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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第1幕 Intervention in Corruption
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第49話 門出

49話目にして独り立ち。

長すぎた。

「それで、そなたは何を理解した?」


 湖のほとりで、ツィヴィナールがハジメに問う。


「えっとですね、この《改定リビジョン》はマナや魔法に関わる部分への作用があります。 俺のこれまでの経験も踏まえると、この認識が最も正しいかと」

「魔法使いに強化を施し、魔人や魔物を引き寄せ、剰え神にまで干渉してきた。 概ねその認識で良いだろうな。 して、具体的には?」

「それは──」


 ハジメは固有魔法発現以降、寝ても覚めても魔法の事ばかり考えており、試行錯誤は1ヶ月以上にも及んでいる。 ハジメはその過程で、《改定》を自身のマナに作用させることに成功した。


 魔法使用に於いて、マナの放出は基本的に一方通行である。 つまり、放出したものは戻ることはないということ。 例えば魔導書にマナを蓄積させておいて連続で魔法を使用するなどする場合、余分に注入したものを再度体内に戻すことは至難の業だ。 また魔導書にマナを残したまま魔導書を消した場合は、再出現時にマナが残されているということはない。 だからこそ魔法使いはマナの運用には慎重にならねばならず、その機構が非常に厄介なものとして捉えられている。


 《改定》がマナに関わる魔法だとして、ハジメは身の回りに作用させられるものがなかった。 そこで自身のマナに着目し、放出過程に一工夫加えた。 その結果、体外に放出したマナを操作可能な状態に保つことができ、なおかつ自身の体内に回収することさえ可能だった。


「マナの回収か。 最初にしてはやけに高度なことをやりおる」

「……?」


 ハジメはそれがどれだけ異常なことか分かっていない。 それは魔法に関する基礎知識が欠落していることが原因であり、《改定》の特性が運よくマッチした結果でもある。


「気にするな。 それで他には?」


 《改定》を作用させて動かせるマナは、魔導書の中に入ってさえも操作可能だった。 そこにはある程度の意識の集中が必要だが、イメージとしては片手で大量の細かい物資を掴んでおくようなもので、取りこぼさないように注意すれば可能なことだった。


 問題は、その上で新たな魔法を発動しようとしたとき。 《改定》を使用している状態での更なる《改定》使用は集中力や操作性の保持が非常に困難であり、ともすれば元々《改定》で操作しているマナの扱いができなくなるほどあった。 言い換えれば、同時に複数のことができない。 これがハジメの限界だった。 しかしそれは、現状に於いてという話に過ぎない。


 他にハジメが試したことといえば、黒刀にマナを纏わせる作業。 これは魔導書発現以前から行なっていたことであったが、《改定》を挟んでマナを込めることで、黒刀の大きさに対してどれだけ一度にマナを掴んで操作しているかという目安が分かった。 これまでは単に、周囲にあった大量のマナを考えなしに纏わせれば良かったのだが、今やマナ容量には限界がある。 したがって、無闇矢鱈にマナを放出すれば良いというものではなく、その調節が重要な課題となってくる。


 黒刀は金属製の武器ではあるが、言ってしまえばそれは非魔法使いと同義だ。 本来マナを受けることのない物質が大量にマナを浴びれば、非魔法使いが体調不良を訴えるのと同様に摩耗し、破損することがある。 だからこそ魔導具一般にはマナ伝導率の高いものが使用され、それが低い物質はマナという異質な力に耐えられない。


 ハジメが現在行なっているマナの適正量把握は、謂わば武器の効率的な使用にも繋がる大切な要素であり、長期的な戦いを見据えたマナの効率配分に直結する内容だ。 しかしハジメはこれも理解して行なっているわけではないので、現状直線的な成長過程とは言い難い。 それでも意味のあることを実行できているのは確かである。


「──という具合です」

「なるほど、実践から魔法の理解に努めているわけだな。 そなた自身と武器、他に試すものは無かったのか?」

「無い、ですね……。 大気中に溢れているというのは実感できても、それを掴み取ることは難しいですし、かといって以前のように魔物などに作用させることも危険ですし」

「なぜだ?」

「まずこのあたりに魔物の類が見当たらないのと、加護を失った状態で戦える自信が無いのが原因ですね……」

「最高神の加護があるときは向こう見ずで、それが失くなるや否や臆するか。 しかしこの辺りの魔物が居ないのは妾が原因でもあるな」

「パーソンさんが聖域って言ってましたけど、ナール様の御力なんですか?」

「妾の力というか、ここが妾の領域として規定されておることによるな。 今でこそ修道院とその周囲に限定されておるが、人間どもが神を信仰する全盛期に至っては遥かに広い範囲を覆っておった。 信仰が失われれば一つの建物程度にしか力を発揮できないことから、神の力が落ちぶれておることを示す材料にしかならんがな」

「それでもナール様が──」

「つまらぬ慰めなど言うな」

「す、すいません」


 ハジメがツォヴィナールに敬意を払いつつも少々生意気な口調なのは今に始まった事ではないが、今ではそれを指摘するまでもないという空気感がある。 言ってしまえば年齢の近い上司と部下のような関係だが、これに関してパーソンはあまりよく思っていないため、彼の前のハジメは口調に気をつけている。


「いずれにしても妾がおる限りここは安全だ。 そなたはレスカのことなど気にせず外部へ出るがよい」

「それって、魔物と戦ってこいということでしょうか……?」

「どれだけ臆病なのだ。 ここを聖域とは言うが、これではそなたの危険認識を鈍らせる要因でしかないのう。 ひとたび外へ出れば、あのベルナルダンでさえ魔物の襲来を受ける場所だったのだぞ? 人間の往来によって整備された街道や開拓によって魔物が寄り付きづらいというだけで、どこへ行っても魔物などおるわ。 ここの生活を一般的なものと考えるな」

「わ、わかりました……。 ところであの、一つ質問よろしいですか?」

「なんだ?」


 ハジメはツォヴィナールの話を聞いて疑問が湧いていた。 目まぐるしく変化する世界では、疑問hあればなるべく早期に解決したほうが良いということをハジメは実感している。


「俺が《改定》でマナに作用させられるので、それをうまいことして聖域みたいな効果を付与することって可能ですか?」

「何を言い出すかと思えば、そなたは逃げることばかり考えおるのう。 戦いたくない気持ちも分かるがな、逃げるだけでは物事は解決せん。 戦うという選択肢があることで解決できる場面もある。 逃げること然り戦うこと然り、なるべく手札を取り揃えたほうが良いな。 まぁ、できるかできないかで言えば、できるとは思うがな」

「本当ですか!?」

「騒ぐな。 だが、そなたの属性が未だ不明な以上、可能と断言はできんな。 そなたの性格からして攻撃方面に厚く無いことは分かっておるから、そういった芸当も可能だという憶測だ」

「可能かもしれないというだけで安心です」

「とはいえ魔を払う作用など、それを持ち合わせた属性は少ないがの。 最も近いものと言えば光属性だが、その魔導書の色からしてそれは無いからのう。 むしろ闇属性に寄ったものとしか思えん」


 ハジメの魔導書は黒に近い紺色。 ゼラの魔法書を見ているため、それに近しいものだとはハジメ自身も理解している。


「でもナール様の加護というか聖域は、水属性なのに魔物を寄せ付けていませんよね?」

「妾は水の支配者の以前に神だぞ? 属性とは源泉たる神のマナに色が付いたようなもので、魔を寄せ付けぬ作用は水属性によるものではない。 それに、妾が得意な分野が水というだけで、他に使えないという意味ではないからの」

「え、そうなんですか……?」

「それぞれの領分があるからそんなことはせんし、受肉した妾で可能なことは少ない」

「神様ってすごいんですね」

「そう思っておれ。 思うだけでは事足らん人間どもが多くて困る」

「それは確かに……」


 ツォヴィナールは続ける。


「魔を払う魔法を習得するとして、そもそも魔とは何ぞやという話だしの」

「人間を害するものが魔では?」

「そなたのそれは理解とは程遠いな。 神が行使するものを奇跡、人間が行使するものを魔法。 それが分かっていなければ──っと、無駄話が過ぎるな。 ……とにかく現状そなたに必要なのは、実践経験と攻撃魔法の習得。 これが成ってこそ半人前といったところだな。 防御面に関しては日々の特訓で嫌でも向上しとるから、これからは先ほどの二つに重点を置くが良い」

「すぐに取り掛かれそうなのは攻撃魔法ですが、これまで試した結果、魔弾すら習得できていませんね」


 ハジメは魔法使いの基本的な魔法を見てきている。 《魔弾バレット》、《魔刃ブレード》、《爆発エクスプロード》、そして《魔域スペース》。 これらはどんな魔法使いでも習得できるもので、最低でも見ることさえすればいずれ出現するようになっている。 ハジメはそれこそ魔弾はその身に浴びたことがあるが、その魔弾すら今の所習得できていない。


「それに関しては意味が分からん。 性格が防御方面に厚かろうと、攻撃魔法が出現しないのは考えられん。 たとえ子虫程度の威力であっても、攻撃魔法は誰しも習得しているからのう」

「じゃあおれはそれ未満ってことですか……?」

「かもしれんのう。 だからといって出ないものを出そうとしても時間の無駄だ。 予期せぬタイミングで出現することもありうるから、できることからやれば良い」

「そう、ですね……」

「では構えろ」

「えっ……?」


 ハジメは一瞬何を言われたのか理解できなかった。


 見ればツォヴィナールは両手両足に水を纏わせて攻撃の構えを取っている。


(え? まじ? あんな際どい格好のナール様と?)


 現状ハジメの心配は別のところにあるようだ。


「魔物が居ないのであれば、妾が直接相手してやる。 対人戦闘というやつだな」

「対人、って……え? 俺がナール様と?」

「見て分からんか」

「いえ、分かるんですけど……。 人間と戦った経験が無いもので……」

「喧嘩のひとつも無いのか?」

「一方的にやられた経験なら……。 朧げですが、魔法使いの魔法を頑張って捌いた記憶があるくらいですね」

「先が思いやられるのう。 言っておくが、妾は魔法も格闘術も用いるぞ?」

「マジですか……。 武器は使って問題ないですか?」

「一向に構わん。 もしそれを奪われたらどう戦うかなど、そういったことも考えてやれよ?」

「それは、確かに……」


(武器を使ったら格闘術なんてしなくていいと思ったけど、そんなわけないよな。 相手が武器でこっちが素手ってパターンもあるし、そこに魔法を加えたら想定なんかあってないようなものだけど……)


「妾はそなたを殺すつもりでやるから、そなたも相応の覚悟で挑めよ?」

「は、はい……!」


 急に空気がピリつき始めた。


(これ、は……)


 空は曇り、森の中から動物たちの声は消え、大気中のマナがツォヴィナールを中心に激動を見せ始めている。


 普段のツォヴィナールの雰囲気は一変し、彼女の分厚いプレッシャーがハジメを刺激し始めた。 彼女のそれは、ハジメがこれまで感じてきた殺意や敵意などよりも重く鋭い。 まるで首元に刃を突きつけられているような感覚さえ覚えるほどだ。


「……っ!」


 ハジメは息を呑んだ。


(俺はここで、死ぬかもしれない……)


 それほどまでにツォヴィナールは真剣で、ハジメの軽い気持ちは一瞬で消し飛ばされた。



          ▽



「皆さん、お世話になりました……!」


 修道院を出てすぐの場所で、涙声のハジメがそう叫んだ。 その言葉を受け取るのは、ツォヴィナール、パーソン、そしてタージの三名。


「何を泣いておる。 シャキッとせんか、愚か者」

「す、すびば……すびばせん゛ッ……」


 キツい言葉とは裏腹に、ツォヴィナールはやれやれといった様子だ。 パーソンも苦笑いを浮かべている。


「まぁなんだ、ここへ来た頃からは随分と見違えたものだ。 すぐ泣くところ以外は、な」

「いつも泣かせてくるのはナール様じゃないっすか……」


 修道院に滞在した期間は約半年。 その間ハジメは、ツォヴィナールによる地獄の特訓を耐えた。 ハジメの成長に比例して強度を増す特訓内容は、ブラック企業もビックリな内容がてんこ盛りだった。 なにせ、死にそうになっても魔法で強制的に呼び戻されるのだから。


「クロカワ、口には──」

「良い、パーソン」

「はっ」


 パーソンがハジメの口調を指摘した。 彼は常日頃からハジメの一挙手一投足を監視しており、異常なほど常識や礼節には厳しかった。 ことあるごとに注意を受け続けたハジメだが、今となってはそれすらも懐かしい。


「そなたが定めた半年という期間で、最大限やれるだけのことはやったはずだ。 それらを存分に発揮してこの世界を生きるがよい」

「あ、ありがとうございます」

「具体的に何をせよということは無いが、まずは目の前のことから解決せよ。 フエンが言うにはトンプソンなどという神の信奉者が王都におるらしいからの。 そのあたりから協力者を募るがよかろう」


 今回の旅において、ハジメは直接ランドヴァルド帝国を目指さない──というより目指せない。 ここから帝国に入るにはベリア公国を介さねばならず、そこは四国家の中で最も過酷な環境が広がっているためハジメ独りでの移動は難しい。 また公国がほぼ帝国の属国ということもあって、王国と公国間で紛争に近しい行為が繰り広げられている。 そういうわけで、ハジメは王都までの道すがら協力者を集め、中立国家のトラキア連邦を経由して帝国へ向かう計画だ。


「どんな口上で協力者を集めていいか分かりませんが……」

「まぁ、の。 こればかりは巡り合わせだ。 何をどうせよという話でもない」

「そうですね」

「長ったるい話はここまでだ。 そなたの門出に水を差すわけにもいかんからの。 ハジメ、こちらへ来い」

「……? ッぐぅ!?」


 ツォヴィナールに呼ばれ、ハジメは彼女の前へ。 そうするや否や、ハジメは腹を強打され崩れ落ちる。


「んな……なん、で……ッ!?」

「阿呆か。 意識を内部に落とせ」


 ハジメの体内には、温かい何かがある。 それは本来異物のはずだが、どうしてか当然のように染み渡っていく。


「これ、は……?」

「餞別だ。 妾のマナだが、神の眷属にもし会うことがあれば意味もあろう。 加護でもなく、特別な効果を期待するものではないがの」

「殴る必要って、ありました……?」

「無い。 気を引き締めるための喝だと思え」

「あ、ありがとうございます……」

「ふん。 真っ当に生きたいのであれば感謝の心を忘れないことだ」

「はい」

「レスカのことは任せておれ。 その間そなたは世界を巡り、力を蓄え、死なずにここへ戻ることを最優先に行動せよ。 何度も言ったが──」

「心得ています」

「ならよい。 パーソンからは何か……いや、やめておこう。 そなたの説教は長いからの」

「よくご存知で。 私の言葉は常日頃からクロカワに伝えておりますゆえ、割愛させていただきましょう」

「良かったの?」

「は、はい……」


 ハジメは冷や汗を隠しきれずに乾いた笑いを浮かべた。 これまで散々説教を受けてきたので、ハジメはパーソンの怖さを重々承知している。


「レスカは世界を巡りたいと聞いているからの。 戻ってきた時、そなたの経験でも聞かせてやれ」

「は、はい……」

「泣くな。 妾からは以上だ。 ハジメ=クロカワ、そなたに神の加護があらんことを」


 別れの挨拶は終わり、ハジメは涙を拭って修道院を出た。 そして最後にもう一度振り向き、深々と礼をした。


「……行ってきます」


 ハジメはリュックを背負い直し、歩き始めた。


 森を出て、上を向く。


 広がるのは、雲一つない青く晴天の空。 そこから降り注ぐ日差しは、ハジメの門出を祝福しているようだった。

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