第16話 住んでる世界が同じじゃない
ざわりとした木々の揺れを感じるより早く、それはハジメの目の前に居た。
「なッ!?」
「──《風爆》!」
その大きな顎門がハジメとフエンの二人を覆い尽くさんとしたタイミングで、フエンの魔法が間に合う。
ここでフエンは一瞬だけ右脚を捻った。
「ッがぁ……!」
ガチリとその牙の噛み合う音がした時、二人は風爆によって既にその場から吹き飛ばされており、その牙は空を切る。
ちょうど二人の間で魔法が弾けたため、それぞれは別の方向へ押し出され、ハジメは激しく木に背中を打ち付けられた。 痛みと共に肺から全ての空気が圧出され、ハジメは一時的な無呼吸状態に陥る。
「ゔっ……《浮遊》」
フエンはステップを踏んだことでギリギリぶつからない方向へ飛ばされていたため、着地までの僅かな時間の間に次なる魔法を発動。
魔道書に掴まりながら静動力を掛けつつ、ここでようやく敵の正体を見据える。
「やはり出た、です……!」
フエンは何が出るかまでは分からなかったが、何かが出る気配は感じていた。
その体長10メートルにも及ぶ大蛇を警戒しながらフエンがハジメを確認すると、何やら呻きながら地面に倒れ込んでいるのが見える。 そして大蛇から距離が近いのも彼だ。
大蛇の目は赤い。 それはこいつが魔物だという証。
東の山はラクラ村以外の近隣の村でも立ち入らない領域。 そういうことでフエンはその存在をほぼ確信していたわけだが、なぜこうも立て続けに魔物が現れるのかについてはある程度予想が立っている。
(あいつの能力その2……魔物を呼び寄せる、とかそんなです)
そして縄張りを形成していた魔物がハジメの行動によって破壊されたために、こうやって次々に魔物がやってきているのだろう。
ただ、これはあくまで憶測だ。 現状ある情報から組み立てた仮説に過ぎない。
「《空歩》──」
考えながらフエンは地面を蹴っていた。
フエンの足元には小さく空気の塊が生成され、踏み込むたびにそれが爆ぜる。 それが彼女の機動力を底上げし、一気に大蛇へ詰めることを可能にする。
「──《風弾》!」
フエンは同時に複数種類の魔法を使用できないが、空歩がアクティブ化されたことでフエンは次なる魔法が使用可能になり、風弾が大蛇を刺激した。
そう、あくまで刺激しただけだ。
先程の風爆同様、やつには何らダメージが入っていない。
しかし今にもハジメに襲い掛かろうとしていた大蛇の気を引くことはできたようで、それは目の前に迫ったフエンへ標的を移す。
ガキン──ッ!
再び必殺の噛み付きがフエンを襲うが、そこに彼女は居ない。 先程発動した空歩によってフエンは直角に急転回し、紙一重で回避していたからだ。
なぜ今回は浮遊ではなく空歩なのかというと、後者が短期的な機動力に関して長けているからという単純な理由だ。 浮遊では旋回はできても、速度が乗った状態での転回は不可能に近い。
そもそも浮遊は中級魔法であり、空歩は初級魔法である。
フエンが初級相当の魔法技能しか持ち合わせていないのにも関わらず中級魔法をなぜ使えるかというと、それが最初に発現してしまった魔法だからだ。
浮遊が中級魔法とはいえ、使用者たるフエンは初級にいる。 そのため、現在の浮遊は初級魔法相当でしか発動できずにいる。 本来の浮遊の性能はその程度ではない。
フエンが不安定な姿勢のままハジメに触れた。
「《浮遊》」
その瞬間にフエンは再度浮遊を発動させ、ハジメを拾い上げたまま宙に浮き上がる。
直後、二人がさっきまでいた場所の木が易々とへし折られた。
ギシギシと音を立てて崩れ落ちるそれは、大蛇が二人を飲み込まんと噛み付いてきた結果だ。
「……しつっこい、です!」
それで終わりかと思いきや、大蛇は浮き上がった二人を追うようにして跳ね上がってきていた。
大蛇の動きは真上に対して直線だったので、フエンは魔道書を傾けてその軌道からズレると、そのままリバーやエスナの元へ。
フエンが気付くのが遅れていたら、二人とも今頃飲み込まれていただろう。
(予想以上の大物が釣れたです)
予想通り大蛇は気性が荒く、ただでは逃さないと言わんばかりに二人の足元を這って暴れ回っている。
これは荷物を抱えた状態で退治できる類の魔物ではない。
追ってきたとしても村の中心には向かわせず、かつ迎撃するために、フエンはその方向へ魔道書を走らせる。
ハジメはなおも苦しそうに咳き込んでいるが、今は無視だ。
「ゲホッ……ゲホッ……」
「お前の行動が招いたお友達です」
フエンはそう言うが、実際のところあれを吊り出したのは彼女の行動によるところも大きい。
フエンは派手に山の中を荒らすことであれを刺激し、誘き出した。 そこに介在する何者かを──それが居なければ、そこに関わる現象を確認するために。
「見えてきたです……《風弾》、《浮遊》」
「おわっ!?」
フエンはリバーたちの姿を上空から確認すると、意思表示の意味で彼らの付近に風弾を着弾させた。 そして再度浮遊をかけ直すことで体勢を元に戻す。
「ッ……!?」
リバーもフエンの姿を確認し、続いて山から降ってくる何かにも気が付いている。
「魔物出現! 援護頼むです!」
フエンは地面ギリギリまで高度を下げ、リバーの10メートルほど手前で減速。 そこから反転して器用に地面に降り立った。
「うげッ……!」
当然ハジメは役に立たないので、リバーの背後──エスナの側に転がしておく。
「どんな敵ですか?」
「10メートル級の大蛇で魔石持ち、です!」
「なるほど、了解しました。 エスナさん、防御はお願いします」
「は、はい……っ!」
ここまで戦闘らしき戦闘など行わずにやってきたエスナだったが、いきなりの実践投入である。 果たしてこれまでの特訓通りにできるのか。 エスナは緊張し、全身に力が入る。
次いで隣には魔法の使えない役立たず──ハジメがいるため、それも守らなければと思うと余計に力みが増してしまう。
「フエンさんは移動及び回避の補助を。 回避が間に合わなさそうであれば、エスナさんとハジメさんの保護を優先し、私は二の次で構いません」
「了解、です」
「あと、ハジメさんがいることなので使えるものは使ってみましょう」
「……大丈夫です?」
「使えなければ使えなかった時に考えますよ。 エスナさん、準備はいいですか? 《操影》」
「はいっ! 《水域》」
二つの魔法が発動され、リバーの影がぐにゃりと歪み、エスナの周囲が水浸しになる。
そうこうしているうちに、木々の隙間からそれが姿を見せた。
「シャアァアアアッ!」
捕食対象が増えたことに対する歓喜のような大声を上げながら、凄まじい速度で迫る。
「ひとまず一撃入れて様子を見ます。 行きますよ……3、2、1──」
「「「──《魔弾》」」」
それぞれの魔弾──闇弾と風弾、そして水弾が合わさるようにして大蛇を捉えた。
すぐさま気がついた大蛇は体をくねらせて回避に移行したが、長すぎる全身のために中腹あたりに全てが命中。 軽い悲鳴が上がる。
それでもその突進は止まらず、なおも四人を狙って顎門を大きく広げ迫ってきた。
「エスナさん、お願いします!」
「はい……! ──《断絶》!」
突如空中に出現する正方形の青い盤面。 それは即座に大蛇の顎門の目前に形成される。
大蛇はそんなことお構いなしと突き進み、そのまま盤面ごと四人を真横に噛み付いた。
「《浮遊》」
もしもの時のためにフエンは浮遊を発動させ、ハジメとエスナに触れている。 ……が、その必要はなかった。
「ガァッ……?」
盤面が大蛇の大顎の中で挟まり、なおかつその突進すら止めていた。
なんという強度だとフエンが驚いていると、ここでリバーが動き始めた。
ミシミシと破片を散らして壊れ始める盤面だが、リバーは冷静さを欠かず魔法を唱えている。
「《大鎌》」
同時にリバーは腕を下から上に振り上げており、動きに合わせて彼の影が波のように膨れ上がった。 それはあたかも大きな鎌が地面から生えるたようで、影は鋭い刃となって飛び出すと、真っ直ぐに大蛇の口内に迫る。
操影状態から使えるリバーの攻撃魔法──大鎌。
何かを操作する魔法は自分に近いほど、そして自分に近しいものほど効果的に使用することができ、操作性や規模、威力も大きくなる。
リバーの大鎌もその類で、足元から影から発せられたそれはリバーの一部であり、感覚的には肉体そのものだ。
だから当然この状態から発動される大鎌は魔刃の威力を上回り、現状でリバーが叩き出せる最大威力の攻撃となりうる。
バギッ──。
大鎌の発生と時を同じくして、盤面が顎門の力に耐えかねてちょうど砕け散った。
盤面が鎌に触れることなく消え去る。
大蛇は危険を感じて回避しようと動くが、すでにリバーの鎌は大蛇の口内を走っているし、大蛇は突進のエネルギーすらも殺されている。
鎌はそのまま抵抗を受けることなく大蛇の口角に触れると、勢いよくその両端を切り裂き、なおも1メートルほど内部に進んだ。
ザ──ン……!
大鎌が大蛇の内部にめり込み、蹂躙する。
大きな顎門は口裂け女の如くさらに大きく裂け、声にならない悲鳴が大蛇から上がる。
「や、やりました……──」
仰反るように暴れ始めた大蛇を見て、エスナは勝ちを確信した。 それだけでなく自らの魔法が効果的に発動されたこともあって、気も緩んだ。
「──え?」
だからそんな彼女は眼前に大蛇の尻尾が迫るのを許し、あまつさえそれを側面に激しく浴びてしまった。
突進はなくても、ぶん回しはある。
体長10メートルというのは思った以上に厄介なリーチであり、鞭のようにしなるそれの速度は人間の感覚速度を大きく上回る。
大蛇の尻尾の先端がエスナに触れ、吹き飛ばされる軌道上にいたハジメも巻き込まれて大きく転がった。
さらには尻尾の内側にいたリバーも同様に側面から強打を浴び、同様に地面を跳ねている。
この瞬間無事だったのはフエンだけ──。
「ぅ──《空歩》ッ! ……ゔッ」
──かと思いきや、一度動きを止めた尻尾の先端が一瞬縮むと、そこからフエンの真ん中を貫くべく槍のように伸び出した。
間一髪のステップだったが、フエンの脇腹の薄皮が衣服ごと削られた。
痛みにもんどりうって倒れるフエン。 だが倒れる最中、大蛇の尻尾がさらに全員を襲うべく動き出したのが見えたので、フエンはなんとか左手を付いた。
フエンは魔道書を放り投げつつ、フリーになった右手で器用にページを捲る。 そして目的のページを広げて魔法を放つ。
「──《風爆》!」
あまりダメージにならず、なおかつ適度にフエン以外の三人を吹き飛ばす位置にフエンは風爆を起動。 そのまま最大速度で風を爆ぜさせた。
防御行動に移るも間に合いそうになかった三人の身体が大きく弾き飛ばされ、その直後を尻尾の薙ぎ払いが通過している。
爆発系統の魔法の中で唯一ダメージソースになりにくいのが風爆である。 その他の属性は軒並み攻撃力を提げているが、風爆だけは妨害的効果で用いられることが多い。 とりわけフエンは攻撃的ではない性格のため、風爆の攻撃力減衰は相当なものだ。 だからこそ仲間に大きな損傷を与えることなくサポートとして使うことすらできるわけだ。
「エスナさん、攻撃軌道に魔法を!」
「う……は、はぃ……ッ。 ハジメ、動いちゃだめだからね……《断絶》……」
「《闇弾》、《闇弾》、《闇弾》──!」
ハジメを側に抱えているだけあって、リバーの魔弾は速度を増し、そして着弾するたびに大蛇から悲鳴を上げさせている。
それでもなお大蛇は尻尾を振り乱し、エスナの断絶を叩く。
「ぅぎッ……」
エスナに尻尾が触れ、またも彼女は地面に転がされた。
先程の攻撃でエスナの左上腕骨が折れていたが、今度は左の肋骨のいくつかが砕かれている。
なぜ断絶を張ってもなお攻撃を受けたかといえば、大蛇の尻尾が単なる円柱ではないからだ。 それはまるで伸縮自在・屈曲自在の鞭なので、断絶による面での防御だけでは不十分だったのだ。
エスナはここまで腕だけであれば耐えられていた。 だが、追加で襲い掛かった痛みには耐えかねたようで、なおかつ呼吸さえ困難な状況によって立ち上がることすら困難になった。
「フエン……さん! 私とハジメさんを!」
「……! 了解、です……《浮遊》」
顎を破壊されたことによって顔面からの突進は治まったが、それでも頭部を軸にした尻尾の攻撃は危険だ。 それにこのままでは大蛇は止まらない。 だからこそリバーはフエンに助け舟を期待した。
フエンは地面を蹴って魔道書に乗り上げ、リバーの意図を理解して最高速でそこへ至る。
今回フエンは両手をフリーにできるように、魔道書に両足を跨らせる格好である。 不恰好この上ないのだが、非常事態なので羞恥心など持つべきではない。
しかし、間に合わない。
魔弾を連打するリバーの元に、回避不能の尻尾が迫っていた。
「《闇弾》、《闇──《潜影》……!」
リバーは直前で攻撃を中断し、ハジメに触れながら影の中に身体を沈めた。
直上を尻尾が通り過ぎるが、尻尾はすぐに動きを止め、影を直接叩こうと上に振り上げられた。
それは大蛇の本能的なものだったかもしれないが、有効打となりうる。 なにせ影はリバーの身体の一部であり、そこへのダメージは彼に直接流れることとなる。
リバーはすぐに影から上がると、目前まで辿り着いたフエンに触れ──。
ダ──ン……ッ!
リバーとハジメを尻尾が真上から叩いたが、フエンが器用に二人を引っ掴んでいる。
尻尾がリバーの鼻先を掠めたが、難を逃れることはできた。
「ハジメさん、捕まっててください! フエンさん、良い位置でお願いします!」
「了解、です」
フエンは魔道書で上空へ高度を上げつつ、太陽の位置を睨んだ。 そしてすぐに下に目を遣る。
大蛇は三人が攻撃圏外へ脱出したのを悟り、すぐに標的をエスナに移している。
考えている時間はない。
「ここ……です!」
フエンは直感で動きを止めると、そのままハジメを抱えたリバーを真下に放り投げた。
動き出した大蛇の頭部。 ちょうどそこにリバーの影が覆いかぶさる。
何がやってきたかと大蛇が感知した時には、すでにリバーの拳が大蛇の眉間に触れ──。
「《大鎌》」
──落下の勢いに乗せた大鎌が、そのまま影から真下に生え出していた。
鎌は眉間から地面へ真っ直ぐ貫き通し、大蛇の頭部を大地に縫い付けている。
絶叫にも似た悲鳴が上がる。 が、大蛇はまだ止まることなく、今まで以上に激しく全身を揺らした。
「しつこい、ですねぇ……!」
リバーは固定された頭部に居座ることで吹き飛ばされずにいた。 そこは攻撃の渦の中心であり、揺れは少ない。
だがパニックになった大蛇の尻尾が届かないとも限らないので、リバーは即座に行動へ移る。
ズン、とリバーは穴の空いた大蛇の眉間に拳を差し込む。 拳の触れた感覚だと、そこはまだ頭蓋内ではないらしい。
「しかし、もうこれで終わりです」
リバーはそのまま手のひらを脳のある方面へ向けた。
「《大鎌》」
ずぶり、という鈍い感覚がリバーに伝わる。
続いて大蛇がびくりと一瞬だけ痙攣したかと思うと、そこからは一切の動きが行われなかった。
「……ふぅ」
リバーが嘆息すると同時に、ハジメも彼の身体からずれ落ちた。
「あぐッ」
そんな彼らの元にエスナを抱えたフエンが降下してくる。
「やったですか?」
「ええ、脳を破壊しました。 確実な死、ですよ」
「助かったです」
「全員無事で何よりですね」
「いやエスナがまずそう、です」
荒く息を繰り返すエスナは苦悶の表情だ。 激しい大蛇の攻撃を二度も直接叩き込まれたのだから当然だろう。 肉体強度的にもその華奢な身体では不十分である。
「ひとまずエスナさんの家へ移動しましょう。 これの処理はその後で」
「了解です」
ハジメは戦闘が終えられてもなお、何が何だか分からないままだった。 目まぐるしく動く状況も、他の三人が何を考えて戦っているのかも、そしてなぜハジメが無事でいられているのかも。
戦闘中自分は何をすれば良いのか、また逃げるべきなのかどうなのか、ハジメはそんな思考さえまともに働かず、ただただ目の前で繰り広げられていく状況を見守る──いや、見逃すしかなかった。
これが魔法による戦い。 そしてこれがこの世界の事情。 ハジメが理解できたのはそれだけだった。
ただ一つ言えるのは、ハジメは守ってもらうばかりで役に立たず、そればかりか自身の存在によって怪我人が増えたということくらいだ。
実際にはハジメの魔法威力増強効果によって大蛇にまともなダメージが通ったのだが、ハジメがそれを知るのは相当先の話である。
(俺は何も……いや、俺に何ができるってんだ……)
あの場面においてハジメができることなど皆無だった。 むしろ何もしていないことが正解ですらあった。
ハジメは無能の烙印を押されたような感覚を覚え、めまいがして崩れそうになる。
(何が成長、だ……。 いくら俺が頑張ったところで、何の役にも立てないじゃねぇかよ……)
ハジメの目の前では今まさにエスナの救護が行われている。
それをまるでテレビから眺めているような感覚で見ながら、ハジメは思う。
(俺は、なんて無力なんだ……)
……と。
ハジメは違う世界をまざまざと見せつけられて、心が折れるのだった。
▽
「おや……?」
王都の酒場。 そこで彼は、ふと何かを感じた。
「どうしたんですかい?」
対面の小柄な男がそう聞いてくる。
「いや、気のせいじゃないな……。 誰かが僕の蒔いた種を刈り取ったみたいだ」
「……?」
話している彼も目の前の男も、目深に外套を被っており、お互いの顔すら判別が難しい状況だ。 とはいえ周囲も似たような者たちばかりなので、とりわけ二人が目立つことはない。
ここは大衆酒場ではなく、情報の集まる裏酒場。 後ろ暗い人間たちで賑わう王国の暗部である。
「ああ、気にしないで。 続けて?」
「……へい。 それであんさん、この技法をいくらの値で買ってくれるんです?」
「言い値で構わないよ。 なにせ、それがあれば世界の階級構造をそのままひっくり返すことができるんだからさ」
「へへっ……じゃあ、このくらいで……」
男は紙にささっと値段を書いてみせた。
「高っかぁー……まぁいいけどさ」
「いやぁ、助かります」
外套越しに男のニヤついた顔が見えるようだ。
「それにしてもよく見つけたね?」
「偶然ですよ。 死にかけた人間の行動を見て、そこから着想を得ただけなんですから」
「でもそのおかげで、この腐った世界を根本から叩き直すことができるんだ。 どこから見ても偉業でしかないんだけど、当然色々煩い連中も当然出てくるよね」
「だからこそ、あっしが発見者として広めるわけにはいかないんですよ。 そんなことをすれば、命を狙ってくる者が後を立たないでしょうし。 あっしは金だけ持って悠々自適に生きたいだけなんです。 それに、広げられるだけのコネも力もあっしにはないんですから。 その点、テシ──おっ、と……あんさんなら世界中どこへでも行ける。 戦地を越えるのもお手のものでしょう?」
「まぁね。 じゃあ、交渉は成立でいいかな?」
「へい。 だがくれぐれもあっしのことは……」
「分かってるよ、口外はしないさ。 君がいたからこそ、この世界を壊せるんだから」
「あ、あと、あっしが生活できる場所くらいは残しておいてくださいよ?」
「分かってるって。 人間全部に死んでもらおうとは思ってないよ。 ただ邪魔な人間が多すぎるだけで、そこに巻き込まれる人間も多いってだけなんだから」
「まぁ、あんさんがそう思うのならそうなんでしょう。 あっしはそんなこと気が付かずに生きてきたんですから」
「外から見れば色々分かるもんさ。 特に僕みたいな……っと、そろそろ時間だ。 今日はこの辺りでお暇するよ。 お金はいつもの場所に預けておく」
「まいど、助かります」
「いやいや、こっちこそ。 また何か見つかったら教えてよね」
「殺されない程度に色々嗅ぎまわりますよ」
彼は話は終わりとばかりに立ち上がったが、すぐに動きを止めた。
「どうしたんです?」
「ああ、いや……えっと、王国の南部で何かあるかもしれないから、ちょっと調べておいてもらえると助かる。 僕はしばらくそっち方面に行けないからさ」
「勇者の方はいいんですかい?」
「並行して、って言いたいところだけど、まぁ君の好きな方で。 何ヶ月かしたらまた会いにくるから」
「了解しました」
「じゃあ、後はよろしくー」
男は完全に彼の姿が消えるのを待って小さく溢した。
「まったく、あの方──テシガワラ様は無茶ばかり……」
先代の王国勇者、勅使河原。 彼は、王国が秘密裏に抹殺命令を出している駆除対象である。
本作を読んで「面白い」「続きが気になる」と思われましたら是非ブックマークをお願いします。
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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。