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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第1幕 Intervention in Corruption
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第51話 ハンターギルド

挿絵(By みてみん)


 ハジメは約一週間のサバイバルもとい旅を経て、ヒースコート男爵の治める城下町モルテヴァに辿り着いた。


 誰が見てもこの町の形状は歪だが、これが見えてきた時ハジメは過酷な旅の終わりを確信して涙が出そうなほどだった。


「ここから先は平民区画だが、間違いないか?」

「え、っと……平民?」

「なんだ、ここに来るのは初めてか?」

「そうですね」

「じゃあ説明しよう。 ここは──」


 ハジメは町の衛兵から、しちめんどくさい説明を聞く羽目になった。 しかし聞いたところで全てを理解できようはずもない。 それほどまでにモルテヴァの構造や制度は難解だった。


 最終的にハジメは両腕に緑の魔導具を装着させられ、平民区画から町へ入ることとなった。 この町では全ての人間が当然のように腕への魔導具装着を強いられる。


(これを受け入れてる状況が気持ち悪すぎるだろ……。 そもそも内容を知らされない魔導具ってのが不穏すぎる)


 ハジメは盗聴の可能性も考えて余計な発言をしないように心がける。


(あとは魔石を全部回収されるのも奇妙だな……)


 衛兵の詰所を出たのち、腕の魔導具を装着する施設内でハジメは魔石の買取を打診──というより強要された。 モルテヴァでは魔石を利用した産業が盛んのため、予想以上の高値でそれらは買い取られる。 ハンター連中もそれによって生計を立てているようだ。


(にしても、持ってるだけで犯罪になる可能性があるって意味分からん)


 ただ、ハンターオフィスへの売買のための所持自体は違法ではない。 それでも城門においてどれだけ所持しているのかを確認されるし、魔石を手にしている場合は直接ハンターギルドまで向かうことが鉄則とされている。


「……っと!」


 ハジメの前を馬車が横切った。


 ここは平民区画だが、町の大半を占める区画だけあって広さは他の町の比ではない。 少なくともこの区画だけでベルナルダンがどれだけ収容できるのかというレベルだ。 したがって町中を平気で馬車が行き来しているし、道幅もそれを考慮したものだ。


「説明を受けた限りじゃ平民区画だけで8000人くらい暮らしてるんだっけか。 すげぇな」


 ハジメがこれまで見てきた町の規模はベルナルダンの600人程度が最大だったので、そこと比較すればここは町という規模では収まらないだろう。


「これで城下町ってんだから、王都ギュムリとかはどれだけ大きいんだか」


 ハジメは大通りに沿って進む。


(それにしても人通りが常に激しいな。 みんな当然のように腕とか足に魔導具をつけて生活してるし、これが普通なのか。 ここは、うーんと……舗装された街並みに村が収まってる感じだな)


 言うなれば平民区画は、大都市の規模で村を経営しているようなイメージだ。 ハジメの印象通り、舗装された道と田園風景が混在している。 かといって家々が点在しているいうわけでもなく寄り集まっていたり、二階建てや三階建も珍しくない。 家々の壁も木製のものは少なく、石畳も含めて中世の景観を感じさせるものがある。


(なるほど、水路で区画分けされてるのか。 東京じゃ見なかったけど、岡山とか行った時はこんなのを見たことがあるなぁ)


 平民区画の家の立ち並びに村のような乱雑さはなく、整然としている。 その間々に田畑が入っていたり、外壁付近には牧畜のスペースもかなりの数見られるため、人口8000という規模ではあるが面積はその想定の倍以上はあると見て良いだろう。


「商業区画が別にあるけど、平民区画でも商売がされないってわけじゃないのか」


 大通りに相当する場所はとりわけ、大きめの建物に挟まれており、それらの内部が商業施設として機能している。 これまでの町のように出店が並んでいるのではなく、モンテ──質屋のように店舗で経営する方式だ。


「おわっ!?」


 ハジメが物珍しそうに見渡しながらフラフラ歩いていると、何かがサッと通り抜けていった。 それにびっくりして思わず仰け反って転んでしまった。


「ごめんよ!」


 声は女性のもの。


 走り去るようにして後方のハジメに声を投げかける彼女は、やたらと多くの荷物を抱えて急いでいるようだ。


 勢いでリュックの中身が外に飛び出したが、被害といえばそれだけだ。


「おいおい……まぁ、謝ってくれたしいいか。 急いでたみたいだし」


(誰かに追われてる……? いや、そういうわけでもなさそうだな)


 ハジメは荷物を拾い上げながら周囲を見渡すが、そんな様子ではないようだ。 周りの人間も一時の騒動には目もくれず、黙々と自分達の仕事に取り組んでいる。


(この関心のなさは日本にも似たようなところがあるけど、まぁいいさ)


 ハジメは第一目標のハンターギルドを目指す。


 しばらく歩くと30メートルほどの高さからなる絶壁が見えてきた。 それは平民区画と商業区画の境であり、身分の差を示すものでもある。


(マンションでいうと十階建くらいか。 心折れそう……)


 その高さへ至るために、区画の両端には壁面に沿った長い長い階段が設置されている。 階段の道幅は10メートル強と、人が往来するにはかなりの余裕があるが、120ほど続く段差は行き来する者たちに過度の疲労を押し付ける。 そして階段を登り切ればそこにはまたもや検問が敷かれ、しっかりとした管理が行われている。


「滞在を許可する。 だが、宿泊はできないし、商業区画での野宿なども許可しない。 もし見つかったら逮捕される可能性もあるから気を付けろ。 では次!」


 またもや不穏なことを聞かされ、ハジメは区画間の検問を潜った。 そこには平民区画にあったような田畑などはなく、政に関わる施設や商業施設が多く居を構えている。 ちらほら黄色の魔導具を装着している者が見られ、彼らは商業区画での生活を許可された上級国民と言って差し支えない。


「ハンターギルドは……っと、ここか」


 デカデカとそう書かれた看板が見える。


 そのギルド施設だけでベルナルダンの役場ほどの大きさがある。 そこに出入りする人間も多く少し気が引けるが、ハジメは少しだけ迷った後扉を開いた。


 中には多種多様な人間と、騒ぎにも近い会話が飛び交う。 ここは3階建ての構造となっていて、受注する依頼に応じて受付が異なり、それぞれに対応する部門がかなりの数存在している。


 ハジメが入ってきたことで近くの人間から視線を受けるが、すぐにそれは解かれる。


(期待していたような荒くれの巣窟って感じじゃなさそうだな……)


「あの、魔石の買取りをしてもらおうと思って来たんですがー……」


 扉からそのまま正面に女性を置いたカウンターがあったので、ハジメはまずそこに声をかけた。


 受付の女性は一瞬だけハジメの顔を確認すると、仕事用の表情を作る。


(こわ……。 見た感じ俺より年上か? 吊り目でキツそうなイメージだな)


「ここは初めてね?」


 飛んできた声は見た目に予想通りのもので、黒紫の長い髪はキューティクルを主張するストレート。 センターで分けられて乱れのないその髪からも、彼女が真面目な性格だろうということが窺える。


「ええ、はい。 さっきここ町に来ました」

「じゃあ何も分からないわね。 私はドミナ=トキス。 ここの受付ね。 あなたは?」


 ドミナはハンターギルドの総合受付を担当する26歳の女性。 妹と共にこのギルドを運営する幹部の一人だ。 ドミナはそこそこの発言権を有しており腕も立つため、荒くれのハンターでさえ彼女には逆らわない。 彼女の存在があってハンターギルドは健全な運営が行われていると言っても過言ではない。


 ハジメが第一印象で怖さを感じたのはごくごく一般的な反応で、彼女の瞳の奥は黒く薄暗い。 何があっても目だけは笑っていないので、彼女に好意を向ける男性は少数だ。


「えっと、俺はハジメ=クロカワです」

「家名持ちか。 まずは身分を示せるものを見せて」

「身分……?」

「そうね、そうだったわ。 この町では、あらゆるやりとりに際して身分証を提示するのが一般的よ。 それは腕の魔導具だっていいし、他に何かあれば提示するの。 施設によっては身分によって受けられるサービスが異なったりするから、予め提示してから取引などを行うのが通例ね」

「あの、プレートって身分証明になります?」

「あれ? ハジメ君って魔法使い?」

「ええ。 これを見てください」


 ハジメは懐からプレートを提示した。 そこには氏名と魔法陣、更新日、そして発行された町──ベルナルダンの名前しか記載されておらず、一目見れば初心者の魔法使いということが丸わかりだ。


「……ベルナルダン、か」

「何か?」

「いいえ。 魔法使いになったのは最近?」


(ベルナルダンに対する反応が変だな。 もしかしたら、俺があの災禍の生き残りだって知られたらマズい? 一応隠しておくべき……だよな? ゼラって魔法使いもここを拠点にしてるみたいだしな。 あと、ラクラ村とかクレメント村との関わりも言うべきじゃないな。 だからこの場合は──)


「半年以上前ですね。 プレート発行してもらってからはベルナルダンを離れて教会に身を置いていて、最近になって外に出てきた感じです」

「教会なんてあったかしら?」

「ええ、小さいものが」

「ふーん、そうなの」


 ドミナはそれだけ言うと、プレートをハジメに戻した。 腕の魔導具とプレートに記載された名前が一致しているので、この時点でプレートが本物ということが証明されている。


(発行日から偽りはないはず。 変に思われてるけど多分大丈夫だろう)


 ハジメは目から表情を読みづらいドミナを観察しつつ、そう思うことにした。


「とりあえず君の身分は分かったわ。 魔石の買取依頼ってことだけど、受付は二階ね。 魔法使いは説明が──いいわ、私が案内する。 少し待ってなさい」


 それだけ言うと、ドミナは一度カウンターを離れてから女性を一人連れて戻ってきた。


「リセス。 案内があるから、しばらくここをお願い」

「分かったわ、姉さん」


 その女性はドミナにとてもよく似た女性で、妹のリセス=トキス。 リセスの表情は暗く目を伏せがちなため、彼女も男性が寄り付きづらい。


「じゃあハジメ君、付いてきて」

「あ、はい」


 ハジメはドミナに連れられ、二階にある魔石に関連する部門にやってきた。 そちらでも女性が受付をやっているが、これは無用なトラブルを避けるためだ。 男性であれば問題が起こった時喧嘩にも発展しやすいが、女性であればそうはなりづらい。 男女関係のトラブルもないわけではないが、受付に女性を置くというのはどこに行っても見られる光景である。


「マルティナ、初回の魔石買取の人を連れてきたわ。 ハジメ君、手持ちの魔石を出して」

「分かりました」


 ハジメはリュックから小袋を取り出し、カウンターに置いた。 その中には小ぶりなものからピンポン玉くらいのものまで50個以上が収められている。


 マルティナは中身を確認し、驚いた表情を見せている。 ドミナも少し表情に変化があった。


「へぇ、かなりあるみたいね。 これは君一人で?」

「少し前まで教会というか森で生活していたので、そこでの入手が一番多いですね。 そこからモルテヴァにくるまでにもいくつか」


(ま、俺だけの力じゃないのもあるけどな。 ナール様がいなかったら死にそうな場面もあったし、俺の手柄ってわけでもない)


 これらの魔石は教会での特訓の最中に得たものだ。 あの時点では用途は無かったため、こうしてコツコツ集めていたというわけだ。 またこの七日間の旅路でも魔物との遭遇は何度かあったため、そちらでも入手している。


「ハジメ君、プレートも一緒にマルティナに渡してあげて。 買い取った量によってプレートに記載ができるから」

「畏まりました」


 マルティナは魔石とプレートを手にして奥へ引っ込み、別の女性がカウンターの席についた。 現在奥の部屋では魔石の鑑定が行われ、最終的にプレート記載と金銭の支払いという形で結果が出る。


 その間、ハジメはドミナから話を聞く。


「魔石取引の記載ができるんですか?」

「魔石の納品は世界中で行われてるから、どこに行ったってその記載は通用するようになってるわ。 依頼達成とは別の項目でね」

「なるほど」


 プレートに記載可能な依頼の種類はいくつかあり、大まかには採集、狩猟、護衛、調査、常時の五つのカテゴリーがある。


 採集関連の依頼には貴重な鉱石や植物などの素材収集が含まれる。 狩猟には害獣駆除や盗賊退治、魔人討伐、時には魔法生物の捕獲など。 常時依頼には町中ので小さな依頼から、不足している資源を遠方から取り寄せたり、後者は商人が担っていたりもする。 それぞれのカテゴリーの中でも依頼達成の困難度合いに応じてランク付けがなされており、その種類は多岐に渡る。


 今回の魔石上納はそれら五つのカテゴリーとは別の項目にあり、これは単純な量で記載がなされる。


「魔法使い以外の人はプレートがないですよね? どうしてるんですか?」

「それは正式な書類に記載しておく感じね。 持ち歩くのも大変だし、プレートがない人は面倒事が多いわ。 たとえ紛失したとしても組合やギルドに記録が残るけど、その照会に時間が割かれるから、それに比べたら私たち魔法使いって得よね」

「あれ、ドミナさんって魔法使いだったんですか?」

「お尻に魔導印があるけど見たい?」


 聞き間違いかと思いハジメは耳を疑ったが、ドミナの目は揶揄っているような感じでもない。


(表情読めないから冗談が怖えぇ……)


「……俺はまだ捕まりたくないんで」

「懸命な判断ね」

「というか、プレートを見せてもらえれば済む話では?」

「そうね。 ハジメ君って、理性的というか臆病な性格ね。 それでいいと思うけど」

「……? 急にどうしたんです?」

「単に反応を見て観察してるだけよ。 ここには色々な人が来るから、男性のひととなりを知るにはこういうのが一番分かりやすいのよ」

「こわいことしないでください……。 見たがる人がいたらどうするんですか?」

「私って中級魔法使いだし、強いから負けないわ。 君よりも遥かに強いはずよ」

「それはそうでしょう。 俺は一般的なハンターよりも弱いですし……」

「謙虚なのは感心ね。 自信家よりは死ににくいから」

「ドミナさんの見立て通り、俺は臆病な人間なんで」

「ふふ。 ハジメ君って、面白いね」

「面白いこと言ってないですよ?」

「興味がある、って意味」

「それはどういう……?」


 そんなことを話していると、奥からマルティナが戻ってきた。 彼女はカルトン──金銭を乗せるためのキャッシュトレーを両手に持ち、そこにはプレートと硬貨が置かれている。


「お待たせしました、ハジメ=クロカワさん。 こちらが魔石の買取金額と、記載済みのプレートになります」

「終わったみたいね。 それはハジメ君のものよ」

「え、こんなに……?」


 硬貨の数は金貨20枚に銀貨17枚。 円換算にして201700円になる。


「一回の代金としては多いけど、魔物討伐をしてる人たちからすればそれほど大金でもないわ。 でもそこそこのお金ではあるわね。 あまり見せびらかさないことをオススメするわ」

「は、はい。 ありがたく受け取っておきます」


 ハジメはプレートと大金を急いで懐に仕舞った。


「マルティナ、ありがとう。 ではハジメ君、戻りましょう」

「はい。 マルティナさん、ありがとうございました。 またお願いします」


 そのままドミナは階段を下り、一階のカウンターへと進んでいく。


「ハジメ君」

「は、はい」

「しばらくこの町にいるの?」

「そう、ですね。 お金を貯めたいので、ここで何かしら仕事を見つけるつもりです」

「それならハンターギルドに来ることも多いはずね。 ちょっと耳貸して」

「……?」


 ドミナが近づくと髪が揺れて、いい匂いがハジメの鼻を刺激する。


「私の部屋が外壁沿いの一番高い赤い建物の六階にあるから、興味があったら遊びに来て」

「えっ……?」


 熱い吐息がハジメの耳にかかり、思わずドキリと心臓が跳ねた。


 大人のお姉さんからの誘いにハジメの身体は一気に熱を持ち、当然ある部分も。 鼓動も一気に勢いを強めている。


「私は仕事に戻るから、何かあったら頼ってね」

「……あ、は、はい」

「じゃあね」

「はい、また……!」


(やべぇ……ドミナさんエロすぎだろ。 急に耳元で囁くとか、驚き通り越して興奮するわ……!)


 ハジメは興奮冷めやらぬままハンターギルドを後にする。 最後に一階カウンターをチラッと見るとドミナが手を振ってくれていたため、ハジメはそれだけで好きになってしまいそうだった。


「さすがモルテヴァ、大人の町だ……」


 とりあえずの義務を終え、大金を手にしたことでハジメは少し浮ついている。


 ハジメはボーッとした頭のまま、平民区画に足を向けた。


 ここは商業区画だけあって身分の高い人間が多く、そういった人たちは身なりに気を遣っている。 そのためか道行く女性は綺麗な人が多く、ハジメはついつい目移りしてしまう。


「……ハッ!?」


 ハジメは唐突に目が覚めた。 すぐにかぶりを振って、揺れる思考を正常に戻す。


「……いや、だめだ。 こんな調子じゃまともじゃいられなくなる」


(あんな優しくて色っぽいドミナお姉さんに騙されちゃだめだ。 女の人ばっかり見てちゃだめだ! 気を冷静に保て、黒川ハジメ。 俺にはレスカっていう大切な目的があるんだ。 ここで変に風俗とかに金を使ってしまっては、この先ずっとダメになってしまう。 ナール様の教えを思いだせ……!)


「今日はまず平民区画で安宿の確保だ。 その後は仕事を探すために誰かに色々話を聞いて……って、さっきドミナさんに聞いとけばよかった。 ミスったなぁ」


 一度平民区画に降りてから戻ってくることを考えると非常に面倒だが、もうすでに区画間検問は目の前だ。


「しゃあない。 今日は平民区画をめぐって終わりかな。 一応宿代は得られたわけだし」


 ハジメは町の構造に辟易としつつも、新しい環境には興奮を隠しきれない。


 モルテヴァまでの道中は楽しみなどなく気の置けない時間だったが、町に入った限りは安全性がある程度担保されている。 またこれから先程のような出会いもあるだろうし、新しい環境はハジメにとって何よりの楽しみだ。 これまで狭い環境で育ったこともあって、現在の解放感は一入ひとしおだ。


 これからはもちろん労働の義務も生じているが、ハジメはそこに対する不安はない。 ずっと休みなしで働いてきたため、何もしないことへの罪悪感が大きい。


「明日からは仕事探しも最優先で進めないとな。 大金が入ったとはいえ、宿代とか食事代、装備代……いくらあっても足りなさそうだ」


 ここ一週間のサバイバル生活は予想以上にハジメの心身を鍛えており、今やハンター稼業で生計を立てることさえ考えている。


(あとはこの町の情報収集だな。 腕の魔導具然り、奴隷然り……。 このあたりは何としても知っておかないといけない)


 当然、ハジメは楽しみとは別に不穏な感情も抱えている。 この町には階級社会の終着点である奴隷制度があるようだし、大虐殺を引き起こしたゼラの存在も忘れてはいけない。 決して安全ばかりの場所ではないということを再認識しなければならないのだ。


「あのー、すいません。 この辺りでオススメの宿ってありませんか?」


 道行く人に声をかけ、ハジメのモルテヴァ生活が始まる。


 これから何が起こるかは、誰にも分からない。



          ▽



 奴隷区画のとある一室──。


 男女が揉めている。


「もう一度聞くが、本当に可能なのか?」

「可能かどうかは、皆の働き次第よ」

「どうして成功を確約してくれない!?」

「成功の根拠を提示しろと言われても困るのだけれど。 だって結果なんて誰にも分からないじゃない?」

「そんな軽い調子で言われても、奴隷制度を撤廃させられるとは到底考えられない!」

「では、なに? これまで私がやってきたことは無駄だったの? 私は約束も守れない連中に手を貸してきたっていうの? どうしてここにきて尻込みすることがあるの?」

「確実性が無いからだ! お前の言う通りにやって、本当に可能なのかという疑問が湧いているんだ!」

「誰に?」

「全員に、だ!」

「それはいつから? 最近ってわけでもないでしょう? もしかしたら最初からあったはず。 それなのに、今更になってそんなことを言うの?」

「疑問というか、不安は確かにあった。 それが今になって膨らんできただけだ!」

「それは随分身勝手じゃない? こちらは作戦と情報を提供しているのに、そちらからは協力という見返りが得られていない。 これって契約違反よね?」

「いや、違反はしていない! もう一度話し合いたいだけだ!」


 女は呆れるように溜息を吐いて、男を睨んだ。 男は恐怖し、本能的に一歩下がってしまう。


「現状利益の一部がそちらにあり、その上で契約更新? 馬鹿にするのも大概にしてほしいのだけれど……?」

「いや、しかし……」

「ニナを呼んで」

「……え?」

「聞こえなかったの? ニナを呼んできなさい」


 男は女からのドスの効いた声に怯え、即座に部屋を飛び出していった。


 しばらくして男はニナという女性を連れて戻ってきた。


「つ、連れてきたぞ。 どうするんだ……?」

「ヘクター、今までお疲れ様」

「へ?」

「《断絶セヴェレンス》」


 断末魔は上がらなかった。 断絶障壁がヘクターと呼ばれた男の首を一瞬で切断し、声を上げる暇さえ与えなかったからだ。


「ひっ……!?」

「ニナ」


 その光景にニナは怯え、尻餅をついて震えている。 そして名前を呼ばれたことで更に竦みあがる。


「は、は、はひッ……!? エ、エスナ様、なんでしょう……!?」

「これからはあなたがここのリーダーよ。 ヘクターじゃ纏めきれなかったみたいだから、あなたが何とかして。 無理なら次の者に任せるから、その時は言って」

「い、いえ……! あ、あたし頑張るので! ど、どうか……!」


 ニナは言われている内容を即座に判断して、ひどく狼狽した。 それは実質的な殺害宣告であり、奴隷区画からの脱出手段が無い以上、成功させるしか生きる道はない。


「そう。 じゃあ頑張って。 あと、それは見つからないように片付けておいて。 どうせ死亡扱いにしていたから問題ないのだけれど、痕跡は残したく無いから」

「わ、わかりました……!」


 エスナが去った後、ニナは全身から力が抜けて立ち上がれなかった。 見れば恐怖から失禁してしまっていたが、奴隷区画はそんな汚れ程度が気になるような綺麗な場所ではない。


「ひぃ!」


 転がったヘクターの顔面と目が合い、ニナは悲鳴を漏らした。


 ニナはそれが自分の将来の姿にしか見えなかった。

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