第23話 荒らされる日常
「レスカちゃん、手伝うよ」
「あ、ありがとう……」
三日も過ごしていれば、狭い村なのだから個人で任せられる仕事も増えてくる。 それによって一人になっているレスカに声をかける者がいた。
レスカが重い荷物を運搬するのを見兼ねて手伝っているように装っているのは、この村の青年ディアゴ。 彼は年齢が22歳にもなって未婚なのは、その粗暴さが原因だ。
ディアゴはクレメント村の若者の中では最年長であり、身長180cm強と体格も優れている。 そういう秀でた面から彼は昔からガキ大将であり、暴力で年下の連中を従えてきた。 村も手を焼く巨漢の乱暴者とあって、あまり注意できる者は少なく、きっちりと悪事を叱ることができるのはヴァンドくらいなものだろう。
ディアゴは基本的に二人の手下を従えている。 一人は18歳のヨルフ、そしてもう一人は17歳のティドという若者だ。
普段のディアゴは彼らとは親しくするのだが、気に入らないことがあったり迷惑を被ると途端に豹変して暴力を振り翳す一面がある。 そして村という環境で形成されてしまった関係性は一生ものの付き合いになってしまうため、彼よりも後に生まれてしまったヨルフとティドは不遇だと言わざるを得ない。
「どこまで持ってくんだ?」
「えっと、倉庫まで……」
「あそこの扉、固くて開けづらいだろ? 俺が自慢の怪力で開けてやるとこ見せてやるよ」
「う、うん……」
強引さこそ男の強さと勘違いしているディアゴは、度々こうして相手が断れない状況を作り上げて距離を詰めようとする。 それによって被害を受けた女性はこれまで複数人おり、なにもこれはレスカが初めてではない。 村のおばさん連中にも注意勧告を受けていたのだが、こう接近を許してしまうとどうすることもできないというのが実際のところだ。 話によれば、彼の気分を害したら女性であっても暴力を振るわれるという。
「なぁレスカちゃん。 レスカって呼んでもいいか?」
「それは、うん……大丈夫だけど……」
「じゃあレスカ、一緒の村の人間になったんだから仲良くしようぜ? な?」
「うん……」
「村のことは残念だったけどよ、まぁ、こうして生きられてるから幸せだよな? これからは俺がレスカを守ってやるから安心してくれよな!」
「あ、うん……」
ザッ、という強い足音がした。
レスカが振り返れば、ディアゴが青筋を立てながら足を止めている。
「……は? なんでさっきからそんな元気ないの? 俺といたら楽しくないってこと? 普通もっと楽しくするもんだろ?」
これだ。
これが最も危険視していた状況。
「そ、そんなことない! けど……」
「けど、何だよ……?」
「村がひどいことになったのに、そんなすぐには……」
「もう終わったことだろ? いつまで引き摺ってんだよ。 餓鬼か?」
「でも──ぅ゛!?」
気づけばレスカは首を捻られて持ち上げられている。
「……いいか? ここじゃ俺がルールなんだよ。 口ごたえしてんなよ! なぁ!?」
「ぐ……放し、て……」
「じゃあもっと笑ってろよ! あ゛ぁ!?」
「ぅ……うぅっ……放、してよ゛ぉ……」
「女はすぐ泣きやがるよな? 泣いたら解決すると思ってやがる。 お前の姉も俺を馬鹿にした態度ばっかりとりやがってよ、姉妹揃ってふざけ倒してんなぁ!?」
ギリギリッと締め付けられる力に、レスカの意識はだんだん遠のく。
ディアゴがこうやって粗暴を働くのは、数日前に村長が村を出て行ったことも関係している。 権力者に直接目をつけられなければ、バレなければ何をやっても許されるのだから。 それに昨日今日来たような新参の意見など、大抵は通らない──いや、通さない。 目撃情報の偽装など、手下を使えばすぐにでも可能だ。
「おい、何してる!?」
「チッ……邪魔が」
「あうッ!?」
駆けつけた大人の声を聞いて、ディアゴは無造作にその手を離した。 流石に早い段階から見られるのはまずいと思ったのだろう。
レスカは受け身も取れずに地面に投げ出される。
「レスカ、覚悟しとけよ……? 俺を怒らせてタダで済むと思うな」
ディアゴは怒気を孕んだドスの効いた声でレスカに囁くと、荷物を蹴り散らかしてその場を去っていった。
そこに入れ替わるような形でマデルがたどり着いた。
「レスカちゃん、大丈夫かい?」
「ゔ……げほっ……げほっ……だ、大丈夫……」
「まったく、あいつはこんな娘にまで……。 歩けるかい?」
「はい、大丈夫です……」
「このことはみんなに伝えておくからね?」
「はい、お願いします……」
ヨロヨロと仕事に戻るレスカを見て、マデルは不安を隠しきれなかった。
当然このことは村に周知されてディアゴは非難を浴びるのだが、それは彼の怒りを助長する潤滑油にしかなり得ない。
「チッ、生意気に大人に泣きつきやがって……! あそこで無理やり犯してやればよかったぜ。 なぁ!?」
「本当ですよ、兄貴が声掛けてやってるのに頭の弱いやつだ」
「……おいティド、俺の女を悪く言うな。 次言ったらぶち殺すぞ……!」
「ご、ごめんよ兄貴……。 そんなつもりはなかったんだ、許しておくれ……」
「フン……。 ヨルフもレスカには手を出すんじゃねぇぞ?」
「分かってますって。 レスカは兄貴が楽しんだら良い。 俺らは別のおもちゃで遊んでおきますよ」
「ああ、痛い目に合わせてやれ」
ドンッ。
「痛っ!?」
ハジメは耕した地面に前のめりで倒れ込んだ。
背中の痛みを抱えながらハジメがそちらに顔を向けると、二人の青年がハジメを見下ろしている。 かと思えば、言葉もなくハジメを足蹴にしてきた。
「な!? や、やめ……やめろ!」
ハジメが暴れると、それも読んでいてのかサッと回避し、近くにあった木製の鍬を破壊して破片を投げつけてきた。
「ッ……!な、何するんだ!」
その様子を見てゲラゲラと嗤う二人──ヨルフとティド。 彼らは早速ハジメに攻撃を加えていた。
「こいつ何ってるか分かんねー!」
「気持ち悪っ!」
二人は最後にそれだけ言うと、手当たり次第に地面を蹴り散らかして去っていく。
「くそっ……なんなんだよ……!」
ハジメは泥に塗れた全身を払いながら立ち上がる。
全身に軽い傷が残り、農具は壊され、耕した地面は無茶苦茶だ。 控えめに言っても最悪の状態だろう。
(ちくしょう……俺が何をやったって言うんだ!? 俺が言葉を話せないってのは、そこまで不愉快なことなのか?)
この世界に来て初めて向けられる悪意。
これまでの人間関係が特殊なだけで、むしろこれが普通の状態だと言える。
言葉を十分に理解できないハジメは、それこそが現在置かれた状況の原因だと考えているが、これは単に上下関係を形成するための過程であって、新参に対する洗礼だ。
ハジメが年齢的に先ほどの二人よりも上ということなど関係なく、新参は基本的には低位であり、搾取の対象となりうる。 ましてや保護者のいないレスカなど格好の餌であり、先に手を出した者勝ちのような風潮はどこの村にでも存在する。
ディエゴは自身の支配欲や征服欲、そして性欲を満たすため、舌なめずりしてレスカを観察し続ける。
村のルールや構造などを十分に把握しきれていない状態は大変危険であり、逆にレスカやハジメは保身に走ることでその機会を逸してしまう。
着々と準備がなされていく悪事は、確実に二人の寝首を掻かんとしていた。
「戻った」
「おかえ……って、ハジメ大丈夫!?」
「転んだ」
「本当? 痛くない……?」
「大丈夫」
レスカに心配を掛けまいと、ハジメは嘘をついた。 謂れのない暴力に関しては非常に気分が悪いが、あの程度の軽いちょっかいに屈していては今後何も立ち行かなる気がして、ハジメは我慢することにした。
(マジであいつら殺してやりたい……。 だけど、ここでの生活を失ったらレスカに迷惑が掛かる。 フリックが戻るまでだったら多分我慢できるはずだ)
もし反撃でもしたらその状況を言葉で上手に説明できる気がしないし、相手に嘘八百を並べられて反論できるとも思えない。 だから一旦は無視して、誰か目撃者がいる状態で攻撃を受けるべきだとハジメは考えた。
年齢的にも近そうな彼らだったが、体格もそれほど異なると言うわけではない。 ただの味気ない生活を続けてきた彼ら程度になら、多少鍛えている初めの方が肉体的にも強いはずだ。 ハジメはそう信じて自分を騙す。
「心配、ない」
レスカがなおも心配そうな様子だったので、ハジメは重ねて不安がないことを伝えた。
女性は機微に聡い生き物だ。 それは年齢の幼いレスカといえど同じで、長らく一緒にいる彼女にはあらゆることがバレてしまいそうだ。 だからハジメは徹して元気な姿を見せた。 言葉にもそのような不安が出ないように細心の注意を払って、いつも通りハジメは過ごした。
しかしハジメは、レスカもレスカで何かしらの不安を抱えているように思えてならなかった。
(ラクラ村のことが解決していない以上、レスカにこれ以上の心配を掛けることはできない。 たった数日。 それだけ我慢すれば、俺たちはここから離れられる)
ヴァンドに色々お願いしていることだけが心残りだが、フリックの話では完全に村を離れると言うわけではないし、時々戻ることもあるだろう。 そこで恩返しをしていけば良い、とハジメは考えて目先の問題に注力する。
(解決しないままに問題ばかり出てきやがる……)
まず一つ目の問題は、ラクラ村のことが解決していないこと。 これが完全に解決しない限り、レスカの不安も晴れない。 これに関してはフリック頼りでしかない。
次の問題は、ハジメ自身が外の世界に耐えられるだけの何かを持ち合わせていないこと。 これは今日の暴力行為にも言えることで、ハジメが弱いから──弱そうだから目をつけられたという可能性も十分にありうる。
(俺が強さを誇示できるような存在にならないと、どこにいたってレスカを守れない。 だから今日の二人──あいつらを片手で捻られるくらいの力は欲しいな。 武器を使った訓練も、いざとなったら役に立つはずだ)
「うん、分かった……」
レスカも今日の出来事を伝えなかった。 それは、ハジメと同様心配をかけたくないから。
ディアゴによる暴力行為は女性陣にはかなりデリケートな部分だったようで、これからは決してレスカが一人にならないように取り計らってくれるという。 そういうこともあって、今後彼が近づいてくることはないだろうという話だ。
それを安心材料に、レスカは徹して不安を見せないようにする。 それでも村のことや姉のこと、様々な不安がレスカの中に燻っているため、不安全てを消し去ることはできない。 だからレスカは、なるべくハジメに接触し続けることでその不安を忘れ、ついでにハジメにも安心してもらうように心掛けた。
こうして一見普段通りに取り繕われていると思われる関係性も、実は互いの配慮によって成り立っているということがハジメとレスカには分からないまま生活は続く。
そして今日もいつも通りの夜の時間だ。
ハジメは今日のことがあったため、特訓に一層の力が入る。
数日前から、ハジメは特訓に色々な趣向を凝らすようにしてきた。 ただ銅の角柱を振るうのではなく、相手を想定して足を動かしながら行う特訓は、かなりの運動負荷をハジメに与える。
「レスカ、寝るなら戻る」
「まだ大丈夫だよー」
「なら、頑張る」
そんな様子を観察する三人の男がいる。
「なんすか、あのダッサい動き。 笑えるっすね」
ヨルフがニヤニヤしながらハジメの動きを小馬鹿にしている。
「お前ら、手加減したのか? あんまり傷ついてねぇようだが?」
「いや、見えない部分の腹とか背中は徹底的に攻撃しまくったっすよ? なぁ、ティド」
「そ、そうだね。半泣きになってたから弱いよあいつ」
その実、ヨルフとティドの攻撃はあまりハジメにはダメージとして残っていない。 それはハジメが数ヶ月とはいえ日々鍛えてきたからであり、自分を高めることをしない彼らの攻撃など、十分にハジメを痛めつける威力にはなり得なかった。
「あいつを攻撃しすぎたらバレるし、逆に反撃できるくらいの余力を残してるんすよ。 そしたらこっちは話をでっち上げて、あいつを吊し上げたらパシリに仕上げる流れっすよ」
「ああ、そりゃあ良いな。 お前らにも手下ができるってわけだ」
「ですよね? あとあいつの持ち物も壊したので、どうせすぐやり返してくると思う」
「てか、いまさら必死になって体鍛えてる時点であいつキモイっすよね。 そんなことしても兄貴に敵うわけねーのに」
ギャハハと大声を出しそうになるヨルフをディアゴは目で威圧する。
「あ……兄貴、申し訳ないっす」
「レスカを俺の女にするって話だ。 邪魔だけはすんなよ」
「は、はい……」
「分かりゃいい」
「でもまぁ、いくら武器を持ってたところで、それを隠されちまえばできることもないっすよ。 兄貴は安心してやっちゃってください」
「おうよ。 お前らにもその様子はきっちり見せてやるから期待しとけ」
「マジっすか! やったなティド」
「う、うん。 女の身体なんていつ以来だろう」
興奮冷めやらぬままに、彼らは自宅に戻って行った。
そんなこととは露知らず、ハジメとレスカは日常を謳歌できていると錯覚し続ける。
次の日──。
「またかよ……。 なんのつもりだ?」
(うっざ……。 てか仕事しろよ)
レスカは今日は女性陣と仕事があるということで、ハジメは加工された材木を所定の場所まで運んでいる最中だった。 そんな彼の前に立ちはだかる例の二人。 ニヤニヤしながらハジメを観察してくるが、彼らが道の真ん中で止まっているものだから邪魔で仕方がない。
「まじでキモイってこいつ。 部外者はさっさと出ていけよ。 なぁ?」
「そうだよ。 僕たちに逆らったらタダじゃおかないんだぞ」
何やら言ってくるがハジメには分からないし、相手をする気もない。 だからハジメは努めて彼らを無視し、その側を通り抜けようとした。 そうしたら──。
「っ……!」
資材が地面にばら撒かれる。 ハジメが足を引っ掛けられてすっ転んだからだ。
ハジメが周囲を見渡しても、それを見ている誰かはいない。 誰もいない状況だからこそちょっかいを出してきたのだろう。
(我慢我慢。 先に手を出したら負けだ。 仕返ししても、誰かが見てないと負け。 マジでふざけてやがるな……)
いくら膝を擦りむいたところを誰かに訴えたところで、この程度何なのだと言われる未来しか見えない。
ハジメは叫んでどつき回してやりたい気持ちを抑えながら、散らばった資材を集める。 そして背後を一切確認しないようにして立ち上がると、そのまま仕事に戻った。
「マジで生意気なやつ。 でもいいのか? そんなことしてたら──」
「だ、だめだよ! 兄貴に怒られるだろ!」
背後で何やら聞こえるが、どうせしょうもない罵詈雑言なのでハジメは聞き流した。
その後も事あるごとにハジメの元へやってきては嫌がらせをする二人組。 彼らはこの村の人間だからこそ、他の大人たちの日常動作を理解しているからこそ、こうやって隠れて行動ができるのだろう。 だからここで反撃しても意味はない。
(大丈夫……俺は大丈夫だ……。 エスナの扱いに比べれば遥かにマシ……。 それに、レスカに手を出されない限りは全部我慢できるはずだ……。 我慢しろ、我慢しろ俺……)
わざと荷物を散らかしたり、物を壊したり、物を隠したり、嫌がらせの種類は多岐に渡る。 彼らはそうやって日々の鬱憤を晴らしているのだろうとハジメは理解するが、決して納得はできない。 レスカと二人で何も悪いことはせず愚直に生活しているのだから、そうされる謂れもない。
(イライラする……。 なんでこうもあいつらのことを考えて生活せにゃならん!?)
常に心にモヤモヤを抱えながらでは仕事にも身が入らず、また彼らを警戒し続けなければならないので、ひたすらにストレスがハジメを苛む。 だが、これを表に出してはいけない。 これを飲み込み続けなければ、レスカにいらぬ不安を与えることになる。
そうして本日の業務を終えてハジメが帰路についていると、またもや行く手を阻む彼らがいた。 彼らの手にはそれぞれ武器として鋤と鍬が握られていて、どうにも攻撃する気満々だ。
ハジメは怒りよりも恐怖心が勝つ。 そして両足が震え始める。
たとえ農具とはいえ、使い方によっては人を殺めることもできる。 特に金属製の先端は、勢いをつければ容易に肌を傷つける。
(くそ、どこまで俺のことが嫌いなんだよ……。 ここまでされると流石に俺も……)
と、ハジメが考えたところで、彼らに一切の動きが見られないことに気がついた。
(なんだ?)
武器をハジメに向けて挑発しているが、一向に攻めてくる様子がない。 それはハジメを強者として警戒しているというよりは、むしろニヤニヤして余裕を持った動き。
(俺に攻撃させて既成事実を作る狙いか? ここは逃げたほうが? 先に誰かに相談して……?)
ハジメは必死に頭を働かせる。 それでもなぜか十分に思考を回すことはできず、また相手が弱いと分かっているのに身体も恐怖心に震え続ける。
(ま、待て待て……。 俺が露骨に気に入らないなら、こんな分かりやすく待ってるか? いやがらせしたいなら俺があとで気づく程度にやったり、こっそり闇討ちしたりするもんだろ?)
彼らの意図が分からない。 普段通りの思考ができていたなら分かりそうなものなのに、焦りと苛立ち、そして恐怖などの様々な感情が正常な思考を妨害する。
(こいつらをぶっ殺すしかない、か……? やられる前にやらないと、あとで絶対に後悔する気がする。 だがそのためには武器が必要だ。 こいつらを躱して家まで戻れば角柱……いや、家に戻ったらレスカにまで影響が……)
無駄に時間が流れていくにも関わらず、やはり動きを見せない二人組。
(分かんねぇ……あいつらは何がしたい? 俺一人を痛めつけたいならもっと方法があるはずなのに、なぜそうしない? とりあえず今日レスカは女性陣と一緒だろうから大丈夫だとして俺がすべきは……)
「……えっ」
ハジメは思わず声を漏らした。 そして全身の血がさっと引くのが分かった。
陽が、ほぼ完全に落ちようとしている。
レスカは日中女性陣といたことから、彼らの攻撃を受ける心配はなかった。 だからハジメも安心して──半ば嫌気がさしながら日中を過ごしていた。
しかし仕事を終えた後はどうだ? どこまでレスカは複数人で行動している?
(こいつら、まさか……!)
そんなハジメの様子を見た彼らは、さらにいやらしい嗤いを深めている。
「お前らぁあああ!」
「おお、っとぉ! こっから先には行かせないっての」
「そ、そうだぜ。 今頃兄貴がお楽しみの真っ最中なんだ。 あいつが兄貴にいたぶられて大人しくなるまではここを通さないよ!」
「くっ……!」
ハジメは突き出された武器によって動きを阻まれた。
ハジメとレスカが与えられた借家はラクラ村同様、村の中心から少し離れており、そこまでは一本道が続いている。
ハジメは彼らの狙いが分かった──いや、分かってしまった。
「お前らレスカに指一本でも手を出してみろ、絶対に許さねぇぞッ!」
「分っかんねぇよ、人間の言葉喋れっての!」
「そうだ、そうだ!」
ぐいぐいと突きつけてくる彼らの武器に押され、ハジメは思わず後退した。 しかし、こうしていても何も解決しないのも事実。
(レスカがまずい……! 突っ切れるか……? いや、ここで俺が捕まったら……? もう駄目だ、考えてる時間は──)
ハジメは無駄な思考を捨てた。 そして本能に従って行動することとした。
「馬鹿が!」
ハジメが動き出したことに、ヨルフは悦びの声を上げた。 なにせ、ここでハジメヲ捕らえれば、すぐにでもディアゴとレスカの行為を見に行くことができるからだ。
そんなヨルフの意図を裂くように、ハジメは身を屈めた。 それは回避するためというわけではなく、
「なッ……!?」
地面の土を握って投げつけるため。
その奇襲は成功し、一瞬だけ彼らが仰け反った。
「ぐふぅッ!」
ハジメは手近にいたティドの顔面を勢いよく殴りつけつつ、彼らの間を器用に抜けた。 そしてその速度を殺さないまま家まで走り続ける。
「ハァッ…… ハァッ…… ハァ、ッ……!」
背後から迫り来る彼らへの恐怖心よりもレスカの安否し対する不安がハジメの心臓を締め付け、息切れを加速させている。 だが、そんなことを気にしている場合ではない。
ハジメは不安感で心を押し潰されそうになり、さらに意識も朦朧としながらも必死に足を走らせた。
「いや゛ぁああああッ!!!」
聞こえてくるレスカの泣き声。
やはり連中は二人組ではなく、それ以上の集まりだった。
確信は更にハジメの心を押しつぶす。
「やだッ! や゛め……放してぇ!!!」
木々を抜けると、レスカの姿が見えた。 彼女は泣き叫びながら下の衣類を剥ぎ取られ始めており、それでも抵抗を続けている最中だった。
(あいつ……!!!)
ハジメは全身の毛が逆立つような怒りを覚えた。 それのより瞬時に視界が真っ赤に染まる。
レスカに対して凶行を続ける男にハジメは見覚えがある。 何かとハジメに嫌な視線を送ってきたディアゴという青年だ。 彼から直接的に何かをされたわけではなかったのでハジメは警戒に留めていたが、彼がこの連中のボスなのだということは何故か一瞬で理解できた。
ハジメは、まだ事態が最悪な状況ではなかったことに、そして自分が間に合ったことに多少安堵した。 だがそれでも、これから行われるであろう異常事態に恐怖心を拭えないまま叫びと共に突進した。
相手はハジメよりも遥かに体格の大きい男だが、突進して引き剥がすことでレスカを逃すだけの時間は稼ぐことができるはずだ。
背後から迫る二人のことも懸念材料だが、今はなんとしてもレスカを逃さなければならない。
「うぉおおお──」
その一心で猛るハジメの耳に、嫌な音が聞こえた。
ざくり……。
もんどりうって倒れ、勢いのままに転がるハジメ。
「──あ゛ぁ……ッ!?」
あまりの痛みにハジメが自分の足を見ると、右足の大腿がパックリと裂けて血が噴き出している。 彼らの投げた武器がハジメヲ傷つけたのだ。
そして視界に映る先ほどの二人組。 彼らは何やら勝ち誇ったような顔をしてハジメの元に走り来るではないか。 そして武器を放ると、そのままハジメの背中の上に乗っかり、ハジメを羽交締めにした。
「あがッ! 放、せ……! 放せよ! 邪魔すんじゃねぇ! 殺すぞテメェらッ!」
叫び回るハジメだが、両手両足を押さえつけられたばかりか、右足の大怪我によりまともに動くことができない。
「ハ、ハジメぇ!? た、たす、助けて!!! やだっ、はや──」
ハジメに気が付いたレスカが助けを求める。
「──ゔおえぇっ!?」
しかしディアゴがレスカの腹部を殴りつけて黙らせてしまう。 思わず胃内容物を吐き出すレスカ。
「お前ぇええええ!!!」
ハジメが暴れるが、傷口から血が撒き散らされるだけで一向に変化はない。
「お前らそいつを逃してたらタダじゃ済まなかったが、まぁ許してやる」
「あ、兄貴、はやく見せてくれよ!」
「ぼ、僕も我慢できない……!」
「じゃあとりあえずそいつを黙らせろ。 ただし、見せつけるから意識は残しておけ」
「了解っす!」
そこから始まる、殴る蹴るの暴行。
「や、やめてぇ! お願い、ハジメにひどいことしないでッ!?」
ハジメは執拗に傷口を責められ、逃げ出そうとしたところを踏みつけて止められ、それでも暴行の嵐は止まなかった。
レスカの叫びも虚しく、ただ殴打する音だけが響く。
「……ゃ、め……やめ、て……」
ハジメにあるのは、ただ殺さないでくれという懇願のみ。 すでにレスカのことは頭の中にはない。
ハジメは見る影もなくボコボコにされ、顔面は腫れ上がり、歯が複数折れ、全身には赤や紫の打撲痕が散在する。
「やめてよ゛ぉ……! 何でもするからっ……ハジメを殺さないでぇ……!」
レスカも叫ぶたびに何度もディアゴから制裁を受けていたため、ハジメ同様に顔面は腫れ、涙などのあらゆる液体で表情はぐちゃぐちゃになり、肋も折れて、漏らしてさえいる。
女子供であろうと容赦しないディアゴの攻撃は幼いレスカを容易に壊し、続ければそれだけでハジメ以上の被害を生むことになる。
「あ、兄貴! これでいいっすか!?」
「ああ。 だがテメェらが遅せぇから、レスカがこんなになっちまったじゃねぇかよ」
「構わねぇよ兄貴! はやく犯すところを見せてくれよ!」
「僕も頑張ったよ!」
「ったく、しょうがねぇな」
「や、やだっ……」
「何でもするっつったろうがよ!?」
ディアゴが反抗するレスカの首を絞める。
「やだ……やだよぉ……!」
「じゃねぇとあいつを殺すぞ? いいのか? あ゛ぁ!?」
「ハジメを、殺さない……でぇ……」
大粒の涙を流し懇願するレスカの姿は、ディアゴの嗜虐心を煽るばかりであり、全くの無意味だ。
「ああ、分かった分かった。 その代わり、レスカお前は一生俺の女だ? いいな? ここで約束しろ」
「や……ぐゥ!?」
ディアゴが更に首を締め上げる。
「拒否権とかねぇんだよ……! お前は今から俺の女だ! ほら、『私はディアゴ様の専属奴隷です』っつってみろ! 早く! じゃねぇとあいつを殺すぞ!?」
ハジメは全身打撲により朦朧とする頭で、その様子をぼーっと眺めていた。 まるで第三者視点のような奇妙な感覚を味わいながら、レスカが泣き叫ぶ様子を俯瞰する。
(俺が……何をしたって、言うんだ……。 レスカが、何をしたって言うんだ……)
「あ、あたしは……な゛ッ……」
(そんなのは駄目だ……。 真面目に生きてきた人間が割を食うなんてことはあっちゃならないんだ……)
「……何、でも……する、っから……」
「そうじゃねぇだろォ!? 俺が言った通りに繰り返せや!」
「ぐう……ぅ……あたし、は……」
(これは俺が弱かったことが原因だ……。 だからと言って、こいつらの悪行を許せるわけはない……。 俺に力が、あれば……。 いや、もはや何だっていい……神様だって何だって祈ってやる……それが悪魔だろうと魔人だろうと……)
「……ディアゴ、様の……」
ニィ、とディアゴの嗜虐的な笑みが深まる。
大粒の涙を流しながら、それでもレスカは自分自身よりもハジメの安否を優先した。 それによって何が起こるかは分かっているのに。 いや、そうしなくてもレスカの未来は確定している。 犯されて壊される未来だ。
(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……お前らは絶対に、許さない……)
『帝国を目指せ』
どうして今なのか、ここに来てはっきりと聞こえる例の声。 声色はハジメのもので間違いないが、それを発しているのはハジメではない。 ようやく正確に聞き取ることができたが、今はそんなことハジメにとってはどうでも良い。
(うるせぇ……誰だっていい……何だっていい……誰かこいつらを、殺せ……!)
「……奴隷に……」
ディアゴたちは気づかない。
ハジメから漏れる膨大なマナを──それが齎す厄災を。
本作を読んで「面白い」「続きが気になる」と思われましたら是非ブックマークをお願いします。
また↓の広告のさらに↓に☆☆☆☆☆があり、タップで作品評価になります。
作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。