゃない)


 ハジメは手元の魔導具にも目を遣る。


(もし《改定》の効果がこれまで掌握してきた魔法を得られるものだとしたら、この魔導具に付与されている《夜目》だって入手できるかもしれない。 ってか、まずそれを試すのを忘れてたんだよな……)


 ハジメはド真面目に単眼鏡にマナを注いで《夜目》の効果を発動させていたが、《改定》でその効果を掌握して自身に使用すれば良かったのだ。 それをやらなかったのは、マナを注ぐだけで発動できる魔導具という性質に思考を奪われていたから。


(魔導書に《強化》が記載されたキッカケは分からない。 だけど今まで俺自身に作用させたのは“強化”効果それだけだったし、何度も俺に作用させ続ければどんな魔法も俺のものにできるかもしれない)


 ハジメはワナワナと震える。


(まじか、まじなのか……!? こいつはすごいぞ……! これを悪用すれば、金を払わずに《夜目》もゲットできるかもしれない。 少し気は引けるけど、試す価値は十分にあるな……。 とりあえず《夜目》を借りるか)


「《改定》」


 マナを単眼鏡に通して活性化させた後、そこから魔法効果を掌握してハジメ自身へ付与させた。


(うお!? 《夜目》ってこんなすげぇの!? ほぼ昼間じゃん!)


 ハジメの読み通り、というか経験通り、魔導具の魔法を借りることができた。 それによってハジメは単眼鏡が全く不要になり、真夜中の世界を裸眼で見渡すことができるようになってしまっていた。


(これは益々俺の魔法を知られるわけにはいかなくなったな。 魔導書の外観的に闇属性と見られるっぽいから、今後人前で使うとしたら闇属性ってことになるか。 《夜目》がゲットできるって決まったわけじゃないけど、可能性が広がるってのはこうもテンションが上がるんだな……!)


「ハジメ、そろそろ交代するか?」

「ぅあ!? あ、ああ……いや、メイグスには働いてもらってるし、夜警は任せろ」


 メイグスから声を掛けられてハジメはビクリとする。 どうやら交代の時間らしいが、今のハジメは目がバキバキにキマっているため寝られそうにない。 今は新しいことを試したくて仕方がない状態だ。


「お前なんか変だぞ。 クスリでもヤったか?」

「そんなことはしていない。 いいから休んでてくれ。 あんたにはいざという時に動いてもらわないといけないんだから」

「とりあえずその魔導具くらいは使えよ? 起きたら魔物が目の前とかは勘弁だぞ?」

「大丈夫だ。 心配せずに眠っててくれ」

「魔法使いは変なやつしかいねぇな……」


 渋々といった様子で戻るメイグスに対してハジメは心の中で謝罪しつつ、検証作業を続ける。


(魔法の重ね掛けは……うーん。 効果が増強されることはないけど、持続時間が伸びるくらいか。 問題は、《強化》を使った場合は《改定》で“強化”効果を付与するよりもマナ消費が激しいところだな。 やっぱ手順が簡略化される分だけ消費が増すって感じかねぇ……?)


 その後も安穏とした時間が続くわけもなく、適度に強襲してくる魔物を処理したり、色々やっているうちに夜が明けた。 終わってみれば、流石に完徹は身体の負担が大きかったらしく、その日の日中を寝て過ごすくらいにはハジメは疲労を抱えていた。


(夜警一回で金貨1枚を多いと考えるか少ないと考えるかは微妙なラインだな。 いくら魔物を倒しても歩合で給料が増えないあたり、やっぱり簡単な仕事に割り振られてるんだろう。 収入を考えると未開拓領域を目指すのが最適だろうけど、安定思考のメイグスが防衛任務を続けているのはやっぱり安全性第一なんだろうな。 魔導具を借りられることを考えたら、俺的には今の内容を続けるのが最善か)


 疲労との兼ね合いから、夜警任務を行うと他の仕事ができない。 かといって今のハジメに適した仕事が丁度良く転がっているということもない。 背伸びして調査などに赴くのも一つの案だが、それにしては準備不足を否めないのが実際のところだ。


(時間は掛かるけど、魔法と装備を揃えないことには背伸びのしようもないしな。 急がば回れってやつだ)


 ハジメは昨日に続いて再び魔法使い組合を訪れた。


「暫く夜警で良いんだな?」

「はい。 今の俺の実力ではそのあたりが限界でしょうから。 ちょっとずつ鍛えていきます」

「やりたがる奴も少ないから、参加するのであれば歓迎するぞ」

「そうなんですか?」

「金銭においても経験においても中途半端だからな。 戦闘が苦手な魔法使いなら壁内運営の仕事があるし、戦闘したいなら調査任務にでも参加すればいい。 どっちつかずって意味で人気の無い雑事は、常に人員を募集してる」


(ああ、なるほど。 だから俺らを揶揄するような奴らがいたのか。 まぁ別に構わないけどな。 侮られる分には特に問題は無い)


「本当に良いのか?」

「構いません。 それに付随して色々な魔導具を借りて使ってみたいんですけど、そういうことは可能ですか?」

「貸し出すだけなら問題ないが、何をするつもりだ?」

「現状魔法がイマイチな状態なので、魔導具を使った戦い方を考えているんですよ。 実際にどんなものが使えそうなのかを知りたいなぁ、って」

「ああ、偶にそういうのが居るな。 魔導具を駆使すれば魔導書を使うよりも戦いは単純化するし、何より複数の手段を用意できるのが大きい。 しかしこう言っちゃなんだが、そんな小賢しいことをするくらいなら戦闘なんてキッパリ諦めた方が賢明だぞ?」

「それはそうなんでしょうけど、試す前に辞めることはしたくないんで」

「まぁ、同じ魔法使いとして応援はしてやる。 とりあえず君は魔弾すら撃てないんだったな?」

「それは、はい……」

「少し待っていろ」


 一旦裏に引っ込んだアンドレイが持ってきたのは、昨日の単眼鏡と一本の杖だった。


「この魔導具で《夜目》だけ使えても役に立てないだろうから、魔弾を撃ち出せる杖を持ってきた。 今回はこれを使え」


 昨日の業務でハジメが感じたのは、《夜目》だけ使えても結局は報告要員にしかなれないということだった。 遠隔から先んじて敵を発見し、その上で敵を前衛に負担を掛けずに処理できてこそ魔法使いの本分というものだ。


「魔法使い以外にも使えるようにと開発が進んでいる魔杖だ。 それぞれ属性を揃えているが、君であれば闇属性のものが使えるはずだ。 今日はこれを持って行け」

「あ、ありがとうございます。 ところで、魔導具って魔法使い以外でも使えるんですか?」

「マナポーションで体内に無理矢理マナを取り込んだり、魔石に補充したマナを使用したり。 モルテヴァでは様々な試行錯誤が為されているな」


(魔法使い以外も魔法を使えるなら、魔法使いの絶対性が揺るぐよな。 モルテヴァは社会構造を破壊しようとしているのか? 確かに生活は良くなりそうだけど、それはそれで色々な弊害が出そうなもんだ)


「ではこれらをお借りします」


 ハジメは魔導具を受け取り、本日も指定された持ち場へ向かう。


「またお前かよ」

「メイグス、あんたか。 よろしく頼む」

「しっかり働けよ? お前と組んだら俺の負担が大きいんだからよ」

「今日は遠距離攻撃用の魔導具を持ってきてるから大丈夫だ。 昨日よりも楽なはずだ」

「だといいがな」


 昨日にも増して魔物が押し寄せている。


「ハジメ、お前ェ! 何やってやがる!?」

「くそ、思ってたのと違う!」


 闇属性の魔弾を使用できる魔杖は問題なく使用することができた。 しかしハジメが思うような効果は発揮されなかった。 魔弾は山なりに飛んでいくだけだし、込めたマナに応じた通りの威力が発揮されるわけでもない。 魔杖はただ“使える”というだけで、“使いこなせる”には程遠いシロモノだったのだ。


「町中までは入らせるな! 細かい雑魚はお前が処理しろ!」


 メイグスから怒気を孕んだ檄が飛ぶ。


 徒党を組んでやってくる魔物の集団はチームワークを伴ってハジメとメイグスに襲い掛かっている。 このような事態は珍しいが、モルテヴァとしては想定外でもない。


「チッ……! 嫌な距離を保ってきやがる!」


 メイグスは両手で斧を振り回す戦闘スタイルだが、機動力には優れていないため中距離以上の攻撃に対する対応は難しい。 そんな彼は現在三体の魔鳥にターゲットされ、ヒット&アウェイで攻撃を受け続けている。 それらは2メートルを超えるカンガルーのような体格を維持しながら、腕は翼という異形。 そして顔面が豚のような醜い造形だ。


「メイグス、敵のリーダーは……いや、無理か……」


 ハジメも五体の魔物に囲まれている。 魔物たちはメイグスに対するのと同様に適度な距離を保ってハジメを逃さない陣形を組んできている。 そこには明らかに知性を感じさせるものがあり、ハジメは《夜目》でその首魁となる魔物を遠方地に確認している。


(これまでの魔物と全然違げぇ! 全部未開域から流れてきてるんだろうけど、明確に敵意をこの町に向けてるだろ。 それを指揮するのは奥にいる巨大な魔物だろうけど、それをまた指揮する奴もいるんだろうな……って、そんなことを考えてる暇はない。 今は目の前の敵に集中しねぇと! 今は命を優先しねぇと……!)


「──!?」


 ハジメは咄嗟に飛びかかってきた一匹を黒刀で弾いた。


 ギギギ──……!


 かと思いきや、そいつは武器に噛み付いたまま離れない。 その隙をついて別の個体がハジメの背後から迫ってきている。


(こいつら絶対メイグスより賢いだろ……!)


「離……れろ! 《改定》!」


 ハジメは思い切り黒刀を振り払うと、視界に収められる範囲の魔物三体にマナを飛ばした。


 魔法を受けた魔物がビクリと震えて動きを止めている。


「倒れろ!」


 ハジメは黒刀に噛み付いていた一匹を一刀のもとに切り捨て、続けて背後を見ずに武器を振るった。 それは《改定》を受けていない一匹であったが、想定を上回る速度で武器が到達したため回避は間に合わなかった。


 ギャン、と魔物から断末魔を上がった。


 背後を斬りつけた確かな感触がハジメにはあった。 しかし次の瞬間にはハジメから悲鳴が漏れていた。


「ぅああ゛ッ!?」


 痛みの発生源はハジメの太腿。 魔物が噛み付いたことによって深々と牙が突き刺さっている。


(痛ってェ……!)


 ハジメは思わず黒刀を取りこぼした。 激しい痛みに耐えつつ慌てて武器を拾うが、その時には既に魔物はハジメから距離を取っている。


「ぐ……。 くっそ、ちょこまかと……」


 残る魔物は四体。 その内一匹は手負いとはいえ、それらは依然継戦能力を保持したままだ。 《改定》を受けていた個体も頭を振るって正常な思考を回復させようと踠いている。


(マズい……機動力を削がれた上にメイグスの助力も得られそうにない……)


 ハジメは黒刀を支えに立ち上がりつつ、四方を見る。 散らばって攻撃態勢を取っている魔物たちがすぐに仕掛けてこないのはハジメの異質な攻撃を警戒しているからだろうが、そのおかげでハジメは未だ殺されてはいない。


(知性が高いからこそ動きを止めてるのか……。 一気に攻められたら嫌なことにこいつらは気づいていないな……。 だとすれば、攻めるタイミングは──)


 ドシュ──、ドシュ──。


 鈍い音が地面を叩く音がした。


 次々に身体を傾かせて倒れゆく魔物たち。


「な……!?」


 見ればメイグスを囲んでいた魔物も全て地面に伏して動かなくなっている。


「ねぇねぇ、なんでそんな無茶するの? かっこよく全部始末できるとか思っちゃったわけ? さっさと逃げたら良いのに。 それって逆にダサくない?」

「こら、そんなことを言うもんじゃない。 すまないね君たち」

「えっと、誰……?」


 ハジメの元へゆっくりと歩み寄る三人組。 そのうちの一人の女性からハジメに向けて揶揄うような声が投げかけられている。


「ボクはウルで、後ろはゲニウスとレイシ。 苦戦していると聞いてやってきたけど、どうやらボクたちの行動は無駄じゃなかったらしい。 とにかく無事……とは言い切れないようだね。 ゲニウス、治療してやってくれ」


 そう気さくに話すのは、軽鎧に盾と剣を装備した前衛職らしき男。 サラッとした茶色の短髪で、ハジメは彼に好青年という印象しか覚えない。 その後ろにはゲニウスと呼ばれたヒョロっとした長身で髪も伸び切った男性と、金髪ショートの小柄な女性レイシが伴っている。 ウル以外の二人は魔導書を開いているので魔法使いということが分かる。


「座れ……。 《治癒(ヒーリング)》」

「ゔ……!」

「じきに治る。 我慢してやってくれ」

「貧弱過ぎない?」

「レイシ、あまり揶揄うんじゃない」

「むぅ」


(さっきの救援弾が届いていたか……。 それにしても、今日の俺は随分とみっともないな……。 日常の仕事で死にそうになるなんて)


「俺はハジメ、助かった。 ……って、あれ? 敵のリーダーが姿を消してる。 逃げたか……」

「どこにいたんだい?」

「北の森の近くだ……。 遠目でも5メートルくらいのサイズはあったはずだ」

「ふーん、なるほどね。 想定外のタイミングで大物が出てきたってことか。 ニュービーの君には少々荷が勝ちすぎたようだ」

「……」

「ゲニウス、終わったのなら向こうの彼のところまで」

「了解……」


 のっしのっしと歩いていくゲニウスの先には、ハジメと同等かそれ以上の傷を負ったメイグスが息荒く転がっている。


「俺なんかより先にメイグスを治療してくれよ……」

「魔法使いの方が優先度は高い。 たとえ彼が死んでも、ボクたちはそうするから。 自分の生まれを喜びなよ」

「ウルさぁ、こいつホントに魔法使いなの?」

「魔導書を開いてたし間違いないよ。 強い魔法使いがいるんだから、弱い魔法使いだっているんだよ。 おっと、君を愚弄したわけじゃないからね」

「頑張ればみんなオリガくらいは強くなれるはずなのに、自分を磨かないよね」

「……え? 今──あぁっ!?」


 レイシの発言が気になってハジメが立ち上がろうとした時、悲劇が起きた。


 バキリ、という嫌な音が聞こえた。


「だっさー」

「こら、レイシ」

「転んだことじゃなくて、中途半端な装備で戦おうとしてたことを言ってんの」

「どちらでも同じだよ。 でもまぁ、準備不足は否定できないね」


 ハジメは無様にすっ転んでいた。 なぜなら、支えにしようとしていた黒刀が刃の中ほどからへし折れてしまっていたからだ。 折れたそこは魔物が噛み付いていた箇所であり、普段から魔物を最も切り裂いている箇所でもある。


「そ、そんな……そんなぁッ……!?」

「喚き方もダサ過ぎなんだよね」


(せっかくオルソーさんに作ってもらったのに、こんなすぐに壊れるなんて……)


 ハジメは地面に転がりながらみっともなく嘆いている。


 黒刀はオルソーが錬金魔法で仕上げた一品だ。 それも短時間で作り出したものであり、謂わば急拵えの作品。 そんな武器を日頃から大した手入れもせずに振り回していれば、いずれこうなることは分かっていたはずだ。


 ハジメは魔法というものに謎の信頼を寄せており、黒刀を魔法武器として疑わなかった。 しかしそれは消耗品という括りを出ず、現実として破損した武器が出来上がっている。


「これは錬金武器かな。 製作者の力量は高そうだね」


 ウルは折れた破片をコンコンと叩きながら私見を述べている。


「分かるのか?」

「ボクも土属性だからね」

「え?」

「ニュービーは知らないか。 ボクらはモルテヴァでも珍しい、魔法使いだけで構成されるパーティなんだよ。 モルテヴァで生活するなら、今後も関わりはあるかもね。 とりあえずこの武器は使い物にならないだろうから、新しいのを探した方がいい」

「直らないのか……?」

「作った本人に頼めば可能かもしれないけど、直すのは新しく作るより手間だから買ったほうが早い」

「買う? 錬金魔法で作ってもらうんじゃないのか?」

「錬金武器は出来上がりが早いしマナ伝導率も高いけど、最終的には鍛造武器に軍配が上がる」

「どうしてだ?」

「魔法で作り出したものが現実の物質に敵うわけないだろう?」


(そういうもんなのか? まぁ、当然のように言ってるしそうなんだろうな)


「助言感謝する」

「君たちを助けたこともね」

「ああ」

「ウル、終わった……」

「お疲れ、ゲニウス。 それじゃあニュービー、ここは代わるから今日のところは帰るといい」

「助けてもらったことは感謝してるけど、それ以上は別に──」

「分からないのかい? 君では不十分だと言っているんだ」

「──う……」

「変化する状況にも対応できないなら別の道を探すべきだ。 君の不手際がボクらの仕事を増やしていることにも考えが至らないのかい?」

「……」

「分かったなら帰るんだ。 そこのメイグスを連れて」


 ハジメは黙って町中へ戻るしかなく、その上でメイグスから散々罵倒を浴びせられて喧嘩別れのような形で解散となった。


(なんで俺ばっかり……って、俺が悪いのは分かってるんだ。 だけど、どうして納得できないんだ……?)


 たった半日の仕事さえまともにできず、先論をぶつけられただけで動揺する。 ハジメはそんな自分が情けなく疎ましく、弱さを未だ肯定しきれない。


(なんでこんなことで死にかけてる? なんで成長できない?)


 ハジメとしては順当に仕事を熟して成長していく予定だったが、どうやらそうはいかないようだ。


(手札を揃える手段としては間違ってないはずなんだ。 だけど多分、この世界に耐えられるだけの自力が足りていないんだろうな。 この調子だと、モルテヴァに辿り着けたのも偶然でしかないんだよな。 だからそう、もっと基本的なところからやらないとダメかもしれないな……)


 思わぬところで躓いてしまったため、これまでの良い流れが断ち切られてしまている。 魔法の力を得たとはいえ、やはり一足飛びとはいかないらしい。

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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。

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