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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
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第134話 右に傾き、倒れゆく村

「鬱陶しい……」


 カスペルの苦虫を噛み潰したような表情に、ハジメの余裕が増す。


(さて、エマは順調に動けてるみたいだな)


 ハジメは魔導書を抱えたまま、空いた手で密かに指を遊ばせた。 そうするだけで、村に渦巻くマナが乱雑に掻き回される。 同時に、村全体のマナを掌握していることによってエマの同行すらある程度把握できる。


 ハジメの扱う《改定リビジョン》は現在、下級魔法相当の作用しか示すことができなくなってしまっている。 下級相当とはつまり、“放出”が性能限界ということ。 遠隔操作など、指向性変化を伴うことができない。 これはエマに対して奇跡を実行した代償であり、ハジメは甘んじて受け入れている。


 ハジメは《改定》以外の魔法を奪われ、これ一つで生きていくことを余儀なくされた。 とはいえこのような魔法でも実用性を見出さなければならず、改めて運用法を考え直す必要があった。


 しかしなにも、悪いことばかりではない。 魔法が一つに限定されたことで、余計な魔法に思考を割かずに済んでいるという見方もできる。 普段から考えすぎるハジメにとってはむしろ、思考を簡略化する意味合いを伴っていた。


 触れることで無類の効力を発揮する《改定》。 これを最大限に活用するためには、魔法以外の身体的側面を鍛えることは必要不可欠。 そうやって成長方針が規定されることは、ハジメにはありがたい内容だった。


(墓所で()()に気づけたのは僥倖だったな。 そもそも、結界が張られてる時点で人為的なのは明らかだしな)


 ()()とは、墓所至ることでハジメが村内で知覚したマナ濃度変化のこと。 結界で囲まれマナが固定化されている村内において、《改定》はよりマナを捉えやすくなっていた。 広い海で魚を捕まえるよりも、水槽内で魚を捕まえる方が楽なように。


 そして、ハジメの思考を補足する複数の要因──御神木と異形化、異常マナとマナ濃度勾配、アースティカと隔離施設。 これらピースが組み合わさった時、ハジメの推論は形を成し始めた。 あとは、カスペルからの情報を足して肉付けすれば完成するだろう。


(先手必勝っつうことでエヴォルには静かにしてもらったが、敵陣営なんだし仮に死んでても問題ないな。 あとはカスペルから情報を引き出して、俺の存在がアースティカに知られないようにこいつを始末するか。 得た情報を管理人に伝えたあとは、まぁ流れでいいだろう)


 そのようなことを考えていると、ハジメはカスペルの挙動が少しおかしなことに気づいた。


「Տե՛ր, հավիտենական հանգիստ տուր նրանց──」


 カスペルが俯き加減に何やら呟いている。 ハジメにはよく聞こえないが、言葉の端々に抑揚のようなものが見て取れる。


「は? 何を言っている……?」


 ふと、カスペルが伏せていた目を上げてハジメを見た。


「あんた、まさか──」


 ハジメが気がついた瞬間、カスペルの魔導書が振動を強めた。 ドクン、ドクン、と脈動するように、周囲一帯へと音波を叩きつけ続けている。


 カスペルはなお、理解不能な言語を呪詛のように奏でていた。


 カスペルの声──いや、歌が、彼女の魔導書と共鳴している。 それらが互いをさらに増幅させ、生み出された振動は木々を、地面を軋ませた。


「ゔ、ぐゥウ……ッ……!」


 ハジメは魔導書を放棄し、耳を押さえて苦痛に耐える。 しかし音波の振動は増すばかりで、ついに細い樹木や家屋が破壊の悲鳴を上げ始めた。


 ハジメの手元から、掌握していたマナの感覚も失われてしまっている。 流動的にカスペルを覆い尽くそうとしていたマナが霧散する。


(ま、っずい……! 頭が、割れるッ……!!!)


「ごェえっ……」


 脳を掻き回されるような振動の波に、ハジメはよろめきながら吐瀉してしまった。


 歪む視界のなか、カスペルは高らかに破壊の限りを尽くしている。 彼女がさらに直接的な攻撃へ移ってこないことが救いだろうか。 とはいえ、形勢が一気に逆転された事実は変わらない。


 ハジメがふと御神木に目を遣ると、周辺の木々とは違って何ら影響を受けていない。


(御神木が、共鳴装着として……? いや、今はそんなことよりも……離れ、なければ……)


 湧き上がる頭痛と嘔気を抑えながら、ハジメはジリと後退った。 その際カスペルはハジメを見たが、それだけだった。 何をしても無駄だと言わんばかりの視線に、ハジメは完全に敗北を認めることとなった。


「くっ、そ……」


 ハジメはよろめく身体を押して、その場を後にする。 逃げるハジメの背には、カスペルの魔法が振るう猛威が伝わり続けていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 そして、村のはずれまで距離を取ったハジメ。 両膝に手をつき、湧き上がる不快感を拭うべく呼吸を早めている。


 遠く離れた現在でさえ、振動が村全体を叩いている。 これを放置すれば、いずれ村全体を覆うほどにまで効果が拡大するかもしれない。 そのような強度および規模の魔法を一個人が行使できるとは思えないが、そうなる予感がハジメにはあった。 なにせ、相手は御神木を触媒としている可能性があるのだから。


「こんなことなら、エヴォルだけでも確実に殺害しておくべきだったか……。 一瞬でも余裕を見せたのが間違いだった。 エマから情報を得てからでも遅くはなかったな」


 ハジメは墓所で村のマナを掌握した時点で、エマの動向を把握できていた。 もしエマが情報を持っていたのなら、先に共有して動きを定めた方が良かったかもしれないという後悔の念が湧き上がる。


「はぁ……。 こうも村のマナを無茶苦茶に掻き回されたら、もう一度コントロールするのは難しいな」


 ハジメは効果が維持されている《改定リビジョン》でマナに触れてみたが、どうにも応答が良くない。


 カスペルが魔法によってマナを押し留めている時点では、先手を打ったハジメが綱引きでは勝っていた。 しかし現在、引っ張り合うことのできる綱が無惨にも破壊されてしまった。 そのため、別の手法でカスペルを凌駕しなければならなくなった。


「それにしても、音と歌か。 迂闊に近づけないな。 つくづく、範囲攻撃持ちは厄介だな……」


 カスペルがその場を動かなかったのは、彼女の魔法が設置型という可能性を示唆している。 音源たるカスペルが中心に据えられており、彼女の魔法が音という性質を持つ以上、接近するほどに効果が増すのは自明。 この状態で彼女を上回るには──設置型を凌駕するには、より高強度の強化魔法で攻めるほかない。 もしくは同じく設置型で強度の上回る魔法でもあれが話は別だろう。 《歪虚アンチゴドゥリン》さえ使用できていたのなら、結果は変わったのかもしれない。 ハジメは項垂れつつ思考を回す。


「この間にもエヴォルが目を覚ましてるかもしれない。 カスペルの魔法が設置型ってのを期待するしかないか。 でも、いや……」


 ハジメはふと思い返す。 自身が《歪虚》を伴って移動さえ可能だったことを。


「魔法を継続しつつ先に墓所へ到達されたら負けるな……。 今は管理人を抑え込めてるけど、一時的に力で屈服させているに過ぎない。 より上位者のカスペルが指示すれば管理人以下、あの化け物連中が俺に歯向かってくることとなる。 それだけは何としても避けないとならない……!」


 あの強度と規模の魔法であれば、カスペルの移動速度は遅々としたものだろう。 しかし移動困難が想定されるだけで、移動できないという保証はない。 最悪のケースで言えば、彼女が魔法を解除して即座に墓所へ移動するのが最もまずい。 彼女の想定が上回れば、ハジメの敗北は確定する。


「やばい……。 カスペルが魔法を継続してる今のうちにエマを回収して、墓所に向かわないと……! 《改定》!」


 ハジメはもう一度魔法を掛け直して足を早めた。 焦る思考に惑わされつつも、手先の感覚だけは研ぎ澄ましていく。


(これは、掴みづらいな……)


 やはり、カスペルの魔法を受けて散り散りになった村内のマナは掌握が困難だ。 それでも、カスペルから距離があって影響の薄い部分はなんとか掌握できそうだ。


「エマは……そこか」


 エマも危険を察知してか、村の外周あたりを動いているようだ。 そのおかげで、ハジメも彼女の位置を把握することができた。 このまま進めば、彼女に行き当たる。


「ハジメさん……! だ、大丈夫っすか!?」


 物音が立つのを無視して走ってくる存在を見て、エマは驚いて飛び上がった。 しかしそれがハジメだと分かり、すぐに安心した表情を取り戻した。


「全然大丈夫じゃねぇ……! けど説明してる時間もないから、ついてこい! 早くッ!」

「は、はいっす……!」


 ハジメはエマの腕を掴んでさらに速度を上げた。


「とりあえずエマが無事で何よりだ。 俺に伝えることはあるか!?」

「えっと、何だっけ……エヴォルの魔法がちょっと分かったっす!」


 エマは、エヴォルのと戦闘で得た情報を端的に伝えた。 ハジメもカスペルの情報を共有する、


「エヴォルの魔法がエマにしか見えないのが厄介だな。 一旦俺もエヴォルを黙らせたけど、もし目覚めてこっちに来た場合は、エマに任せるぞ。 いいか?」

「それは多分、できる……かと」


 エマは引き攣った表情のまま肯定の意思を示した。


「エヴォルも、さっきの攻撃で俺の脅威は理解できたはずだ。 戦闘になったらエマを狙ってくれるだろう」

「そうだといいっすけど……」

「でも問題はカスペルだ。 あいつの対処法が思いつかない。 マナ切れを期待するくらいが席の山か……?」

「あの二人の会話では、カスペルは前線に立たないって言ってたんですけどね……」

「ってことは、カスペルは防御方面に厚い魔法使いか。 にしても、攻撃力がえげつなかったけどな」

「そうなんすね。 あ、でも、そう言えば!」

「なんだ!?」

「祭具がどうとかって言ってたっす。 壊されたらまずい、とも」


 ハジメは驚きとともに足を止めた。 息を整えながら、エマに問い直す。


「本当か!?」

「ま、間違いないっす……! エヴォルに攻撃を一任してたみたいなんで、カスペルが防御型っていうのも納得っす」

「じゃあ、少し状況は変わってくるな。 エマ、助かる」

「情報が役立ったようで良かったっす!」


 ハジメは全身全霊を両手に集中し、中空で拳を握りしめた。 同時にエマは、あたりの空気が急に硬直した感覚を肌で拾った。


「……よし。 これで多分大丈夫だ」


 そう言って動き出したハジメを、エマは追う。


「何したっすか?」


 ハジメは自身のありったけのマナで以て、村内のマナを固めてカスペルの魔法にぶつけた。 しかし効果は薄く、彼女の魔法を凌駕するには至らなかった。 せいぜい、ハジメの無駄な足掻きが露呈した程度だろう。 カスペルの音は、強く抵抗を示している。


「まだ俺に攻撃の意思があることを知らせただけだ。 カスペルがあの場に留まってくれたら良いんだけどな……」

「そうなんすね。 あとはどうするっすか?」

「墓所に向かう。 あそこにはアースティカに管理された化け物がうじゃうじゃ犇いてるからな。 あれらを先に処理しないとならないんだ」

「処理って……?」

「そりゃあ、もちろん──」



          ▽



「ハジメさん、まだっすかね……」


 エマは墓所から少し離れた位置で周囲の警戒を続けていた。


 ハジメが墓所に入ってからまだ数分だが、一分一秒があまりにも長く感じてしまう。 なにせ、迫り来るであろうカスペルとエヴォルという敵を待ち構えている状況なのだから。


(マナの動きに変化があれば教えてくれって言われても、漠然としすぎて困っちゃうなぁ……。 色が見えるってだけで、それ以上の情報とか考察なんて、あたしには無理だし……)


 目まぐるしく流動するマナはエマを避けながら巡っている。 ハジメの話では、これを続けなければ手札がなくなるということらしい。 だからといって、エマの視覚情報がハジメの不安を打ち消せるものでもない。 変化を感じ取ったとて、指を咥えて眺めるだけになりそうだ。


「っ……」


 エマは、限界まで鼓動を伝えてくる心臓に必死の停止命令を出しながら喉を鳴らした。 それでもなお心臓は言うことを聞かず、不快感を以てエマに緊張を伝えてきている。


(ハジメさん、ほんとに早くして……。 あたしに責任ある仕事を押し付けないで……!)


 と、そんな願いは儚くも散ることとなる。 土を踏むような音が、エマの鼓膜を微かに揺らしたからだ。


「えッ……!」


 エマは慌てて、両手で口元を覆った。 漏れそうになる声を抑え込みながら、眼球だけを目まぐるしく動かす。


(やばい、やばい、やばい……。 もう誰か来ちゃった……! 敵だ、間違いない……!)


 敵は慎重に歩いているのか、一歩一歩の刻む音がやけに遅い。 むしろそれによって、敵が警戒心を全開にしている証左でもある。


 エマもなるべく音を立てないように、ゆっくりと膝を曲げていった。 あまりにも慎重な動きを意図したためか、両の大腿が震えてしまっている。


 エマが膝を突いた時には、足音がしっかりと感じ取れるまでになっていた。


「ふっ……ふっ……」


 屈み込んだことで、草木がエマの身体を隠してくれた。 しかしそれは仮初の隠れ家であり、敵が回り込むように歩みを進めてくれば容易に見つかってしまう程度のものだ。


 エマは恐る恐る、眼球だけを上に向けてみた。 慣れない動きを強いるせいで眼疲労は大きいが、今はそのようなことを言っている場合ではない。


(早く、早く……!)


 すでに、足音は墓所の入り口よりも近い場所にあるだろう。 今ここでハジメが現れてくれるのなら、敵の意識はそちらに向けられるだろう。 そんな甘い考えが巡り、エマは頭を振った。


(だめだ……。 それだと、あたしが奇襲して隙を作らないといけない状況になる。 あたしに誰かを攻撃できる手段も、その気持ちの準備だってないわけだし、武器になりそうなものもない。 ましてや、ぶっつけ本番なんて失敗する自信しかない……。 それだったら、あたしが注意を引いてハジメさんが対応するって流れが一番ましだ。 それだったら、ハジメさんが出てきた瞬間に物音を立てて──って、これもだめだ……! もしハジメさんが出てこないまま敵が墓所に入っちゃったら、相手に先制を許すことに……。 その場合、あたしは役目を放棄してハジメさんの身を危険に晒すことになっちゃう……! ああ、どうしよう、どうしよう……)


 エマはパニックになりながら、出来る限りの選択肢を模索する。


(いや、待って……。 敵があの二人のどちらかなら、魔法を使っていつでも攻撃できるようにしてるよね……? それなら、危険が目に見える分だけ、あたしに可能性がある……? あたしが見えたって、それを口頭で伝えてハジメさんがその通りに回避できるわけないんだし。 やっぱり、あたしが敵の気を引くしかない……!)


 そう意気込んだのとほぼ同じタイミングで、周囲のマナに大きなブレがあった。


「ッ……!?」


(マナの変化ってことは──て、敵だ! や、やらなきゃ……。 でも、その前に……)


 慌てている間に、エマの手に触れたものがあった。 言ってしまえば単なる小石だが、これによって選択肢が一つ増えた。


「ふぅ……よし」


 エマは大きく息を吐いてから、敵から見えないであろう範囲内で腕を振った。


 一秒ほどしてから、ガサリと小石が音を立てた。 もし投げてすぐ何かに接触したのならエマの場所が露呈してしまいそうだったが、一秒もあれば十分な距離を稼ぐことができたはずだ。


「だ、誰だあ……!?」


 声は、エマには聞き覚えのある男のもの。


(エヴォルじゃ、ない……!?)


 小石よりも遥かに大きな音を立てて、敵の動揺がその声に乗せられていた。 ガサガサと草を分けるそれは、全身を振り乱している動作が容易に想像できるものだった。


「お、おい……! 誰かいるんだろ……!? で、出てこいよ! なあ!?」


(この声は──)


「マルト君……?」


 エマは相手が顔見知りと分かって安堵してしまった。 そのままひょっこりと草陰から顔を出し、声の方を見た。 見てしまった。


「エマちゃ──あ……」


 それは間違いなくマルトだった。 その表情には一瞬だけ喜びが浮かんだ。


 エマと視線がぶつかった直後、マルトはエマの視線を追った。 その行き着く先に到達して、表情を絶望に染めてしまった。


「……え? マルト君、それ……」


 マルトは目を伏せ、視線を外側に投げた。 隠し事が露呈してしまった子供のように。


 エマが視線を奪われたのは、マルトの肉体が醜く変貌していたから。


「ああ、あァああ……」


 感情が、音となってマルトの喉から溢れ出す。 嘆きの悲鳴か、それとも助けを呼ぶ声か。 いずれにしても、到底まともな精神状態では発せられることのないものであることは確かだ。


「だ、大丈夫……? その身体、どうしたの……?」


 エマは驚愕しつつも、震える声でなんとか声をかけた。 何も言わないことが、彼の絶望を深めそうだったから。


「ごめん……ごめん……」


 マルトは頭を垂れ、何かに対して謝り続けている。 その身を両手で隠しながら、それでも醜悪な肉体の隠しきれないままに。


「何が、あったの……?」


 エマは右手を前に、マルトに触れようと一歩踏み出した。


「え……」


 しかしすぐ、動きを止めて後ずさった。


「ごめん……ごめんな……」


 マルトの全身から立ち上がる湯気のようなものを、エマは見逃さなかった。 それはもちろん赤い色を帯び、秒単位で色を濃く変化させている。


「こうしないと……村のみんな死んでしまう、から……」


 そう言いながら、マルトは左足を大きく地面に叩きつけた。 何度も、何度も。


「ああ、ああッ、あア……ッ!」


 意味があるとは思えない行動に、エマはマルトに宿る狂気を感じ取った。


(え、待って……?)


 よく見れば、マルトの足元に繋がる何かが見えている。 足を振り上げるたび、地中から伸びる紐にも似た構造物。 それは細く薄く、帯のような──。


「ッ……!」


 エマは視界の端で動き出した何かに対して、大きく仰け反りながら後ろに跳んだ。 バランスを崩しながら着地したが、なんとか姿勢を保つことができた。


「チッ、余計なことを……!」


 思わず漏れたであろう、もう一つの声。


 エマの眼前を通り過ぎた赤い線が、本当の敵を知らせてくれる。


「やっぱりッ……!」

「ゔグッ……くそが!」


 声の方向から、新たな敵の位置が割れた。


 エマが見ると、何やら苦悶に満ちた表情で頭部を押さえた姿勢のエヴォルが垣間見えた。


(あ、危なかった……! でもなんで、エヴォルは苦しんでるの……?)


 エマは続く攻撃を読んで、さらに距離を取った。 これまで通りなら、点の攻撃から線の攻撃に移行してくるはず。 そう思っての行動だったが、今回は当てが外れた。 赤く伸びた線はエマに向かわず、そのままマルトを切り裂くように薙がれた。


「あ、ああ……ぅあ゛アあああア……ッ!!!」


 マルトの皮膚が、泡のようにボコボコと盛り上がりを見せ始めている。 変化は左足の先から始まり、燃える導火線のように彼の身体を這って進む。


「嫌だッ!? 嫌だァ……! あんな化け物に、なんか、なりたくな、ァアああ゛エあ!?」


 驚くほどの速さで、マルトの頭部に変化が到達してしまった。 手足も胴体も同様の変化をしており、皮膚は爛れたように膨らんでは弾け、その下からさらに膨らみが姿を見せるという循環が繰り返されている。


(何が、起こってるの……!?)


 エマの目には、生物が悍ましい変貌を遂げる過程が繰り広げられている。


 ものの数秒でマルトという人間の面影は掻き消え、残されたのは人型を模した腫瘍のみだ。


 エマの視覚は、マルトだったものを極赤の塊として認識している。 それは、これまで見たこともないほどの脈動する危険色を発している。


 マルトの頭部がぎゅるりと折れ曲がった。 腫に覆い尽くされて見えないはずの眼球が、エマをまっすぐに見据えているようだ。


「グル、ゥ……」

「ひっ……!」


 腫となった化け物はひと鳴きすると、エマに向けて大きく跳び上がった。

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