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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
149/156

第140話 落とし所

第3幕、終了

「ハァ……ハァ……」


 ハジメは右目から溢れる血液を押さえつけながら、魔導書を展開。


「《改定(リビジョン)》……」


 カスペルも咄嗟に魔導書を構えるが、なかなか攻撃には移ってこない。


「どうした? やらないのか?」


 ハジメに対するカスペルの視線には迷いが見られる。 ハジメをどう扱って良いか判断しかねているようだ。


「貴方の行動が救済に繋がっているとは到底思えませんが、まさかこの瞬間に右道に迷い込むとは……」

「救済……?」

「救済は絶対的な魂の数が必要な行い。 そうなると……少なくとも貴方は、相当数の魂を救ってきたこととになる。 それが到底、信じられない」


 カスペルはハジメに向けてなのか、それとも自問自答しているのか。 どちらとも取れる程度の声量でブツブツと呟いている。


(ぐっ……。 何か分かんねぇけど、俺はここで魂の救済っていう右道侵入の条件を満たしてしまったのか……。 そうなると、神の使徒に成り下がる可能性が出てきたってことだよな……? まさか左道と右道のどっちにも入るとは思ってなかったけど、これが中道ってやつなのか?)


「まず無所属の左道者であるはずの貴方が、どうしてこちら側へ渡ってきたのか。 それを知る必要がありますね」

「え……いやいや! それはあんたが勝手に勘違いしたことだろ? 俺は自分が右道なんて言ってねぇぞ……?」


 ハジメは慌てた様子でカスペルの発言を否定した。


「……何を言っているのですか?」

「だ、だってそうだろうが。 俺はヤカナヤに勧誘を受けたって話をしたけど、俺自身が左道に入ってるなんて一言も言ってねぇ!」


(やっべ……。 左右どっちにも入ってるって状況は、どちら側からも敵と判断される可能性が高い。カスペルの前では右道で通さないとな……。 そんでもって、カスペルとヤカナヤが接触する前にカスペルを消す。 それが最善の選択だ。 ここまでずっと俺の所属を濁してきたけど、俺のハッタリはまだ効果的か?)


 ハジメは実際に慌てているのだが、カスペルは単純な疑問としてハジメに問うてくる。


「では、貴方の知識はどこから来たのですか? どちらの所属でもない貴方に、ヤカナヤが内情を容易く話すはずはありませんが?」

「そ、それは……」

「それは?」

「……か、神の祠に触れたからだ」


 ハジメは思考をフル回転させ、その単語を絞り出した。


 トナライの妻が、祠とやらで神に触れたという内容。 それによって彼女は、何かしらの超常に巻き込まれたらしかった。 ハジメはここから、話をでっち上げにかかる。


「俺はそこで、神の声を聞いた。 あと魔法技能も授かった。ナースティカの連中に襲われもしたし、勧誘のためか、その中にはペラペラと話をしてくれるのもいたしな。 ゼラ=ヴェスパって奴がそうなんだが、その手下のメイって子供は帝国でナースティカに所属してるとも言ってたな。 確か、ローエッタとかいう名前も出してた気がするけど」


 ハジメは記憶のままに単語を出して、なんとかカスペルの信用を得る狙いだ。 とはいえ、カスペルが何も信じないと言えば意味のなくなる程度の内容ではあるが。


「ローエッタ……?」


 ハジメの繰り出したうちの一つに、カスペルは反応した。


「メイちゃんはそう言ってたぜ。 俺はそいつが誰か知らねぇんだけどな」

「本当にそう言っていたのですか?」

「ああ、俺の記憶が確かならな。 全く知りもしない他人の名前だから、間違ってる可能性もあるが」

「正しくは、ロウリエッタではありませんか?」

「あー、そう言われればそうかもしれん。 で、そいつがなんだってんだ?」

「いえ、お気になさらず。 それでは、これにてお開きにしましょうか」

「……は?」


 カスペルの思いもよらない発言に、ハジメは間抜けな声を出してしまった。


「な、なんでだよ?」

「想定外の事態により御神木が失われてしまい、ここに長居する必要性がなくなりましたから」

「村の人はどうするんだよ?」

「今回の騒動は貴方がやってこなければ生じるはずもなかったものです。 ちょうど良い機会ですから、後のことは貴方にお任せしましょう」

「そんな身勝手な……」

「そっくりそのままお返しします。 身勝手は貴方の行動すべてであり、右道に入っている貴方であれば後任として最適となります。 村人たちを生かすも殺すも貴方次第です」

「おい、勝手に決めんなよ……!」


 語気強めに発したハジメの言葉などなかったかのように、カスペルは飄々と続ける。


「正直、貴方とは金輪際関わりたくはありませんので。 右道者といえど、貴方は左道からの勧誘を受けている。 それすなわち、左道の素質があるということ。 基本的にあり得ないですし極低い確率ではありますが、貴方が右道だけでなく左道にも侵入している可能性を捨てきれない。 なので──」


 気づけば、カスペルは魔導書を手元で開いていた。 ハジメも急ぎ空間マナを掌握せんとするが、彼女の魔法が早い。


「《霊歌(ネグロ)》」


 カスペルの魔導書から響き渡る、金切り声にも似た旋律。 それを受けて、命を失ったはずの異形たちが突如風船のように膨らみ始めた。


「は?」


 見渡す限り、管理人を含めた全ての異形が同様の変化を辿っている。 身体に内側から腫瘍が盛り上がってくるような奇妙な変貌は、彼女らすべてを醜い肉塊へと昇華させていく。


「おい、何してる……!?」


 ハジメがそう叫んだ時、すでにカスペルの姿はどこにもなかった。


 次々と進行する変化に、ハジメはカスペルの行方よりも自らの身の安全が先立つほどだ。


(爆弾? 中身が危ない? これは最後っ屁というよりは、むしろ──)


 ハジメは走り出していた。


 カスペルの一番の狙いがハジメの抹殺である可能性は低い。 ハジメが右道に入ったことで、戦闘なく会話にシフトしたことがその理由だ。 だとすれば彼女の目的は実験材料の隠滅、ひいてはこの実験場たる村の破壊だろう。 あわよくばハジメごと処理したい算段があるかもしれないが。


(カスペルは異形連中を破壊して、これからどうする? 行き場を失った村人を俺に押し付けるのが目的か? というか、御神木が消失した村で村人は生存が可能なのか?)


 疑問は尽きないが、とにかくこの場からの脱出が先決だ。


 そうしてハジメが村を覆う柵を飛び越えて直後、激しく何かが弾ける感覚が背中に感じられた。


 キィィィエエェェアァアアアアア──。


 響き渡る、断末魔。 命を散らした異形たちが放つ、呪詛にも近しい恨みの声。 同時に、凄まじい濃度のマナが吹き抜けてくる。


「危ねッ……!」


 ハジメは思わず身を伏せ、その直上をマナの波動が通り過ぎていった。


 異様なマナはしばらくその場に停滞すると、霧散するように掻き消えていく。


「──ん、な!?」


 立ち上がったハジメ。 ふと背後を振り向くと、村の様子は一変していた。


 村内で森を形成していた木々が、軒並み枯死している。 全てが色を失い萎れている。 幹の太い樹木だけはほんの一部を黒紫に変色させていたが、どれも行き着く先は同じだった。


「なん、だよ……くそ」


 この惨状を見れば、村の中に生存者は皆無だろう。 それでも、確認をしなければならない。 エマを含めた他の面々の安否が不明だ。


(エマは、どこだ……?)


 静寂の中、ハジメが土を踏み締める音だけが響く。 それらがやけに誇張されて、ハジメに孤独を実感させる。


「チッ……」


 まず一人、犠牲者が発見された。 ミイラのように干涸びさせたそれは、絶望の表情を見せつけている。 全身は長期間放置されて、白カビに侵され尽くしたようにも見える。 村を回ると、ちらほらと似たような物体が散見できる。


 個人の特定はできない。 それが人かさえ判断するのが難しいほどだ。 ギリギリ人間らしき輪郭を描いているものの、地面にこびり付いて風化さえしていそうな佇まいを呈するそれらは、地面から生え出してさえ見える。


「村長……」


 村長ケーニヒは分かりやすかった。 彼だけは他の遺体ほど白化が進んでおらず、ハジメの記憶にある衣類から判断はできた。 それでも、死んでいるという事実は変わらなかった。


 御神木があったはずの場所。 爆心地たるそこには、やはり何もなかった。 管理人を含めた異形たちの、肉の一片さえも残されていなかった。 異形の数だけ、爆発の痕跡が地面に刻まれているだけだった。


「みんな、どこだよ……」


 エマたちは逃げられたのだろうか。 見つけられた遺体らしき残骸は十にも満たない。 少なくとも、村人全員分には足りない。


 気づけば、ハジメは墓所に辿り着いていた。 ここは一層、生命を感じない。 虫の声さえ聞こえない。


 ゆっくりと階段を下ると、苔むした石レンガがハジメを出迎えた。


 これまでの騒動の影響か、天井の数箇所が崩れている。 光が差し込み、空間内が把握しやすくなっている。 その中で一つ、ひっそりと口を広げている金属製の扉があった。 ハジメは意を決して中を覗いた。


「間引く、ねぇ……うぷッ……」


 管理人が何気なく言っていた、その所業。 それが今、ハジメの目の前の光景として広がっている。


 散らばる肉片と、腐臭に誘き寄せられた子虫の群れ。 明らかに齧られた形跡のある太めの骨などは、異形たちが自給自足していた証拠でもある。


「気持ち悪りぃ……。 でも、村人が御神木の身体を喰らってたことを思えば、同じ行為か……」


 ハジメは探索を続けた。


 生活の痕跡を除き、特に目ぼしい収穫は無かった。 さすがに気味の悪さが勝ち始めたため、ハジメは墓所を後にした。


「……ハジメさん!?」

「あ、え?」


 階段を登り切った時、見慣れた声がハジメを呼び止めた。 見れば、エマが数名の大人を連れてこちらに向かってきているところだった。


「無事で良かったっす……!」


 駆け寄るエマをハジメはなんとか抱き止める。 するとハジメは、自分がいかに疲労しているかを認識した。 どうにも、身体の各所が痛みに悲鳴をあげている。


「あッ、痛って……!」

「大丈夫っすか!?」

「あ、ああ……って、エマこそ無事か?」

「はい、なんとか……」


 エマはハジメ以上に駆けずり回ったのだろう。 身体の至る所に切り傷を作っている。


 エマの後方に見える数名の表情は穏やかだ。 ここまで村が破壊され尽くしたというのに、どういったことだろうか。


「それは良かった。 ……で、何人生き残った?」


 まどろっこしい話を抜きにして、ハジメは核心から聞いていく。


「たぶん、おおかた逃げられたと思うっす。 マルト君は化け物になっちゃって……。 あとは──」

「村長を含め、9人の行方が分からないんだ。 ハジメ君、何か知らないかい?」


 エマの言葉を、追いついてきた別の人物が捕捉した。 村長の息子であるローゼンだ。


「村長は、駄目だった……。 俺が確認した限り、おそらく他に4人が死んでしまっていた……」

「……死体が、あったのかい?」

「いや、人間の形は留めていなかった。 あくまで、俺の見立てだ」

「そこに連れて行ってくれないかい?」

「ああ……」


 記憶の限り、ハジメはその場所を巡った。


「これが、本当に……?」


 村人にはそれが人間だったとは信じられないようだった。 無理もない。 カスペルの置き土産である異形爆弾の存在と、高度なマナによる変化──これらを想定していなければ辿り受けない可能性だった。 しかし、村長の遺体に関してはローゼンも認識ができたようだった。


「……分かった。 みんな、これと似たものを探してくれないか。 個人の判別は難しいかもしれないけれど……」


 ローゼンの指示で村の捜索が始まった。


 残されたハジメとエマ、そしてローゼン以下3名で状況の再確認に戻る。


「こっちはカスペルとエヴォルには逃げられた。 あいつが最後に異形……っていうか、白いあれを……」

「気を遣わなくても大丈夫だよ。 そのままの表現で構わない。 それに怒りを向けられないくらいの、僕たちはひどいことをしてきたからね……」

「……そうか。 とにかく、カスペルがあいつらを一人残らず魔法の餌食にしてしまった。 木々が白いのとか遺体が白化してるのは、高濃度のマナに晒された影響だ。外に居た人たちは、大丈夫だったのか?」


 ハジメがそう問いかけると、ローゼンは少しだけ顔を綻ばせた。


「大きな爆発を感じたけど、その前に魔法……っていうのかな? 黒い放射が降り注いできて、一度はみんな村から離れたんだよ。 そのおかげか、爆発の影響は無かったと言ってもいいね」

「黒い放射?」


 ハジメの疑問に、ローゼンの視線がエマに向いている。


「あ、はいっす。 これも高濃度のマナだったんすけど、最後に爆発より少し前に起こったっす。 無数の細い線みたいな感じで、あたし以外の全員の身体を貫いたっす」

「それは、大丈夫なのか……?」


 ローゼンたちはキョトンとしている。 見た限り、何かに貫かれた形跡はないようだ。


「むしろ逆で、村の人たちには良い影響があったっす。 皮膚が白く変化し始めていた人が何人かいたんすけど、全員のその症状が治ったっす」

「ますます分からないんだが……」

「とにかく外にいた人は全員無事で、身体の調子も良いって感じっす!」

「それなら良い、のか……?」

「はい!」


 エマが元気ならそれが一番か。 ハジメはそう納得し、話を戻す。


「あとは……そうだよな。 御神木が失くなってるのが一番の関心事だよな」

「何があったんだい?」

「これに関しては、すまないけど俺にも分からない。 気づけばあるべき場所から消えていて、カスペルも状況が理解できてなかった。 エマ側の話から判断すると、黒い放射の時に消失した可能性が高いけど、その瞬間を誰も見てないからな……」

「そうだったんだね。 ハジメが御神木を消した──なんてことはないわけだ?」


 踏み絵のような問いが、ローゼンから投げかけられた。 ハジメはドキリとして、思わず唾液を飲み込んだ。


(天使を名乗る存在との邂逅、御神木の消失、そして俺の足元から這い出した異物。 全てに関連がありそうなんだが、俺の持つ情報だけでは何一つピースが繋がらない。 あのカスペルでさえ、遠く理解が及んでいなさそうだった。 俺も理解できていない情報を落としても、混乱を招くだけかもしれないな)


「誓って、俺が何かをしたってわけじゃない。 気づいた時には御神木は消えていたんだ。 御神木の消失をカスペルがどう判断してるかは分からないけど、カスペルは全ての証拠を抹消する形で逃亡している。 これ以上、村に関わることは避けてはいそうだよな」

「分かった、信じよう」

「そんな簡単に信じて良いのか? こう言ったらなんだけど、俺が村を無茶苦茶にしたって自覚はある。 それに対して、マイナス感情はあるはずだろ?」

「そう、だね……。 思うところはあるよ」


 だけど、と。 ローゼンは一度息を吐き出して続けた。


「この村の問題は、ハジメ君がやってくる遥か昔から燻っていたものだ。 放っておいても村は崩壊していただろうし、それが遅いか早いかの違いだったように思う。 ゆっくりと死に向かっていたところに、思いがけず変化を得た。 これが僕の感想だよ。 他の面々は僕と違って悪感情を抱えてるかもしれないけれど、それは村として解決していく。 僕たちは、これまでのツケを一気に払わされたってだけだ」


 村という生活基盤を乱され、まともに生活することすらままならない。 少なくない数の身内が死亡しているし、その怒りをどこにむけて良いかも分からない。 当然その矛先はハジメに向けられるべきなのだが、それさえも村の中で抑えろと言う。


 ハジメはローゼンほど大人になれるのだろうか。 人間ができすぎていて、ハジメは自己嫌悪に陥りそうになる。


「そう責任を感じる必要はないよ」

「……助かる」

「そういえば、御神木がなくなった影響は何か考えられるかい? 僕たちの身体はこれまでにないほどの充足感を得ていて、その反面、御神木の影響下に居ないことを懸念しているんだよ」

「村を取り巻いていた結界とも表現すべき魔法が解除されてる。 俺は村の事情を全部汲み取れているわけじゃないから、状況判断のために可能な限りの情報開示をしてくれないか?」

「うん、教えるよ」


 【村内規定】


 一つ、食事には御神木の薄皮を刻んで含むこと。


 一つ、村を一時的にでも離れる際には精製された御神木の外皮を携帯し、外界での食事においても上記食事規定を守ること。 外界では、必ず2名以上で行動すること。


 一つ、皮膚に白色変化が見られた者は速やかに名乗り出ること。 また、症状が見られた時点から生活空間を離れ、隔離して生活すること。


 一つ、成人に至る以前に皮膚変化が生じた者は、例外なく墓所での生活へ移行すること。 またその瞬間から名は奪われ、村の一員から除外すること。


 一つ、皮膚変化を隠匿した者は、それに関わる者を含めて墓所送りにすること。


 一つ、外界からの訪問者を不用意に招き入れないこと。 訪問者の意思は軽視されないが、精神変調や皮膚変化が生じた時点で墓所へ送ること。


 一つ、村外で死亡しないこと。 死亡した際は遺体を速やかに回収し、村へ戻ること。


 一つ、遺体は墓所へ持ち込むこと。 その際、名は奪われず、正式な葬儀として執り行うこと。


 一つ、外部より派遣されるアースティカの人員を村の最高管理者とすること。 これは、あらゆる村内規定よりも上位として機能する。


「──ざっと、このようなところだね。 どうだい、気持ちが悪いだろう?」

「しれっとアースティカが入ってきてるな……」

「有名な組織なのかい?」

「いや、まず誰も知らない。 だけど、この世界を動かしてるのはそいつらだ。 この村も、そいつらの管理区域だったってことだな」

「ここはもう、管理を外れたという認識でいいのかな?」


 カスペルが異形という実験材料を放棄したのだから、恐らくはそういうことなのだろう。


「管理すべき対象が全て失くなったからな。 でも御神木の不在は、いいことばかりじゃないと思う。 あんたたちは御神木の影響下でのみ生存できるような呪いを受けているからな。 言っちゃなんだけど、御神木の庇護下を外れた状況を俺はかなり心配している」

「やはりそういう結論にはなるか……。 魔法によって皮膚変化が解除されたことはどう見るかな?」

「それ、は……どうだろうな。 俺が言ってる内容はあくまで憶測だし、的外れの可能性も大いにある。 ただ、俺の行動が不確定要素を生みすぎてな……」


 今回は、完璧に把握できている内容があまりにも少ない。 交絡因子が多く、御神木の成り立ちを除けば今回の一件に対して無知と言っても過言ではない。


「まぁ、うん。 ハジメ君とエマちゃんが僕らのために奔走してくれたのは全員が知っている──ということだけ覚えてくれてたらいいよ」


 その後、マルトを除いた死亡者が判明した。 その多くは原型を留めない有様だったが、なんとか全員を埋葬することができた。


 埋葬し、祈る。 それだけの行為で、村人の多くが感謝に震えていた。 これまで死者は墓所に担ぎ込むというルールが設定されていたために、埋葬はあまりにも鮮烈な経験として作用した。


 それからが大変だった。


 まずは食料。 異形の爆発によって食材は全て喪失してしまった。 ハジメとエマは積極的に狩りへ赴き、訓練と実用を兼ねた。


 次に家屋。 木々が全て枯死してしまったため、村外からの調達を余儀なくされた。 これに伴い仮設住宅の設置が急がれ、しばらくは倒壊を免れた家屋で肩を寄せ合って過ごすという期間が続いた。


 残る問題は、定住の地。 縛りがなくなったために、村人はこのような辺鄙な場所での生活を必要としない状況となった。 とはいえ先立つ準備も必要ということで、村の再興は必須だった。


「世話になった。 村を壊してしまったことは、本当に済まないと思ってる」

「うん。 でも皆の手前、気にするなとは言えないね。 だから今後も、気にかけていてくれ」

「ああ……」


 実に2ヶ月強の時間経過があった。


 仮設の村は、旧アリスト村から少し街道に寄った場所に作られた。 水場や安全面を考慮した結果だ。


 旧アリスト村は実質的に封鎖された。 現在は、死者を弔う本当の墓所として機能している。


 村人は、全員での移住を検討しているという。 街道と連絡を取り合い、ある程度の構想が練られつつあるようだ。


「エマちゃん、本当に行ってしまうのかい? 私たちは心配だよ。 よければ是非うちの息子を引き取って欲しかったんだけどねぇ」

「あはは……」


 エマはすっかり村の一員らしかった。


 新アリスト村においてエマは、実に良い活躍をしていた。 どんな者とも円滑なコミュニケーションを取り、即座に村に馴染んでいた。 騒動の中で村人と言葉をぶつけ合ったことも、結果的には良き関係性に繋がったようだ。 バラバラになりかけていた村を繋ぎ止めたのはエマだと言っても過言ではない。


 一方のハジメは、申し訳なさや引け目から、常に村人と距離感があった。


 ハジメの能力は魔物を狩るという一点において特化しており、新しい村の警備にも大きく貢献していた。 それでも村人から見たハジメの立ち位置は、頼れるというよりも役に立つくらいの意味合いが強かっただろう。 ハジメもそれが分かっていて、あえて親密な関係性を構築しなかった。


(居心地悪い空間での生活は、本当に地獄だったな。 ローゼンやエマが積極的に話しかけてくれてなかったら、俺はすぐにでも逃げ出していたかもしれないな……。 目に見えた変なやっかみが無かったことが、ここまで続けられた要因かねぇ)


 ローゼンのようにハジメの行動を受容できる者がいるなか、そうではない者も少なくはなかった。 むしろ大半がそうだと言っても良いだろう。 しかし村の代表は暫定的にローゼンとされていたため、村内規定を遵守してきた過去に倣って代表者の発言には重きを置いていた。 そのぶん、マイナス感情を全面に出せない村人の不平がより一層燻ってしまっていた。


 ローゼンはハジメを単なる村の労働力として機能させることで村人との差別化を図り、村に歪な亀裂を入らせないよう意図していたかもしれない。 ローゼンは温和な態度の割には抜け目ない性格をしている。 その可能性は高いだろう。


「やっぱり不気味だよ。 エマちゃんに手も出さないのに、どうして連れて行こうとするんだろうね?」


 小声でコソコソと話している内容が漏れ聞こえる。 ハジメは聞こえてないよう必死で振る舞い、顔をやや強張らせながらローゼンと最後の会話を続ける。


「本当に誰も身体的な変化は起きていないんだよな……?」


 ハジメの心配はそれに尽きる。


「誰の一人も、症状を訴えていないね。 やっぱりあの黒い魔法は、恩恵的な効力を持っていたんだと思うよ」

「それならいいんだけどな……」

「ハジメ君は色々と考えすぎだよね。 もっと気楽に構えても、誰も不満なんか覚えないと思うけどね」

「こういう性格なもんだから、仕方ない。 一応、助言として受け取っておく」


 エマは散々と別れを惜しまれ、ハジメとともに村を旅立った。


 村は再興を果たした。 精神的な部分でのケアまでは充足できていなかったかもしれないが、これから先に進むための形だけでも出来上がったはずだ。 ハジメはそう自分に納得させることとした。


「じゃあ、今度こそ王都っすね!」

「ああ。 村では色々あったけど、エマの魔法とか体術を鍛える意味では十分な収穫と言っていいな。 街道を出た頃のままだと、どこかで躓いていたかもしれないしな」

「でも、あたしの魔法なんて全然っすけどね。 ある程度出力の調整がつき始めたかな、ってくらいなので」

「それでも、頼りにしてる」

「おっ、素直にそう言ってもらえるのは嬉しいっすね」


 寄り道にしては長すぎる時間を消費してしまったかもしれない。 またここ数ヶ月の情勢にも疎い。


 エスナは、レスカは、今どうしているのだろうか。 ハジメは若干の焦りとともに、歩む速度を少しだけ早くした。



          ▽



「長引いたな」


 アースティカが管理している崩壊した教会から外に出たヤカナヤは、翳る日差しに嘆息した。


 個人の活動が多いアースティカの面々は、それぞれが定められたいくつかの教会を定期的に巡ることで情報の共有を図っている。 今回も定例の集会であった。


「王都を揺るがす魔。 未開域の領土争い。 散見され始めた生粋の魔人。 活発化を強める魔法使い狩り。 そして、ロウリエッタ=ローライトが左道者という可能性。 激動の時代が、とうとうやってきたか──っと」


 肩を怒らせながら悍ましい形相で通り過ぎる男がいた。 ぶつかりそうになって避けることを強いられたヤカナヤは、やれやれといった様子でその男に続く者に視線を向けた。


「ヤカナヤ。 うちの者が失礼を」

「構わん。 あの様子ではお前の後継は難しそうだな、カスペル?」

「しかし、エヴォルが有用であることは変わらず。 要らぬ心配ですよ」

「そうか」


 今回の定例集会は、カスペルのもたらした情報によって長引いたと言っていいだろう。 なにせ、アースティカ管理区域の一つが失われたのだから。


「お前はハジメという男を追わぬのか? あのエヴォルは、そのつもりだろう?」

「ハジメとの接触以降、彼は怒りを抑制できないような精神状態へと変調を来しています。 なんとしてもハジメを殺害したいでしょうね。 しかしながら、個人の願望を叶えることはアースティカの本懐とは道を違えます。 私がそれを許しません」

「お前がエヴォルを管理し切れるかは甚だ疑問だな。 あの男が組織を抜ける可能性も大いにあるな」

「その場合は、私がしっかりと処理しましょう。 エヴォルがハジメと接触して正気を失い、そして万が一にでも死に損なった場合、厄災とも言うべき魔人に変貌することは目に見えています。 ですので、エヴォルとハジメが接触できないような管理区域への配置転換を進言しました。 ですので、ハジメの対応は然るべき者に任せることとなります」

「それが懸命か」


 アースティカはハジメという男一人のために一部で混乱を生じている状況だ。 会合の中では、組織としての大義を果たすためにそれは些細な問題だとする派と、不確定要素を残したくない派に、意見は二分していた。


「ハジメを殺害すべきという意見が多かったが、それについてお前はどのような考えだ? 当方が見たあの男は間違いなく左道に入っていたし、お前の目の前で右道へも侵入を果たした。 神の気まぐれにしては、あまりにも不可解だ。 神々のお考えを理解する上で、捕獲は

が最優先だと思うのだがな」

「たった一人の男に戦力を割くなど、組織としての方向性を見失うにも等しいことです。 想定外など予め折り込み済みであり、何があろうとも揺るがぬ意志で使命を全うすることこそが至高。 イレギュラーに遭遇するたびに軌道修正をして右道を歪めていては、まるでお話になりませんよ」

「ふむ。 お前の考えを聞けて良かった。 では失礼する。 大義にために」

「ええ、大義のために」


 アースティカの面々は、再びそれぞれの管理区域へと消えていく。


 カスペルの管理区域は王国から離れ、帝国へと移ることとなった。 これは、ロウリエッタの動向を探る任も帯びている。


「ハジメ殺すハジメ殺すハジメ殺す……」


 カスペルに続くエヴォルは外套で頭部をすっぽりと覆い、ひたすら呪詛を吐き出していた。


 あの騒動でハジメの魔法を受けた影響か、エヴォルの顔面は醜く歪み上がっていた。 顔面神経が損傷してぐちゃぐちゃに繋がり、表情筋がまともな動きを呈さなくなっていたのだ。


「エヴォル、そろそろ向かいますよ?」

「……はい、カスペル様」


 素直に従っているように思えるエヴォルだが、外套の下では異形にも近しい鬼の形相が出来上がっていた。

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