第11話 私はやっぱり間違ってない
姉妹の会話が尊い……尊くない?
エスナは今や、リバーやフエンと共に絶賛特訓中だ。 全ての仕事をほっぽり出して、なにやら魔法育成に専念するのだとか。
(リバーが村長に直談判してそれが受け入れられた結果らしいんだよな。 すげぇな、あいつ)
周囲の空気に当てられ、ハジメも独自に肉体強化を重ねている。 現在はその一環として斧を振るい、ひたすらに木を切り倒している。 これは村──ひいてはエスナたちの生活への貢献にもなるため、やらない手はない。 しかしハジメは未だ村人との接触を持てていない。
「ハジメ、頑張ってる?」
定期的に訪れるレスカがハジメを癒す。
「はァッ……はァッ……。 レスカ、か……」
ハジメがいるのは森の中だというのに、まるで炎天下の中にいるように汗が滴り落ちる。
(こんな時にエスナがいてくれたら、魔法で冷やしてくれるもんなのになぁ……)
などと考えてしまうが、それではエスナに依存しすぎだ。 ハジメはただでさえ何もできないのだから、特訓に力を入れている魔法使い連中の邪魔になることはなるべくするべきではない。
(エスナが魔法を鍛えれば最終的には村にも恩恵が大きい、ってことだよな? そうでもなきゃエスナが村の縛りから逃れられるとも思えないしな。 リバーってほんと何者なんだろ……)
リバーの行動力にハジメは驚くばかり。 そしてリバーの活躍を見るたびにハジメは鬱屈とした気持ちに苛まれる。 魔法使いと一般人は月とスッポン以上に違いがあるのだから、そもそもハジメが彼らと同じ活躍ができると思い込んでいる方がおかしい。
(魔法、か……。 なんでリバーには使えて俺には使えないんだろ……。 ずりぃよ、ホント)
ハジメはこの村に来てから、エスナの手を煩わせるだけだった。 そんな中、リバーはサッとやってきてエスナに笑顔を齎している。 これが力ある者とそうでない者の差だ。 ハジメはまともな生活能力すらなく、指針の無い行動ばかりしてきた。 誰かがいて、それでようやく生きることができるような弱者だ。 それでは誰も笑顔にできない。 ハジメは自分の無力さをつくづく痛感させられ、頻繁に自信の喪失を繰り返す。
(レスカはリバーを怖がってるけど、いつかレスカもリバーに靡くのかな……)
「えいっ!」
「ッ冷てっ!?」
ハジメがぼんやりショックを受けていると、レスカに頭から水をぶっかけられた。 考えすぎだと言わんばかりの攻撃に、ハジメはハッとする。
「暑そうだったからかけてあげたよー」
「何する……!」
「親切にしてあげたのに!」
「……許す」
「よろしいー」
未だにハジメは言葉が苦手だが、レスカのおかげで着実に上達してきている。 エスナが特訓に専念していることもあって、ハジメはレスカとの時間が増えたからだ。 一日の大半を彼女と過ごしている。 その中でハジメはレスカと兄妹のような関係になったと思っている。
エスナとリバーの密会から、ハジメはレスカを守れるくらい強くなろうと決めた。 エスナをリバーに取られたという屈辱と、魔法使いに対する劣等感、そして何もできない情けなさ。 それらが推進剤となって、ハジメの行動をなんとか後押ししてくれている。 それでも魔法使いという頂は遠く、ハジメは心が挫けるギリギリを低空飛行している。
「ハジメ、身体頑丈になってきたね?」
気づけばレスカがそんなことを言いながらハジメに抱きついている。 彼女がいなければ、今頃ハジメは引きこもりのダメ人間だっただろう。
「汚い」
「別に汗は汚くないよ? だって頑張った結果なんだから」
「……ふん!」
「わ、ちょ、ちょっとー!」
ハジメは恥ずかしさを紛らわせようと頭を振り乱し、髪に付着していた水分が飛沫となりレスカに襲い掛かった。
「仕事する」
「えー、もうちょっとくっついとこうよー」
(やめてくれ、スキンシップが激しすぎる……。 反応してるのがバレる……!)
ハジメは焦る。 せっかく休憩と水分で身体が冷えてきたというのに、身体の一部分が常に熱を持ったままだ。
(落ち着けぇ、落ち着け俺ぇ……。 欲に負けて行動したら、嫌われて村を追い出される。 それ以上に、レスカは俺が守ってやらないといけないんだ……!)
「ふぅ……」
ハジメは息を吐き、精神統一を図る。
「ハジメどうしたの?」
「続きやる」
「真面目だなぁ」
そっとレスカを引き剥がして、ハジメは再び斧を振るった。
1本切り倒すのに四時間超。 それがその日の限界だった。 これが一般的な記録かはわからないが、斧自体が粗悪品なのはハジメでも分かる。
(リンカーンも言ってただろ。 『木を切るために六時間もらったら、斧を研ぐのに四時間、切るのに2時間使う』って。 功を焦っちゃだめだ。 日々の繰り返し、そう繰り返しだ)
いつもの倍以上の疲労を抱えつつハジメは家に戻った。 たった数時間の木こりだったのに、腕は上がらず腰も異常に痛んでいる。
エスナは帰りが遅いので、ハジメはレスカと一緒に夕食を作った。 そしてそれらを義務的に流し込み、水浴びをしてさっさと寝床に入った。
ハジメは流石に夜の特訓をする元気はなく、レスカが忍び込んでくる前に眠ることすらできた。
▽
ハジメが木を切り付けている頃、エスナとリバーは本格的に魔法の特訓へ取り掛かっていた。
「本当にいいんですか……?」
「お仕事ですか? 大丈夫ですよ、村長の痛いところを突きまくったら余裕でしたから」
「えぇっ……」
「とにかく魔法です! 一に魔法、二に魔法、三四に魔法、五に魔法の生活を始めますよ」
「何をすれば……?」
「まずは使える魔法を見せてください」
「は、はい」
対魔人戦においては、フエンの風魔法攻撃が肝だ。 しかし魔人の魔法防御を貫いて確実にダメージを与えるには、現状フエンの攻撃力は不足しているしマナ総量も足りていない。 そのためフエンは傷ついた身体を押して山奥へ出向き、個人的に魔法を鍛えている。
「《風刃》、《風刃》 、《風刃》 ──」
フエンはマナの続く限り一日中使用するつもりだ。 これによって魔法の使用感とマナ総量の増強を目指す。 しかしこれが正しい方法かどうかは分からない。 なにせ魔法には謎が多すぎるからだ。
アルスでは未だ魔法使いは希少な存在。 研究に携わりたいと考える人間は更に少ないため、魔法の解明には時間を要している。 魔法使いが短命だということも、魔法が謎を残す大きな理由だろう。
魔法使いの仕事は危険地帯の探索だったり魔物や魔人の退治だったり、しまいには戦争にまで駆り出される。 これでは魔法の発展は難しいし、魔法が個人技能の枠に収まってしまうのも頷ける。 その結果、次の世代に魔法のノウハウが継承されづらくなり、さらに魔法の発展は遅れる。
「はぁ……はぁ……攻撃力が、足りないのです……」
フエンが風刃を数発叩き込んだことによって、ようやく一本の木が倒れた。
魔人により振るわれた《水刃》。 フエンはあれと同等もしくはあれ以上の威力を目指さなければならないが、どうにもあの域に達せられる気がしない。 何かが足りない、などということではない。 そもそもあの場所まで至れないという直感がフエンにはある。
水属性に対して風属性は有効。 現状効果的な対応策はそこだけなので、フエンは何かを見出して成果を得なければならない。
「これでは──フエンの性格では、どうにも攻撃的にはなれないのです」
フエンの魔法は、風属性の中でも探査系に寄っている。 最初に発現した魔法も《浮遊》であり、基本的には発現した魔法に寄って新しい魔法が魔導書に刻まれてゆく。
「《魔弾》も《魔刃》も《爆発》も、誰でも使えるタイプの魔法は成長しなさすぎです。 おこなのです」
《魔弾》、《魔刃》そして《爆発》。 これらは各属性の基本的な魔法の総称で、風属性の《魔刃》であれば《風刃》という表記になる。 これらは魔法を使っていれば誰にでも自然に身につくものであり、本来あまり差は出ない領域だ。 では何故そこで魔人との差が生まれているかというと、それは使用者本人の技量に依るところが大きい。
使用者の基礎能力が高ければ、基本的な魔法であっても効果は高まる。 基礎能力は本人の位階や魔法の練度、魔導書の性能、マナ総量、その他無数の要因によって決定される。 魔人という存在はとりわけ魔法に長けた種族なため、同じ基本魔法であっても人間を凌駕する。
「下位の水属性のくせに、リバーさんの闇属性と同等以上の威力の《魔弾》を撃てる時点で強すぎ、です」
魔法にはそれぞれ階級が存在し、下位属性には火、水、風、土の四属性が入る。 中位属性には光と闇の二属性。 上位属性としての空間属性がある。 その他にもこれらから派生した特殊属性など様々あるが、基本的にはこの七種類の属性に収まるようになっている。
フエンが言っているのは、カーストとして下位にいる水属性が中位属性に匹敵しているという事実についてだ。
とはいえ、攻撃力が高いからといって防御力も高いという話にはなり得ない。 そこが有利属性と弱点属性を規定する要因にもなっており、普通に考えれば風属性は水属性に特効だ。 そのためフエンはイレギュラー的事態は一旦無視して、ひたすら魔法を使うことで攻撃力向上を目指す。
「やっぱり癖になる味わい、です」
フエンはマナポーションを呷ると、再び魔法を連打し始めるのだった。
▽
「使ったことがない?」
「水を供給する以上の価値を魔法に見出せなかったので……」
リバーは驚いていた。 エスナが基本魔法をまともに使用したことがなかったのだから。
「本気で言ってますか?」
「先生の目の前で何度かはありますけど、実生活で使う機会がないですよ。 そんなことに使っていたら、供給に回すマナが足りなくなりますから……」
「でも最近調子が良いとおっしゃってませんでした?」
「それは、はい。 最近になってようやくマナの量が増えてきたようなので、一日のうちに各家を回って水を供給しても余るくらいにはなってきましたね」
「それはいつ頃から?」
「本当に最近です。 ここ1、2週間ほどでしょうか」
「きっかけなどは思い当たらないです?」
「いえ、特には……」
リバーは頭を悩ます。
エスナは予想以上だった。 予想以上に、使えなかった。
「ひとまず実践で確かめてみましょう」
「は、はい」
「私が魔弾を木に打ち込みますので、同じようにやってみてください」
「わかりました」
エスナは青く燻んだ魔導書を具現化させる。
「では……《闇弾》」
リバーが魔法を唱えると、高速で魔弾が射出された。
闇弾は幅30センチほどの細い木の幹に触れ、簡単にその幹をへし折った。
「わっ……!? す、すごいですね……」
「ではエスナさんもどうぞ」
「は、はい……! 《水弾》」
水弾はヒョロヒョロと飛んでいくと、木を軽く揺らしただけで水滴を弾けさせた。
「これは……」
「ど、どうでしょう……?」
「……駄目ですね」
「え、えぇ……」
魔人を倒す、と勢いでスタートした魔法特訓。 前途多難な始まりに、リバーは頭を抱えるしかなかった。
その日の夜──。
「お姉ちゃん!」
「ど、どうしたの……?」
レスカが急にすごい剣幕で怒りをぶつけてきたことに、エスナは狼狽する。
「ハジメが先に寝てた!」
「ま、まぁ……そんな日もあるんじゃない?」
「約束してたのに!」
「……約束してたの?」
「あ、約束はしてなかった! けど、今日はおやすみも言ってないからやだー!」
「やだって言ったって、ハジメも疲れてるのよ。 今日はずっと木を切ってたんでしょ?」
「うんー……でも、おやすみないのは悲しい……」
「あー、ほら泣かないの。 こっちおいで?」
「うん……」
エスナはレスカをそっと抱き締める。
レスカは大泣きほどではないが、時折こうして感情が形として噴出する。
そういえば、と。 最近あまり触れ合えていないことにエスナは思い至った。
「落ち着いた?」
「うん……」
「なんかこうするのも久しぶりね。 最近はずっとハジメにレスカを取られてたから」
「悲しい?」
「ちょっと悲しい、かな?」
「えー、ちょっとだけー……?」
「うそうそ、とっても悲しい! えーん、えーん」
「お姉ちゃん泣くの下手だよ?」
「だってお姉ちゃんだもん、泣かないわ」
「あたしすぐ泣いちゃうけど、お姉ちゃん強いね」
「えっへん」
久しぶりの姉妹の会話。 今までは当たり前だったのに、こうして命の危機を感じながら生活し始めると、エスナはそれがとても大切なものに思い始めてきた。
(あ、そう……か。 そうだったんだ……。 私てっきり、自分がずっと不幸だと思ってた。 けど……)
当たり前を特別なものと認識でき、エスナはそれを幸福と感じた。
エスナは目頭が熱くなっているの悟られないように、より一層レスカを抱きしめた。
「お姉、ちゃん……苦しいよ?」
「お姉ちゃん、レスカが大好きだから抱きしめちゃった」
「それなら許す!」
「良い子ね。 レスカもお姉ちゃんのこと好き?」
「うん、大好き! だからずっと一緒にいるもん!」
「じゃあずっと一緒ね」
「やったー! ハジメも入れて三人家族ー」
ハジメという名を聞いて、エスナは少し動揺した。
(私はまだハジメを受け入れられていないのかな。 あまり自分のことを語りたがらないし、仕方ないのかもしれないけれど……)
「レスカはさ、ハジメのことも好きなの?」
「うん! あ、でも……」
「どうしたの?」
「うーん……お姉ちゃんの好きとはちょっと違うかも。 よくわかんない」
「そう、なんだ?」
「うんー。 じゃあお姉ちゃんはリバーさんのこと好きなの?」
「え……!? え、えっとー……そんなこと──」
無い、と言いかけてエスナは言葉を飲み込んだ。
何を恥ずかしがって大好きな妹に嘘をつこうとしているのだろうか。 先日は本心からリバーに告白したはずだ。 リバーも真摯に考えてくれると言っている。 それなのに何を自分は、と。
「そんなこと……あるかな」
「やっぱりー」
「……あれ? レスカには分かっちゃった?」
「ずっと一緒なんだから分かるよーだ! 何年お姉ちゃんの妹してると思ってるの!?」
「そっ、か……。 そうね、レスカにはお見通しね……」
「どこが好きなのー? あんなにお顔が怖いのにー」
「お顔は別に嫌いじゃないけど……なんていうか、内面……?」
「そうなんだー」
「レスカはハジメのどこが好きなの?」
話の流れに合わせてエスナも聞いてみた。
レスカははっきりとした恋愛感情を実感していないようだが、淡いく色づき始めている。 本当にハジメを好きになるのはもっと先のことかもしれない。 エスナはまだ歩き始めたばかりのそれをずっと眺めていたいと考えると同時に、もしかしたらそれを見届けられないかもしれないという不安も湧く。
「えっとねー、お姉ちゃんみたいに優しいところとー、褒めて撫でてくれるところとー、抱きしめてくれるところとー、あとはー」
エスナの知らない間に事態は進行していたらしい。
(撫でる……? 抱き締める……? あとは……? あとはなに……!?)
「頑張ってるところ!」
「が……ん?」
求めていた答えと違い者がやってきて、エスナはずっこけそうになった。 求めていたといえば語弊はあるが、まぁ、そういうことだ。
「ハジメは真面目になんでもやるから好きー」
「そう、ね。 とっても良いことだと思うわ」
「ほんと?」
「うん、本当よ」
「じゃあ明日ハジメに、お姉ちゃんが褒めてたって教えてあげよーっと」
「うん、そうしてあげて」
「そうするー」
「じゃあそろそろ寝よっか? 今日はお姉ちゃんと寝る?」
「うん!」
二人して同じベッドに入った。
エスナが久しぶりに感じる妹の体温は新鮮で、その寝顔も寝息も全て、今までよりも一層愛おしいものに思えた。
こうやって環境を無理矢理にでも変えられなければ、幸せを幸せと理解することもなかったのだろう。 そう思えるようになったのはリバーの存在が大きい。
(リバーさんが私の話を聞いてくれなかったら、今のこの気持ちも無いのよね )
エスナは虐げられるという現状を受け入れ、変化を避けてきたからこそ生活が一向に変わらなかった。 そこに色を垂らし、変化を呼んだのはリバーだ。 彼がずけずけとエスナの内面に乗り込んできてくれたおかげで現在の心境がある。
たった数日でエスナを変えてしまったリバーはやはり彼女の中では偉大だった。
(やっぱり私、リバーさんのことを好きになってよかった。 自分の気持ちを伝えてみてよかった)
エスナは知らず知らずのうち、表情の中に笑顔を思い出していた。
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