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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第1幕 Intervention in Corruption
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第46話 腐敗の町

新しい町ということで説明回ですが、付随する要素がかなり多いですね。

町の構造を文字列だけで説明するのは骨が折れましたが、それでも多分伝わりづらい気がします。

ハジメを主人公にしたいのに、どうしても他の面々が目立ってしまう謎。

 教会の外、池の辺りで項垂れるハジメ。 そこへパーソンが訪れた。


「クロカワ」

「……はい」


 力無く上げられたハジメの顔はげっそりとしており、そこに生気が感じられない。


「何をやっている。 ツォヴィナール様を煩わせるな」

「……すいません……俺は、いや、その……ゔッ……!」


 吐き散らすハジメを見て、パーソンはやれやれといった様子で肩をすくめた。


「ツォヴィナール様のお話はまだ終わっていない。 これから何をするにしてもお前の現状把握が必須だ。 早く戻れ」

「で、でも……俺……」

「まったく、貧弱な男だ……。 不幸なのがお前だけとでも言いたいのか?」

「不幸、じゃない……。 不幸なのは俺以外、で……」

「それもこれもお前の意志でやったわけではあるまい? ツォヴィナール様はああ仰っておられたが、私はそうは思わん。 だから立て。 立って未来を歩め。 お前はここで止まるような男ではない」

「それは俺が、最高神の意図に乗せられてるから……」

「……埒が開かんな。 レスカを死の淵から救ってもらってもなおその態度を続けるというのは流石に我慢ならんぞ」

「レスカは、完全に無事だというわけでも……」

「本当にレスカを救いたくば、ツォヴィナール様の話を聞け。 お前の進むべき道はその先にある。 お前がこうしている間にもレスカがどうなるか分からぬのに、どうして腐っていられる? お前の願いはレスカを救いたかったのだろう?」

「そもそも……レスカを傷付けたのは俺で……だから……」

「なら安心せい。 もうそなたが誰かを傷つけることはないからの」


 突如ツォヴィナールの凛とした声が割って入った。 彼女が教会から出るのは珍しい。


「ツォヴィナール様……。 態々こちらまでお越しにならなくとも」

「パーソン、そなたもそやつの腐心に一々付き合うな。 続きは妾が話す」

「それでは……」

「妾も暇じゃないからの。 こっちで勝手に話させてもらう」

「……」


 流石に背を向けたままというのは失礼すぎるので、ハジメは身体を向き変え、視線をツォヴィナールに上らせた。


「そなたを覆っていた最高神の力だが、もうすでにそれはそなたの身を離れておる。 だから今までのように魔がそなたに迫ることはない」

「……!? なぜ……?」

「ようやく聞く気になったか。 現金なものだのう。 ……まぁよい。 そなたの願いを受けて妾が奇跡を行使したわけだが、死から人間を呼び戻すなど前代未聞だった。 だがそれが可能なだけの力は確かにそこにあり、結果そなたを覆うマナを全てレスカに譲渡する形で奇跡は成就された。 その力が未だレスカの元にあるからこそ、あやつは今なお生存しているわけだ。 ただしそれは完全なものではなく、死の淵で耐えているだけに過ぎん。 ひとたびレスカから最高神の力が失われれば、あやつは即座に死に至るであろう」

「じゃ、じゃあ、どうすれば……?」

「そなたは求めることしかせんな。 あいにくだが、ここから先は話さん。 先を見据えぬ者には不要な内容だからな。 聞きたくば、まずはパーソンから一般常識を学べ。 それを以て、そなたが次に進んでいると判断する。 礼節と感謝を覚えたら、そこでようやく話してやろう。 ……ハジメ、妾の気まぐれに感謝しろよ? 神とて永遠ではないのだからな」


 それだけ言うと、ツォヴィナールは身を翻して教会内へ戻っていった。


(フエンちゃんの言う通り、優しい人……神だな……。 今でさえ周りの人間がこんなにしてくれるのに、俺は……)


「クロカワ、あまりツォヴィナール様に迷惑を掛けるな」

「分かって……います」

「なら良い。 そろそろ食事の準備だ。 働かざる者、だぞ」


 先に戻るパーソンの背を見ながら、ハジメは考える。


(俺が災いを呼ばなくなったとはいえ、過去の事実は消えない。 レスカもギリギリ生きていられるだけで、何も解決していない。 ナール様が永遠は無いと言った通り、俺がここで腐っていたら、いつか奇跡が失われるかもしれないんだ……。 でも、俺にのし掛かる罪はあまりにも──重いんだ……)


 修道院を照らす陽の光。 それは、鬱屈とした気持ちを抱えたハジメを嘲笑うかのように眩い。


 ツォヴィナールの加護もあり、聖域にまで昇華された空間の中、その加護の光がハジメを照らし切るには、まだまだ時間が掛かるのだった。



          ▽



 城下町モルテヴァ。 人口一万人を誇るこの場所は、ヒースコート男爵によって治められる城砦都市。 それぞれの領地にそこを支配する貴族がおり、爵位が高いほど広大な土地と人口を集約できるが、モルテヴァは男爵領にしてはかなり大きい部類である。 それにはいくつかの理由がある。


 その一つは、ヒースコート領を挟む二つの領地──ブルームとリーヴスの両男爵領が疲弊しているということ。 これによってこの土地に物資も人間も集まりがちだ。 それら領地はヒースコート領南端のラクラ村のように、魔物や魔人被害がここ最近かなりの数報告されている。 そういうことも両領地から人材流出を加速させる大きな要因となっている。


 もう一つは、ヒースコート男爵が大きな事業に携わっていることが原因だ。 モルテヴァの北から北東部にかけて広がる森林・山脈群が広大な未開領域のため、開拓のために多くの人材や物資を必要としている。 未開領域ということで魔物が犇いており、その付近に位置しているモルテヴァは嫌でもそれらの脅威に対処しなければならない。 危険の度合いに比例して大きくなっているというのがモルテヴァという町であり、現状脅威に対して勝り続けているからこそ存続が可能となっている。


「これから俺たちは商業区から町に入る。 君たちはどうするんだ?」


 そう言うのはオルソー。


「フエンたちは平民区から入るです。 なので、到着前に途中で降りるです」

「そうか。 モルテヴァの詳細な状況は伝えた限りだが、他に知りたいことはないか?」

「フエンは先日滞在したので、ある程度知ってるから大丈夫です。 これは駄賃、取っておくです」


 フエンはバイセルに金貨一枚を手渡した。 バイセルは一瞬驚いたような顔をすると、すぐに金貨を懐に忍ばせた。


「フエンちゃん、そんなに渡して大丈夫?」

「どこに行っても魔法使いは稼げるです。 だから問題ないです」

「魔法使いは豪快でいいねぇ。 貰えるもんは貰うぜ」


 エスナとフエンが馬車に拾ってもらってから三日。 途中で村に滞在したり馬車内での宿泊を経て、ようやくモルテヴァが見える位置までやってきていた。


「世話になったです」

「お前たち、くれぐれも無茶はするなよ?」

「オルソーも助けが必要になったら魔法を分かりやすいようにぶちかますです。 そしたら助けに行ってやるです」

「本当に来てくれそうだから困るが……。 まぁ、そうならんようにするさ」

「オルソーさん、バイセルさん、お世話になりました。 では私たちはこれで」


 馬車はエスナとフエンを吐き落とすと、そのまま城門に向けて走り去っていく。


 エスナはモルテヴァの高い外壁を見上げる。


「大きな都市って、どこもあんな感じなの?」

「ここが特殊なだけです。 王都ギュムリとかはもっと普通です」


 モルテヴァの外観は少し歪だ。 外壁の高さが一定でなく、時計回りに高さを増しているからだ。


「身分によって住む場所の高さが異なるのも、身分差を明らかにするためです。 だからああやって螺旋階段みたいになってるです」


 モルテヴァには四つの身分階級が存在し、それぞれに対する住居区画が与えられている。


 まず北西から西にかけて位置する貴族区画があり、そこから一段下がった西から南西には商業区画、そこから一段下がった南西から北東には平民区画。 そして、そこからさらに一段下がった北が奴隷区画となっている。 それぞれの区画の高低差は実に約30メートルで、貴族区画の高さは地上約100メートルにも届きそうだ。


 地面と同じ高さに奴隷区画が続き、それこそ螺旋階段のように時計回りで各区画が配置されており、それぞれの区画に応じた高さの外壁が設置されることによって奇妙な外観を呈することにつながる。 貴族区画には約100人、商業区画には約1000人、平民区画に約8000人、そして奴隷区画が約1000人の住民が存在するため、設置されている外壁の面積もマチマチだ。 しかし外壁を全て最も高い位置で固定していた場合には貴族区画以外は日照が保たれないことになってしまうため、これは実に理にかなった構造となっている。 また区画ごとの城門が異なる高さに存在するために、外壁の外にはスロープのような広い道が螺旋状に伸びて町をぐるりと覆っている。


「それにしても奴隷区画、か。 それって村よりも酷いんじゃない?」

「それはそうです。 実際に見てみれば分かるです」


 各区画の間には階段が設置されて区画間通行が可能になっているが、とりわけ貴族・商業区画間、そして平民・奴隷区画間の交通は衛兵と検問によって厳しく管理されている。 これは身分意識をはっきりさせると同時に、流入を防ぐ意味で機能している。


 奴隷区画が一番低い高さにあるのも、北に位置しているのも、これも北部の未開領域を見据えた上での結果である。 ひとたび町を出てしまえば安全性が保たれないが、もし魔物が町に侵入したとしてもそこから30メートルの壁を越えて平民区画に辿り着くのは困難なため、外部の脅威を緩衝する意味でも奴隷区画は重要だ。


「オルソーが説明してたですが、町に入るには特殊な魔導具の着用が義務付けられるです。 エスナ、その腕で大丈夫です?」

「指摘されたら包帯でも巻いて火傷してるとでも言えば大丈夫ね。 でもそれって両足とかじゃダメなの?」

「装着しやすいから両手ってだけです。 足に付ける人間もいるし、腕と足ってパターンもあるです。 いずれにせよ、一対で機能する魔導具だから二箇所は必須です」

「ふーん、面倒ね」


 モルテヴァは非常に縛りや制限の多い町だ。


 町に入るにはまず、身分を確定する必要がある。 そのための魔導具が城門に設置されており、一度確定した身分を変えるには面倒な手続きと金銭が必要になる。 そして身分が確定すると、それに応じた区画での滞在や生活が許可される。 しかし区画移動にも制限があり、基本的には一つ隣の区画までしか移動はできない。 平民区画出身者は商業区画まで、という具合に。 そのため奴隷区角へ出入りを許されるのは平民区画の者だけだ。 一方で奴隷区角の者は区画移動の権利を持たない。


 奴隷区画の者は平民以上に重い制限があり、区画移動もさることながら、壁外へ自由に出ることすらできない決まりだ。 また奴隷区画の者は一対の魔導具を装着すると同時に、首にも特殊な魔導具の装着義務があり、これが奴隷という身分を示す材料にもなっている。


「首に輪っかのようなものが巻かれてたら奴隷です。 まぁ、奴隷区画以外で見ることはないです」

「私の村での扱いって、奴隷と同じ感じ?」

「似たようなものです。 でも平民ですらほぼ奴隷みたいなものです」

「どうして?」

「装着させられる魔導具が面倒なのです。 基本的に取り外しは難しい魔導具ですけど、無理に取り外そうとしたら爆発して四肢が捥げるどころの話じゃないです」

「なにそれ、物騒ね」

「それが平民に、商業区画の人間ですら装着義務があるです。 ただ平民と言っても所詮は農民相当なので、厳密には家名を持たない平民と言ったところです。 家名持ちの上級平民は商業区画に集まってるですから、実際には商業区画が平民区画ってことです」

「じゃあ平民区画は農民区画ってわけね。 町中に農村があるの?」

「概ねそんな感じです。 壁外はラクラ村なんかよりも魔物が多いので、村を壁で囲んだ場所が平民区画ってイメージです」


 モルテヴァは平民区画が大半を占めている。 それは平民だけで人口の約八割を占めているからだ。 平民区画の面積割合も町の七割ほどあるため、モルテヴァは都市という立ち位置を確保しているが、実際は広大な農村を壁で囲んだものという方が正しい認識だ。 しかし農村と言えど、きちんと区画整備されて無駄なく土地が運用されているので、そこらの村とは一線を画した町並みである。 因みにモルテヴァの残り面積三割は、それぞれ他の三区画が一割ずつを使用している。


「そこで止まれ。 ここから先は平民区画だが、行き先に間違いないか?」


 エスナとフエンは衛兵の声で足を止めた。


 二人は平民区画へ入るための城門にたどり着いた。 平民区画には東と南東、そして南の三箇所の城門があり、外壁に沿う道とは別に、それらから真っ直ぐ外へ伸びる道も併設されている。 これがなければ、北部の奴隷区画にまで態々回って、そこから螺旋状の道を進まなければならなかっただろう。


「間違いないです。 フエンは滞在したことがあるので説明は不要です。 これが通行手形です。 あとこれを」


 フエンは荷物の中から通行手形とともにプレートを提示した。


「なるほど、魔法使いか。 登録はここか?」

「そうです」

「手形は商業区画のものだが、平民区画で問題ないか?」

「今回は商売で来てないから問題ないです」

「承知した。 手形は一枚だけか?」

「一人分だけです。 エスナ」

「ええ、そうね」


 エスナは一瞬だけ魔導書を出現させたの地、すぐにそれを消した。


「魔法使いが二人も……? そう言えばベルナルダンで魔物被害があったと聞いたが、その関連か?」

「まぁ、そんなとこです」


(すでにベルナルダンのことは伝わってるですか。 それも間違った形で)


「通行税は本来二人で金貨一枚だが、上位の通行手形の提示に加えて二人とも魔法使いということで免除だ」

「感謝するです」

「それでは町への滞在を許可する。 では案内に従って進み、手続きを終えてくれ。 次の者──」


 二人は別の者の案内に従って城門を抜けた先にある建物へ。 中で待っているとカチュア=テザーと名乗る女性が現れ、そのまま別室へ案内された。 そこには金属板の設置された大型魔導具が設置されており、プレートの作成・更新に用いられる魔導具を彷彿とさせる。 これこそがモルテヴァを特徴づける装置であり、様々な縛りを課す元凶でもある。


「お二人の滞在中の身分を確定させます。 まずエスナさんから金属板に手を触れさせてください。 作業が完了するまでは触れたままでお願いします。 エスナさんは両手で構いませんか?」

「問題ありません」

「畏まりました」


 フエンが言っていたのはこれか、とエスナは一連の流れを観察する。


 カチュアはエスナが金属板に触れたのを確認すると、マナを注入して魔導具を操作し始めた。 魔導具は多くの魔法使いの技術を複合応用した叡智の結晶であり、プレートに関わるものと同様に土属性の錬金魔法をベースに様々な魔法が付加されることで出来上がっている。


 カチュアは町の出入りを担当する魔法使いであり、彼女の他にもそこそこの数の魔法使いが町の運営に関与している。 こうやって複数の魔法使いを運用することで、町が魔法的に管理できるようになっている。


 待っていると、エスナの両手の周りに粒子が形成され始めた。 それは次第に物質としての形を帯び始め、腕輪の形状を作り上げた。 そしてそのまま両の手首にフィットする形で落ち着き、魔導具は動きを止めた。


 腕輪には黒くエスナという名前が刻まれており、色は緑だ。 色は区画を表しており、貴族区画は赤、商業区画は黄、平民区画は緑、奴隷区画は黒という決まりだ。 また身分証明としても役立つ。


 エスナが腕輪に触れてみると、材質はツルツルとした冷たい鉄製であることが分かる。 太さは1センチほどだ。


 腕を締め付けない程度に固定されている腕輪は金属製で破壊は難しく、もし外そうとすれば相当な労力を要するだろう。


「これは外れるんですか?」

「町を離れる際にもう一度同じ作業を行えば可能です。 それ以外に外す術はなく、破壊するなどの野蛮な行為は禁止させてもらっています。 驚かれるかもしれませんが、正式な手段以外の腕輪解除を行おうとすると爆発する機構を搭載しております。 また、その腕輪は一対で運用されており、その二つが一定以上離れてしまっても爆発する仕組みです。 それもこれもモルテヴァの安全性向上のためです。 ご理解ください」

「分かりました」


 あまり質問しすぎて怪しまれるのも面倒なので、エスナはそれ以上何も聞かずにフエンに番を回す。 しかし安全性向上と言われても、全くもって理解できないというのが本心だ。


「では続いてフエンさん、お願いします」

「両手で頼むです」

「畏まりました」


 エスナとフエンは一連の作業を終えて、ようやくモルテヴァへの侵入を果たした。


 ふとエスナが言う。


「ここの主人は本当に心配性なのね」

「どうしたです?」

「あの魔導具。 起動中に見えていた魔法陣のいくつかを確認したけれど、行動制限を掛けるものがいくつかあったわ。 多分領主への攻撃なんかはできない仕組みね。 他にも気づかない縛りがありそう。 この腕輪は身分とかより、そういった制限を課すのが目的ね」


 これを聞いてフエンは怪訝な表情でエスナを見つめる。


「……その知識はどこから、です?」

「リバーさんと接続リンクした時に流れてきたんじゃないかしら。 もしかしたらお父さんかもしれないけど。 私が分かるってことは、あれは闇属性の魔法ってこと」

「よく見てるです。 そのあたりは、実際にこれを付けて生活してる住民に聞けば分かりそうです。 それで、これから何する気です?」

「主目的はゼラ=ヴェスパを殺すことだけど、色々知りたいこともあるからそこまで急いでもいないわ。 さっきの検問で衛兵が言ってたベルナルダンのこともそうだけど、町一つを滅ぼしてまでやらなければならなかったことって何か知りたいの。 あとは魔石のこともそうね」

「魔石の流れはトンプソン様の指令にもあったから、そっちはフエンが担当するです」

「分かったわ。 とりあえず宿を取らないとね。 フエンちゃん、どこか詳しい?」

「前回は商業区画から入ったので、平民区画のことは知らないです」

「カチュアさんに聞いておけばよかったわね」


 二人は住民から情報を得て、一件の宿へ至った。


 モルテヴァの大半は農村地帯となっているが、住民以外にも人間の出入りが激しいため、幾つも旅行者用の宿屋が設置されている。 危険地帯でありながら左右の領地へ行き来するためには必須の要衝であるモルテヴァは、経済が大きく回ることもあってどこの宿屋も盛況だ。 特に魔物退治は金になるため、戦闘経験に長けた者どもがかなりの数滞在している。 他の領地よりも稼ぎが良いと言うことで態々移住してくる者もあとを絶たないという話もある。


「いらっしゃい。 短期かい? 長期かい?」


 恰幅が良く、ふくよかな宿屋の女将──ランドラが二人を迎える。 慣れていると言うこともあって、第一声からこれだ。


「長期です」

「お嬢ちゃんは見た感じ若いけど、親御さんは? 隣の娘は母親ってわけじゃないだろう?」


 これもフエンには慣れたやり取りなので、何かを言い返すより早くプレートを取り出した。


「二人とも魔法使いだから心配無用です。 とりあえずこれだけ渡しておくです。 足りなくなったら言うです」


 フエンは徐に金貨五枚をカウンターに叩きつけた。 そこには子供扱いされた怒りが含まれていたのかもしれない。


「あいよ。 一室でいいかい?」

「それで構わないです」

「食事は朝夕付くけど、要らないなら前の日のうちに言っとくれ。 じゃあこれが部屋の鍵だよ。 出かける時は預けとくれ」

「分かったです、世話になるです」


 二人は平民区画で一番大きな宿屋を選択したと言うこともあって、昼間からそこそこ人の出入りが激しい。


「ふぅ、疲れたです」


 二人が宛がわれたのは、宿屋最上層四階の魔法使い専用部屋。


 部屋に入るや否やフエンは重い荷物を地面に置き、そのままベッドに直行した。 室内は広く、風呂やトイレまで設置されている。 一階から三階まではトイレが共用で、風呂は室内に設置されている形だ。 それもこれも、魔法使いがトイレを流すのに態々水を用意する必要がないからだ。 非魔法使いであればトイレや風呂のたびに一階の受付で水を貰わなければならず、これはどこに行っても同じ面倒な作業だ。


 モルテヴァは付近に大きな河川が流れていることで水不足に陥ることはなく、水属性魔法によって大量の水が貴族区画から奴隷区画まで行き渡ってさえいる。 また上水道も普及し始めているため生活の質は高いし、下水は町の地下で魔法技術の応用によって処理されるため、モルテヴァはかなり文明レベルの高い都市だと言える。 そういう点も、他領地から人間が流れ込んでくる要因だと言える。


「フエンちゃんは休んでていいわ。 私は町の散策でもしてくるけど、晩までには戻るわ」

「了解したです。 フエンは少し寝るです」

「仕事を探すならハンターギルドだっけ?」

「そうです。 商業区画にあるから、気になるなら行ってみると良いです。 お金はフエンの鞄に入っているので、適当の持って行くと良いです」

「分かったわ。 じゃあ、行ってくるわ」

「いてらー、です」


 エスナは女将に鍵を預け、情報収集に赴く。


「村にいたら一生くることはなかったかな。 それもこれもあんなことがあったことが原因だけど、少なくとも外の世界に出られるだけの力をくれたお父さんとリバーさんに感謝ね。 さて、ゼラを殺してこの腐った世界を変えなくちゃ」


 エスナは胸を躍らせながら新天地を闊歩する。 ゼラの殺害でさえ、今の彼女にはポジティブな要素として捉えられていた。

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