第145話 魔導理学研究所
カンベルド要塞都市の中央。 そこに佇む邸宅に案内されたハジメたち。
「早速だが、おぬしらには仕事をしてもらうか」
領主グリムハルト=ヘムズワースから仕事の依頼だ。
執務室にあって、グリムハルトは黒曜石を思わせる色調の甲冑、その兜にあたる部分を取り外している。 顔は丸みを帯び、髭を蓄え、頭部はトサカのように伸びた髪型を整えている。 柔和な印象を与える彼だが、声は領主らしく力強い。
ハジメたちはグリムハルトの正体を知った当初、失礼な発言の数々で処罰される可能性を考えた。 しかしグリムハルトは特別気にする様子もなく、町を歩く人々からも気さくに話しかけられていた。
邸宅へ至る途上では、そこそこの急勾配を登ることになった。
町は邸宅を山の頂点とすると、そこから四本の大きな道路が緩やかにカーブしながら山裾まで敷かれてるような地形だった。 道路の左右には商業施設が建ち並び、道路から横道に入ると住宅がひしめいている。 また家々の他には工房を思わせる堅牢で重厚な外観を見せつける建造物もあり、そういった施設で一帯が占められている場所も見られた。
「鍛治仕事とかは経験ないんですけど……?」
鍛治を連想させる金属音が各所から響き、邸宅にまで
届いている。
「適材適所、ふさわしい仕事を割り振ってやるわい。 担当がおぬしらの適性を見極めてくれる」
「えっと……」
「ほれ、さっさと動かんか。 働かざる者は、食事にも宿にもありつけんぞ」
しばらくすると、担当と呼ばれる人物がやってきた。 そうしてハジメとエマ、ラフォンは魔導理学研究所へ。 ヴィライとクレバンは魔導兵装実験場へと赴くこととなった。
「ああ、忙しい忙しい。 ええ、はい。 我々は優秀な人材を欲していますよ。 なにせ魔法使い不足ですから。 絶対的に魔法使いの数が足りていません。 いえ、優秀な魔法使いが足りていません。 これからの事業を稼働させ続けられる必要マナ量があまりにも多いのです。 ええ、分かっていますよ。 マナ必要量を下げればどうか、と言いたいのでしょう? しかし駄目なのです。 妥協は発展を阻害します。 なので、一度引き上げた要求レベルを下げることなどできません、はい」
現場に向かう道すがら、その人物は早口で話し始めた。
彼の名はミンストル。 魔導理学研究所の職員をやっているらしい。 一方的な会話の中で、彼は複数のプロジェクトを同時進行させているため非常に忙しいということを何度も何度も強調していた。
「魔導兵装って?」
「魔石の構造を解析し、それらの魔法的現象を応用した装備全般を指します。 武器だけでも種類は多岐にわたります。 歩兵レベルで持てる小型魔導兵装、分隊単位で運用する中型魔導兵装、そして要塞や車両、艦といった制御やマナ供給が必要な大型魔導兵装があります。 また地雷や罠などの妨害魔導兵装であったり、戦術的あるいは精神・心理的な作用を及ぼす特殊魔導兵装もありますね、はい」
一を質問すると、十で返ってくる始末だ。
「領主が常に装備しているような黒い甲冑、あれも立派な魔導兵装となります。 鎧と聞けば防御面の作用を想像するでしょうが、それだけではありません。 その身一つで敵集団に壊滅的な被害をもたらすような、攻撃性を秘めたものも多くあります。 あなた方はここに到着するなり手厚い歓迎を受け、様々な属性甲冑を目にしたでしょう。 あれらは全て、各属性の要素を盛り込んだものです。 赤なら火属性、青なら水属性という具合ですね、はい。 ちなみに領主の黒い甲冑は、現在開発段階にある闇属性の効力を付与してあります。 また魔石の──」
長い。 そして情報過多だ。
何とか理解しようと努めていたハジメであったが、途中から何らかの呪文にしか聞こえなくなった。 エマとラフォンは、最初から理解しようとすらしていない。
「ハジメさん、この人ずっと資料見ながらこっちも向かずに、何を言ってるんすかね……?」
「分からん……が、かなり壮大なことを言ってるのは確かだな」
「聞き流すのが正解、かも……」
魔導理学研究所。 その入り口は、何の変哲もない商業施設の一角にあった。 扉を潜ると、ひたすら階段を下ることとなる。
町は山の上に建てられたような形状だが、その山内に大空間が広がる。 壁は無骨なブリキのような金属板が張り巡らせられ、それらがツギハギだらけなのは突貫工事の表れだろう。
「……であるからして、魔石の構造解析が全ての出発点となっているわけです。 自分もそれを知った時は驚きましたよ。 なんて言ったって──」
ハジメたちは連れてこられたはいいが、特に何の案内もなくミンストルの講釈を聞かされ続けた。 意識さえ手放してしまいそうな退屈さを全身に塗りたくられていると、ついに救世主が現れた。
「ちょっと所長! 連れてきたんなら連絡してくださいよ!?」
女性の声。 見た目の年齢は30歳前後だろうか。 長い栗色の髪をシンプルに後ろで縛り、化粧っ気は薄い。 眼鏡を装着して真面目さが伺える。
「ああ、リエン君。 今ちょうど、話が面白いところに差し掛かってるんです。 もう少しだけいいですか?」
「駄目です! 所長は仕事があるんですから、そんなところでくっちゃべってないで手を動かしてください! 色々滞っちゃってるんで!」
「それは残念ですね。 では皆さん、話の続きは後で」
「もういいですから! はい、行った行った!」
ミンストルはリエンに無理やり背中を押され、渋々といった様子でどこかに言ってしまった。
「みんな、所長がごめんなさいね。 私は職員のリエンと言います。 ようこそ、魔導理学第一研究所へ」
ハジメ、エマ、ラフォンの順で挨拶を返した。
「急に連れてこられたもんなので、実際俺たちが何をやればいいとか分かってないんだよな。 第一ってことは、第二とかもあるのか」
「そうですね。 第一研究所では、魔石の基礎研究を行っています。 第二研究所では応用研究、そして第三研究所はそれ以外の特殊な研究全般という形で、それぞれ業務の方向性が異なります」
「魔法研究って分野があるんだな。 ヴェリア公国がやってる研究と何か違いが?」
公国の研究内容は、シノンやトナライの話を聞いただけだ。 それでもリエンの話す内容は、公国のそ研究に近しいものが感じられた。
「公国のことは私も詳しくは知りませんが、手当たり次第に魔法の可能性を追求するという方向性だと聞いてます。 それに比べてここは、特定の方向に特化した研究などを行っています」
「ミンストルさんの話からすると、武装の開発か?」
「おおむね正解です。 より正確には、魔物など外敵を駆逐するための兵器開発ですね。 公国の研究はあまねく人民に向けられた目的を持っていると聞くので、そことは差別化が図られていますね」
「兵器、か」
「はい。 現在進められているのは、マナ噴出地帯など人間の生存が危ぶまれる環境を物理的に破壊してしまおうという試みです。 ここに来るまでに町の外で大きな音を経験したかと思いますが、あれは実験兵器による成果です。 兵器を生み出すまでの流れは、第一研究所で魔石加工技術と魔法反応の粋を集約、第二研究所でそれを武装として昇華、そして魔導兵装実験場での試験運用を経て実戦投入、というものです」
ここカンベルド要塞都市はそういった方向性で、町全体の取り組みとしての研究・実験が盛んだ。 確かにそう聞くと、大々的なプロジェクトに魔法使いの存在は必要不可欠だろう。 魔石を用いるということはマナの必要性が感じられるし、また武装としての実戦投入となれば兵士たる人員も求められる。
「これは国家主導で行われているのか?」
「最初は領主の完全な独断でした。 でも、すでに王都にはこの町の業績は伝わっているため、いずれ受注が来るかも知れません。 現在は兵器の安定供給および領外への持ち出しが非常に困難で、またそのような兵器が各所に流通してしまわないよう取り決めがなされているので、門外不出の兵器となっています」
「持ち出しが困難? 相当バカでかい兵器でも作るのか?」
「それも最終的な目的の一つですが、ヘムズワース領があまりにも辺鄙な場所に位置しているのと、魔物や環境などの脅威水準が高すぎるということもあって、兵器が物理的に持ち出せません。 なので逆に言えば、カンベルドまで到達できるのも非常に難しいんですよ」
「なるほどな」
(待てよ……? もし兵器が出回るなら、魔法使い狩りなんてのも減るんじゃないか? もちろん武器の出現によって抗争は増えるだろうけど、魔法を武装で代用できることは魔法使いの必要性を下げるだろうし、それが魔法使いの喪失を減らせることに繋がるかもしれん。 ただ、これって銃社会かどうかって違いと一緒な気がするんだよな。 魔法使いの死亡率は減るかもしれないけど、全体的な死亡率は上がる。 難しいな……)
「ここに来てもらった以上、私たちの研究にお力添えをしてもらいます。 それでは、お三方の適性を見ていきましょうか。 自身の魔法について理解していることを教えてください。 それぞれの魔法に関して得た情報は、決して口外しませんのでご安心を。 そういう契約がありまして、違反すると私の領外追放が確定してしまうので!」
リエンは明るく話すが、言っている内容は結構シビアだ。 国益に直結する研究を行っている以上、仕方にないことかもしれないが。
「そちらのあなた、どうぞ」
まずはエマにスポットが当たった。
「あたしはエマ。 危険察知の体現型魔法を使えるけど、最近魔法を覚えたばっかりなので初級相当っす」
「体現型!? それは相当に珍しいですね……。 ということは、魔導書の具現化とマナ放出が困難ということですね?」
「お姉さん、よく知ってるっすね。 そんな感じっす」
「これは面白いことになってきました……ふふふ」
「何か言ったっすか?」
リエンの独り言を、ハジメだけはしっかりと聞いていた。
(この人もまともそうに見えて、根っからの研究者なんだよなぁ……)
「いいえ。 続いてそちらの方、どうぞ」
「ラフォンです。 水属性の中級だけど、ハジメさんが言うには、固有魔法は上級……みたいです」
「それはそれは、鍛錬が大変でしょう。 でもご安心を。 町の外には鍛錬の生贄にできる魔物がわんさかいますので! 魔法発動自体が苦手な場合も、魔石を用いた戦闘手段もお教えできます」
(それって安心できんのか? 感性が一般人から大きくズレてるんだよな。 だけど手札を増やすという意味では、魔石を使った攻撃手段ってのは大事になってくる)
「ほんと、ですか?」
「ええ、私たちは研究に関して嘘をつきませんので。 戦闘に長けた魔法使いをほとんど擁していないのが私どもの弱点ですが、それを補って余りある研究成果をご覧にいれましょう」
そして最後、ハジメの番だ。
(恐らく、俺の適性は全属性なんだよな? しっかし、複数属性に対応できてるってだけな気もする。 これまで使ってきた──というか扱ってきた魔法は……あれ? 《改定》と《転変》は確かに属性不明だけど、俺って土属性と闇属性しか使ってなくね?)
これまでハジメが自らの魔法として使用できたのは、土属性と闇属性くらいなものだ。 そしてラフォンの水属性だったり、アリスト村での大気中のマナも触れてはいるが、取り込んで使用できたというわけではない。
(自分のことを何でも出来るやつって思い込んでたけど、なんか違うっぽいな……。 分かってることだけ伝えるか。 何かのヒントを得られるかもしれないからな)
「俺はハジメ。 属性は不明。 使える魔法は一つだけで、触れた魔法的要素を解析・操作できるってもんだ」
「はて……? 全くピンと来ません。 一度、魔導書を見せていただいても?」
「ああ、別にいいけど」
ハジメが魔導書を展開してみると、リエンは特別におかしな様子は見せなかった。
「紺色? 黒に近い青ってことは……闇属性か、水属性? それか、その混合? 掌握系統に特化しているのであれば、その属性に見合った魔法に効果は限定されるはずだけど……」
リエンはぶつぶつと独り言のように知識を唱え始めてしまっている。 研究者というのは、全員こうなのだろうか。
「何か分かったのか?」
「はい。 話を聞いて魔導書を見るだけでは、何も分からないことが分かりました。 なので、応援を呼びます。 すいませーん、頭のいい人集まってくださーい!」
なんだなんだ、と。 いかにもな面々が続々とハジメたちの元へ。 聞いてもいないのに口々と意見を出し、勝手な憶測で意見のぶつかり合いが始まっている。 殴り合いの喧嘩にならないだけマシだが、現場は一瞬で騒ぎの渦中となった。
「はい、皆さん聞いてください! 向かって右から、危機察知の体現型、力量に見合わない固有魔法の水属性、そして属性不明な掌握系統の魔法使いです!」
「ラフォンの紹介ひどくね?」
「悲しい、ですね……」
「今からそちらの方の魔法を見せてもらいますので、終わり次第意見をお願いします! じゃあハジメさん、どうぞ!」
あれだけ騒がしかった空間が、即座に静まり返った。 集まった研究員たちが今か今かと目を光らせており、クラウチングスタートを待つランナーのように耳からの情報を得ようと必死の集中力を見せている。
「どうぞって言われてもな……。 ラフォンの魔法を借りるから、出してもらってもいいか?」
「あっ、はい。 ──《無形水華》」
ラフォンが源水の種と呼称する、水の種子が空中に生み出された。 彼女が種を生み出す速度は、特段遅いわけではない。 時間がかかるのは、出来上がる水華の花弁が多数の場合だ。 花弁はラフォンが意図する指向性の数の一致しており、多くの効果を魔法に乗せようとすると、それに比例してマナ要求量と待機時間が長くなる。
ラフォンがこれを口頭で説明しつつ、種から芽が出てきたあたりでハジメが魔法を引き継ぐ。
「《改定》」
全ての視線が、ハジメという個人の情報をめくろうと必死だった。
「意識を、外しました」
ハジメの手には、発芽した源水の種。 ハジメのマナで覆われたそれは、ラフォンが魔法を手放してさえ崩れない。
「魔法を保存する魔法だろう」
「彼女が魔法を放棄したことを証明できていないから、保存というのは現状的外れだよ」
魔法の途中だというのに、すでに考察が始まっている。
ハジメはマナを込め、開花を促した。 芽から茎が形成され、そこから枝葉が手足を伸ばす。
「彼の魔導書は水属性を反映しているし、保存というよりは掌握の性質だろうね」
「掌握なら、借りるとは言わないんじゃないか?」
「そもそも、掌握であれば基本の属性の色を反映して発色の良い魔導書が具現化されるはず。 あの魔導書が漆黒ならそれらしいが、どうにも違うだろう」
研究員たちの考察が加速していく。
その間、数十秒をかけて、丁寧に形成されつつある水華。 花弁は控えめに四枚。 ハジメはそれを見せつめると、満開へ至るに必要なマナを注いだ。
実物の華が弾けて散るように、四枚の花弁が宙へと舞い上がった。 それらは宙空で静止するとグルグルと回転を始め、一枚一枚がスプリンクラーのように上へ向けて水飛沫を放つ。
水飛沫が舞っている最中、それぞれの滴が緑の光を帯びたような芽へと変わる。 花弁の軌跡をなぞるように、小さな蔦や草花が空中に描かれ、まるで宙に庭が広がるように見える。 水から生命が生まれるイメージで、観る者に生成の印象を与える。
芽吹いた花々が一斉に開花した瞬間、無数の花弁となって光を帯びながら散る。 花弁は水滴に戻り、霧状となって辺りを包み込み、虹色の霞を残す。 生命の誕生と消滅が連続して描かれたようで、そこには儚さと美しさが強調されていた。
歓声と拍手が上がった。 ラフォンは照れくさそうに顔を赤く染めている。
ハジメは今回、マナを込めただけだ。 ラフォンの魔法イメージには全く手をつけていない。
(ラフォンさん、芸術的やすぎませんか……? 攻撃もできて、こんな才能にも溢れてるなんて、ズルすぎるだろ)
ハジメは驚きとともに、その芸術性の高さにドン引きしていた。 確かに、魔法をここまで高度なものとして完成させたいのであれば、発動まで時間が掛かっても仕方がない。 つくづくラフォンの応用の幅の広さに感服するハジメだった。
「とまぁ、これはラフォンの魔法を俺のマナで発育促進させた結果だ。 次もラフォンには、同じ魔法を作ってもらう」
同じ手順で、再び魔法はハジメの元へ。
マナを込める過程で、ハジメはそこに勝手なイメージを追加した。
(芸術に口を出す感じで気分がよくないけど、さてこれはどうなるんだろうな)
まず、茎の形が歪になった。 ジグザグの軌道を辿るそれは、枝葉を出さずに奇妙にも長く伸びる。
先端に、膨らんだ蕾は見られなかった。 その代わりに一枚の花弁、いや単なる葉だけが形成された。
葉は単一で大きく広がると、急に捻れた。 外力で無理に引き延ばされるような動きを見せたかと思えば、応力を解放するかのように派手に逆回転。 葉は茎から千切れ飛び、激しい回転の直後に爆発。 観る者全員に、甚大な水量をぶち撒けた。
「うわッ……!?」
(やっべぇ、やらかした……! これは芸術には程遠いな……失敗だ。 素人が芸術を語ってはいけないってことだな、これは)
「「「……」」」
魔法を披露して得られたのは、冷たい視線ばかりだ。
「今回は、俺の魔法イメージを詰め込んで変化させた。 魔法的要素を掴み、操作する。 これが俺の魔法だな」
ハジメは自らも含め、ずぶ濡れになった事実を無視するようにそう述べた。 恨めしい視線ばかりが突き刺さるが、ハジメは全て完璧に受け流し、ラフォンに責任を擦りつけてさえいた。
「え、ちが──」
そこからは考察と質問のオンパレードだった。 ある種、学会のような盛り上がりを見せている。
仮説が生まれれば、次に出てくるのは当然実験だろう。 ハジメたちは研究員を前にして餌を垂らしてしまったのだから、そうなるのは当然の流れだった。
ハジメ、エマ、ラフォンの三人はそれぞれの魔法特性に合わせた部署に連行され、研究所内を大いに盛り上げる存在となっていった。
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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。