第48話 解放
少し短め。
だけどこのくらいの量が読みやすいことに、最近気づき始めている。
「い、いつまで続けるんですか……?」
「そなたが大成するまでだな。 今後、これまでのような奇跡が降り注ぐことはない。 それを考慮すれば、一般的な魔法使い程度の能力は有しておく必要がある」
「一般的な、とは?」
「一人で人間集落の外で生活できるくらいが最低限だな」
「遠……」
特訓と称した魔法による暴力が行われ始めて早一週間。
日々ツォヴィナールが攻撃魔法をハジメにぶつけているため、そろそろハジメにも限界が見え始めていた。
「これを続ければ、俺は魔法使いになれるんですよね……!?」
「なれるかどうかはそなたの努力次第だ。 妾はスタートラインまでそなたを連れて……引き摺り回して……? まぁ、良いようにしておる」
「それ、わざと言ってるでしょ……」
「死ぬようなことを行なうつもりはない。 ただ、最高神の残滓を打ち消すには相当の労力を要する」
「それは分かっていますが……。 明確な目標がなければ、俺はずっと耐えられる気がしません……」
「しかしどうだ。 そなたの体内には当初以上のマナを確認できるが、それだけでは不満なのか?」
「俺にはあまり実感できない程度なもので……」
「安心せい。 少なくとも、残滓は少しずつであるが崩壊を始めている。 その表れとして、そなたの身体にはマナが微量ずつ浸透し始めているしな。 変化というものは劇的ではないから、暫くは我慢だ」
「具体的にいつ頃まで、とか?」
「妾の魔法強度を上げれば早まるが?」
「どうせなら、それで……」
「であれば──」
ハジメが目覚めると、そこは見慣れた自室だった。 四畳ほどの空間なので部屋と呼ぶには程遠いが、それでも一人の部屋を与えられているというのは気持ちとしても楽だ。
「俺はまた──痛ぅ……!気を、失ったのか……」
身体の痛みと軽い倦怠感がハジメを苛む。
ツォヴィナールは容赦がない。 ハジメが強度を上げるようにお願いしたその瞬間から、彼女はハジメの限界ギリギリで攻撃魔法を連発した。 ハジメはただそれにじっと耐えるしかなく、明るい未来を思い浮かべ続けて痛みを我慢し続けた。
『妾が他の属性でなくて良かったのう。 火であれば火傷は免れんし、風であればそなたを切り刻まなければならないところだった。 土であれば全身打撲では済まない大怪我をしているところだぞ?』
ツォヴィナールはそんなことを言っていた。
水属性の魔弾は他属性よりも攻撃性能が低く、衝撃こそ強いものの付加的な効果はない。 彼女が言うように他属性の攻撃であればもっと悲惨な状態だったことを考えると、今の状態は幾分かマシらしい。
「……とはいえ、昭和じゃねぇんだからよ。 スパルタとパワハラで強くなれる時代はとっくに終わってるっての……! ただ──」
ハジメは自分の体内に意識を移してみる。 するとそこには、以前よりもやや大きなマナの灯火が感じられている。
あの事件までは、ハジメは大量のマナを自分の周囲に感じられていた。 今でこそ、その感覚は失われているし、あれと比較すれば体内のそれは極々微弱なものだ。 しかし、確かにそこにはある。 魔法の源泉たるマナの鼓動は、着実に息づいてきている。
「こうやって結果が見えてくると、逃げ出す気にもなれないんだよな……。 痛ってぇけど」
ハジメが身を起こしてマッサージなどを繰り返していると、自室の扉が開かれた。
「目覚めたのなら仕事に移れ」
「……はい、分かりました」
いくらハジメが疲れていようと、決められたノルマは消化しなければならない。
パーソンの言葉は厳しいものばかりだが、ハジメを虐めようとかそういった悪意はない。 ただ単純に、規律に忠実なだけだ。 ハジメがそこに気づくまでに幾分か時間はかかったが、愛があるからこそのものだと今では理解している。
(うざいかうざくないかでいえば、正直うざいけどな。 まぁ、俺が強くなったら万事解決する話だ。 頑張るか……!)
ツォヴィナールのかわいがりもあって、ハジメはブラック企業に順応し始めたサラリーマンのような思考を持ち始めている。
周囲には愚痴をこぼす対象もいなければ、ハジメより楽している者もいない。 もちろんここが町などであれば多少の融通が効きそうなものだが、教会組織というのはどこもストイックだという前提認識があるため、そこに疑問を呈するハジメではなかった。
(俺が強くなって、早くレスカを元に戻してやりたい。 あの娘には世界を巡りたいって夢があるんだ。 それにエスナも生きている。 いつ誰が死ぬかわからない世界である以上、俺が少しでもチンタラしていたら再び別の不幸が起こるかもしれないんだ。 だから俺がここで踏ん張らなくちゃな)
明確な目的ができたことで、ハジメの行動にはブレが少なくなってきている。 これまでは何かにつけて悩んで打ちひしがれていたものだが、今ではポジティブな思考ばかり湧いてくる。 それは感謝を再認識した彼自身の成長でもあるし、だからこそ周囲のサポートが得られている現状には満足感しかない。 もちろんツォヴィナールもパーソンも厳しいが、言ってしまえばそれだけだ。 地球で得ていた感性をこの世界にチューニングすれば、行動することは容易い。
(この世界は、安全であるという基本が無いからな。 その前提で考えれば、今の状況なんて屁でもないな。 なんだ、楽勝じゃねーか)
ハジメはここまで運だけで生存してきたとはいえ、そこそこ辛い経験をしている。 それによってある程度の甘えた感性は払拭され、強靭な思考力を得られている。 とはいえそれは、自らを騙していることに他ならないのだが。
「ナ、ナール様! なんか、なんか来そうです……」
「えらく時間が掛かったのう」
ツォヴィナールの特訓が始まって一ヶ月弱、漸くその時がやってきた。
ハジメに生じたのは、何かが割れるような感覚。 それに引き続いて急激なマナの動きが感知され、その激しいうねりはハジメに恐ろしささえ伴わせていた。
「え……っ……ちょ、っとコレ、は……」
それは、全身のあらゆる部分から未知の液体を流し込まれるようなもの。 魔法使いであれば一般的な感覚も、突然に、それこそ急激に生じれば不快感を生んでも仕方がない。 もちろんハジメはそれを不快感以上の苦痛として受けて止めており、ある種の薬物中毒なような酩酊状態を引き起こす。
ハジメの視界が歪んだ。 かと思えば平衡感覚が狂い、それは激しい眩暈となって苦痛を助長する。
「体内に観測可能なマナ容量が微量とはいえ、それそのままにハジメの限界ではなかったか。 だがそれも当然だな。 なにせ最高神のマナを浴びていたのだ。 マナの流入が無かったとはいえ、それによる変化が生じていなかったというわけではない」
ハジメの苦しむ様子を眺めながら、ツォヴィナールはその現象に理解を示していた。
「マナの回復機構は単純な拡散現象に伴うもの。 マナはより濃い場所から薄い場所へ。 今まさに、空虚だったハジメの中にマナが満たされ始めている」
よく見れば、ハジメの胸元が光を帯びている。 その発生源は、そこに刻まれた魔導印。
「つまらん作業もこれで漸く一段落か。 恐らくこれからの方が辛いと思うのだが、此奴は耐えられるかのう」
ブラックアウトへ向かうハジメの耳にツォヴィナールの声は届かず、修道院にやってきてから何十回と繰り返された意識の消失はここに一旦の落ち着きを見せることとなった。
▽
ハジメの手元に魔導書が出現した。
「これが、俺の……」
ハジメが感動に身を震わしている一方で、ツォヴィナールは疑問を呈していた。
「色は黒、いや紺色か。 属性の判断が付かんのう」
暫くハジメは魔導書を手元で遊ばせ、そこから徐に装丁を開いた。 すると一ページ目には、ハジメが読めない文字だけがびっしりと記載されている。
「ナール様、よろしいですか?」
「なんだ?」
「読めないんですけど……」
「どれ、見せてみよ」
ハジメがその部分をツォヴィナールに見せてみると、彼女は少々驚いたような表情を見せた。 そのまま数ページ捲って、一度息を吐いた。
「ふむ……なるほど。 最高神はこうなることも折り込み済みだったというわけか。 サブプランとしての魔導書応用だが、まさかこのような状態まで見越していようとは……」
「えっと……?」
「これがそなたに読めなくて当たり前だ。 それこそ神に属した者でなければ解読は不可能だしの」
「神様の文字、ってことですか?」
「その理解で十分だ。 さて、どこまで彼の者の思惑通りなのかのう……?」
「それでえっと、ナール様はこれが読めるんですよね?」
「読める。 だが妾がそなたに教えられることは無い」
「それは、どうしてですか……?」
「それを言えば内容を伝えるも同義なのだがな。 そうだな……有体に言えば、その記載は妾たち神への戒飭だな」
「かい、しょく……?」
「警告文という意味だ。 そなたの指針に過度な干渉はせぬように、とな」
「えっ……?」
なぜここで神への警告が出てくるのだろうか。
勿体ぶらないで教えてくれたらいいのに、という思考がハジメに湧く。 しかし、以前ツォヴィナールからは求めすぎるなとの警告を受けている。
(何が隠されているのか知りたい。 だけど、それを求めちゃいけないことも分かってる。 ここまで色々やってもらっていたんだからそれくらいいいじゃないかと思う反面、十分すぎるほどに施しを受けているというのもある。 なんで神は俺にスッパリと次の行動を規定させてくれない……?)
「最高神はこのような状況になることも見越しておった。 こうやって妾のような神崩れが干渉することまでも、な。 だからこそ、そこには妾たちに対する干渉制限が記載されている」
「どうしてですか……?」
「彼の者の考えは遠く、妾でも推測の域を出ない。 憶測で言うならば恐らく、最高神はそなたの成長を期待しているということだな」
「最高神アラマズドは現状を憂いて俺を呼び出したんですよね? どうしてそこで俺に決定権を委ねるんですか?」
「それはそなたが直接聞けば良かろう。 その声はランドヴァルドへ誘っているのであろう?」
「なんでこんなややこしい手段を……」
「分からん。 しかしその記載はなにも、そなたとの接触を禁じるものではない。 妾が勝手にやることに関しては問題はないしの。 妾としてもそなたには最高神の加護を取り戻してもらわねばならんからして、協力は惜しまん」
「それはありがたい限りなんですが……」
「疑問は尽きぬだろう。 それを解決していくことをこそ、最高神は期待しているのだろうと妾は思うがな。 とにかく、ここからはそなたの魔法力向上に重点を置く。 これは妾が勝手にやることだから気にせず享受せよ」
「あ、ありがとうございます……」
煮え切らない感情を抱えながら、それでもハジメはツォヴィナールが手伝ってくれることにまずは感謝を覚える。
「早速始めるぞ。 良いな?」
「は、はいっ……!」
(ナール様、今回はやけにやる気だな。 一体何が書かれてたんだ……? くそう、気になりすぎる)
「そなたの魔導書に記載された魔法は二つ。 ページを捲ってみろ」
「分かりました」
ハジメは一ページ目しか見ていなかったので、その後のページを次々に開いて流していった。 そこに書かれている文字はやはり全て解読できず、しかし魔法陣についてだけは何故か理解できるような気がした。 魔法陣に続いて数ページにわたる説明書きのような記載があり、一つ目の魔法陣に関しては見開きで終わっているが、もう一つは五ページを超える記載がある。 それぞれが全て魔法陣に関する説明かどうかは置いておいて、長文の記載はとあるページでプッツリと途切れている。
「魔法陣を見た時、その名前が浮かんだはずだ。 まずは一つ唱えてみせよ」
「わ、分かりました。 ふぅ……《改定》!」
しかし何も起こらない。
「あれ……? 《改定》、《改定》!」
何度も試してみるが、結果は同じだった。
「たわけ。 魔導書にマナを込めずに魔法が発動できるものか」
「えっと、そうなんですか? エスナは詠唱も無しに魔法を発動してた気がしたので」
「それぞれの属性に関わる現象に関しては、多少であれば詠唱は必要ない。 風属性が小さな風を起こしたり、光属性が光を発したり、など。 その魔法──“改定”であれば、ある程度そこに含まれた意味も理解できよう?」
「そう、ですね。 俺の頭に浮かんだイメージは、何かに作用して発動できるって感じでしたし」
「まぁ良い……。 まさかマナの操作も知らぬわけではないな?」
「流石にそれくらいは……大丈夫かと」
大丈夫だと断言できないのが口惜しいが、最高神のマナが存在しているときには散々やっていたことなので可能だと判断する。
ハジメは魔導書を握ったまま、武器に這わせる要領でマナを注入していく。
(……っと、これがマナを放出する感覚か。 魔導書にどれだけマナを注げるか分からないけど、このまま続けてたら体内のマナが喪失しそうな感じだな)
ある程度注入したところでハジメはその行動を止めた。 そして念願の魔法を発動する。
「……《改定》!」
しかし何も起きない。 唯一生じた変化があるとすれば、ハジメの足元に魔法陣が見えたことと、魔導書内のマナが減ったこと。
「な、なにゆえ……!?」
「とりあえずスタートラインには立つことができたな。 それはそなたの魔法だ。 妾があれこれ言うより、試行錯誤を繰り返した方が見えてくるものもあるだろう。 それゆえ、ここからはそなたの独自性に任せる」
「魔法って、誰かに見せてもらうとかそんな感じじゃなかったですか?」
「一体誰が、そのような奇怪な魔法を指南できる? 本当に魔法の理解を進めたいのであれば、その魔導書を読み解くことを薦める。 まぁ、それをするくらいなら実践したほう早いと思うがの」
「読むのは……無理そうですね。 なので色々試してみたいと思います」
「うむ。 基本的な質問に対しては返してやるし、そなたの強度を上げることに関しても引き続き手伝ってやろう。 ここからはそなた自身との戦いだ。 満足いくまで魔法の世界に入り込むが良い」
「ありがとうございます。 ここで一つ質問なのですが、俺の強度を高めるとは一体……?」
「これまでやってきた方法と同じだ。 魔法を受け、魔法に対する耐性を引き上げる。 原始的な方法だが、これが最も理に適った方法だからな。 これに関しては日々手加減せぬからそのつもりでな」
「わ、分かりました……」
「もう一つの魔法に関しては試さないことを忠告しておく。 では健闘を祈る」
ツォヴィナールは最後に不安な言葉を残して修道院へ戻っていった。 その足取りは何やら楽しげで、それがハジメに安心感を与える。
「ふぅ……。 ナール様があの様子ってことは、多分いい感じに物事が進んでるってことだよな……? まさかこれからも俺をボコることに楽しみを覚えてるってことは無さそうだし……いや、あり得るか……?」
そう言ったあたりで不敬な発言をしていることに気づき、ハジメは急いで口を手で覆った。
「聞かれてないよな……? よし、とりあえずここからは俺の時間だ。 気が済むまでやるぞ……!」
ようやく手にした、次へ進むためのピース。 ここまで散々失ってきて、それによって得られた力だと言っても良い。 だからこそ、大切に扱わなければならない。
「とはいえ、この力が危険なものだった場合が怖いんだよな。 魔法のイメージから俺が爆死するようなことはなさそうだけど、それでも万が一ってこともあるしな……」
魔法は超常の力だからこそ、その使用には慎重にならねばならない。
魔法は使い方によって世界をどうにでも変えられる力だ。 ゼラやオリガのように壊す力もあれば、パーソンのように癒す力もある。
「要は俺の意識の問題、だよな。 フリックも魔法は意志の産物って言ってたし、俺が悪意を以て魔法を使おうとすれば、魔法もそれに応えてしまうだろうしな。 だからまずは、魔法の理解と方向性の規定が最優先。 他にもトレーニングは欠かせないし、修道院に置いてもらってる以上、日々やるべきことがある。 効率化を図らねぇと」
ツォヴィナールが言ったように、ハジメはようやくスタートラインに立てたようだ。 しかしその時点から課題は山積しており、それはつまり準備段階に於いて問題があるということ。 知識然り心積り然り、現状行動を起こす前に大切な要素が欠けているとハジメは理解している。
「さて、時間は限られてるぞ黒川ハジメ。 これからは、ただがむしゃらにやるだけじゃ駄目な領域だろう。 だから常に思考をフル回転させて生活しないとな……!」
ハジメは一歩目を踏み出した。 それはこれまでの守られてばかりの自分との決別であり、狂った世界への参入も意味していた。
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