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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第2章 第2幕 Desertion in New Life
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第30話 接続される異変

「えっと、何ですか……?」


 レスカがやや怯えたように言う。


「私めはタージという者。 君に話があってやってきた」


 ふと、見覚えのある人物がレスカに声を掛けていた。 そう言えば、彼は彼女がベルナルダンにやってきた日に何かを訴えていたはずだ。


「あ、あたしは話すこと、ないです」

「そうだろうか? 君は随分と悩んでいると聞いたが?」

「えっ……誰に……?」


 レスカは更に怪訝さを深める。 彼女は見られていたかもしれないということ以上に、タージの怪しげな風貌に気圧される。


 タージは頭まですっぽり覆った貫頭衣のような襤褸を纏い、あまり外見にはこだわりが無いように見える。 が、服の間から覗く肌は汚れておらず、むしろ小綺麗に手入れされているように見える。


「君を見ていたのは私めではなく神だ。 彼の者は全てを見ており、君が友人との関係で思い悩んでいるのも聞いている」

「あたし、誰にもそんなこと……」

「神は見ておられる。 そして君がそれをそのまま抱えていても、良い結末には至らないことも見通しておられるのだ」

「神、様って……本当に? あたし見たことないから……」

「我々がそのお姿を拝むことなど叶わない。 ただ、そこに居ていただいているのを感謝するのみなのだ」

「……でも、授業では神様なんて居ないって聞きました」

「今の王国はそうやって間違った教育を行なっている。 神がいることは彼らにとって不都合でしかなく、そのため彼らが上位存在だということを知らしめるために偽りの歴史を作り上げたのだ。 しかし神は確実に存在している」

「え……? でも、そっちが正しいかどうかなんて……」


 いつの間にか、レスカは会話を続けさせられていた。 これまでレスカは姉からリテラシーを叩き込まれていて、変な人には近づかないように言われていたはずなのに。


 タージはレスカを誘拐することもなく傷つけることもなく、ただよく分からない話を聞かせている。 ぱっと見彼は異常者なのだが、彼の柔らかな声色はレスカの警戒を知らず知らずのうちに解いていたのだ。


「現代でどちらが正しいかといえば、王国の歴史の方が正しい。 そういうことになっている。 それは我々教会勢力が敗者だからであり、歴史とは勝者が紡いでいくものなのだから。 しかしどうだろう。 神は居ないと言うのなら、何故奇跡が人々のもとに舞い降りると思う?」

「それは、その人が頑張っているから……」

「そう。 ただし、頑張っているだけでは奇跡は起こらない。 神がその頑張りを見届けてくださっているからこそ、その者は奇跡に巡り合うのだ」

「おじ……タージさんの言うことって本当のことなの?」


 気づけば、今度はレスカから問うていた。


 タージの語りには、聞く者に興味を抱かせる何かがある。


「何が正しいかなど、君しか理解し得ない。 君がそれを本当だと思えば本当だろうし、その逆も然り」

「やっぱり、タージさんの言うことは分からないです……」

「そう。 誰にも真実など分からない。 その『分からない』ということこそが真理であり、真実を真実たらしめるのは君自身が見聞きしたものだけなのだ。 ……もし君がこれまで奇跡を目の当たりにしたことがあるというのなら──少しでも世界に疑問を持つというのなら、ここから南東の森にあるクレルヴォー修道院を訪れるといい」

「修道院……?」

「神を信仰する者が共同生活を行う、神聖なる建物のことだ。 そこには王国の話には出てこない真実を記した書物がある。 やってきたのなら、パーソン司祭が君を出迎えてくれるだろう」

「パーソン司祭、ですか……。 でも、あたし……」

「来るも来ないも君の自由。 ここで私めの話は終わりだが、話を聞いてくれた君に対するささやかなお礼として、一つヒントを提示しよう」

「……?」

「歴史と同じように、君とイグナスの関係も一方向から見られたものに過ぎない。 もし彼との関係性を継続したいなら、一度彼の目線で君自身の行動を思い返すといい。 そして言葉を発する前に、その発言がどのような結果を生むのかを考えてみるといい。 そうすれば、真実に対する見方も変わってくるだろう」

「えっと、は、はい……」

「ではレスカ、機会があればまた」


 最初と最後でのタージの印象の変わり様にレスカは不思議な感覚を覚えながら、去っていく彼の背中をぼーっと眺めた。


「変だけど、嫌な人じゃなかったなぁ」


 タージとの邂逅を終えて、レスカは少し心が晴れやかなことに気が付いた。 それはただ悩みを他人に打ち明けたことによるものなのだが、レスカはタージのおかげだと勘違いしてしまう。


「よし、頑張ろう」


 レスカがそうやって意気込みを新たにしている頃、ヒースコート領各所で動きを見せる者たちがいた。


「そこの者、動くな!」


 ベルナルダンの衛兵が、一人の小柄な男を呼び止めた。


「なんでしょう?」

「その風態は何だ!? 通行証又は身分証の提示、及び目的を述べよ!」


 衛兵は叫ぶ。 なにせ男は薄汚れたボロボロの外套に身を包み、怪しい顔つきと目つきをしていたからだ。 彼を初めて見た人間には恐らく、浮浪者という単語が真っ先に思い浮かぶだろう。


「あっしはこういうもんで」


 男から徐に差し出されたそれは、銀色のプレート。 そしてそこには『グレッグ』という名前と様々な依頼達成歴、そして魔法陣が。 そしてプレートの右下には、それが発行された都市──ギュムリの名も刻まれていた。


 グレッグはプレートが正しいものだと証明するために、右足のズボンを捲って見せた。 彼の脹ら脛にはやはり、プレートに記載されているものと同じ魔法陣が見えている。


 衛兵はプレートに目を通し、やや引き攣った表情でグレッグにそれを返却した。


「……そ、そうだったか。 ではグレッグ、君がベルナルダンに来るのは初めてということで間違いないか?」

「ええ。 もしかして、入るのにお金がかかりやすか?」

「魔法使いの通行税は免除されているから安心してくれ」


 衛兵はそう言うと、もう一人の衛兵に何かを告げた。 すると、言われた方の衛兵は小走りでどこかへ向かっていった。


「通行証の発行がてら、少し形式的な質問に付き合ってもらおう。 君はプレートの記載通り、王都ギュムリからやってきたということで間違いないか?」

「まぁ、長らく滞在していたのはモルテヴァですがね」

「そうか。では、どのような経路でここまで?」

「いくつかの村を経由して、直近は西のクレメントという村に滞在しやした」

「ふむ。 君は荷物が多いようだが、ずっと徒歩でここまで?」


 確かにグレッグはその身に不釣り合いなほど巨大なリュックを背負っており、それは彼がずっと外で生活することを想像させる。


「ラクラという村までは馬車に揺られてたんですがね。 御者はそこから東には向かいたがらなかったので、仕方なく徒歩でやってきたんですよ」

「それは大変だったな。 ……では最後の質問だが、君がここへやってきた目的は?」

「モルテヴァで魔物騒動を聞きまして。 何やらその魔物には懸賞金が掛かっているってんで、金稼ぎにこちらへやってきたんですよ」

「なるほど、分かった。 ちょうど通行証の発行も完了したようだし、これで堅苦しい質問は終わるとしよう。 ではベルナルダンの町を楽しんでくれ」

「ええ。 最後に宿の場所を聞いても?」

「ああ、それは──」


 グレッグは通行証を受け取って外壁をくぐり、壁内へと侵入する。


「さて、まずは拠点となる宿の確保ですな」


 グレッグは衛兵に教えられた通りの道を辿り、ベルナルダンで一番安いとされる宿へ向かう。


 町の宿は村よりも遥かに値が張るし、今のところどれくらいの期間滞在するか分からないので、長期滞在者は基本的に安宿一択だ。 とはいえグレッグはお金に困っているわけでもないので、安宿を選択する理由は単に面倒事を回避したいからだ。


 高い宿になるほど待遇は手厚く、過度に接触してくる職員とのやりとりは面倒この上ない。 またそんな彼らに何かを頼めばチップ代も嵩むため、旅行者でないグレッグが高い宿を選択する理由はない。


 グレッグは安宿で最低限の形式的な会話及び手続きを済ませると、パパッと自室を確保した。 これで暫くは安泰である。


「まず情報収集に向かいやすかね」


 グレッグが集めたい情報はもちろん、この近辺を騒がせたとされる魔物に関するもの。


 これに関して、やることは簡単だ。 魔物に懸賞金が掛かっているのだから、出されている依頼を確認すれば良い。


「こちら総合受付。用件は?」


 やや無愛想に対応する男性職員。 むしろ丁寧に対応する者の方が少なく、それは丁寧にしようと雑にしようと給金が変わらないから。


「現在出ている依頼を見せてくだせぇ」

「依頼ね……ほら、これだ」


 男性職員──ウォルが取り出したのは、複数の依頼書が閉じられているバインダー。 依頼はこうやって一つに纏められ、その他には自分を売り出すためのプロフィールを記載した個人表だったり、仕事の公募だったり、何か探す人間は役場にやってきてこういったものを参照する。 そのため役場に出入りする人間は当然多くなり、職員の対応も自然と投げやりなものとなっていく。


「この魔物討伐依頼、現在受注しているのは何組で?」

「……ベルナルダンでは個人で受けてるのはゼロだな。 だが、ベルナルダンとして近いうちに取り組むことになっている」


 依頼を受注する際、他のパーティとバッティングすることも多々ある。 だが、そうなったからといって大した問題はなく、依頼人からすれば誰がそれを果たしても良い。 対抗がいた方が仕事もスムーズに終えられるため、むしろ都合が良かったりもする。


「今は取り組んでないので?」

「その前提となる周辺調査が済んでいない。 魔物討伐に興味があるなら、調査依頼も受けていた方が結果的に身入りはいいかもな」

「ではその両方を受注しやすかね。 ちなみに、具体的な成功報酬が書かれていやせんが?」

「今後も被害が拡大することを見越しているから具体的な数字は出ない。 魔物自体の生態調査も含まれているから、生捕が可能なら報酬はグッと跳ね上がるだろうな。 俺としては危険な魔物などさっさと駆除してくれてって感じだが」

「そうですか。 では言った通り両方お願いしやす」

「あいよ。 契約金はそれぞれ銀貨2枚だ」

「案外高く取りますなぁ」

「安いと誰でも受けたがるからな。 役場としてはそれでもいいんだが、安易に受けて死なれては面倒ってことでこの金額だ。 払えないのか?」

「いえ、払いやすよ」

「じゃあここに記載を。 書けないなら俺が書くぞ」

「いえ、ご心配なく」


 グレッグはウォルが差し出した羊皮紙と万年筆を受け取り、必要記載項目を埋める。


 この世界の識字率は高くない。 村であれば村長くらいしか文字を利用できないし、町であっても全員が可能なわけでもない。 だからフリックが行っているような一般解放された個人塾は重要で、識字率の差が村人と町人を分ける基準だと言っても過言ではない。 もちろん役場で働く人間は全員が文字を扱えるし、それがここで働くための最低条件だ。


「あんた魔法使いだったのか」


 グレッグの記載過程を眺めながら、ウォルが驚いたようにそう言った。


 ウォルが驚いたのは、浮浪者にしか見えないグレッグが文字を書けたことと、彼が魔法使いだったこと。 驚きの量としては前者の方が強いだろう。


「ええ」

「じゃあ書き終えたら右手奥の魔法使い組合に寄ってくれ。 魔物依頼を進めてるのがあいつらだから、何か聞けるはずだ」

「助かります。 それでは」

「ああ」


 グレッグは言われた通り魔法使い組合に立ち寄る。


「どのようなご用件でしょうか?」

「プレートの所在更新を。 あと、魔物討伐に関する話を聞かせてもらえれば」

「畏まりました、まずはプレートをご提示ください」


 組合の女性職員──メジーナはプレートを受け取ると、グレッグにまつように伝えて更新のために一旦席を立った。


「お待たせしました。 更新完了しましたのでお返しします」

「助かります」

「それでは、魔物討伐依頼に関することでしたね?」

「ええ。 現在組合の所有している情報を、必要であれば金銭を支払いやす」

「畏まりました。 では──」

「俺が話そう」

「──あ、オルソーさん、ご苦労様です」


 メジーナとグレッグの会話にオルソーが割って入ってきた。 彼は組合長という立場もあって、普段から各場内に滞在していることが多い。 今回はメジーナがプレートを持ってきたのを見て、興味本位でやってきた形だ。


「俺はオルソー=ベルナルダン。 ここで魔法使い組合の長をしている。 グレッグ、君の質問に答えよう」

「これはこれは、お偉方の登場ですな。 まぁ、教えてもらえるのなら助かりやすが」

「具体的に何を知りたい?」

「ベルナルダンとしての活動状況と、現状得ている情報の全てを開示してください」

「随分と身勝手な……と言いたいところだが、今回に関してはこの町にも影響が出そうだから、特別に開示しよう」

「そこまでの事態ということですか」

「うちの精鋭と戦って逃げ果せるくらいの魔物だからな。 事の起こりはラクラ村の事件からなんだが──」


 オルソーがここまでのあらましを一通り説明し、魔物の危険性を再三にわたって注意した。 というのも、グレッグが単独でこれを討伐しようと言い出したからだ。


「本当に一人で大丈夫なのか? 必要ならこちらから人員を斡旋するが」

「ここまで誰かと一緒に仕事をした経験がないもんで、今更協調など不可能ですな」

「そう言うなら止めはせんが、間違っても──」

「心配いりやせんよ。 逃げ足には自信がありますから」

「そういうことではないんだが……まぁ、この町に被害が出なければ問題は無い」

「それで、その事件に関わったとされる若者はどちらに?」

「……事件から然程時間も経っていないから、あまり刺激してほしくは無いんだがな」

「次なる被害を食い止めるためには仕方ないかと。 あっしは不十分な情報で挑むほど向こう見ずな性格では無いもんで」

「それもそうだが……悪い、これに関してはグレッグから接触することはやめてくれ。 その代わり、俺から彼らに聞いておく」

「それならそれで構いやせん。 それまでこの町で無駄に過ごすのもあれなんで、調査くらいはさせてもらいやすよ」

「それは願ってもない提案だ。 調査であれば途中経過でも支払いはするから安心してくれ」

「それなら宿代も安心ってもんで。 では周辺地図をもらえやすか? すぐにでも動くんで」

「ああ、待ってろ」


 オルソーは町長の息子という立場にもあるため、町に出入りする人間のことは大抵把握している。 その中にグレッグの名はない。 ということは昨日今日のうちにここへ辿り着いているはずで、それにしては熱心に動こうとしすぎだ。


 グレッグは魔物討伐を金銭のためと説明したが、実際のところはそうではない。 オルソーもそのことは薄々気付いているが、だからと言って質問を浴びせて警戒心を煽るような真似はしない。


 目的がどうであれ、魔物を討伐することにつながるあらゆるものはオルソーも大歓迎だ。 問題は、グレッグが魔物をベルナルダンにけしかけてくる可能性だが、ソロで魔物を懐柔できるなら態々組合に姿を見せることはないだろう。 ついでに言えばプレートを更新している時点で短期滞在ではないことは明白であり、身を隠したいような後ろ暗い連中であればリスキー過ぎる行為だ。 だからオルソーはあまり警戒を強めぬままにグレッグを気にかける程度にした。


「多分あれは俺より力量が上だろうな。 ……まったく、王国からやってくるとはどういうつもりだ? 近々モルテヴァからも討伐隊がやって来るようだし、あれはそこまで重要な魔物ということか?」


 オルソーの疑問に答えられる者はいない。 そして、それが明らかになるのかどうかも分からないのがこの世界だ。 何かを知りたければ、自分の目で確認するほかないのだから。



          ▽



 グレッグがベルナルダンに到着してから数日後の日暮──。


「旅の方、よ、ようこそクレメント村へ。 本日はどのようなご用件で……?」


 とある二人組がクレメント村を訪れていた。 彼らは目深にフードを被り、口元しか見えないような風体だ。 こうも怪しければ、村の警備に当たっていたレーガルという男が彼らを値踏みするのも仕方のないことだろう。


「ベルナルダンに向かう途中、陽が落ちたから寄らせてもらったんだ」

「そ、そうでしたか……」


 レーガルは、発せられた声が若い男らしいことに少し安心したが、それでも緊張した様子は拭えない。


「泊めさせてもらえるかな?」

「そ、それは構いませんが……」

「どうした?」

「い、いえ……っ! あ、案内しますね……」


 引き攣った笑みを浮かべながら、レーガルは足早に歩き出した。


「「……?」」


 二人組はその様子に違和感を覚えつつ、あとに続く。


「やけに静かね」


 その声に、レーガルの背がビクッと震える。


「夕飯の時間なんじゃない?」

「それもそっか」


 二人組はどうやら男女ペアのようで、女の方ももう一人と同様に声が若かった。


「ど、どうぞ……。 こちらが宿、になります」

「どうも」


 レーガルはもてなすような会話も一切行わず、案内を終えるとさっさと自分の持ち場に戻ってしまった。


「何だろあれ」

「さぁ? でも聞いてた感じと違うわね」

「まぁいいか。 一泊するだけだし」


 カウベルを鳴らしながら宿に入ると、胡散臭い大柄な男が二人を出迎えた。 彼──ゴルジは髪や髭を伸び散らかしてあまりにも汚らしい風貌で、どう見ても宿を経営しているような人間には見えない。 そして宿だというのに女将らしき女性の姿もない。


「客か。 泊まりで?」

「ああ。 二人で一泊頼むよ」

「男二人か?」

「いや、彼女は女性だ」

「それなら二部屋──」

「いや、一部屋で構わない」

「──おっと、そうかい」

「それほど手持ちも潤沢じゃないしね」

「それじゃ一人銀貨3枚で、計6枚いただくぜ」

「……これで頼む」


 辺境の村の宿にしては割高な事に触れず、男は言われたままの金額をポケットから取り出して手渡してみせた。 ついでに気になったことを質問する。


「ここはあなた一人で経営しているのか?」

「ああ、まぁ……最近事故で妻を亡くしてな。 だから今は一人だ」

「そうか、悪いことを聞いたね」

「いや、いいさ。 なんならそっちの人、俺の嫁に──」

「そんな歳上に興味ないわ」

「──こりゃ失敬、失敬。 ほら、部屋は一番奥を使ってくれ。 夕飯は今から作って運ぶからゆっくりしててくれ」

「ありがとう。 じゃ、行こうか」


 二人は鍵を受け取り、そのまま室内へと引っ込んだ。 ゴルジはその様子をねっとりと眺め、厨房へ入る。


「ン゛ー! ン゛ー!」


 そこには手足を縛られ猿轡で口を封じられ、必死の形相で何かを訴える女性の姿があった。 その隣には物言わぬ人形と化した男性の姿も見える。


 彼らは本来この宿を経営する中年夫婦で、それぞれ名をアドリアとフランツという。


「おいおい、騒ぐなよ。 客にバレちまったらお頭にどやされちまうだろ。 黙ってろっての!」

「ン゛ッ!?」


 ゴルジは勢いに任せた蹴りをアドリアの腹に叩き込んだ。


 アドリアは身体をくねらせるだけで大した回避もできず、モロにそれを受けて転がった。 そして吐瀉物を鼻や口から溢しながら、痛みと呼吸困難感に喘いでいる。


「せっかくこれからお楽しみだったのに来客とはツイてないよな? ま、あいつらが寝静まったらまた相手してやっからよ? 静かにそこで震えてろ」


 ゴルジは死体と吐瀉物などを気にせず鼻歌混じりに料理を始めた。


 こんな異常な状況にあってもご機嫌に身体を揺らしているゴルジの様子にアドリアは戦慄しつつ、それでも何か解決策を見出そうとは思えない。 少しでも彼の気に触る行動をすればすぐさま鉄拳制裁が飛んでくるし、実際にそれで夫が殺されている。


 アドリアの視線の先では夫だったものが転がっており、彼女の目からは涙が溢れ出す。 しかし、今はそれが悲しみによるものなのかどうかさえ分からない。 すでに腐敗臭すら漂い始めた環境でアドリアは精神がおかしくなり始めていた。 ゴルジに犯されている瞬間の方が、快楽にのみ意識を移せてマシだと思えるほどには。


「ねぇ、あいつってさぁ?」

「色々匂うよね。 少なくとも、本物の宿屋の主人ではないかな」


 二人はすぐさま部屋で違和感について話し合っていた。


「実際にやってんじゃない? あーしを見る目も気色悪かったし」

「僕らに何もしてこなかったら何でもいいよ」

「殺した方が良くない?」

「殺してあげるだけの理由がないかな。 手出ししてきたら当然殺すけど、相手にしてあげたい人種じゃないよ。 オリガがやるなら止めないけど、僕は遠慮しとくね」

「ゼラさぁ……あんたいっつも消極的ね。 ちょっとはこっちの身にもなってよ」

「こっちの身?」

「いやらしい視線受けるのはあーしなの。 あんな視線送るやつなんて生かす意味ないでしょ?」

「それを言ったら男爵さえも殺す事になるけど?」

「そーゆーわけじゃなくてさぁ……」

「僕は疲れたから寝るよ。 ここまで歩き通しだしね。 夕飯が来たら起こして」

「はぁ……いっつも身勝手よね。 馬車使えばよかったのに」

「周辺調査も兼ねてたから仕方ないさ。 じゃ、一旦おやすみ」


 殺しを当然の手段として持ち合わせるゼラとオリガ。 そんな彼らを受け入れたクレメント村には異変が生じており、それらはすぐに大きな異変へと変貌していく。

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