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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第4幕 Road to the Kingdom②
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第151話 試験的運用

(あたしは、主人公にはなれない……。 見ていることしかできない)


 エマはつくづく、そう思い知らされる。


 夜はすっかり更け込んでいる。 カンベルド要塞都市の外周には薄く湿った空気が漂っていた。 そんな夜霧の中に染み込んでいるのは、微かなマナの残滓。 そして人工的な金属臭。


 この都市は防衛線そのものが感知網となっている。 地中に無数のマナ鋼線が張り巡らされ、これによって魔法的存在の探知を容易とする。 ハジメたちが到着するや否や捕捉されたのは、これによるものだ。 外壁から離れた広大な平原にも、これは幾重にも敷かれていた。


 ハジメは平原の中心に存在していた。 手には自前の鋼線の束と色付く複数の魔石。 青い淡い光を放つ魔石が、ハジメの位置を伝えてくれる。


「大丈夫っすかね……」


 エマは外壁上から戦場を見下ろしながら、唇を噛んだ。 眼下のハジメは膝を突いて地面に手を押し当てながら、感覚を広げている最中だ。


 最近のハジメは様々な試験的企画に参加しており、独自のスタイルを確立しつつあるらしい。


 ハジメはエマとの会話の中で自らのことを罠師トラッパーと称しており、戦略的な方面に進むんでいるようだ。


 応援が駆けつけていない現状で前衛を張っていることには違和感が残るが、これこそハジメの望むべく場面だ。


 赤い範囲が、エマの視界を埋め尽くしている。 数秒先の未来。 魔物たちがどの角度から、どの速度で侵入してくるのかが概ね分かるような色使いとなって描かれている。 ここは魔物の襲撃地点。


 エマの魔法は当初、自らに対する危険だけを感じ取っていた。 魔法使用を繰り返しているうちに、それは他者を含めた能力へと開花しつつある。 ハジメの危険域さえの感知できるようになっている。


「来る……」


 最初の魔物が都市の感知網に触れた瞬間、ハジメはピクリと肩を揺らした。


 張り詰めていた空気が裂けた。


 ハジメが手をかざす。 その瞬間、高度な魔法使いでなければ感じ取れないような変化があった。 遠く離れた魔物たちの足元で、青い爆発が生じていた。


 魔石爆発は格子崩落の過程にある。 そこに属性ごとの性質変化が加わり、爆発は赴きを変える。


 水属性の魔石爆発は、単純に水が爆発することを表しているわけではなく、そこには水属性の要素が全て詰まっている。 つまり、個体、液体、気体の三要素が常に混在している状態。 爆発の瞬間には急激な熱変化が伴い、蒸発や氷結が連鎖する。


 ピシッ──。


 空気中の水分が一気に凝縮して氷の亀裂が走り、遅れて圧縮蒸気の衝撃波が走った。 それほど大きな破壊をもたらすものではないが、その場に濃密なマナを停滞させてくれる付加効果が期待できる。


 爆発に巻き込まれた魔物たち血肉が弾け飛び、土煙が舞い上がった。 しかし後続は止まらない。 倒れた仲間などものともせず、踏み潰し、群れは波のように押し寄せる。 それでも、その波が形になることはなかった。


 ハジメは爆発地点を見ずに走っていた。


 爆発は一箇所ではない。 次々に連鎖するそれは、魔物の存在していないハジメの側でも起こっていた。


 数珠繋ぎのように、拡散されたマナが連なっている。 そんな爆発の余韻に残る高濃度マナを、ハジメはまるで手繰り寄せるように掴んだ。 ハジメの意識がその濃密な一点を捉えた瞬間、空気がひときわ冷えた。


 停滞マナは、まるで糸のようにハジメの手掌と結ばれている。 その糸を引き絞るように意志を込めると、爆心地の魔物が膝を折った。


「えっ……?」


 一瞬の静寂。


 魔物へと突如襲いかかる高濃度マナ被曝――マナ宿酔。 マナ受容体の集まる組織が歪み、乱れ、方向感覚が奪われる。 わずか数秒とはいえ、その隙は致命的だ。


 ズ、ァ──。


 ハジメが大きく腕を振るった。 掻き集められたマナは一回使い切りではない。 濃霧の如く密集したマナの波とも呼ぶべき集積体は、ハジメの視界内に存在しているあらゆる魔物の身体を震わせている。


 ハジメは足音も立てず影のように魔物の群れへと滑り込んでいた。 魔物が声にならない呻きを漏らす中、その体表に彼の手掌が触れた。


 触れられた魔物は一際ぶるりと身を捩っている。 体内で暴れる何かに対して、必死に抵抗しているようにも見える。


「あ、れ……? いつもの反応じゃ、ない?」


 ハジメの十八番は、触れた魔物を確実に戦闘不能へと至らしめることにある。 それはつまり、即座の死。 しかし今回は、そのような反応からは程遠い。 奇声を上げながら転げ回っている。


「ハジメさん、早く……」


 ハジメは一匹に注力し過ぎているため、周囲の魔物が束縛から解き放たれようとしている。 あれほどのマナ被曝でさえ、高度な魔物を黙らせるには不十分らしい。 むしろマナを餌付けしている可能性さえある。


 ハジメは再度拳に力を込めると、急ぎその場から逃げ出すように走り出した。 手繰ったマナを体表に集めつつ、追ってくる魔物を無視して距離を取るのみだ。


 襲い来る魔物たち。 彼らは、群れの内側から生まれようとしている変化に気を掛ける余裕はなかった。 というより、敵意と殺意以外の感情さえ持ち合わせてはいない。


 直後、群れの中で魔物の一匹が断末魔の叫びを上げた。 ハジメが、その核の限界までマナを込めた魔物だ。


「ッ──!」


 遠く離れたエマの位置まで、その爆風が轟いた。


 引き起こされたのは、魔物の核を用いた魔石爆発。 ここまでハジメが用いていた爆発と比にはならない威力で以て、一帯が消し飛ばされた。


 大地には数十メートル級のクレーターが刻まれている。 爆発に巻き込まれた魔物は原型を留めない肉片と化し、余波によって凍り付いたり引き裂かれた魔物がちらほら。 地面には霜が降り、霧が立ち込める。 全てではないが、巻き込まれた魔物の九割ほどは戦闘不能に至っている。


 ハジメも爆発の風圧によって吹き飛ばされはしたが、すぐに体勢を立て直した。 身に纏ったマナの多くは、魔法防御として十分な役目を果たした上で散逸してしまっている。


 その戦いは、まるで流れる水のように滑らかだった。 攻撃、罠、誘導、触れる。 その一連の中に感情という要素は表れていない。 ハジメは戦っているというよりも、そのものを戦略の内側に据えていた。


「まだ、居る……」


 魔物の群れは中央で割れたが、それでも止まることを知らない。 次から次へと、闇の底から溢れ出すように蠢き続ける。



          ▽



 両翼からハジメに向けて、再び群れが押し寄せてくる。 中央の爆心地を避けるように迂回しながら、左右の闇が揺れた。 無数の赤い眼光が一斉に光り、地を這うような咆哮が夜を満たす。


「ハァ、ハァ……ッ」


 ハジメは息荒く肩を揺らしている。 その右手には、いつの間にか巻き付けられたマナ鋼線。 指先から伸びる糸は十数本あり、暗闇の中で複雑にうねっている。 左手の魔導書が淡く光り、鋼線に水が纏われる。


 ハジメはマナ鋼線の一本を地中に打ち込んだ。 それは水を纏うことで操作性が増し、手足のようにしなやか。 そして手足以上な強靭性と柔軟性を見せつけている。


 ハジメのマナ鋼線は地中のそれらと繋がり、遠く張り巡らされた感知網から次々と魔物の反応を拾い上げる。 膨大な数の敵意。 都市の防衛網そのものが悲鳴を上げているようだ。 しかしハジメは動じない。


 ハジメの近くに複数の青が見えた。放られた魔石が宙を舞い、光が弧を描く。 その最中を、マナ鋼線が一つ一つ丁寧に掬い取っていく。


「よし、いい感じだな。 それじゃあ……」


 ハジメは左右に向けてそれぞれ、徐にマナ鋼線を振るった。


 ヒュン、ヒュン──。


 鋼線の生み出す風切り音に続き、立て続けに小さな爆発が生み出された。 水爆の閃光、凍結と蒸気。 それらは魔物の生き血を吸って、赤黒い氷片と霧を立ち込めさせた。


 それでも安心はできない。 爆発の余波に怯まず突き進む群れが、ハジメからもう十数メートルの距離まで迫っている。


「ッ……! 分かってても、怖えぇな……」


 ハジメはマナ鋼線を引き戻しながら走り出し、鋼線の全てを北側の爆心地へと向けた。 魔物の核を用いた爆発の余波は、その場に色濃いマナとして残されたままだ。


 ハジメが後ろを振り向くと、魔物は足を止めて一つの集団を形成し始めた。 マナ感知に優れた彼らはハジメの意図を察し、その上で対応策を見出しているらしかった。


 ハジメは高濃度マナという安全な空間に逃げ込んだ。 いや、逃げ込むよう誘導されたと言った方が正しいかもしれない。


「……こいつらも、馬鹿じゃないよな」


 ハジメはマナを操作して、一時的に敵の動きを止めることができる。 一方で、この場に停滞するようなマナの塊を動かすには相当の労力が必要となる。 どうしても大振りの攻撃にならざるを得ないし、そのため距離を取られると途端に無力と化してしまう。


「──って、なに……!?」


 ハジメから離れた群れの中で、咆哮がこだました。


 群れの内側から湧き上がる悪意が、周囲の魔物を千切り、喰らい、蹂躙している。


「対処困難な場合に、群れから長が選出される……。 聞いていた通りだな」


 魔物は彼らのテリトリーを構築するため、まずは物量としての厚みを整える。 そこから長が生まれ、次なるテリトリーを構築していく。 彼らの目的は最強の個を生み出すことではなく、あくまで人間社会を滅ぼすこと。 無駄に仲間内で殺し合って数を減らしたりはしない。


 今回において、魔物たちは数の利を放棄した。 ハジメという広範囲攻撃が可能な強者が現れた以上、単に数で攻めることは愚行だと即座に気がついた。 数を減らし、ハジメに匹敵しうる──いや、凌駕する存在を誕生させようとしている。


 魔石や血肉を喰らい尽くして、一体の魔物が這い出た。 肉がうねり、骨が軋む音が聞こえる。


 最初は一匹の獣かと思われた。 だが、違う。 二本の腕の根元から、もう二対の腕が生え、肩の位置がずれ、背から蛇のような首が伸びる。 四肢は獣、胴は蛇、背には甲殻、そこにいくつもの頭部が融合していた。 呻き声が混ざり合い、断末魔の合唱のように響く。


「混成体……。 これは聞いてないぞ……?」


 混成体の足元の屍肉が勝手に蠢き、その体へ吸い込まれていく。 切断面が瞬く間に繋がり、再び息を吹き返すように鼓動した。


 ハジメは一歩、無意識に退いた。 呼吸が喉で引っかかる。


(──これが、群れが選び取った“長”)


 赤黒い霧の中、その巨体はゆっくりとハジメの方を向いた。 目が、数え切れないほどあった。 そのどれもが、見ている。 見られている。


 ハジメは深く息を吸い込み、手に巻きつけたマナ鋼線を地面に突き立てた。 鋼線は音もなく地中へ潜り、遠く張り巡らされた都市感衛網と結合する。


 瞬間、ハジメの感覚が拡張した。 無数の震動がその手掌を通じて伝わり、敵の位置、死骸の数、動きが手に取るように見える。


(なん、だ……これは……)


 ハジメの感覚が混成体に触れたとき、複数の不安が彼の中を駆け抜けた。 しかし、かぶりを振って敵を見据える。


「ッ……!」


 地脈に流れるマナが逆流した。 地中の鋼線が発光し、巨大な拘束陣のように輝く。 一帯の地面が波打ち、混成体の脚が沈む。


 動きが止まる――かに見えたその刹那、轟音。


 ぶしゅ、ぶしゅ、と何かが舞っていた。 混成体の体液が爆ぜ、撒き散らされている。 体液の触れた地面が黒く染まり、腐蝕と同時に変質していく。 そこはもはや大地ではなかった。 濃密なマナが滞り、腐臭と共に魔界の片鱗が色付く。


「痛ッ!?」


 ハジメは鋼線を握り直した。 手掌が焼けるように熱い。 間接的に瘴気に触れたことで、右手が痺れ震えている。


「感知網が死んだ!? あれは、瘴気か……!」


 全身に瘴気を纏う混成体。 そんな怪物の影が一歩、また一歩と迫ってくる。


 ハジメは歯を食いしばり、三つの魔石をマナ鋼線で掴み取った。 即座に投擲し、混成体の体表面で水爆が連続した。


 青い爆発が混成体を裂いた。 蒸気が弾け、霜が地を覆う。 しかし、凍りついたはずの魔物の肉が、内部から脈打つように膨らんだ。 凍結を押しのけ、黒い筋肉が芽吹くように再生していく。


「再生……いや、肉を補填し続けてるのか。 それにしても、早すぎる」


 ハジメは思わず舌打ちした。 混成体の巨腕がひと振りされたとき、すでの爆発の痕跡が掻き消えていたからだ。


 開戦の地ならしによって、夜が震えた。 轟音とともに地表の霜が跳ね上がり、ハジメの握る高濃度マナが奔流となって渦を巻く。


(……さて、こいつはどうだ?)


 ハジメは両掌を突き出し、圧縮したマナを放射線状に解き放った。 マナの内側には、複数の魔石を散りばめている。


 蒸気が爆ぜ、水が光を散らす。 空気が一瞬にして飽和し、視界が白に染まる。 しかしその白の中で、黒い影は動いた。


 爆心の中から、それは歩み出てくる。 マナの暴風に逆らうように、ひとつ、またひとつ、足音が響く。


 ハジメはマナを引き戻し、背後に据える。


「ッ──」


 咆哮。


 ハジメの全身が反射的に震えた。 皮膚が粟立ち、呼吸が勝手に乱れる。 死を目の前にした本能が、ハジメの身体を自然と後退させる。


「まだ立ってやがるのか……」


 混成体は爛れた肉をずるりと剥ぎ取ると、それを自らの口に放り込んだ。 食む音。 骨を噛み砕く音。 血と蒸気が混ざり、腐臭が満ちた。 次の瞬間には、剥がれた肉の下から新しい肉が芽吹くように再生している。


「擬似的な自己再生持ちか……! 全身を一撃で消し飛ばすしかないな」


 ハジメは即座に次の手を打つ。 地面に手を叩きつけ、足元の鋼線を経由して高濃度マナを流し込む。 地脈が震え、マナの圧に地面が裂ける。


 このとき、混成体も動いていた。 巨腕が地中に沈み、思い切り鋼線を引き千切った。


「……は?」


 ブゥン──。


 ハジメの意図が届くよりも早く、視界の半分が真っ黒に染まった。


 咄嗟に後方へ跳ぶ。 しかし、遅い。


 地面ごと薙ぎ払う、引き裂かれた鋼線による応酬。 衝撃波がハジメの全身を打ち抜き、肺の中の空気が押し出された。


「ぐあッ……ッ!」


 転がる。 視界が歪む。 地面に叩きつけられ、血が滲む。


 次の瞬間、影が覆った。 跳び上がった混成体が、ハジメを押し潰さんと降り注ぐ。


「チィ……ッ……!」


 混成体の前脚がハジメの頬を掠め、皮膚を引き裂いた。


 ハジメは敵の身体に触れた。 限界の回避に、痛み以上の意思を持って。


 わずかな接触の中、ハジメの脳裏に閃光のような情報が流れ込む。


(内部……? 違う、核が……散ってる!)


 それは、巨体に取り込まれた魔物の残滓。 核は、一つではない。 それぞれが微弱に感応し、再生と暴走を繰り返しながら全身を繋いでいる。


 全貌が掴めない。 末端の核は、それぞれが自律して機能している。 これでは、《改定(リビジョン)》でも制御しきれない。


「……ッの野郎、どうなってやがる!」


 巨体が唸る。 泥のような瘴気をまとった腕が振り上げられた。


 ハジメは即座に鋼線を引き寄せ、地面に励起させた魔石を叩きつけつつ後方へ飛び退いた。


 ハジメと混成体の間が爆裂し、わずかに遅れた衝撃波が髪を裂いた。


「触れた。 あとは、中核さえ見えれば……」


 額を伝う汗が血と混ざり、視界を曇らせる。 息が荒く、喉が焼けつく。


 混成体はマナの流れそのものを読んで動いている。 動きを止めるどころか、すべて先読みされている。 ハジメにできることは、せいぜいその足を鈍らせる程度が限度だ。


「ッ……ふざけんなよッ!!」


 ハジメは叫び、再び鋼線を走らせた。 十数本の線が残り少ない魔石を掴み、水属性のマナが瞬間的に凝縮。


 巨影はハジメの意図など一笑に付すが如く、止まる素振りさえ見せない。 その身は高濃度マナの圧さえ押し退け、ハジメへ一直線に迫ってくる。


 マナ操作に気を取られた一瞬の隙を突いた、混成体の突貫だった。


(駄目だ、避けきれ──)


 反射的に身を翻した瞬間、巨腕の薙ぎ払いが襲う。 ハジメも右腕を振るっていた。


 ハジメの身体が風圧だけで持ち上がり、続く衝撃に視界が反転した。


 耳鳴り。 焼けるような痛み。 吐血し、ハジメの意識が白く霞む。 その中で、断続的に空気が振動していた。


 頭上に疑問符をもたげたのは、混成体の方だった。


 地に叩きつけられたハジメは、苦しみの内側に嗤いを溢した。 それは焦燥にも似た、獣じみた感情。


 混成体の胴体に、巨大な孔が穿たれている。 それでもその身が分断されていないのは、無数の腐肉が強固に層を形成していたから。


「やっぱりそこか……。 でもこれで見えたぞ……お前の核がよォ!」


 ハジメは混成体に触れたとき、その内側にやたらと厚みのある組織を見出していた。 そうして先程の薙ぎ払いの最中、そこに向けて魔石を撃ち込んでいた。 撃ち込んだ上から次、また次と、魔石を押し込み続けた。


 縦に連なった魔石は、表層に近いものから爆発を連鎖。 それによって内側の魔石が押され、爆ぜ、衝撃は更に奥へ奥へ。 連続した爆裂は、混成体の胴にトンネルを形成するに至る。


 血の滲むハジメの手掌が、青く光る。 鋼線はそのほとんどが引き千切れて機能せず、残ったのは三片の魔石だけだった。


 痛みも、恐怖も、もうどうでもよかった。 ハジメは魔石を纏め、すでに再生しつつある混成体の大孔に向けて投げ込んだ。


 魔石は無事、混成体の内側へと飲み込まれていった。 取り込んだのち、ゆっくりと傷を閉じた。


「グ、ガ、ガァ……」

「不発、だと……?」


 折れ曲がりそうになっていた混成体の胴体が支えを取り戻し、再び呻きのような産声を上げ始めている。


(どうする……。 手持ちの魔石は尽きて、走り出す余力もない。 残留マナを使って、あいつの体表に近い魔石を爆ぜさせ続けるくらいしか──)


「……!?」


 今まさに、動き出そうとしていた混成体。 その身が痙攣した。


「ア゛、ガッ……ゴ、ガ……」

「な、なんだ……?」


 ハジメは後退しながら、その不気味な様相から目を離せない。


 混成体の内部で、音がした。 ひとつ、またひとつ。 腐った歯車のように軋みながら、繋がりが崩れていく音だった。


「……効いてる?」


 ハジメが呟いた瞬間、混成体の巨体が不自然にのけぞった。 全身を巡っていた魔核の流れが乱れ、燐光のように灯っていた無数の魔石が次々と弾け飛ぶ。 内部から順に解体されていくように。


「ヴィ……ガ、ァ……!」


 混成体が喉を鳴らす。 声にならない悲鳴。 その身を支えていた瘴気の糸がほどけ、足元から肉が崩れ落ちていく。 圧倒的だったはずの質量が、溶けて、沈む。


 ハジメは荒い息のまま行く末を見届けていた。 目の前で、巨体が壊れていく。 それは爆発でも焼失でもない崩壊。


 マナで縛られた結合が乱れ、混成体の肉体を構成していた肉片同士が互いを喰い合うようにして崩れていく。 ハジメの放り込んだ異物、わずかな魔石が、内部の均衡を狂わせていた。 ひとつが暴走し、隣を引き裂き、連鎖し、全体が自壊を始めている。


「ア゛、アアアアアアアアッ!」


 獣とも人ともつかぬ叫びが響く。 その声は次第に掠れ、息を失い、腐肉の臭いが強まった。 混成体の腕がもがきながら空を掻き、千切れた頭が地を転がる。 それでもなお、昆虫のように蠢いている。


 這いずる。 崩れた脚で、落ちた腕で。 自身の失われた肉片を、必死に掻き集めている。


「……それが、お前らの総意による末路か」


 ハジメは呟いた。 怒りも、哀れみもない。 繋がりを持たない魔物たちの最期がこれだった。


 混成体の腕が最後に伸びた。 その指先が地に散らばった自らの欠片に触れると、一気に腐り落ちた。


「……やった、か……」


 残骸は、もう動かない。 そして、そこに残ったのはただ一つの真理。


(魔物でさえ、繋がりを強固にしている)


 ハジメは、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。


 戦場は静まり返り、風が戦禍の痕跡を洗い流していた。



          ▽



「はぁ……! ハラハラしたっすね……」


 赤い危険域が、溶けて消えていく。 夜は静寂を取り戻し、戦場の中心にはハジメの背だけが残っていた。


「己れの出番は、結局回って来なかったな。 あれなら、誰も乱入しないで正解だったとは思うがな」


 エマの側には、いつでも魔法を撃てるよう構えたデミタスが居た。


「デミタスさんなら、最後の敵を鎮圧できたっすか?」

「この距離では不可能だな。 誰であれ、せいぜいハジメの支援ができるかどうかだろう。 エマ、お前以上の支援性能を出力できる者は少ない」

「でもあの人、何でも一人でやっちゃうっすからね……」

「不満なのか?」

「いや、そうすると、あたしの意味って何なんだろうなって考えちゃうだけっす」

「全ての状況に対応しようなど、烏滸がましいと思うがな。 人間は適材適所、自分の役割を演じるしかない。 その点で言えば、お前の能力はこの世界の情勢に最適としか言いようがない。 逆にハジメは、情勢にそぐわない生き方をしているとも言える。 要は見方の問題だ。 悪い視点を向ければ悪く見えるし、逆のまた然り。 楽観主義が苦悩しないコツだな」

「……」


 エマが口元を歪ませていると、背後から複数の足音が響いてきた。


「興味深い話だね。 ソシエ、そうは思わないかい?」

「リオルがそう思うのなら、そうなんじゃない? あんまり聞き取れてなかったから分かんないけどさ」


 そう言って近づいてきたのは、若い二人組。


「お前ら、見ない顔だな。 訪問者か?」


 デミタスが問いを投げる。


「ああ、うん。 たった今ね。 なんだか面白そうな動きが見えたから観戦しようと登ってきたんだけど、どうやら終わってしまったみたいだね。 残念だよ。 実に残念だ」


 リオルという青年は到底残念そうではない口ぶりで、うんうんと頭部を上下させている。 そのたびに後ろで結った白銀の髪が揺れている。 着飾ったような黒いコートの裾は地面ギリギリまで伸びており、常に余裕のある笑みを伺える。 年齢はハジメよりも上だろうか。


 もう一人のソシエという女性は、やはりエマよりも年上に見える。 焦茶色の髪を垂らし、口元には淡い笑み。 瞳は灰金色で、どこか無機質。


 リオルもソシエも、珍客と言えば珍客。 この時間の訪問も、珍しいと言える。


「己れはデミタス。 こっちはエマだ。 お前ら、歓迎は受けなかったのか?」

「歓迎? よく分からないけど、この町は訪問者に歓迎の宴でも開いているのかい?」

「そういうわけではないがな。 単に、衛兵などと話さなかったのかと聞きたかっただけだ」


 エマは、デミタスの口がいつもより饒舌なのが気に掛かった。 そう思って彼を見たが、視線を返してはくれない。


「いや、会ってないね。 ソシエ、誰か居たっけ?」

「いいえ? だってウチら、正門通ってないし?」

「ああ、そうだったそうだった。 ボクたち、壁を飛び越えて来たんだったね」


 その瞬間、エマの違和感は彼らを薄い赤に染めていた。


 エマは強張りそうになる顔面に停止指示を出しながら、情報を拾い集めるべく、そっと眼球だけを左右に揺らした。


「壁を? 魔法使いなら、尚更ここに居てられる意味が不明だな」

「デミタス、あなたの話もボクにはよく分からないんだよ。 ……ああ、警戒は不要だよ。 ボクたちに誰かを害そうだとか、そんな気持ちも、力だってありはしないんだからね。 だからさ、そんな顔をしないでくれないかな?」


 リオルは、何とも大袈裟な身振り手振りで語りかけてくる。 作り上げられたようなそれは、エマの警戒心を強める効果しかない。


「何者だ?」

「やだな、敵じゃないってば。 ボクらは言うなれば、新時代を生きる正義の魔法使い。 こう聞いたら、あなたも安心できるでしょ?」


 リオルの手には、やけに古ぼけた魔導書が握られていた。

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