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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
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第132話 使徒への悪道

(まただ。 何か大切なことを忘れてる気がするけど、それが何なのかは分からない。 でも、思い出せそうなもどかしさもない。 ただそれは、少し懐かしい感じで──)


 エマの思考を阻害する物音が一つ。


 じゃり。 地面が擦れている。


(それは今考えることじゃないかな。 ひとまず、目の前の問題をなんとかしないと)


「エマだな?」


 マントのたなびきに、男の声が重なる。


「……何か用っすか?」


 計略も虚しく、エヴォルによる村人を交えた捜索によってエマは捕捉されてしまった。 危険域を把握しているとはいえ、数の利に勝るものは無いようだ。


「用件は分かっているだろう?」


 エヴォルは背後に村人を従えている。 しかし、どれもこれもポジティブな感情を表出していなかった。


(あ……!)


 エマは思わず声を漏らしそうになった。


 集団の中に、マルト他数名の顔が見えた。 エマの逃走を補助するようにお願いしていたはずだが、若い彼らは大した力を発揮できなかったらしい。 彼らも顔を伏せている。


「物騒っすねぇ。 どうするつもりっすか?」

「大人しくしていれば乱暴はしない」

「嘘っすね。 あたしを捕えて、いいように使う気なのは分かってるっす。 おおかた、子供でも産ませようって魂胆なんでしょうけど」


 これでは憶測に過ぎない。 しかしながら、ハジメからもたらされた情報とエヴォルたちの会話を併せれば、ある程度の予想は立つ。 それにしても、本当に気持ちの悪い組織だとエマは思う。


「……そのようなことはない」

「言い淀んだっすね。 じゃあ、本当の目的を教えて欲しいっす。 神に関わる右道の人たちが、あたしに何を期待しているかを」

「ッ……!」


(……あれ? それっぽく言ったけど、そんなに効く?)


 エマの言葉に反応したのはエヴォルだけではなかった。 村人たちも、聞き慣れぬ単語に何らかの感情の動きが見られている。 村長でさえ、この村が神事に関わっていることを知らなかったのだから無理もない。


 それなら、と。 エマは勢いのままに次を紡ぐ。


「御神木は、神に類するものってところまでは推測がついてるっす。 捻られた人の似姿で、なおかつ人間とは掛け離れた大きさなので、ある程度それが何なのかも分かるっすね。 村の人たちは知らなかったみたいっすけど」

「貴様、自らが一体何を言っているのか理解しているのか……!?」

「ここは右道のあなたたちが運営する実験施設。 これは間違いないっす。 反論があるなら、論理的に説明して欲しいっす」


 エマの話に、エヴォルは言葉を詰まらせた。 それが事実であれ偽りであれ、新参のエヴォルには解釈の難しい内容だったからだ。


「貴様、口から出まかせを……!」


 エヴォルは憎しみ混じりに、そう吐くしかない。 しかしエマの言を嘘だと断ずることができずにいる。 憶測にしては、論拠がしっかりし過ぎているように思えてならなかったからだ。


(ハッタリと言っても、とりあえず効果はあるみたい。 でもそろそろ限界だから、ハジメさん早く来てぇ……!)


 エマはエヴォルをどうする手段も無い。 今はこうやって、のらくらと時間稼ぎをしているに過ぎない。 かくれんぼで数時間、そして現在もなお余裕を装っているのは、ハジメの帰りを期待しているからこそだ。


「エヴォル殿、エマが言った話は本当ですか……?」


 村人がエヴォルに詰め寄る。


「いえ、それは全くの誤解で──」


 とりわけ、実験施設という不穏な単語が効力を発揮していた。 おおかた、それっぽい説明で済まされていたのだろう。 村長が彼ら自身を御神木の守人と表していたところを見ると、カスペルなどからいいように扱われていたのは間違いない。


 騒ぎ始めた村人を横目に、エヴォルは徐に魔導書を取り出した。


(えっと……色は白だから、光属性ってことだよね? ハジメさんが言ってた光属性の性質は……)


「《収奪(プランダリング)》!」


 エマは一瞬、耳に届いた単語の解釈に苦しんだ。


(えっと、何て言──)


 エヴォルが空いた手で空気を握りしめるような動きを見せた。 途端、彼の手の周囲が真っ赤に色づいたのをエマは見逃さなかった。


「──って、まずいッ!?」


 大きく振るわれた腕から、帯状に赤い範囲が広がった。 羽衣のようなうねりを見せた赤は、素早くしゃがんだエマの頭上を通過。 しかしそれで終わることなく、そのまま村人たちを貫通していった。


 バタリ、バタリと意識を失って倒れゆく村人。 エヴォルの赤は、空気に霧散して消えてしまった。 それでもエヴォルの表情は少し満足げだ。


(何か危険な物質を生み出した……? いや、あの赤い帯が村の人たちを通り抜けてたところを見ると、物質じゃなくて単なる魔法なのかな? 意識を奪う魔法となると、この人は相当な高位魔法使いのはず……)


「勘が良いな。 だがこれで、邪魔者も居なくなった」

「……随分と、あたしの話を聞かせたくないみたいっすね」

「彼らは迷える羊。 悪魔の言葉に惑わされる前に、耳を閉じるべきだと判断したまでだ」

「詭弁っすね」

「黙れ! 我々の信徒を惑わす異教徒め。 やはり自分が、貴様を直々に処罰する」

「そっすか……」

「貴様も魔法使いだろう? 魔導書を出せ。 正々堂々と相手をしてやろうじゃないか」


 エヴォルは怒りの表情が、突然に落ち着いたものへと切り替わった。


「どういうことっすか……?」

「なに、一方的なのは悪いと思っているだけだ。 貴様が自分に勝てたら、我々は金輪際この村には手出ししない。 約束する」


 エマは気分の悪さを拭いきれない。 悪意を表出する人間は、かくも醜いのか。


 エマはエヴォルを凝視する。 しかし彼は口角を少し上げるだけで、提案内容の意図は読めない。 ただ、魔導書を出させたいという考えは透けて見える。


「嫌っすね。 最近じゃ魔導書を奪う人たちもいるので、そんな見え見えの提案には乗らないっすよ」

「死ぬぞ? まさか貴様、魔法なしで自分に勝てるつもりでいるのか? そうであれば、随分と舐められたものだ。 ……仕方ない。 主よ、一方的な蹂躙をお許しください」


 スタンスが一定していない。 村人の際にその考えはなかったのだろうか。 しかしそれを言うとエヴォルの機嫌を損ねるだけなので、エマは黙って彼の動きを見つめた。


 エヴォルは息を吐くと、再び拳を握った。 やはりそこには、微細な粒子が赤く色付いて集約され始めている。


(さっきと同じ。 だけど言いつけ通り、しっかり観察しなくちゃ。 ……えっと、見た感じはエヴォルが魔法を生み出してる様子じゃなさそう。 なんていうか、周囲から集めたマナが色付いてるって感じなのかな)


 エマはマナの存在を確実に捉えているわけではない。 なんとなく、ぼんやりとエヴォルの拳周囲に感じるものがあるというだけだ。 それでも、危険色である赤が見えることが判断材料となっている。 彼の拳を、その一回り程度大きな赤が覆った。


(く、来る……!)


 エヴォルが腕を激しく振り上げた。 同時に彼の拳は開かれ、赤も手の形状に合わせた変化を起こしている。 一部人間の手と異なるのは、指のように分かれた五本の赤い帯が数メートルの長さまで引き伸ばされていることだろうか。


 エマは細く伸びた赤を目で追った。


 振り下ろしが来る。 そう判断したエマは、急ぎバックステップを踏んだ。 もし赤い指が左右に広げられたら、サイドステップでは回避できない可能性がある。


 案の定、エヴォルはエマの想定内の動きをした。 赤い指はそれほど広がりはしなかったが、振り下ろしが振り払いとして横軸に変化した場合も攻撃に捕まっていたかもしれない。 正しい判断としたのだと、エマは一瞬の安堵に包まれた。


 エマの前方を風が薙いだ。 赤い指は彼女に届かず、勢いそのまま地面の中へと吸い込まれた。


「何……!?」


 エヴォルは驚愕の表情を浮かべた。 あり得ないと呟きながら、急ぎ腕を引き戻す。 赤い粒子は、再び拳の周囲へと集約されていく。


(危なかった……。 けど、腕の動きより全然遅い。 なんか、動きは布に近い感じ。 だから──)


 エマは脱兎の如く駆け出した。


「ま、待て貴様……ッ!」


 追ってくるエヴォルは腕を振り乱すが、距離に限界があるのか魔法がエマを捉えることはない。


 エヴォルの魔法は強度こそ高そうだが、速度に難がある。また、彼が村人の動きをまとめて封じてくれたため、エマの逃亡に優位性が生まれている。


(勝てる手段があるなら相手したほうがいいかもしれないけど、脱出の好機は今しかない場合だってあるし。 触れられたら負けの戦いを続けるなんて、あたしには無理。 ハジメさんの助けを呼ぶしかないよね……)


 エマは半ば諦め調子で村と森を走り抜ける。 追われる恐怖が、さらに彼女の戦闘意欲を薄めていく。


 エマは体力に自信がない。 また、自らの魔法がいつまで継続してくれるかという信頼性さえ乏しい。 時間を掛けた継戦はエマにとって不利であり、隠れ潜む必要も出てくる。 つまりこの逃走は、彼女なりの最善だったと言える。


 ハジメの向かった先は分かっている。 問題は、エヴォルよりも得体が知れないのがカスペルの方だ。 彼女も魔法使いであることは間違いない。 戦闘には参加しないとは言っていたものの、だからと言ってそれは彼女の能力の低さを示すものではない。 戦闘にリソースを振っていない分、他の能力に特化しているという考え方もできる。


「はぁっ……はぁっ……」


 エヴォルによる追走が続く。


(どこかで隠れないと……! エヴォルを撒かないことには、安全にハジメさんの元へ辿り着けない)


「いい加減に、しろ……!!!」


 拳を一度引き寄せたエヴォルが、正拳突きの要領で腕を前に押し出した。


「う、わァっ!?」


 エマの側を通り過ぎる形で、今度は赤い直線が伸びていた。 これは今までの攻撃よりも速く、一方で細く長い。


 思わぬ攻撃の変化に、エマは慌て過ぎて木の根に足を引っ掛けた。 その頭上を、赤い線が横一線に薙いだ。


「うげっ……!」


 切断音さえ響かせそうな一閃は、あらゆる物質を通り過ぎた後に砕け散る。


 エマは転んだ拍子に、目の前の木に全身を打ちつけてしまった。 そうしている間にも、エヴォルの足音が強まっている。


「ま、っずい……」


 天を仰ぐ形で放り出されているエマの上空には、赤い手が振り上げられている。 赤指は、さながらクレーンゲームのアームのようだ。


「これで終わりだ!」


 やや喜びを含んだ声とともに、必殺の赤が容赦なくエマに降り注いだ。



          ▽



「そんなに使徒のことを知りたいのか?」

「はい!」


 管理人の元気良い返事に、ハジメは思わず子供のような無邪気さを感じてしまう。 だが──、と考えてかぶりを振る。


「使徒ってのは、そうだな……神様に尽くす特別な存在のことだ」

「えッ!? ほ、本当ですか!?」


 食いついた。 ハジメは内心の嘲りを悟られぬよう、慎重に話を構成していく。


「俺も実は、そこを目指してるんだ」

「そ、そうだったんですか……! それは驚きです」

「まぁ……楽な道のりじゃないけどな。 なんせ、夥しい数の人間を救わないといけないんだから」


 “救う”と、“夥しい”。 これら二つの単語の混じり合いには、発したハジメも違和感を禁じ得なかった。 あえてそう言ったわけでもないが、意図せず出たものでもなかった。


「そ、それで……?」

「使徒へ至るってのは生半可な覚悟じゃ無理なんだ。 俺はそれを目指してるだけで、これから数年──いや、数十年かけても達成可能か分からない。 でもお前は、それに値する存在なんだよな?」

「それは分からないですけど……。 ぼくがそうなれるんですか?」

「どうだろうな。 カスペルが言うなら、間違いないんじゃないか?」

「そ、そうなんだ……」


 管理人は声を顰めたが、嬉しさを隠し切れない様子だ。


 ハジメは次の段階へ移ることとした。 口元に手を当てて、神妙な声を作る。


「……いや、待てよ」

「どうかしましたか?」

「お前なら……。 いや、でも……」

「……?」

「俺の魔導書は、俺には解読できない文字で描かれてるんだよな。 どうにもそれが神様の扱う文字っぽいんだよ。 お前が使徒なんて高位の存在なら、もしかしたら読めるんじゃないかと思ってな」

「ぼく、文字なんて習ってないですよ?」

「ま、そうだよな。 もし読んでもらうとしても、俺が魔導書を取り出したら襲われるしな。 だからまぁ、今の話は忘れてくれ。 悪い」

「えっと……。 よければ、ぼくが見てみましょうか?」

「ほ、本当か!?」


 ハジメは思わず声が大きく出てしまい、慌てて声を顰めた。


「でも、そんなことしたら……」

「大丈夫です。 ぼくが動かないように言っておきます」


(言う……? ってことは、言葉が通じるのか。 それなら対応も少し変わるな)


「そ、そうか……! じゃあ──ッ……!?」


 安心しそうになったタイミングで、ハジメは凄まじいプレッシャーを受けた。 驚きのあまり身体が硬直している。


「何か?」

「っ……いや、なんでもない……」


 プレッシャーを放つのは、もちろん管理人。


 ハジメを圧迫し、常時垂れ流されているのは、マナの波動。 それは、純度100%の濃厚なマナ。 長期的に触れれば肉体を容易に変質させうる、異質。


(……こいつは、想定外だ。 とてもじゃないが、単一に生命体が放って良いマナじゃない。 これはもはや、マナ噴出地帯。 これをこそ、瘴気と呼ぶんじゃないのか……?)


 焦るハジメをよそに、管理人は語る。


「一旦、静かにさせておきました。 これで、ハジメさんが魔導書を出しても動かないはずです。 ただ……」

「ああ、分かってる。 変なことはしねぇよ」

「それは安心しました」


(まずいな……。 ここまで凶悪なマナを操るとは思っても見なかった。 マナをぶつけることによって、俺の下手な動きはすぐに察知されてしまうだろう。 だが、魔導書を具現化できるところまで来たのは僥倖か)


「じゃあ、見てくれ」


 ハジメは右手を軽く挙げ、手のひらを管理人に見せつける形で魔導書を出現させた。 管理人や他の存在から攻撃が無いことを確認し、ハジメはこれ幸いと魔導書にマナを注ぎ続ける。


「……どうだ?」


 管理人が暗闇でも目が見えているという前提で、ハジメは当然のように表紙を捲った。 表紙の裏には、ツォヴィナールが解読した文章が綴られている。


「文字は知らないはずなのに、なぜか理解できそうですね」

「……は? まじかよ……」


(いやいやいや、なんで読めるんだよ……! これは俺が魔法を使うための口実であって、読まれたら俺の魔法もバレちまうだろうが……。 ど、どうする……?)


「いや、でも、ちゃんと理解できるわけじゃないですよ? 文字をなぞっていくと、なんとなく意味が伝わってくるというか、なんというか……そんな感じですね」

「な、なんて書いてあるんだ……?」

「じゃあ、読んでみますね」


(ひとまず、表紙裏の文章は問題ないはずだ。 ナール様は警告文とかなんとか言ってたし、俺の魔法に関する内容は触れていないだろう。 いや、これを知ることができれば、俺の行動指針も立つってもんじゃないのか? 俺に聞かせるべき内容じゃないところを見ると、むしろ俺は積極的に知るべきなのでは……?)


「えっと、『……下……神……に…………読、を………………許』──ッあ゛ァああ……!?」

「ど、どうし──」


 ハッとしたハジメは、一気に前方へ躍り出た。 すぐ視界に人影が飛び込んできたが、勢いそのままにぶつかる形で相手を薙ぎ倒した。


「……ッ!」


 ぞわり。 四方から急速に立ち上がる邪悪なマナ。 同時に、それらが激しく動き出す様子をハジメは感じ取った。


「《改定リビジョン》」


 ハジメは下敷きにしている管理人に腕を押し当てた。 その一瞬でマナを管理人内に這わせ、核たる部分を見つけ出した。


「奴らに動かないよう言え。 指示に従わなければお前を殺す」


 管理人は思考も判然としないままに、心臓を握られている状況を理解した。


「ひどいことを……します、ね……。 ぼくは死ぬことなんて──」

「さっき俺は、お前が目を輝かせてるように見えたけどな。 少なくとも、俺はそう感じたぞ?」

「それ、は……」


 金属が蹴破られるような音が各所で響く。 複数の強大な足音と呻き声が、大きさを増している。


「無理なら全員殺す。 未来を断つ。 俺にはそれができる」


 墓所の住人は、すぐそこまで迫っている。 管理人すらまとめて蹂躙するかのような重圧が、空間を埋め尽くしている。


 ハジメの頬を冷たい汗が伝う。 言葉とは裏腹に、《改定》のみでの戦闘には不安が残る。


 一秒も経たないうちに、ハジメは動かなければならない。 管理人の核たる部分を《改定》で握りつぶし、迫り来る脅威を全て消し去らなければならない。 それを完遂するまでに、どれだけの手傷を負うだろうか。 そもそも完遂できないのではないか。 コンマ数秒の間に、様々な思考が巡る。


 ハジメは管理人に触れる手に力を込めた。 その肉体はやはり、人間の肌感からは程遠い。 異形であることは当初の想定通りだが、触れてしまったことで異形にも体温があることが分かってしまった。 血の通う生命だという認識が、判断を鈍らせる。


「じゃあな──」

「わ、分かりました……!」


 管理人から発せられるマナが、迫り来る存在に向けて襲い掛かった。 それは、これまでよりも高濃度の悪意。


 異形であろう者たちが、大きな音を立てて地面を転がった。 管理人の波動に当てられて、自由を奪われた結果だろうか。 ハジメにぶつかる個体や、付近で動きを止めているものもいる。


 ハジメはすぐそばの異形を見た。 それは到底、人間とは言えない肉の塊。


「言うことを聞くので、どうか……。 みんなを殺さないであげてください……。 あと……ぼくもやっぱり、死にたくないです……」


 震える管理人のそれは、少女の振る舞いだ。 しかし忘れてはならないと、ハジメは更に力を込めて彼女の首を締め付けた。


「どうしてそう思う?」

「だ、だって、生きたくなってしまったから……」


(中身は子供のままみたいだけど、はたしてこいつを信用して良いものか判断に迷うな。 あらゆる視点から敵であることは間違いないけど、管理人に殺すと約束を違えることになるか。 こいつを始末した後、俺は周りのこいつらも無感情に屠るだろうしな)


「あ、あの……?」


 恐る恐るといった具合に、管理人がハジメの方へと顔を向けた。 その顔面は右眼球あたりが異形に変化しているだけで、それ以外の部分には人間らしい形態が残されている。 顔は素朴な少女のそれで、髪は長く、痩身。


「ぼくの中から、ハジメのマナを取り除いてもらえませんか……? かなり、気分が、悪くて……」


(左道のマナは、右道の連中に効くのか? 現状、管理人は右道に入ってないみたいだけど、これはどういうことだ? まぁでも、効果的なら使わない手はないな)


「お前がこいつらをけしかけないと約束できるなら、そうしてやる。 だが、さっきのマナを俺に向けようもんなら、即座にお前の核を破壊する」

「わ、分かりました……! ハジメに従います……」

「今後一切、俺への敵意、悪意、害意を禁ずる。 直接的な攻撃は言うまでもない。 いいな?」

「は、はい……。 なので、早く……っ」


 ハジメが手を離した瞬間、管理人は緊張から解放されて身を投げ出した。 玉のような汗をかきながら、地面に伏して息荒く肩を揺らしている。 かと思えば、激しく嘔吐し始めた。


(マナ宿酔か? こいつらに対してこれなら、一般人を相手にするなら難なく行動不能にできそうだ。 一つ収穫だな)


「さて──」


 ハジメの一言で、管理人はビクリとした。 これくらいの力関係が形成されているのであれば大丈夫だろうと、ハジメは彼女を見下ろす。


「な、なんですか……?」

「──いや、待て」


 ハジメは、ふと周囲を見渡した。 管理人は怪訝な視線を向けている。


「……?」

「しばらくそこで休んでろ」

「あ、はい……」


 右手を宙空で遊ばせるハジメ。 しばらくして動きを止めた。


「……そういうことか」


(なるほど。 右道の連中は、目的のためなら何でも使うわけだな。 そうなると、カスペルも尋問しなくちゃならないな。 まったく、どいつもこいつも腐ってやがる)


「どうか、しましたか……?」

「この村の仕組みが分かった。 それだけだ」

「それは、どういう……?」


 ハジメは御神木の方角を睨み続けた。

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