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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
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第136話 問答

 身体を揺さる感覚が、ハジメの意識を叩いている。


「……なん、だ……。 熱くて……身体が、捻れて……それで──」

「ハジメさん、起きてくださいっす……!」

「……はっ!?」


 目の前に飛び込んできた顔に、ハジメは一瞬錯乱しそうな思考状態になった。 さっきまでいた場所から見知らぬ地に連れてこられたような場面の移り変わりに、脳が状況を理解するまで時間を要した。


「め、目覚めたっすか……!?」

「はぁっ……はぁっ……! エマ、か……。 俺は今どうなってる……?」


 ハジメはババっと全身を触り、何も変化が起きていないことを何度も確認した。 指先まで全身的に神経が行き渡っている事実を認識した。


「何も、なってないっすよ?」

「……そうか。 それならいいんだ。 良かった……」


 ハジメは大きく嘆息し、自分の身体に戻ってこれたことに心から安堵しながら大きく天を仰いだ。


(やっぱ、無闇に意識と接続するのはダメだな……。 あんな経験は、二度とするべきじゃない……)


 ハジメは記憶を思い返して、身体をブルリと震わせた。


 御神木と接続した意識の中で、ハジメは彼の人生を追体験した。 そこで生まれた喜怒哀楽や集落の人間の声まで、すべてがハジメ自身の経験のように脳裏に張り付いたままだ。 もちろん、彼の憎悪や使命を全うして果てるまでの苦痛も。


 彼の最期は、地獄のような火に炙られながら全身が捩られていた。 足を無数の線状に細く割かれ、上半身が腫瘍のように悍ましく腫れ上がる最中、ハジメは自害させてくれと懇願し続けていた。


「というか、ここはどこだ……?」


 ふと、ハジメは自身が御神木の側にいないことに気がついた。


「あ、それはあたしが運び出したっす。 引き摺って運んだのは申し訳ないっすけど」

「だから背中がこんなに汚れてんのか」


 今更になって薄い痛みがハジメの背中をヒリヒリと責め立てる。


「……で、何があった?」


 エマがハジメを運び出したのには理由があるのだろう。


「あのあと、皆んな一斉に意識を失ったっす。 暫く声を掛けてたんすけどハジメさんは反応しなくて……。 それで、エヴォルが近づいてきそうな気配があったんで、ハジメさんだけ移動させたって感じっすね」

「そうか、助かった」

「管理人ちゃんも連れてくるべきだったっすか……?」

「いや、十分だ。 ありがとな」

「い、いえ……言われたことをやっただけなので」

「っと、そうだ。 エマ、この辺りは赤くないか?」

「ちょっと今は見えてなくて……すいません」

「それは、まずいな。 《改定リビジョン》」


 ハジメは周囲のマナを外側へと追いやった。 恐らくそこまで長時間のマナ被曝をしていないとは思われるが、影響を下げるに越したことはない。


「身体にどこか不調は無いか?」

「たぶん、はい……。 魔法が上手く出ないくらいっすかね。 マナポーションとかあれば何とかなりそうな気も……」

「まぁ体現型魔法使いは大器晩成って話だしな。 今ここで最大限まで機能が発揮できるわけないんだ。 無理しなくていい」

「了解っす。 えっと、それで……さっきは何があったっすか?」


 エマが気になるのも仕方がない。 魔法発動に伴って意識を消失したと思いきや、ハジメの様子が明らかにおかしくなっているのだから。


「まぁ、あれだ。 人間が御神木にされる全ての記憶を見せられただけだ」

「やっぱり人間だったんすね……」

「ああ。 教会──たぶんアースティカ派閥の連中が植えてる、楔みたいなものだな」

「楔……? 何に刺さってるんすか?」

「どうにも、悪神が地表に現れようとしてるのを抑え込んでるらしい。あの様子だと、御神木は各地にあるっぽいな」

「そ、そうなんすね……」

「じゃあ、あの場に戻るか」

「えっ? 戻るんすか……? もしかして、解決策が見つかったっすか?」

「少し違うけど、着いてきてくれ」

「はいっす」


 ハジメはここアリスト村の諸問題解決を掲げていた。 しかし、エマの期待とハジメのそれは良かった違う場所にある。


(“彼”の意識に触れて理解した。 御神木としてここに存在していることについて、彼は不満を持っていなかった。 彼の目的は、彼の意識拡散およびその効力を以て達成されているんだからな。 呪いを遺伝子に刻み込んで、それでも彼から離れることを許さないってのは、相当な執念だよな……)


 ハジメはこの村の状況を、大雑把ながら理解の範疇に含めていた。


 カスペルたちの元へ向かう道すがら、ハジメは自身が理解した内容をエマに伝える。


「まずエマに伝えておくけど、村長が解決を望んでいる内容について解決はできない」

「そ、そうなんすか……?」

「この村は、御神木の呪いが脈々と受け継がれている場所だ。 それは村の人たちの深い部分に刻み込まれていて、村に留まることでしか生きられない身体にされてしまってる。 このマナを摂取しなければ、御神木の肉片を取り込まなければならないって具合にな」

「どうにか、できないんすか……?」

「どうにかなってたよ、これまではな。 村長も……というよりカスペルの采配で、汚い物には蓋をする対応を続けてたわけだ」


 エマは墓所を見ていないため想像するしかないが、管理人の姿やマルトの最期から補完できそうな部分も多い。


「カスペルは墓所を使って、管理人のような存在で実験をしていた。 管理人やマルトは、カスペルの実験による被害者だな」


 アリスト村において肉体に変異が見られた者は、一切の例外なく墓所に送られる。 その過程で名前を奪われ、その者が存在したという事実は意図的に忘れ去られる。 存在しない者をどう扱おうと、存在しないのだから問題にはならないということなのだろう。


 カスペルの前任者が相当にイカれていたらしい。 直接的に肉体を弄るものから、共喰いをさせるようなことまで好き放題にやっていたようだ。 一方のカスペルはそこまでには及ばず、管理人たちに自治を認める形でその行く末を見守っていた。 とはいえ、ハジメが聞く限りはそれも実験の一環でしかなかった。 管理人たちは、高度なマナ環境の中でゆっくりと熟成されていたのだから。


(御神木だけじゃなくてカスペルの記憶も一部垣間見れたのは収穫だった。 おかげで、この村の全景が見えてきている)


 カスペルは御神木を弄り、村内のマナを緻密に調整していた。 それによって高濃度マナに晒された管理人たちは、加速度的に変異を進めていた。 加えて彼女は、マナの行く先を村内にも潜ませていた。


「カスペルは村長にこう言っていた。 『村人を守るためには、犠牲が必要だ。 大を生かすために、小を捨てなければならない』ってな。 今なら分かる。 これこそ、村長が懇願していた助けの内容だったんだ」

「……本当に、どうにもできないんですか?」

「それは俺次第なところがあるな」

「……?」

「そろそろ集中だ。 見えてきた。 エマは、可能なら魔法を発動しておいてくれ。 さて……」


 エマが思い出したように前方を見ると、すでに御神木が見えてきている。 その周囲に集まる複数の人間の姿も。


「エヴォルさん、正しいを説明をしてくれ……っ! 我々に攻撃したことも含めてッ!」

「環境要因からあなた方を守るためだと──」

「マルトがエヴォル殿に連れて行かれたが、あいつはどうなったのだ?」

「それは……後で説明する。 今はカスペル様を介抱することが先決だ……!」


 半狂乱な村人が、エヴォルに向けて不平の声をぶつけ続けている。 四方を囲まれた彼の膝元には、意識を失ったままのカスペルの姿がある。 村人がやや遠巻きなのは、そこに管理人が存在しているからだろう。


 ハジメは大気中のマナを操作する段階で、これには気付いていた。 エヴォルが魔導書を展開していることからマナ被曝には対応しているのだろうが、今はただ彼一人だ。 それが理解できているからこそ、ハジメはこの場を訪れている。


「エヴォル、魔法を解除しろ。 でなければ、カスペル諸共お前を殺す」


 突然の闖入者に、誰もが肩を飛び上がらせた。 エヴォルも魔導書を取りこぼしそうになりながらも、慌てて立ち上がった。


「き、貴様、どういうつもりだ……!?」

「問答は不要だ。 即座に魔法を解除しなければ殺す」


 ハジメも見せつけるように魔導書を展開させながら、空いた手でマナを混濁する。 村人を避け、凝縮されたマナはエヴォルの元へと殺到する。


 ハジメには、エヴォルの魔法が把握できている。 エヴォルの左右に吸引されるよう避けていくマナの流れから、そこに存在する魔法が透けて見えている。


「お、おい!? 下手な真似はするなッ! 村人を殺されたいのか……!?」

「い、いやッ……ぐ、ぅウう……」


 エヴォルは手近な女性を引っ掴み、後ろから腕でその首を締め付けた。


「本性が出たな。 だが、人質は効果を為さない。 最後の警告だ。 お前は魔法をマナ集約効果のみに限定して、それ以外のおかしな動きを見せるな」


 ハジメは一切の躊躇なく歩みを進める。


 エヴォルは魔導書をそのままに、視線を右往左往させている。 苦い表情は滝のような汗に覆われ、思うように魔法を操作できていないことが分かる。


(こいつが攻撃に切り替えたなら、俺の操作するマナを制御することはできなくなるはずだ。 その瞬間にマナを手当たり次第にぶつければ、それで終わりだ。 あとこの馬鹿に、愚かさを自覚させてやるか)


 ハジメはマナをエヴォルに向けつつ、一部をカスペルに叩きつけた。 エヴォルが保身の為の行動に出たことで、カスペルは実に無防備な状態だった。


(こっから先の話にカスペルは必要だけど、まともに魔法を使えなくなる程度には弱っていてもらうか)


「ゥ……ッ……」


 濃厚なマナの毒を浴びて、カスペルは意識を失いながらも小さく呻きを上げた。 しかし、どうにもうまく効いている気がしないハジメ。 魔法防御で抵抗されているのだろうか。


「き、貴様ァあああッ──」


 ハジメの意図に気が付いたエヴォルが吼えた。 女を投げ捨て、意識を攻撃に切り替えたようだ。 エヴォル周囲のマナが抵抗を解かれ、彼を取り殺さんと殺到して行った。


「──ァ、あア……?」


 防御の放棄は、当然の帰結を迎える。 爆縮とでもいうのだろうか。 エヴォルの周囲で彼を覆い尽くさんと幾重にも凝集されていたマナが、防御の消失とともに凄まじい速度で彼を圧縮した。


 マナ宿酔など生半可なものではなく、マナ中毒とでも言える状態がエヴォルの中で形成された。


「う、アあ、アア゛ぁエあ、アっ、あッ、ぉあ゛ッ……」


 エヴォルは眼球を反転させ、一瞬で倒れ込んだ。 そのまま地面でビクビクと全身を痙攣させ、不気味な喘ぎ声を断続的に放っている。 壊れてしまったのは明白だった。


「無事か?」

「え、あ、はい……助かりました……」


 ハジメが声を掛けると、女性は疲弊した顔を引き攣らせて感謝を述べた。 彼女の視線は、ハジメとエヴォルの間で行き来している。


(助けたのに、その顔は何だ? まるで俺が化け物みたいじゃねぇかよ)


「エマ、こっちに来てくれ。 カスペルを縛り上げる」

「え?」

「とりあえずエヴォルは潰したが、それだけじゃ不十分だ。 カスペルを御神木に括り付けて、詳しい話を聞かなきゃならない。 村をどうにかする為だ、手伝ってくれ」

「は、はいっす……」


 ハジメは怪訝な視線をぶつけられるのを無視して、彼らにロープや布などを用意させた。 それらを受け取ると、そのまま淡々と作業を進めた。 カスペルは御神木に、エヴォルは少し離れた場所の木に、厳重に縛り付けておいた、


「ハジメさん、大丈夫なんすか……?」

「殺しはしてないから平気だろ。 こいつらは俺らを殺すつもりだったんだから、こうなることも折り込み積みだ」


 それにしては、余りにも無惨と言うほかない。


 エヴォルは全裸に剥かれた上で、ロープによって木にぐるぐる巻きにされている。 彼が未だに薬物中毒者のような表情でだらしなく意識を失っていることだけが、彼の羞恥心を消してくれている。


 一方カスペルも、ロープで御神木に括り付けられた。 彼女の場合は装備を外した程度で、衣類までは剥ぎ取られていない。 しかし目元は布で覆って視界を塞ぎ、両手はこれまた厳重に縛り上げられている。


「じゃあ、カスペル。 話し合いの時間だ」


 程なくして、カスペルが身じろぎを見せた。 ハジメはそれに気が付くと、先んじて声を掛けた。


「何、を──」

「状況は理解できているはずだ。 俺が勝って、あんたは負けた。 こちらは命を奪わない代わりに、あんたには色々と話してもらう」

「殺しなさい……」

「嫌だね。 殺すくらいなら、あんたを使って使徒の実験をしてやる。 そしたらあんたも、御神木みたく何かの役には立てるだろうな。 ……いや、実験するならエヴォルを先に使うか。 何も知らないあいつなら、喜んで使徒になるって言うかもな」

「……エヴォルは、どうしましたか?」

「殺しちゃいないが、痛い目には遭ってもらった。 当然だな」


 ハジメは常にカスペルを警戒している。 行動不能に陥らせているとはいえ、相手は魔法使い。 どのような方法で魔法を使用してくるか分からない。 魔導書を介さずとも、刻印などあればそれだけで魔法発動は可能だ。


「ではまず、貴方の所属を。 身元の分からない者と会話することはできません」


 このような状況にも関わらず、カスペルはさも優位性を維持しているような立ち居振る舞いを続けている。


「あくまでも、あんたが主体なんだな?」

「会話に上下関係が? 互いの身分を明かしてこそ、対等な会話という行為が成り立つのでは?」

「下らない時間稼ぎだな」

「そう思うのであれば、ご自由に。 会話ができず、困るのは貴方ですから」


(急に饒舌だな……。 何だこの違和感は?)


 カスペルのこれは、負けを悟った態度ではない。 未だに継戦状態で、なおかつ先手を取っている者の動きに見える。


「あんたはどこの誰だ?」


 ハジメはカスペルの不気味さを無視して切り出した。


「……」

「なぁ、聞いてるんだけど?」

「……」

「無視かよ。 まるで子供だな」

「そうやって態々口に出すのは、何としても私を下に見たい浅はかさの表れです。 矮小さが際立つので、そのような態度は控えた方が良いかと」


 口だけは達者に動くカスペルに、ハジメは僅かながら苛立ちを覚え始めた。 これこそ彼女の術中だと理解できているはずなのに、子供じみた感情を持たざるを得なくなってしまっている。


「はっ、そうかよ。 じゃあ村長に聞くか。 こいつはどこの誰なんだ?」


 ハジメは近くで佇んでいるケーニヒ村長へと質問の方向を変えた。


「……村を管理する、組織の一員……」

「何を言い淀んでるんだ? 言えない何かがあるのか?」

「そういうことではない、が……」


 カスペルを前にして、ケーニヒは硬い態度を崩さない。 どうにも彼は、カスペルに黙って村の状況をどうにかしたかったように見える。 そういった思惑が反逆行為に該当するのならば、カスペルはこの村に恐怖政治を敷いているのだろうか。 もしくは村として、何かが人質に取られているという線も考えられる。


「あんたらの関係性も、よく分からないんだよな。 カスペルが助けを求めるわけでもなければ、誰かが助けに入るわけもない」

「当然です。 彼らのため私たちが救済を一方的に施しているだけなのですから」

「なんだ、喋るんじゃねえかよ」

「貴方の所属を。 場合によっては、このような扱いに対しても恩赦を与えるかもしれません」

「つくづく上からだよな、あんたらアースティカは。 ヤカナヤは、あんたより幾分かまともだったけどな」

「……ヤカナヤから聞かされましたか?」

「まぁそんなこった。 一応、あの人から勧誘も受けたな。 ナースティカに所属するのは真っ平ごめんだが、アースティカも似たようなものにしか見えないな。 少なくともこの村の状況を見る限りは、だが」

「無所属の左道者でしたか。 なるほど得心しました。 なればこそ、神に尽くすことの重要性は理解しているのでは?」


 どうやらカスペルは、ハジメを会話相手と認めたようだ。


「ダヴス神を崇拝するナースティカに所属するつもりはないが、アラマズド神のアースティカが絶対的に正しいかってのも疑問だよな」

「……言葉には気をつけた方が良いかと」

「俺はどっちにも属していないからな。 だから、どちらに対しても批判的な考え方ができる。 あんたに対しては、盲信ほど危険なものは無いと言ってやるよ」

「そこまで情報に精通しているのなら、何を迷うことがあるのです?」

「あんたもさっきの記憶を見ただろ? やってること醜悪だっての」

「貴方の目にはそう映ったのでしょうが、あれほどまでに崇高な行いはありませんよ。 神に尽くすだけでなく悪神を抑え込むなど、私たちにとっては至上の喜びです」

「じゃあ、村の連中にやらせるんじゃなくて、あんたがそれをやれよ。 やりたくねぇから、他人に押し付けてんだろ? おい皆んな聞けよ? こいつらアースティカって連中は村の状況を利用して、使い勝手の良い神の手先を生み出してやがんだよ。 そこの管理人とか、この御神木だって神を信じた人間の末路だぜ。 一旦村から迫害してしまえば、あとはカスペルの自由だよな?」

「貴方の話す内容は憶測が大半を占めています」

「そうか? じゃあ管理人にも聞いてみるか。 お前はさっき見た記憶をどう思う? あそこに、お前の望む未来はあったか?」


 管理人は自身が村内で腫れ物として扱われていることを理解しているのか、黙して動かずハジメとカスペルの会話を聞いていた。


「……なかったです」

「単一の情報のみで判断するとは、愚かにもほどがあります。 あれは貴方が魔法で見せただけの幻惑であり、教会勢力が悪く映るよう意図的に作られた記憶です。 管理人、あれのどこに信用すべき要素がありましたか? たとえあのような行為が過去に行われていたとしても、私はそれを推奨しません。 神に尽くす手段は無数にありますから、貴方の望む未来を掴むことが可能でしょう」

「……」


 管理人は思考に精一杯なのか、すぐに答えを出せなかった。


「未来ってのも、全部あんたらが用意した限定的な道筋だろ? あんたらと関わってなけりゃ、道は無数に拓けていたはずだぜ」

「それこそ憶測の妄言ですね。私たちが管理していなければ、村はすでに崩壊しています。 ケーニヒ、違いますか?」

「ですが、誰も傷つかぬ方法が──」

「ありません。 現状がこの村の最大限です。 一部の者が被害を肩代わりしているからこそ、村内の安定が図られています」


 ケーニヒの発言は、即座にシャットアウトされた。 これがカスペルとケーニヒの関係性であり、有意義な会話など交わされてこなかったはずだ。


「そのあんたの発言も、信憑性は皆無だよな。 あんたが御神木から発されるマナをコントロールしてるのは知ってるし、それができるなら誰もマナの悪意に脅かされずに済むだろうがよ」

「貴方は何も理解していません。 村内の特殊なマナは、一般的なマナと違って自然拡散しないのです。 村内に留まり続けるために、管理人たちがマナを取り込んで消費する必要があります。 その循環を維持しているからこそ、村の平穏は保たれているのですよ」

「管理人のような一部を消費しても、か?」

「管理人たちは消費されているわけではありません。 彼らは村を支えるとともに、彼ら自身は未来につながる準備さえ行っています。ですがもし、これを超える素晴らしい方法があるのなら提示してください。 誰も苦しまず幸福に暮らせる、そんな未来が確定するような」


 ハジメの目には、カスペルが事実を語っているように映っている。 しかし、クレーム対応のテンプレを並べ立てているだけにも思える。


 カスペルの話す村の事情が全て事実なら、その状況を無駄なく循環させる強固なシステムが構築されていると言える。 しかしハジメは、どこかに見落としがあると感じている。 彼女の抜け目ない管理に、穴は無いのだろうか。


「……詭弁だな。 あんたはずっと、自分たちに都合が良い言い訳を並べてるだけだ。 そこに村を救おうだとかいう信念を感じない。 ただただ無感情に村全体を消耗品としてしか見ていない、支配者の発想だ」

「では貴方が村を管理してください。 そうすれば、貴方の勝手な思い込みが妄想であると気づくでしょう」

「やっぱあんたらとは会話できねぇわ」

「負け惜しみを言って自らの異常性を認めない貴方は、あまりにも愚かです。 殺すなら、どうぞ。 その後の村の管理は貴方に全て任せます。 彼らをこのまま死に追いやってしまうのは非常に残念ですが、それもこれも出自の分からない異常者を頼った代償ということで。 数百年と村を安定化させてきた私たちと、昨日今日来たばかりの部外者。 どちらが信用に値するかは、火を見るよりも明らかだとは思いますが?」


 村人の視線がハジメに投げかけられる。 そこには不信感が色濃く乗せられており、ハジメに対する期待はほとんど残されていないだろう。 しかしハジメを一瞥してきたケーニヒだけは、申し訳なさを最大限に主張していた。


 ジリ……。 村人の動きを見せそうな雰囲気が醸されてきた。


「ま、待ってほしいっす……!」


 エマが声を上げた。 そのまま続ける。


「さっき村の人たちはエヴォルに殺されかけたじゃないっすか……!? あと言いたくなかったっすけど、マルト君も、エヴォルの魔法で悍ましい化け物に変えられたっす……。 聞いた話だけじゃなくて、その事実をちゃんと考えて欲しいっす!」


 ざわざわと、村人の中に不安が駆け巡った。


 ハジメもカスペルも、村人はそこまで信頼できずにいる。 ハジメを受け入れたのもケーニヒの独断によるものだった。 カスペルは既定のルールに則って動いているだけという説明に終始し、寄り添いという点では皆無だった。


 村人からエマへの感情は、少し違う。 彼女もまたハジメに巻き込まれた人間であり、村人と最も接してきたのは彼女だ。 村人と同じ一般人という視点で彼らに寄り添ってきたというのなら、エマが最もその役割を演じてきたということになるだろう。 エヴォルもそうあろうとこれまで動いていたが、カスペル部下という立ち位置は非常に微妙なところだった。 だからこそ、エマの言葉は受け取られやすかった。


「それが本当かどうかを、確認しないといけない……」


 誰かがそう言った。 次第に同調は広がる。


「エヴォルがそのような真似を、するはずがありません」


 ハジメは、カスペルの言葉がごく僅かにブレたように感じた。


(ここがターニングポイントなのか……? だが、カスペルの敷いたシステムを上回る方法がまだ……)


 エマのおかげで、ハジメが糾弾されるような流れは断ち切られた。 カスペルにとっても、これは受け入れ難い状況のように思える。 ただ、流れを奪ったからといって事態が良い結末へと帰着する保証は無い。 悪い方へ舵を切ってしまった可能性もある。


(エヴォルの悪事が露呈して、その先どうなる……? 俺が村を管理する流れになったとき、カスペルを殺さなければならない状況が生まれるだろう。 俺はカスペルを殺すと脅したが、ヴィシャ兄弟ほど悪人と断定できない人間を殺すほどの心づもりは不十分かもしれない。 たとえ殺したとして、村を安定させられる確証もなければ、ここに留まり続けることもできない。 まずいな……。 考え無しに動き出した結果、相手の予想外の行動で考えの甘さが露呈しちまった。 俺に村全員の命を預かれるほどの能力は無いぞ……)


 動き出してしまったことで結論を出すまでのタイムリミットが迫り、ハジメの焦りが加速する。


「ハジメさん、少しここを離れるっすね……」

「あ、ああ」


 エマは村人の数人を連れて歩き出してしまった。 彼女らが戻ってきた時、次の動きを見せなければならないだろう。


(さて、どうする……)


 ハジメとカスペルは、互いに少し苦い表情を浮かべていた。

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