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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第4幕 Road to the Kingdom②
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第148話 思考と実践

 カンベルド要塞都市にやってきて、早くも一ヶ月が経過しようとしていた。 その間ハジメはラフォンと行動することが多くなり、エマはデミタスと外に出ることが日常化していた。 特に示し合わせることもなく、それぞれが必要と思うことを続けているような形だ。


「結局、昨日も成果が出なかったな……」


 ハジメは焦っていた。 魔法についての進捗が見えないからだ。


 魔法に関する試行錯誤は続けている。 《改定(リビジョン)》についての理解も深まった。 しかしながら、その根底には潜れなかった。 ハジメ以外の誰もこの魔法に見識の深い人物が存在しないからだ。


 ハジメの魔法に適切な助言を与えてくれる人物。 そんなものがもし存在するとすれば、神くらいだろう。 だからこそ、ハジメは自らの力で理解を進めなければならない。


 とはいえ、魔法のことだけを考えていられるわけではない。 生きるために労働は必要だ。 その一つに、マナ供給の業務がある。 向かう先は、各部署の魔導装置だったり、はたまた魔導兵装実験場であったり。


 常にどの現場においてもマナが必要とされている。 この町にとってマナは血液のようなものであり、なくてはならないものだ。 だからこそ魔法使いであれば、子供であっても、能力の低い者であっても重宝されるというわけだ。


「今日は……魔石部門か」


 ハジメは気怠さを引きずったまま、朝の整容を終えて宿の朝食会場へ。 軽食を胃に突っ込むと、本日の現場へと足を向けた。


 魔石の励起実験が行われている区画。 そこでの業務は基礎研究の延長。 しかし基礎研究と侮ることはできない。 その発展応用には、魔法使いだというだけで戦力を底上げできる可能性が眠っている。


 ここに訪れた当初、ハジメは未知の知識についていくことができていなかった。


『魔石の励起って?』

『マナ許容上限を逸脱する直前の臨界状態、というのが現状の定義だよ』


 ハジメの問いに、魔石部門のグリルド主任研究員が答える。


『臨界に達すると、どうなるんだ?』

『内なる全マナエネルギーが行き場を失い、属性ごとの特徴を含んだ炸裂で以て被害をもたらす』


 魔石ごとに内臓できるマナ容量は決定されている。 魔石そのものは成長するため、内臓マナ容量は魔石の質に応じて上昇するが、その上限も無尽蔵というわけではない。 上限を突破した魔石は内臓マナを暴走させ、甚大なマナ災害を引き起こす。


『励起したらマズいんじゃないのか?』

『いや、マズくはない。 臨界状態からどこに着地点を持っていくかによって、結果は大いに異なる。 放置すれば被害を免れないだろう。 だが、そのエネルギーを変換抽出できたら? そこが我々の課題となっている』

『そこはまだなのか』

『残念ながら。 ただし、本来なら災害として放出されるはずの膨大なエネルギーを支配できた時、それは我々人類の勝利を意味するだろう』

『勝利……?』

『文字通り。 人類が人類として存続できることだよ。 聞くに、どうにも魔法使いの立場が危ぶまれているという。 これを放置すれば人類は手札を失い、魔の支配する世界を受け入れざるを得なくなる。 そのための魔導理学だよ』


 ハジメは難解な話口に混乱するが、魔法以外の代替手段として魔石による攻撃は魅力的だ。 ここはグッと我慢し、理解できるまで根気良く問いを投げることとした。


『要は、魔石が爆発する前にエネルギーを取り出したいってことだよな?』

『いかにも。 現状でさえも用途は多岐に及んでいる。 町の外で時折爆発音が響くことがあるだろう? あれは臨界魔石の実験過程だ。 瘴気渦巻く魔界を物理的に破壊するとともに、炸裂時の属性反応や残留マナによる長期影響などの調査が可能となっている』

『それは個人使用が可能なのか?』


 核心はそこだ。 魔石など、魔物を狩ることができる者なら入手もそれほど困難ではない。 現地調達が可能な武器となるなら、これほど画期的な手段はない。


『運用にあたり未解決の課題が多く、個人使用の実用段階には無い。 拇指頭大の小型魔石であっても、人間一人くらいであれば原型を留めさせず破壊することが可能なのだから。 現在は、臨界状態の基本的学問を十分に修めた一部の魔法使いに限って試験的に導入している。 君も気になるのなら、数週間に及ぶ必須講義を受講しなさい。 理解なくして実践なし。 覚えておくといい』


 必須講義は主要業務が終えられた夕方以降に開催されるらしい。 これにより、ハジメの自由時間は目減りすることになった。


「えっと、明日の筆記試験で問われる魔石の基本知識は……」


 魔石の構造。 魔石とは無数の格子状構造が縦横無尽に張り巡らされた物質で、格子の内側にマナを蓄えることができる。 格子は非常に安定していて、励起状態にあっても配列の歪みは簡単には生じない。 それは極限に緊張が保たれた状態であり、ここに更なる歪みが生じて応力が解放された瞬間に爆発的なエネルギーが放出される。


 魔石の性質。 魔石はマナの吸収と放出という、相反する機能を備えている。 魔石格子構造の内側は未解明の領域で、有限のマトリクスが広がっているとされている。 ここにマナが収納され、許容量をオーバーし始めた時に格子構造に応力が蓄積されていく。この応力蓄積が格子構造を強靭なものへと変化させ、魔石成長を促す。 基本機能として魔石はマナを吸収するが、臨界状態ではマナを放出する機構が活性化されるため魔石は崩壊せず、周囲の環境に影響を及ぼしながら魔石が大きく構造を強くしていく。 魔物が成長することも、これで説明がつけられている。


 マナ災害。 限界まで応力の蓄積された魔石に、何かしらのイベントが重なることで生じる現象。 それは過度のマナ流入であったり、物理的衝撃であったり。 災害現場は人間が住むことのできない魔界と化す。 先代の王国勇者テシガワラは、これを人為的に生じさせていると目されている。


 格子崩落。 格子の構造変化が、魔石が壊れんとする応力解放に抵抗する現象。 そのメカニズムは、魔石の格子構造を意図的に壊すことで瞬時に格子を収縮再配列させ、外側から圧力をかけて内部のエネルギー漏出を抑え込むというもの。 しかしながら、それはむしろ内圧を極限に高める作用でしかなく、圧縮拡散によって周囲には甚大な破壊の爪痕が刻まれる。


「励起状態の魔石にマナ注入という外的イベントを生じさせて、より大きなマナ災害を以て魔界を消し飛ばすのが現状の限界なんだよな。 結局これは、後の魔界形成の土壌となりうるってのが問題になるよな。 あとは魔石爆発によって生じた残留マナをどう取り除くのか、また励起状態の魔石を安全に運搬する方法、励起状態を安定させる方法、その他いくらでも問題点はあるか……。 確かにこれは、課題が多く残る。 濫用すればむしろ魔界を増やす原因にもなるんだよな」


 魔石の知識を増やすほど、その扱いが非常にデリケートなものだと理解できた。 魔石は多種多様な用途があるだけに、小さな村や町であっても、扱いを誤れば容易にマナ災害を生じうる。


「魔法使い組合とかが積極的に魔石を回収してるのも、そういうところに懸念があったのかね。 だけど、扱いさえ心得ることができれば、それは有能な手段たり得るってことだよな。 核エネルギーとか、そういったものと似た印象があるな」


 ハジメは知識を蓄え、試験に挑んだ。


 合格。 問われる内容は非常に専門的な部分にまで及んだが、なんとかスタートラインに立つことができた。


「理解なくして実践なし、だよな?」

「初回で合格とは見事なものだよ。 あの試験は基礎的知識を携えた上で応用実践の内容を問うものだから、知識だけではクリアできない。 君のやる気は信頼に値する。 いいだろう、この研究事業への参加を許可しよう」


 グリルドから許諾を受け、ハジメは一歩前進だ。 成果のない生活に、知識を伴った成長が見られた。


「一ついいか?」

「一つと言わず、いくらでも言ってくれ」

「グリルドさんは、俺の魔法のことを知ってるよな?」

「勿論。 研究に値する要素を大いに含んだ可能性の塊だと、我々研究員の中で意見が一致している。 それを今回、応用したいということか?」

「ああ。 俺の魔法は、魔法的要素を掴み取るところに真髄がある。 俺自身に取り込むんじゃない、掴むんだ。 ただし、なんでもかんでも可能なわけじゃない。 だけど以前の経験から、高濃度のマナであれば可能だと知っている。 だから魔石爆発直後であれば、おそらくこれもできると思う」


 知識なくして実践なしとは、本当によく言ったものだ。 知識などと軽く見ていたハジメだったが、今では魔法の応用可能性がいくつも思い浮かんでいる。


「ほう。 それは、瘴気が発生していないが高濃度のマナ被曝が予想される地帯でも可能か?」

「それはやってみないと分からないな」

「いや、素晴らしい。 是非とも君には、最前線での活動を期待する。 ではその事業案を新規作成するまでの間、残留マナ除去などを試行してみるといい。 明日にでも現場へ赴き、君の真価を発揮してくれ」


 帰路に着いたハジメは、久しぶりにクレバンを見た。 彼の活躍を耳にすることはないが、今のところは町から弾き出されずにいるようだ。


「あ、ハジメさん! いま帰りっすか?」

「エマは今日も外界調査か?」

「付き添いって形なんで、大した仕事はしてないっすけどね」


 エマはその魔法技能を生かして、危険域を調査する任を負っている。 本来はマナレゾネーターと呼ばれるマナ測定機器を用いて環境調査が行われているが、これはその時々の状態を反映しているに過ぎない。 安全と思われていた場所が、翌日には危険域に変化していることも少なくない。


 外界調査のたびに大掛かりで高価なマナ測定機器を持ち出すことも現実的ではない。 そこで、エマの出番だ。 流動的な変化さえもリアルタイムで観察できる彼女の役割は、安全な調査に欠かせない要素となっていた。


「エマの活躍はかなりの評判って聞いたぞ。 頑張ってるな」

「ハジメさんもいろんな部署に引っ張りだこみたいっすね。 身体壊してないっすか?」

「俺は屋内仕事はだしな。 そんなに疲れることもないぞ。 だけど明日からは俺も外に出る。 魔石爆発の実験を手伝うことになったんだ」

「そうなんすね。 それはラフォンさんも一緒に、っすか?」

「いや?」

「あ、そうなんすね。 分かったっす! デミタスさんがハジメさんの進捗を聞きたがってたんで、時間ある時にあの店集合みたいっす」

「近いうちに行くって伝えててくれ」

「はいっす。 あたし今日は夜警の仕事もあるんで、行ってくるっすね」

「ああ、無理すんなよ」


 ハジメは走り去っていくエマを見送り、意気込み新たに宿へと戻ることとした。


「瘴気を掴めるか、これは試さないとな。 掴んだことでの悪影響の有無はどう確かめるか……。 爆発したマナを掴んだあとは空中に拡散させるのか、それとも──」


 ベッド横になり、実験イメージを膨らませる。 この実験は、ハジメ自身の魔法がどこまで可能かを確かめる過程でもある。






 そうして数日後、グリルドは現状可能な手札を揃えてくれた。


 夜明け前、実験場の空気は張りつめていた。


 円環型の実験炉を囲む複数の防壁が順に展開し、淡い金色の幕が夜気の中に浮かび上がる。 これは瘴気対策用の多層バリア。 臨界状態に達した魔石が爆ぜる時、飛散する瘴気とマナ光子流から人員を守るための必須装備だ。


 ハジメは中央に立ち、展開式のマナ鋼線を両手に握った。 装置群の先には、今にも破裂しそうな光属性の魔石。白く脈打つその輝きは、音もなく場を支配しつつあった。 この臨界を維持した光属性の魔石を瘴気の中心へと投げ込めば、高濃度マナ流入というイベントによってマナ災害が発生する。


 起動の役割を担う魔法使いが地面に手を突くと、魔石の足元で魔法陣が色付いた。 鋼線を経由してマナを送り込むことで、遠隔地から魔法陣展開が可能となるという技術だ。


 風属性の圧縮砲によって魔石は正確に目的地へ。


「マナの脈動を検知。 ──励起レベル、限界値を突破」


 研究員の冷たい声が静かに響く。


「五、四、三……」


 音が消えた。


 光が爆ぜるよりも先に、沈黙が到達する。 次いで、白い洪水。


 蒼白ではない。 雪崩れる光子の奔流が、防壁を白く焼き抜きながら押し寄せる。


 影が一瞬で消え、鉄骨の輪郭だけが融けたようにぼやけた。 温度ではなく、質量を伴った光そのものが叩きつけられる。


「……来た! ぐ、ぅう……!?」


 ハジメは一歩踏み込み、奔流の中へ両手を突き出した。 熱ではなく、情報が皮膚を鋭く突き刺した。


「痛ッてェな……クソッタレが!」


 掌の中に確かにある。 膨大な光マナの渦、圧力が。 ハジメは痛みに耐えつつ、掴んだものを離さぬように導線の接続端を構えて回収装置へ叩き込んだ。


 その瞬間、防壁の表層が軋んだ。 ギリギリと擦れるような音。 膨大な光が、ほんの数センチの鋼線を通過しようと押し寄せたのだ。


「保持限界値を超過! ハジメ、退避しろ!」

「まだ……いける!」


 だが、限界は一瞬だった。


 光子の圧が鋼線の内部を焼き裂き、連なる導線がうなり、ねじ切れた。 バチバチと閃光が弾け、補助ラインが連鎖的に破断。 マナ回収装置の内壁が青白く膨張した次の瞬間、金属が悲鳴を上げた。


 爆裂音と共にマナ回収装置が崩落。


 一部の光マナはハジメの掌から逃げ出し、防壁の外へ霧のように滲んでいった。 外縁の瘴気センサーが軒並み赤く染まり、研究員たちが一斉に遮蔽膜へと身を隠す。


「どうだッ!?」


 ハジメは叫んだ。


「──マナの回収率、三割」


 呟くような、落胆した研究員の声。


「成功と呼ぶには、程遠いな……」


 ハジメの声は、焼け焦げた鋼線の匂いにかき消された。


 手のひらはじんじんと痺れ、皮膚の下で光がまだ暴れているような錯覚が残る。 それでも、確かにマナは掴めた。 掌の中にあった感覚は消えていない。


「君の能力は……想定を上回っている」


 主任研究員グリルドの声が低く響く。 慰めのようにしか聞こえない。 彼もまた成功を期待していたのだろう。


「現行の装置では、マナの奔流を到底受け止めきれない。 防壁の強度も上げねばなるまい。 まず設備面の改善が必要だな」


 爆発の白光はようやく収まり、溶けかけた鉄骨に朝の曇天が映り込む。


 成功への手応えと、決定的な技術の不足。 静と動の境目に立たされたハジメの胸に、敗北の熱が、じんわりと焼きついていた。

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