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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第2章 第2幕 Desertion in New Life
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第32話 知覚される彼の者

 レスカの発言によって、空気が一気に不穏になる。


「声、だと……?」

「え、聞こえないんですか……?」

「一体何が聞こえている?」

「微かに聞こえるだけですし、言ってる内容は分からないです」

「どこから聞こえているというのだ?」

「上……?」


 レスカとパーソンが天井を仰いだ。 しかしそこに誰かがいるということはない。 もしそこに誰かが居たのなら悲鳴が上がっただろう。


「レスカがまた変なこと言ってるぜ」

「イグナス君には聞こえない?」

「何も聞こえねぇっての。 やっぱお前おかしいぞ」

「……いや、おかしくはない」

「なんでだよ?」

「レスカの聞いた声が女性のものだからだ」

「どういう意味だ……? 魔物じゃねぇの?」

「クレルヴォー修道院──この教会の祀る対象は女性の神。 レスカがここで嘘をつく意味もないから、聞こえるというのならそうなのだろう。 しかし、私でさえ聞こえないその声を聞くとは……」


 パーソンは震える声で感極まる様子を見せている。 神との接触は彼ら教会勢力の悲願であり、ベルナルドゥスのように神から認められることこそ最高の誉れだ。 ただ、本来の目的は人々を良き世界に導くことであり、それはいわば二次的な到達目標だ。


 王国における教会の活動は遅々として進まないばかりか、排斥されつつある。 それはこの国の人々の信仰が足りないからであり、聖職者の信仰は神をこの世界に最低限留める程度の効果しか発揮できていない。 また、信仰を得られない影響として神は力を発揮できない。


「ん……? さっきあんたは神を彼とか言ってなかったっけ? 神って男じゃないのか」

「この世界に存在する神の姿は様々。ここに座す神の一柱が女性というだけで、神と言えば至高たるアラマズド神──彼の者を指すことが多い」


 古代のアルス世界では、自然信仰が行われていた。 太陽や月、星などの天体だったり、動物だったり、はたまた炎という自然物に対してだったり。 それがいつしか徐々に多神教へと移行して現代のような形態となった。


「そのアラマズドってのが男の神なのか。 まぁ、役に立つ知識か分かんねぇけどな」

「ランドヴァルド帝国に最高神を祀るライトロード教会がある。 この知識、帝国へ巡礼すれば役に立つこともあるだろうな」

「はいはい。 というか、王国って帝国と戦争してんだろ? 俺はそんな危ない橋は渡らないっての」

「確かに情勢を考えれば危険だな」

「そもそも帝国が王国に難癖つけてきてるのが原因だしな」

「それもまた改悪された歴史だな」

「俺にとって歴史とかどうでもいいけど、それに巻き込まれる連中も気の毒だよな」

「もはや気の毒では済まされないほどに情勢は悪化している。 現在の二国の争いは宗教的対立から生じているもので、全てはベルナルドゥス聖の教え子たるエーデルグライトとランドヴァルドの二者対立が原因だ。 いくら王国が神の存在を否定しようとも、神の力から始まったこの争いがある限り、いずれ真の歴史は白日の元に晒されるだろう。 だからこの話は、お前たちが聞いて損のないものだ」


 王国と帝国の確執は太古の昔から続いている。 それがなぜなのかまでは不明とされているが、帝国が王国の敵というのは歴然たる事実として認識されている。 帝国民は王国を蹂躙せんとする蛮族なのだ。


「あんたのは設定が混んでいて良くできた話だと思うけど、そんなことを聞かされても俺たちはどうしようもないって。 なぁ、レスカ?」

「知ることは大事だよ。 いつその知識が必要になるか分かんないんだから」

「まだ言ってんのか? 王国の人間がこれを信じたとしても、要は神が原因でみんな苦しんでるんだろ? じゃあ結局、神なんていない方がいいって意見が出るじゃないか。 だから意味ないんだって」

「イグナス、お前はなかなかに賢しいようだ。 ただ、これだけは言っておこう。 世界に邪悪をもたらしたのは神ではなく、その力を正しく扱えなかった人間の愚かさだ。 王国の人間は歴史を知ることで自らの愚かさを認識しなければならない。 そしてそれを悔い改めることで、ようやく平和な世の中へ向かうことができる。 そのためには指標が必要だ。 教会という絶対的な指標がな」


 イグナスは否定的な意見を述べたいだけなのだが、これが却って討論を白熱させるという事態を招いている。 それによってパーソンは子供には理解し難い話を次々に吐き出すこととなり、多大な知識はイグナスとレスカの脳を圧迫する。


 パーソンは彼の知る事実を伝えたいだけだ。 しかしこれは、ともすれば知識をひけらかしたいだけのコミュ障とも取られかねない。


「そういうのはいいって。 そんな話をされたって、結局今この時を幸せにしてくれないんだったら神なんて不要だよ。 みんなそう思ってるはずだし、俺はそう思ってる」

「なかなかに頑固だ。 だが、それでこそ我々の意味も生まれてくる」

「やっぱあんたもタージってやつと一緒だぜ。 正しさなんて人それぞれなんだから、他人がとやかく言うべきじゃ無いっての。 俺は俺を幸せにしてくれる神なら信じるけど、そうじゃないなら興味すらないね」

「ふむ、なかなかに痛烈な意見だ。 直接ここまで意見できる人間は少ない。 参考にさせてもらおう」

「やっぱあんたらのこと分かんねぇわ。 レスカ、お前ももう十分聞いただろ? 声が聞こえるってのも、どうせ疲れてるだけなんだって。 帰って休もうぜ?」

「ごめん、イグナス君。 あとちょっとだけ待って」

「ちょっとだけだぞ? じゃあ俺は先に出てるからな」

「うん、ありがとう」


 どうにもこの手の話はイグナスの琴線には触れなかったようだ。 しかしレスカはパーソンの話す内容が気になって仕方がなかった。 それは、単純な彼女の知識欲からくるもので、今まで散々抑圧されてきた感情がそういう形で爆発した結果だ。 多くを知ることは今や彼女の目的になっている。


 未だレスカの耳に聞こえてくる声も不快ではない。 修道院に訪れてから感じている全身を覆う感覚も、神に関する話も、なぜだか彼女には他人事では無い気がしていた。 だから爛々とした目でパーソンに疑問をぶつける。


「あの、さっきここに女の神様がいるって言ってましたよね。 それってどんな人……じゃなくて神様なんですか?」

「待っていなさい」


 パーソンは一旦どこかへ向かったかと思うと、その手に大きな本を抱えて戻ってきた。 それは豪華絢爛な装丁ではないが、歴史のある草臥れ方をした書物であり、随分と厚みのある一冊だった。


 パーソンは本を丁重に扱うと、とあるページを開いて見せた。


「ここに描かれている女性がツォヴィナール様。 水や海、雨を司る女神だ」


 そこに描かれていたのは、両足を水に浸して天から雨を浴びる女性の姿。 その足元には魚の姿も描かれ、女性が川や海の上にいるということが窺える。


「綺麗。 こんな女神様が世界にはいっぱいいるんですか?」

「元々この世界には様々な信仰が存在しており、最終的には我々の教義が広く布教されることとなった。 そして自然信仰の中で他文化を取り込み、多神教へと昇華されていったとされる。 だから人の姿で描かれる神はそう多くない」


 パーソンは語りに一致するページを捲りながらレスカに説明するが、あいにくレスカは文字を読むのが不十分なので、ところどころに挟まれている絵を見ながら話に耳を傾ける。


「そんな昔のこと、誰も教えてくれなかったです」

「そうだろうな。 神に力を与えられたということは神の優位性を示す根拠になることから、まず歴史から神を消す必要があった。 その上で力を人々に分け与えれば、それはまさに神の如き所業。 王族の傲慢さが示す通り、エーデルグライトから続く醜悪は神に成り代わったことを喧伝しているようなものだ。 自分達が絶対なのだというその統治は民衆から信仰にも似た力を集め、そして彼らの絶対性を確固たるものにする」

「む、難しい話です……」


 パーソンの話がそろそろレスカの理解の範疇を越え始めた。 しかし、続きが気になるという彼女の信念がパーソンの言葉を取り込む。


「腐敗は侵食し、今や神を崇め続ける国家はランドヴァルド帝国だけとなった。 四人の中で唯一ベルナルドゥス聖の教えを守りづけたランドヴァルド──彼こそ聖人であり、彼なくしてはこの世界から完全に神がいなくなっていただろう。 そして現在、更に神を脅かす事態が起きている。 今日はそこまでをお前に話そう」

「はい、お願いします」

「先程も言った通り本来信仰の対象は様々であったし、それは決して悪いことではない。 一方、教会の理念は信仰を統一すること。 それによって人々が幸福という同じ方向を目指すことが教義であった。 そうすることで神による統治が叶うとされている」

「そうなることが一番なんですか? 色んな信仰があったら駄目なんですか?」

「我々が信仰の統一を推しているだけで、それが必ずしも正しいとは言い切れない。 それが人間の行いである以上、絶対ということはないのだから。 しかし我々の教義によって取り除くことのできるものもある。 それが、悪しき信仰だ」

「悪しき?」


 パーソンはそう言うと、持っている本のとあるページを開いた。 そこには黒く塗られた獣や異形の化け物が数多くいて、それらが人間を取り込んでいる様子が描かれていた。


「多くを崇拝しようとする過程で、間違った対照に触れてしまうことがある。 それはモンスターだったり精霊だったり。 精霊は見方によっては悪霊と同義のため良い影響を得ない。 それらは甘言で人間を惑わし、低き方へ誘おうとする。 確かにそれらは人間に力を与えうるが、その代償からすれば力は微々たるものだと言えよう。 王国では悪神を生み出そうとする動きもあると聞く。 だからこそ我々は信仰の回復を願い、活動を続けている。 ……これで話は終わりだ。 イグナスの元へ向かうといい」

「ありがとうございました。 ここを覆ってる不思議な感覚がすごく居心地が良いのでまた来ます」

「……な、に?」


 レスカは深く礼をすると、またもや意味深なことを言い残して去っていった。


 レスカの背中を目線で追いながら頭を抱えるパーソン。 レスカは彼の信仰心を忘れないよう思い出させてくれたばかりか、神の存在証明までしてしまった。


「ツォヴィナール様、私の信仰は届いているでしょうか。 あの者──レスカがあなた様と同じ髪色をしていることも、何かの思し召しかもしれませんね。 なにとぞ、レスカに神の加護のあらんことを」


 一瞬、クレルヴォー修道院周囲の空気が揺らめいた。 だが、それを感じ取った者は居なかった。



          ▽



「なんで俺が子守りなんだよ!?」

「拠点を落とされたら駄目なんだし、お前が調査なんかに向いてるわけないじゃん。 てことで、拠点防衛ついでに面倒見てやんなよ」

「面倒くせぇ……」


 多数の人間がベルナルダンから南東の山の麓で活動している。


 先日、グレッグの活躍により魔物の居場所が判明した。 それを受けてベルナルダンで本格的な調査隊が組まれ、ここを拠点に魔物討伐に向けて動き出しているといわけだ。 そこにはフリックのチーム以外に、金稼ぎを見越した人間たちも参加している。


 今回は人の手の入っていない山をやや切り開きつつ活動するため、魔法使い以外の面々も多く見える。 一心不乱に木を切り倒している者もいれば、ベルナルダンと行き来して物資を運搬している者もいる。 これは謂わば町を挙げた大手事業であり、この稼ぎ時を逃す者はいない。 そういうこともあって皆やる気に満ち溢れており、簡単な依頼よりも遥かに効率的に物事が進む。


「次期町長の命令なんだから黙ってやれよ。 お前は足場の不安定な場所じゃ、てんで役に立たねぇんだから」

「ハンスてめぇ、口を開けば暴言ばっか吐きやがって!」

「まぁまぁダスクさん、落ち着いてください。 いずれハジメさんはベルナルダンを代表する魔法使いになるはずなので、空いている時間は鍛えてあげてください」

「つか、こいつ魔法使いだろ? なんで剣士みたいな方向性で考えてんだよ」

「未だ魔法の方向性が分かりませんし、マナが尽きた時のための肉体能力は必要です」

「じゃあフリック、お前も鍛えろよな」

「私頭脳労働専門ですから」

「そんならその頭脳で、さっさと山に蔓延る雑魚を駆逐してくれ」

「畏まりました」


 グレッグの調査結果から、この山にはかなりの数の準魔物が生息しているという。 それは自然な経過から起こるものではなく、力を持った魔物の影響をモロに受けた結果生じる転機だ。


(やべぇ、知り合いがいないから居心地悪りぃ……)


 この魔物調査及び討伐作戦はハジメの意志で参加したものだが、未だ魔法を物にできていない彼ができることは少ない。 日々身体を鍛えているが、目の前のダスクのような屈強な肉体にはなれないし、それ以上の肉体を持つオルソーなんて遥か彼方にいる存在だ。


(腕の太さが二倍くらい差があるんだよな……。 どうやったらあんな感じになるんだ?)


「おい、クロカワ」

「ひっ……!」

「よくそんな気の弱さで生きてこれたなぁ?」

「……」

「まぁいいか。 お前が強くなりゃあ町の人間も安泰だしな。 おら、これを使って動きを見せてみろ」

「おわっ!?」


 ダスクはそう言うと、腰に刺していたダマスカス剣をハジメに放り投げた。 ハジメはそれをなんとかキャッチすると、とりあえず右手に馴染ませる。 刃渡りは30cm程度の小剣だが、持ってみると思った以上にずっしりとした重量がある。 グリップ部分は指がフィットしやすく少し凹みがあり、ハジメの手にはやや合わない。 これは恐らくダスク用の特注だろう。 そんなものを放ってくるあたり、信頼されているということだろうか。


(すげぇ、これがちゃんとした武器ってやつか。 これってこの人の生命線なのに、俺みたいな奴によくもまぁ放り投げるよな。 てか、刃に触れて怪我するところだったぞ危なっかしい)


 とはいえ、ハジメにもこういった装備に憧れはある。 自分の専用装備があれば身を守ることにもつながるし、愛着のある武器であれば練度を上げやすくもなるだろう。


「おら、動いてみな」


 ハジメは思うままに武器を振り回す。 普段の彼は手頃な武器がないため農具や金属柱で代用しており、いざ何かを使って動けと言われれば困るところだ。 しかし装備を揃えるにも時間がかかるし、今はフリックに対してお金を返している最中だ。 いくら日々の稼ぎが生まれているとはいえ、レスカと二人分の生活費を考えれば手元に残る金はほとんどなくマイナスと言って良い。


 動きを見て、ダスクが溜息混じりに述べた。


「それじゃあ使い物にならんな。 振り回せるだけの筋力はあるが、動きが単調で形式的なものだし、戦闘を想定したものじゃねぇな」

「はぁ……」

「まずお前がどこを目指してるのか分からんしな。 それが不明な以上、変なアドバイスはできねぇ……が、少なくとも言えるのは相手を想定して動けってことだな」


 確かに、ハジメはここまで形式的な特訓しか行っていない。 言ってしまえばそれは単なる筋トレの延長であって、何かを目指した行動では無い。 何かを為すための特訓というよりは、動けるようになるためだけの特訓。 それが今までハジメの行ってきた特訓だった。


「魔物も人間も立ち止まってくれてるわけじゃねぇからな。 縦だったり横だったり今みてぇに一方向だけの動きじゃ、いざ身体を動かした時に無理が出る。 だからこういった具合に……」


 ダスクは予備として忍ばしている小刀を取り出すと、徐にそれを振って切りつける動きをした。 それはまるで見えない何かと戦っているような様子で、彼の腕の動きや足捌きは決して初めのような単調さではない。 ある時には手足や腰を捻り、ある時には飛び退るような動きを交えながら、あたかも一進一退の攻防を繰り広げているようだ。


「実戦では無理な動きを強いられることが多いからこそ、むしろ単調な動きの繰り返しは柔軟性を規定する部分の脆弱性を生むことにもつながるな。 ま、小難しく言ってもお前には分かんねぇかもしれねぇけどな。 だから俺の動きを見て真似しろ。 そうすれば無駄は廃されていくはずだ」


 ハジメは話す内容の大半を理解できなかったが、見て学べという意図は汲み取れたので、ひたすらダスクの一挙手一投足を観察した。


 ダスクの動きは謂わば演舞であり、敵を明確に想定しているからこそ可能な動作だ。 敵が人間であれ魔物であれ、まずは敵を知ることが重要であり、そうすることで想定する敵を妄想から想像まで昇華できる。


「……分かったか?」

「ありがとう」

「ハッ、それならいい」


 ダスクはやや満足げにそう言うと、そこからはハジメを気にせずに動きを続けた。 ハジメはそれを見ながら、その他の者の動きにも注視する。


 現時点のダスクとハジメの行動は、本来この場にはそぐわないものだ。 しかしダスクは待機を命じられているし、敵がいない以上彼ができることは少ない。 もし何かを言われても、敵が来た時のために身体を温めているとでも言い訳は立つ。


 今回ハジメは見学という立場での参加のため、そこに金銭は発生せず、研修生といった立ち位置が強いだろう。 これはオルソーも認めていることで、また他の者は皆それぞれの仕事に注力することが優先のため、単なる一風景として誰のを邪魔することもない。


(やっぱ自主トレには限界があるな。 実際に見た方が想定もしやすいし吸収もしやすい気がする。 それにしても、敵か……)


 ハジメが想定できる明確な敵は、クレメント村の三人組。


(まずはあいつらの動きを想定して、完全にいなせるくらいに俺の動きを洗練させられれば上出来か)


 ハジメは目を閉じ、あの場面を想像する。 あそこではハジメは自ら突進していたが、もし彼らが二人して迫ってきていたら……?


(ティドの動きは遅い。 最初に接敵するならヨルフだ。 あいつは馬鹿正直に俺の動きを止めようとして武器を横に振るうだろう)


 ハジメは武器で頭頂部を守りつつ、身を屈めた。 なおかつやや身体を前傾させながら、次の動きに繋げられるように。


 想定の中のヨルフが振った武器がハジメのものを掠め、そして右に流れていく。


(そして俺はガラ空きになったヨルフの右脇腹を切り裂きつつ、背後にヨルフの悲鳴を聞きながら迫るティドを見据える)


 ティドは予想外の光景に一瞬動きを止め、ハジメが振り下ろす剣に対して農具を重ねた。 しかしハジメは直前でその手を止め、勢いを殺さずに膝蹴りを彼の腹部にお見舞いする。


 胃内容物をぶちまけながら、もんどりうって倒れ込むティド。


 ハジメは躊躇うことなくティドの背中に刃を突き立てた。


「……ふぅ」


 ハジメが目を開けると、ダスクと目があった。 なにやら彼は調査的な目線だが、特段ハジメは嫌な気分を生じない。


 ハジメは息を整えつつ、いつもとは違う自分の様子に気づいた。


(あんな短期間の動きなのに、予想以上に疲れてるな。 普段使ってない筋肉に負担をかけたからか? それとも脳を使ってるからか?)


 それはハジメにとって気持ちの良い疲れだった。 そして確実に一歩成長できたことすら実感できた。


(よし、この調子で──)


「おい、クロカワ」

「は、はい!?」

「今度から周りを見て動け。 誰かを切りつけたらどうすんだ?」

「ご、ごめんなさい」

「まぁ、それだけだ」


(危ねぇ、ブチギレられるかと思った。 でも、ダスクさんが何も言わないってことは、これで間違ってないんだよな。 さっきの要領で、今度は目の前に敵がいるって想定でやってみるか。 今度は別パターンで)


 先程のものは、最も上手くいった想定だ。 毎回敵が思い通りの動きをしてくれるわけはないし、ハジメの身体も自分の想像通りに動くわけはない。 何かしらのイレギュラーがあって然るべきなので、ヨルフの攻撃が早すぎたパターンや、ハジメが何かにつまづいたパターン、様々な状況を想像してハジメは身体を動かしてみることにした。


(一人の敵だけでもここまで色んな可能性が見えてくるわけだな。 今までの特訓が間違ってるとは言わないけど、それでは実戦には向かないよな)


 ハジメは新たな指針を得た。 これが直接的な効果を生むわけではないが、次のステップへ進むために必要な工程だということは確実。


 多くの者がハジメの動きを観察していた。 それらの視線は決して訝しげなものではなく、そこにはハジメを応援するような暖かい感情が含まれていた。

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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。

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