第47話 ナールの手解き
会話回。
「ナール様におかれましては、ご、ご機嫌麗しくお過ごしであ、あらせられましょうか……?」
「硬い。 もっと普通に話せんのか、気持ち悪いのう。 出直せ、愚か者」
「はい……」
ハジメはこれで何度目か分からない出直しを命じられ、教会を後にする。 そしていつも通り傷心して池のほとりで佇む。 これがハジメの負のルーティーン。
「魔法を覚えなきゃなんねぇのに、なんで言葉で躓いてんだよ……! 難し過ぎだろぉおおお!」
「クロカワ、静かにしろ」
「でもパーソンさん! これじゃ一生話が始まんないっすよ!」
「私に対する言葉遣いも気をつけろ。 普段から気を張っていないのに、本番でうまくいくわけがなかろう」
「そりゃそう……ですけど」
ハジメが修道院に身を置いて早一ヶ月。 パーソンから日々教えを受けているだけあって、異世界で問題なく会話できる程度には言語能力が向上した。 言葉に比較して文字の方は未だにからっきしだが、少なくとも日常会話は問題がない。
「時間を無駄にするな。 手が空いたのなら次の仕事を探せ。 そう言えば回廊が汚れたままだったぞ」
「あ、やべ!」
ハジメは失念していた仕事を思い出し、パーソンへの挨拶もなく走り出した。
「まったく……。 ツォヴィナール様が見ているのはそういうところなのだがな」
パーソンはやれやれと言った様子で肩をすくめ、おっちょこちょいなハジメを憂う。 先は長そうだな、と。
「パーソン、その後ハジメのマナに変化は?」
ハジメが必死に仕事を熟す中、ツォヴィナールとパーソンはハジメに関して考えを巡らせていた。
「内在マナはほとんど確認されず、増加の兆しもありません。 マナの存在から魔法使いと言えば魔法使いですが、どうにもマナを取り込む機構に問題がありそうです」
「ふむ。 妾と意見は一致しておるな。 恐らくあれは、長らく最高神のマナに触れていたことによる副作用であろう。 体表が強力なマナで保護されていて、体外のマナを弾く作用が機能していると妾は推察する。 そうでもなければハジメの肉体はとっくの昔に変質してしまっていただろうから、当然といえば当然だが」
「それはどういう……?」
「本来ハジメを覆っていたマナは、あやつの意思を反映する空間魔法的作用を示しておった。 もしあれが体内にまで及んでいた場合、強制的に活性化された肉体は崩壊していたはず。 だからこそ体表ギリギリでマナを留めることで肉体に影響を及ぼさず、なおかつ本能的な意思を汲み取るための限界を攻めていたのだろう。 その結果、多少なり影響を受けたハジメの肉体は過度にマナを弾く性質を帯びていると考えられるな」
「それでは今後魔法使いとして成長することは困難なのでは?」
「そうかもしれんし、そうではないかもしれん。 こればかりは流れに任せるほかないが、あやつの意識次第で如何様にも未来は変わり得る。 人間とは流動性の生き物なのであろう?」
その後もハジメの生活は続く。
言葉自体は饒舌に操れるようになったにも関わらず、ツィヴィナールは一向に次へ進ませてくれない。 なので、ただただ日々が浪費されていく感覚にハジメは焦り、ある種苛立ちすら感じ始めていた。
「クロカワ、掃除だからと馬鹿にするな。 ただ漫然と熟すだけの行為など、何の意味もないぞ」
ハジメはここの生活に馴染んでいた。 朝早く起床して朝の祈りを行い、朝食までの間に作務を熟す。 朝食を終えたら本格的に仕事──広い修道院内の清掃から畑作業、時には木材の調達など──を行い、昼食を摂る。 その後も仕事は続き、夕の祈りを捧げて夕食、そこからようやく自由時間となるわけだが、自由時間はパーソンから教えを受ける時間に充てられる。 そして最後に就寝前の祈りを捧げて一日は終わる。 そうしていれば一日は一瞬で過ぎ去り、ハジメとしては何もない一日として知覚される。 その中で実際は言葉や文字の扱いが日々向上しているのだが、やはり目に見えた成長がないことはハジメにとって焦りを生む要因となりうる。
「はい。 申し訳ありません」
「弛んでいるな」
「どこが、でしょうか?」
「それが分からねば、お前はこのままだ」
「……?」
パーソンはそれだけ言うと自分の仕事に戻っていった。
「何なんだよ……」
ハジメは悪態をつきながらも日常動作を終えていく。
すでに仕事にも慣れてきたこともあり、あまり考えることもなく時間が経過する。 とはいえ、慣れてきたということは余裕も生まれるということなので、ここにきてようやく自分の時間を持つことができ始めていた。
「……ああ、くそ。 魔法が分からなくなってる……っ!」
ベルナルダンの事件以来、ハジメは周囲のマナを感じ取れなくなっている。 それも当然だろう。 ツォヴィナールの話では、最高神の力は全てレスカに譲渡されていて、ハジメにはそれが残されていない。 にも関わらずハジメには魔導印が残されているし、マナに対する近く能力自体は残されている。 だからそのチグハグさがハジメの感覚を狂わせる。
「空気なんかと同様に、世界にはマナが溢れている。 それが分かるのに、どうして前みたいにできないんだよ!」
以前であれば武器──黒刀にマナを纏わせて、付加された魔法を起動できていた。 それが今では、“強化”も“加重”も“減軽”も全て機能しない。 そのため黒刀はただ重いだけの筋トレグッズに成り下がってしまっていた。
「魔法が使えなきゃ、あんな化け物連中と渡り合うのは無理なんだ……! こうやって黒刀を振るってたって意味ねぇんだ」
だからと言って他にやることもないので、自己強化と称したトレーニングは日々欠かしていない。
健康な生活リズムと日々の仕事、そして鍛錬はハジメの身になっているのだが、焦りはそんな感覚を打ち消す。
それからハジメは自分の置かれている状況を解決できるはずもなく、
「妾に解決策を見出してほしい、と?」
ツォヴィナールに直接尋ねることとなった。
「はい。 恥を承知でお願いします」
「そなたはどうしたい?」
「どう、と言われましても……。 言葉も常識も、通り一般のことは学びました。 ですが、ナール様は一向に俺を次に進ませていただけません」
「妾が悪い、と?」
「い、いえ、決してそのようなことは! ただ、俺にはこの生活から新しい何かを見出すことができません。 どうすれば良いのでしょうか?」
「ふむ……。 ではハジメ、そなたはこれまで、妾に会いに来てどうしていた?」
「お、覚えた言葉でナール様と会話を……」
「会話? 会話なぞしておったか?」
「えっと、それはどういう……?」
「そなたは覚えた言葉を妾に披露していただけだったぞ? まるでお遊戯会のようにな。 それを会話と言い張るのか?」
「そんなつもりは……」
「会話なら今ここでしておろう。 そなたとちゃんと会話をしたのは、あれ以来今日が初めてなような気がするがの」
ハジメはここで少し考える。 そしてすぐに土下座のスタイルへ移行した。
「申し訳ありませんでした! ナール様の言葉を理解せず、勝手な解釈をしておりました!」
ツォヴィナールは一般常識を学べと言っていた。 それをハジメは曲解して、一般常識を彼女に見せつけるということしかしてこなかった。 「私はこれだけ話せます」だとか、「私はこんな言葉遣いを覚えました」と言った具合に。 そんなことをされても、ツォヴィナールとしては「だからどうした?」としか言いようがない。
「良い。 そなたが最低限の言葉遣いを覚えたこと、それを以て妾に対する礼節として受け取る。 だが、妾はそなたにもう一つ付け加えておったの?」
ハジメは頭を垂れたまま、あの時のツォヴィナールの言葉を必死に思い出す。
『まずはパーソンから一般常識を学べ。 それを以て、そなたが次に進んでいると判断する。 礼節と感謝を覚えたら、そこでようやく話してやろう』
「感謝……?」
「強要はしておらんぞ? だが、そなたの言葉は誰が教えてくれた? そなたの生活基盤は誰が整えてくれた? そなたの命は誰が救ってくれた? ……挙げればキリがないが、そなたが今こうして生きていられるのは、そなた個人の行いだけからくるものではあるまい。 パーソンだけでなく、これまでの生活ではレスカ、エスナ、フエン、その他多くの人間の支えがあって、ようやくそなたの命が成立している。 そこに考えが至らぬ時点で、成長というものは得られん。 だからこそそなたは、立ち止まってしまっているのだろうよ」
「そう、ですね……。 失念していました。 俺は俺が生きていられることを当然と思い込んでいました。 エスナとレスカが居たから、リバーやフエンちゃんが来てくれたから、フリックさんやダスクさんたちが守ってくれたから……」
気づけばハジメは涙を流していた。
ハジメの命はハジメだけのものではない。 これまで多くの人間が良くしてくれたからこその賜物だ。 誰か一人でも欠けていれば、こうして今なお健康に生きられてはいなかっただろう。 そこには最高神の加護があったのかもしれないが、少なくとも彼らが居たことは紛れもない事実。 そんな彼らが傷ついて、死んでもなお守ってくれたこの命に対して、ハジメは考えることすらしていなかった。
(俺のせいで、とか言ってたけど……俺はその自責で自分が傷ついた気になってただけだった……。 申し訳なさばっかりで、感謝って概念を忘れていた……)
「感謝を言葉にしろとは言わん。 形にしろとも言わん。 だがそれでも、想うことくらいはしてやれ。 そこには死した人間もおろうが、其奴らに対しては悼むのではなく偲ぶのだ。 そうすれば……まぁこれ以上は言うまい。 まったく、人間というのは感傷的でかなわんな」
「ナール様……貴重なご意見、を、ありがとうございます……」
「顔を上げよ。 いつまで下を向いて話すつもりだ? 失礼であろう」
「す、すいません……。 ナール様への感謝を五体投地で表しても……?」
「パーソンめ、余計なことを教えおる……。 とにかく立て。 立って会話をせよ」
「は、はい、直ちに……」
ハジメは身を起こし、涙を拭ってツォヴィナールを見る。
「これでそなたも一人の人間だ。 感謝を忘れれば、人は人でなくなる。 人として生きたくば、想いを大切にすることだ」
「肝に銘じておきます」
それなら早速、と前置きしてツィヴィナールは本題へ移る。
「ハジメ、そなたの願望は?」
「レスカを助けることです」
「だろうな。 だが、それは無理だ」
「え、なぜ……!?」
「今は、という意味だ。 そう狼狽えるでないわ」
「す、すいません」
「先日そなたにも伝えた通り、最高神の力は全てレスカに譲渡されている。 そしてレスカを覆い、生命維持作用を発揮している。 そなたがレスカを救おうと考えるなら、最高神のそれを超えた力で以て魔法を発動させ、その上でレスカの肉体を回復させなければならん」
「それは、えっと……最高神の力を越えるだけでは困難なのですか?」
「簡単に言いおる。 最高神の力を解除した瞬間にレスカは死ぬのだぞ? 例えるなら、現在のレスカは両端が切れかけの吊り橋の上に居るようなもの。 レスカを生存させるには、まず吊り橋を安定させる必要がある。 そなたは吊り橋を安定させながら、安全が確保されている地上まで運ぶ──回復させねばならん。 それを同時に行なって、ようやくレスカの命は保証される」
「仰っている内容は分かりました。 では神の力を越えるにはどうすれば……?」
「そなたは本質を分かっておらん」
「本質……?」
ツォヴィナールは足を組み替えて顎に肘をつく。
「人間が神を超えるなど不可能。 人間どもは神に至ろうなどと不遜にも考えておるがな。 ただ、勘違いをしている。 人間どもが目指しているのは神の世界の入り口を見ることと同義であり、神とは入り口から程遠い遥かな頂。 神を超えるなど、考えることすら烏滸がましい。 人間にまで堕とされた妾とて、それはできようもない」
「じゃあ、レスカは……」
「早合点するな。 これは人間であれば、という話だ。 そなたであれば神を超えられる。 アラマズド神が単なる人間如きを送り込むわけなかろう。 ただそれも、長い目で見ればという話だがな」
「えっと、俺であればレスカを救えるということで間違いないですか?」
「有体に言えばな。 だが、現在のそなたの魔法力は一介の魔法使いに遠く及ばん。 肉体能力にしてみても、この世界の一般的な成人男性にも劣る子供だな」
「そんな……。 ではどうすれば……?」
「そなたの地力を上げる必要があるな。 さすればいずれ……寿命が尽きるまでには……いや、無理か……?」
急に自信のない発言を始めたツォヴィナールを見て、ハジメに不安が募る。
「ど、どうされました……?」
「そなたの伸び代が見えない以上、どうなるか分からん。 そのための筋道は立ててやるが、未来はそなたの努力次第だな。 しかしまぁ、ジジイとなったそなたとレスカが再開することにならぬよう急ぐことだ」
「レスカは時間が止まってるんですか!?」
「現状その認識で問題ない。 だが、即席で形成された奇跡である以上、今後どうなるかは神のみぞ知るといったところだ」
「ナール様も神様では?」
「今は窮屈な人間の肉体に詰め込まれておる。 神性は維持されておるから歳を取ることもないが、本来の力を扱えないということも確かだ。 そのあたりは、今後のそなたの成長でどうにでもなるがの」
「俺が最終的にナール様を人間から神様に戻せたら、レスカのことは万事解決では?」
「なぜ妾がそなたの手足にならねばならん? それに、神に戻った時点で人間界への干渉はできなくなる。 結局はそなたでどうにかするしかない。 他人に頼ることではなく、自分自身でなんとかできる策を用意せい」
「わ、分かりました……」
それが分からないから質問にやってきたのだが、それを言うのは野暮だろう。 ということでハジメは黙る。
「しかしまぁ、そなたに任せていては一生解決できぬ問題でもある。 だから妾が直々に解決へ導いてやる。 表へ出ろ」
「ど、どのような方法で……?」
不敵な笑みを浮かべて歩き始めたツォヴィナール。
質問に対する答えは返ってこなかったため、ハジメは黙って付いていく。
「ツォヴィナール様、どちらへ?」
途中、パーソンが声を掛けた。 普段教会から出ることをあまりしないツォヴィナールがどこかへ向かおうとしていることに違和感を覚えたからだ。
「ハジメを鍛える。 どこぞ使える場所はあるか?」
「ここから南下した場所に、湖を中心とした拓けた場所がございます。 そちらであれば」
「ふむ。 やはり修道院内は厳しいか」
「修道院内で御力を振るわれると、どこであろうと影響は出てしまうかと。 かといって表に出られるのもよろしくありませぬ」
「なるほどな。 ではしばらく此奴を借りるぞ?」
「畏まりました」
恭しく礼をして送り出すパーソンの姿に、ハジメはえも言えぬ不安を感じながら、黙ってツォヴィナールの後に続く。
ハジメは修道院の敷地から大きく離れた経験はなかったので恐る恐る進むが、ツォヴィナールはまるで自分の家のようにズンズンと目的地へ歩いていく。
(ナール様って裸足で際どい水着を纏ってるだけって感じだけど、足の裏痛くないのか?)
そんなことを考えながら辿り着いた場所は、対岸がギリギリ見える程度の広大な湖。 その周囲は十数メートルは湖を縁取るように木々が存在しておらず、キャンプなどのレジャーをするには最適だ。
「ナール様……?」
ツォヴィナールは森を抜けても歩みを止めず、そのまま湖へ侵入していった。 かと思えば、沈むことなく水上を闊歩している。 そして10メートル程進んだあたりでハジメの方に向き直った。 その光景は、パーソンがたびたびハジメに見せてくれていた歴史書──その中にある彼女の似姿そのものだ。
「そなたを鍛えるその前に、そなたが置かれている状態について説明しよう」
「えっと、その前に……ナール様のそれはどうやってるんです?」
「魔法だが? ……ああ、そうか。 そなたら人間は魔導書を介さねば魔法を使用できないのだったな」
「……?」
「追々説明する。 まずは聞け」
「了解しました」
そこからハジメは、最高神の力に関わる説明を受ける。
「これまでの奇跡は全て、俺の意志が反映された魔法だったということですか……」
「周囲の魔法使いの魔法強度が増したのは、そなたが望んだからだ。 自分を守れ、という具合にな」
「でも俺はそんなこと、考えたことなかったですが……?」
「最高神のそれは、そなたの本能的な意識を掬い上げて形にしていたのだろう。 例えばもし、そなたと別の誰かが窮地に陥っていたとしよう。 その場合、そなたは自分以外を助けてくれと願うかもしれない。 ところが本能的な部分では自己の生存を望んでいる。 最高神はそなたの生命が最大限維持されるよう、後者のような根源的な願望を叶える機構を取り付けたのだろうよ」
「だとしても、魔法が発動されるような感覚はありませんでしたが……」
「当たり前だ。 神の魔法は人間のようにややこしい段階を踏む必要がないからな。 妾が水を自在に操って水の上を歩くことができるのも同じこと。 そして神の魔法を人間が模倣する上で生じた制約が、魔導印や魔導書。 まず魔法を使用するに足る才能を持ち合わせているかどうかという部分で第一段階の制約──魔導印が存在する。 これがなければ、そもそも魔法を使用する資格は無い。 そして第二段階として、魔法を使用する者の能力に見合った魔法のみを出力する媒体である魔導書が存在している。 人間はその二つの制約を介した場合でのみ魔法が使用できる仕組みになっておる」
能力に見合った魔法のみが使える。 それはつまり、適正のある属性以外は使えないということ。 加えて、自分の能力を超える魔法は使えないということ。
フエンが初級の魔法力なのに中級相当の魔法が使えたのは、それが性格などを加味した能力に見合っていたというだけのこと。 ただそれは、能力にそぐわない魔法を完全に使えないということではなく、完全には使いこなせないという意味だ。 魔法に性格影響が大きく関わっていることが解明されたのは近年だし、まだまだ魔法という世界は人間の知識の範疇に収まりきっていない。
「俺には魔導印があります。 これはどういう理由でしょうか?」
「そなたは元々魔法技能はなかったが、身体を覆う強力すぎる力によって二次的に魔法使いとして目覚めたのだろう。 だが、そなたの魔法力以上に強い力が出力を抑え込んでいたために、魔導書を出現させることはできなかった。 それでも、体周囲のマナを操作するという部分では機能していた。 だからこそ、そなたはマナを知覚できるようになったし、武器に纏わせるような芸当もできるようになったというわけだな」
「そういうカラクリだったのか……」
「意識するだけで魔法を発動させるという芸当自体、神のそれだしの。 そんな奇跡がすでに介在している状態でそなた自身の脆弱な魔法を展開させようなど、そもそも無理な話だったというわけだ」
「でも今は、俺の周りにその力は無いんですよね? それじゃあ──」
ハジメは期待に胸を膨らませる。
(魔法があれば、今までの弱い俺ともオサラバできる。 成長できる伸び代が見えるのなら、レスカを助けるためにどれだけだって努力できる……!)
ここまで待ち望んでいた魔法の使用機会が、ようやくやってきたのだ。 これまでの無力感を払拭する意味でも、魔法の存在は重要だ。
「何を期待しておるか知らんが、そなたを覆う力が不在だからといって、それが魔法を使用できることには繋がらんぞ?」
「へ……?」
「言ったであろう。 そなたの魔法力は貧弱すぎる、と。 今のそなたの能力はマナを知覚すること、そして動かすこと。 それだけだ。 魔法使いの世界では赤子も赤子だな」
「そ、そんなぁ……」
ハジメはガックリと項垂れた。
許容量を超えた知識によってそろそろハジメの理解も限界になりつつあり、ついでに頭痛も彼を襲っている。 しかしツォヴィナールはそんなことなどお構いなしに言葉を綴る。
「最高神の力の核が失われたとはいえ、そなたを覆っている力の一部は残存してしまっている。 それが外部からのマナの流入を妨げ、そなたの成長を阻害する要因にもなっている」
「えっと、それはどういう……?」
「魔法使いの成長にマナの取り込みは必須の過程。 魔法使いは魔法使用によるマナの消費と回復を繰り返すことによって“魔導回路”を活性化・成長させる。 魔導回路とは血液を流す血管のようなもので、マナを体内で維持・循環させるためになくてはならない構造だ。 魔法使いはマナを受容できる脳と肉体を持つ者のことで、そうであるからこそ魔法使いなのだ。 だが、そなたの場合は最高神の力が肉体の外で全てを完結させていたため、魔法使いと言えるほどの身体にはなっておらん。 気休め程度のマナはそなたの体内に確認できるが、今なお薄皮のように張り付いた力の残滓がマナの出入りを邪魔して、魔導回路の活性化には程遠い状態だな」
「分からなくなってきました……。 頭痛てぇ……」
「説明が冗長過ぎたな。 とにかく、そなたの成長を阻害する力が存在していることさえ理解しておれば良い」
「わ、わかりました……。 それに対して、ナール様はどうされるおつもりですか?」
ハジメは何気なしに聞いてみた。 しかしそれは間違いだったとすぐに知ることとなった。
「その障壁を叩き壊す。 そのためには、そなたに限界まで妾の魔法を受けてもらうしかないのう」
嗜虐的な笑みを浮かべるツォヴィナール。
「……え?」
現実を受け入れられず、ハジメは馬鹿みたいな声を漏らすしかなかった。
本作を読んで「面白い」「続きが気になる」と思われましたら是非ブックマークをお願いします。
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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。