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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
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第139話 天の遣い

 試しに石を投げた。 反応はあったが、反撃はなかった。


 試しに木枠を引っこ抜き、遠投する形で突き刺してみた。 やはり反応は見られたが、反撃はなかった。


(次は、試しに──)


 村人の表情が曇っている。


「どうしたんすか?」


 エマの作戦は上手くいっている。 上手くいき過ぎていると言ってもいい。 それだけに、何かを見落としてるのではないかという不安が、頭をもたげ始めている。


「いや、気にするな……」

「……?」


 異形は、村外からの攻撃に対して防御行動すら見せていない。 恐らく彼らは何らかの縛りで村から出ることはできず、能動的な行動を示さない。


 エマがこれ幸いと続けていくうちに、村人の動きに躊躇の色が浮かんでいた。


 確かに、やっていることは残虐だ。 異形とはいえ、彼らも一つの生命体。 これまでエマや村人の命を脅かしているが、無抵抗に嬲られる様子は見ていて気持ちのいいものではない。


 異形は、屠られなければならない。 なぜなら、村人の異形化兆候が見られ始めているからだ。


 異形は目の無い顔面でじっと佇み、かと思えば村の外周を動く村人の動きに追随する。 その与えられただけのような動きに、妙な気持ち悪さを覚える。


 異形が村外に出ることはないが、村人が侵入することも難しい。 異形を引きつける作戦も立案されたが、村内にはより多くの異形が潜んでいる。 引きつけ役を買って出る者はいても、進んで村内で行動しようとする者はエマを除いて皆無だった。 というわけで、安全に異形を処理する方法が採択されたわけだ。 しかし今、それも不調になりつつある。


「や、やめようぜ……。 なぁ? こ、こんなことしても意味……意味なんか、ねぇよ」


 そう不安げに話し出したのは、村の若者フェルター。


 村人の中に同調の意識が広がっていく。


「でも──」


 エマは言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 この流れに不満を示すフェルターは、確認できる中では最も皮膚変化が大きい。 白く樹化するような変化は、いずれ異形へと到達する可能性を示している。 それが理解できたために、エマは反論を述べられなかった。


「──詳しいことを知らないなか、勝手なことばっかり言って悪かったっす。 だから、あの異形のことを、この村のことを教えて欲しいっす。 あたしとハジメさんは、それを解決するために来たんですから」

「……」

「都合のいいことを言ってるのは分かってるっす。 急に来て村の情報を寄越せだなんて、信用できないのも無理はないと思うっす。 ただ、ハジメさんがカスペルと意見を異にしているのを、理解して欲しいっす。 あと──」


 現在村内には、カスペルら教会勢力のやり方に違和感が生じている。 これまでは盲目的に信じていたものが、果たして本当に正しいものか分からなくなっているからだ。 もちろんハジメが正しいというわけでもないが、新たな視点が村人の思考を惑わせていた。


「──残された時間は少ない、ということも」


 エマは敢えて、村人の焦りを助長させる。 彼らが気にすべきは、彼ら自身のタイムリミット。 焦らせることで得られるメリットは少なく、柔軟な思考を奪う可能性さえある。 それでもエマは告げなければならない。 つい口を滑らせるでもなんでも、彼らの口から一つでも多くの情報を得なければならないのだから。


「元はと言えば、この状況を作り出したのはお前らだろ……!? 俺らをこんな状況に追いやりやがって……!」


 豹変したように、フェルターが荒々しい態度を見せ始めた。


「おい、やめろって」

「これまではずっと安定していたんだ! それなのに……!」

「いや違う! あんなもの、安定なんて程遠いじゃないよ……!」


 フェルターの感情が爆発したのを機に、口々に不平不満が飛び交う。


(まずい……。 これじゃ情報もなにも得られないかもしれない)


「皆さん、ここで言い合っていても意味なんか──」

「ああ、そうだよッ! 意味なんかねぇよ! そんなの最初から分かってんだよ! だけどな!? こうでもしてないと、俺たちの終わりが近いことを嫌でも考えなくちゃならねぇだろ……!」

「おい、それ以上言うなって……」

「最初っから俺たちは終わってたんだよ! 終わってたけど、終わってないって思い込んだまま人生を終えたかったんだよ! もしかしたら、自分の身に何も降り掛からずに人生を全うできるかもしれない。 そう思って生きてきたんだ……! それをお前らはッッッ!」

「馬鹿お前……!」


 突如、エマに向けて走り出すフェルター。 焦った周りの大人たちが、彼を地面に押し倒してくれた。


「おい、離せよ……! 俺はこいつを、こいつらを……!!!」

「やめろ、暴れんな!」

「ちょっと落ち着きなさいよ!」


 村人は、ともすればエマを吹き飛ばす爆弾だ。 現在一つ目の爆弾は不発のまま処理されたが、次はどうだろう。 やけになった者が複数現れたら? エマはそこまで考えて、自らの発言が火に油を注ぐだけだったことを痛感した。


「……そうっすね。 いずれ壊れるかもしれなかったとしても、それを壊してしまったのはあたしたちっす。 それは本当に申し訳ないと思うっす」

「は? じゃあ、お前が責任を取って──」

「でも、ここまで事態を先延ばしにしてきた責任は皆さんにあるっす。 だから、誰の責任とか言い出したらキリがないっす。 こうやって言い合ってるのだって、何も意味もないんすから。 こうしてるうちは、どこまでいってもあたしたちは蚊帳の外っす」

「なッ!? お前っ、自分のことを棚に上げて蚊帳の外って……!」


 今なお、村を囲む柵内──結界内では信念のぶつけ合いが行われているだろう。 その外側での諍いなど、内側には何ら影響を与えない。 有象無象のやり取りとして消えていくだけだ。


「だから何かしらの行動を起こさないといけないと思うっす。 たとえそれが、今は意味のないものに思えたとしても」


 何も行動を起こさないのと、無意味でも何らかの行動を起こそうとするのでは、まるで意味が異なってくる。 結果がどうであれ、のちに後悔や遺恨を残さないために、何もしないという選択肢はない。


「く、そ……」


 確かにこれは事実だ。 しかしながら、これまで受動的な生活を強いられていた彼らにとって、能動的な思考はそもそも根付いていない。 エマの言葉が正しいと思えても、だからこそ彼らは前に進めずにいる。


「……だが、知っていて欲しい」


 ぽつり。 一人の男性がこぼした。


 そこにいる全員が、初老の男カールマンを見つめた。 この中では最も年配である彼の言葉だ。 若者たちは、悔しそうに唇を噛んでいる。


「何を、っすか?」


 エマは自然に問い返す。


「あれは我々の同胞……だった。 無闇に傷つけるのは、良い気分がしないのだ。 まずはそれを、理解してほしい」


 エマ以外の全員が、さっと目を伏せた。 それは、叱責されることに怯える子供のようだ。


「同胞、って……」


 次を紡ごうとするカールマンの言葉を、遮る者はいない。 彼は、エマに真実を伝えてくれる。


「白い姿のあれら。 かつて我々と生活を共にした彼らは、身に生じた変化によって名前を奪われ、薄暗い地下室へ閉じ込められた。 ここまで言えば、君なら察する何かがあるだろう」

「それが、この村……」


 ハジメが予め話していたこともあって、それはエマの想定を大きくは逸脱しない内容だった。 それでもエマは、自らの境遇に当てはめて彼らに同情を禁じ得なかった。


(あたしは、どうやってモルテヴァを出たんだろう……。 必死に頑張ったの? それとも、この人たちみたいに……?)


 今更になって、エマの中に得体の知れない不安が立ち込め始めている。


「……お、おい?」


 一人が指差す。


 皆が見上げると、何やら黒い奔流が天高く舞い上がっている。


(あれは……)


 エマには分かる。 それが、良い印象を受けないマナで満ちているということを。 周囲の者たちは単なる異常事態として受け取っているかもしれない。 しかしそこには、少なくともエマの足を後退させるだけの効果があった。


「エマちゃん……?」

「逃げて……!」


 エマの叫びを聞いて、皆が彼女に視線を取られる。 それでも皆、違和感に再度上空を見上げると、すぐそこには放射状に降り注ぐ黒い悪意が。



          ▽



『…………誰、カ…………早ク…………』


「うる、っせぇ……!」


 ハジメは相変わらず、脳内に直接響く声に苛まれ続けていた。


 現状、管理人や異形からの追撃はない。 しかし今ここで遭遇戦にでもなれば、この声のために集中力を欠くことは必至だろう。 だからこそ声の主に近づいて黙らせようと足を進めている。 しかし、やはりというか何というか、声は御神木のあたりから発せられているようだった。


「ぅぐ……っ。 気持ち悪りぃ……」


 ハジメは頭痛が悪化し、ついには嘔気を抑え切れないまでになっていた。 このままでは、カスペルをどうにかする前にくたばってしまう未来さえ見える。


(早くこいつを処理しねぇと……。 まじで、ヤバいって……!)


「やっとかよ……」


 そうやって重い足取りでたどり着いた先には、やはり件の巨木が控えていた。


『…………ア…………アア…………ァ…………』


 ここまで来ると、もはや頭部を直接殴られているような声の響きがある。


(カスペルの魔法が霞むほどだ……。 早く、早くこいつを──)


 周囲に敵陣営の存在を感じない。 それだけが今は救いだった。


 目も開けていられないような頭痛とともに、ハジメは御神木へと一直線に駆け寄った。 たとえそれが間違った行動だとしても、苦痛から解放されることを最優先にしてしまっていた。


 ハジメには、声の主が誰なのかを考えるほどの余裕がなくなっていた。


 村から逃げ出すという選択肢もあっただろう。 関わった限りは最後まで付き合わなければならないという無意味な正義感が、ハジメの思考を阻害していたのも事実だ。 しかしそれ以上に、この声の主に惹かれているという側面があった。 だからこそハジメは、自らが操られているといった可能性も考慮せずに、御神木に触れた。


「……は? 俺は、何を……?」


 ハジメはそこに触れた瞬間、少しだけ正常な思考が戻った気がした。


 白濁する視界。 それは、ハジメが後悔を感じるよりも早く彼の意識を塗りつぶした。


 ……。


 …………。


 ………………。


 思考がクリアになったハジメは、ここがどこなのかが即座に理解できた。 だからこそ、警戒心をマックスに目の前の光景を見つめた。


「何、だよ……お前」


 取り込まれた。 ハジメはそう自らの過ちを恥じた。 こうも簡単に精神世界への侵入を許してしまうなど、思いもよらなかったからだ。


『…………ヤット、来テ…………クレ、タ…………』


 ()()は、決して巨大ではない。 伸ばされた羽を除けば、むしろ小さいと言った方が正しいだろう。 女性らしいシルエットで、ただ細く、儚い。 それ以外は光の塊といった印象なのにも関わらず、どの角度から見ても美しいとしか表現のしようがないのは何故だろうか。 光溢れる超常の存在は、それだけで畏敬の念を抱かせてくる。


 ()()は、巨大な構造物を背にしていた。 ただただ広い灰色空間において、似つかわしくないほどの白さを誇る十字架が磔刑の役割を担っていることは、一眼でハジメにも読み取れた。


 こんなに近くにあって、遥か彼方から響くような彼女の声。


 ハジメが()()を彼女と形容できるのは、濁ったような声色が女性のものに近しいという理由からではない。 女性らしい輪郭を残していたという理由だけでもない。 あまりにも美しかったからだ。


『…………貴方ハ我、ヲ…………救ウ…………存在…………』


「何を、言ってやがる……?」


 罪を背負う彼女に対し、ハジメが投げかける返事は辛辣だ。 しかしそれも無理はない。 なにせ、左腕だけが漆黒に染まっていたからだ。 少女を思わせるサイズの全身は左腕を除いて純白を呈しており、神威さえ感じさせる。 その身に似つかわしくない、天使を思わせるあまりにも巨大な羽は限界まで広げられている。 羽の表面には無数の黒い楔が突き刺さっており、十字架に羽を縫い付ける効力を発揮している。


(あれは、エスナの変化に似ているな……。 こいつは魔人か、それとも神か……)


 このような精神世界を形成できる存在というと、ハジメは二柱しか知らない。 だとすると、目の前の存在はおそらく神に纏わる何者か。 少なくとも、良き存在でないことは確かだ。 磔刑に処されるなど、何かしらの重罪を犯したことが確かなのだから。


『…………我、ハ…………天使…………』


「天使、ねぇ……」


『…………天使、ハ…………我…………』


「だから聞こえてるっての。 会話もできねぇのかよ……」


『…………』


「いや、何か喋ってくれよ。 これって会話が成立してるってことか?」


『…………貴方、ハ……コチラニ与スル、存在カ…………?』


「何を言ってる?」


『…………傾キヲ、読メナイ…………右カ、左カ…………』


(チッ、そういうことか。 どう答えるかで、色々と変わってきそうだな。 どうするか……)


『まず、あんたは誰なんだ? ここで何してる? ってか、ここはどこだ?』


 主導権を得るため、ハジメは捲し立てるように質問を浴びせる。


(こいつは例の、御神木になった人間か? それにしては神格が高いような気がする。 天使とか言ってるのも意味がわからねぇし)


『…………我ハ、天使…………天使…………ナノニ…………』


「はぁ……。 天使はいいとしてさ。 名前はないのか?」


『…………名…………』


「何かあるだろ? ほら、自分の所属とか総称とか」


『…………我等ハ、輝ケル者…………ダエーワ…………』


「ダエーワ……?」


(我等? さらに分からなくなってきた。 ゼラとかアレイ神が言ってたダヴスって悪神とは違うのか? 輝ける者とか言ってるし、天使とも自称してるし、腕以外はまさしく天使のそれなんだよな。 この世界に御神木から接続できたことを考えると、やっぱりここは右道に関わる世界でいいのかね)


『…………神ニ、仕エシ…………』


(神って言ってるし、これは右道で確定か。 まぁ、どっちにしても中道の俺からしたら敵でしかないんだがな。 とはいえ、こいつが助けを求めてるって前提でいくと、単に左道って答えるのは微妙だよな)


「とりあえず名前は分かったし、質問に答えるか。 俺は左道に入ってしまったけど、左道の連中を毛嫌いしている。 だからナースティカに所属することは未来永劫あり得ない。 これでいいか?」


『…………僥倖…………良キ、巡リ合ワセ…………』


「……で、俺はあんたをどうやって助けたらいいんだ?」


『…………各地ニ…………我ヲ縛ル、楔…………』


「楔?」


『…………此ノ空間ヘ、至ル…………人柱…………』


「人柱……って、御神木のことか。 俺はどうすればいいんだ?」


 ハジメは唐突な不穏な単語に動揺しつつも、流れを遮らずに進める。


『…………人柱ニ、触レ…………我ニ声ヲ…………──』


 天使を名乗る者の声が、くぐもって聞こえた。 かと思えば、空間全体が歪みながら薄らぼやけ始めた。


「お、おい……!?」


 ハジメの足場は地震にでも起こったかのように揺れ、身体を平行に保つことができなくなった。


「……え?」


 途端、ハジメは謎の浮遊感に見舞われた。


 足場が消えている。 白い空間全体がバラバラに砕け、ハジメは真っ黒な深淵に投げ出されていた。 しかし、特別な恐怖はない。 空間から弾き出される、ただそれだけなのだから。


『…………我、ノ祝福…………ヲ…………貴方ニ…………』


 ハジメは天使の声を脳裏に残しつつ、徐々に肉体の感覚が戻る。 それとともに、周囲の喧騒がはっきりしたものへと変わっていく。


「──、────!」

「ッ──」


(何の音だ……? 俺があの世界に接続した時、そこまで騒がしかったか? いや、頭痛が激しかったし、気づいていなかっただけか?)


 騒音に続いて、ハジメの肌感覚が戻る。 それによって自身の肉体を感じ、ゆっくりと目を開くことができた。


「……は?」


 ハジメは目の前の光景に、理解が追いつかなかった。


「なに、が……?」


 地面から無数に突き出す、黒い棘。 それは異形の者たちを貫き、彼らを宙に浮かしている。 そればかりか異形の内側からは更なる棘が生え、異形は内側からウニが爆発したかのような姿勢で完全に縫い付けられてしまっている。 そのようなオブジェが、ちらほらとハジメの視界を埋めていた。


「……ゔ、ァ……」


 そして呻きの一つも上げない異形たちの中に、一際異彩を放つものが。


「管理人……」

「なん、で……こんな酷い──ぁ」


 管理人も異形同様、無数の黒い棘に内側から刺し貫かれた。


「ッ……!」


 管理人は宙に浮かされたまま、腕をだらりと投げ出した。 確実に事切れたのが分かる瞬間だった。


(何が……何が起きてる!? なんで時間が経過してるんだ?)


 次々と湧き上がる疑問に、ハジメは状況の整理が追いつかない。


「って、おい……!?」


 そんな中、管理人や異形たちが乾涸び始めている。 急速に水分を奪われた植物のように、醜く皺だらけの構造物へと成り果てていく。


「なんということをしてくれたのですか……」


 ハジメがハッと振り向くと、そこにはエヴォルを抱えたカスペルの姿があった。


「なに、って……?」


 ハジメは魔導書を展開することも忘れて、呆けた顔でカスペルの視線を追いかけた。 しかしハジメの頭で理解できるのは、謎の力で駆逐された異形たちの存在だけだ。


「いや、あんたが何を言っているのか。 さっぱり分からないんだけど」

「……正気ですか?」

「は? 意味分かんねぇ……」

「では、それは?」

「それ?」


 カスペルが指差す。


 ハジメの足元には、黒い影。 真上から陽が差しているのだから、何らおかしなことでもない。


 ハジメは一歩、その場から動いてみせた。 しかしそこに何かが残るわけでもない。 影はハジメに追随しているし、ぽっかりと丸い影だけは形を変えずそのままだ。


「……ん?」


 ハジメはふと、あたりを見渡してみた。


「貴方の行いの結果ですか?」


 カスペルは、不可解といった表情でハジメの動きを見つめている。 そしてようやく、その違和感に行き着いた。


「いや、そんなこと……」


 景色の中から、そいつが消えている。 そこに存在するはずの、御神木が。


「貴方の足元に消えたのではないのですか?」

「足元……?」


 そこにあるのは影だ。 微動だにせず、鎮座している影。 直径としては二メートルほどだろうか。 到底、ハジメが形成できる影の範囲を超えている。


 ハジメを中心として、何本もの細い影が引き延ばされている。 細い影はそのまま異形たちに行き当たり、彼らを絶命に至らしめている。


「ッ……!」


(待て待て……。 この影が御神木を飲み込んだ? いや、俺が意識のない幾ばくかの時間の中だから分からん。 あの天使とやらが祝福とか言ってたけど、それがこの結果か? 御神木は右道の生贄なわけだから、当然右道の関連媒体だろ? だとすると──)


 ハジメの脳裏では様々な可能性が展開される。 しかし解答が得られるわけでもない。 神に関わる事象の大半はハジメの想定する範疇にはなく、神と深く関わり始めた今なお、あらゆる現象に翻弄されているのが現状だ。


(御神木は消えていて、俺の足元からは影が伸びて異形どもを刺し貫いている。 これが結果だ。 ここで過程を考える必要はない。 この結果はカスペルの思惑を大きく打ち砕いているのだろうし、それさえ分かれば今は十分か……?)


 ハジメはふぅと息を吐いた。 ここから再び戦闘に至るため、役を演じることとなる。


「……まぁ、厄介な御神木が消えて良かったよ。 あんたの私兵もこうして戦闘不能なわけだし、俺にとって良い流れになって安心してるぜ」

「やはり貴方は、左道に堕ちていましたか。 世界の均衡を破壊しようなどと、到底正気の沙汰とは思えませんね……」

「だったらどう──ゥ……!?」

「……?」


 ドクン──。 ハジメの中で脈動する何か。


 ハジメの視界が、急な明滅を繰り返した。


「あ、がッ……!」


 あまりの痛みにハジメはバランスの維持さえ難しく、倒れそうになるところを何とか耐えてみせた。


(そんなこと……あんのかよッ!?)


 ハジメの右目が、激しく熱を持っている。 同時に、村内の各所で新たに視認可能な構造物などが出現し始めた。


 ハジメはこれを知っている。 《転変ヴィスィシテュード》を発動した際に左目を襲った痛みと、今回も完全に一致している。 あれはおそらく、右道へ入る準備が整っていたところに、魔法発動が引き金になったということだろう。 そして今回は、何かしらの外的要因が作用した形に違いない。


「ハァッ……ハァッ……ハァ……!」

「突然何を──」


 カスペルは言いかけて、飲み込んだ。 同時に、攻撃準備のために魔導書を少し下げた。


「──貴方が、こちら側とは……。 厄介なことになりましたね」


 ハジメの右目網膜には、特殊な魔法陣が輝いている。


(右道にも入れた、だと……!? どうなってやがる……!)


 立て続けに起こる事象に、ハジメの思考はパンク寸前だった。

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