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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
138/155

第129話 神気の引力

長期療養につき……

「ツォヴィナール様……」

「なんじゃ、パーソン。 そのような恨めしい声を出してからに」

「いえ……。 ただ、いつまでここに滞在しておられるのかと……」

「初めに、気が済むまでと言ったはずだが? 覚えておらなんだか?」

「そういうわけではございませんが、明確な期限を定められませんと……」

「まったく、人間というやつはせっかちだのう。 全てを説明せんと分からぬのか?」

「我々人間には寿命がありますから……」

「ま、それも道理か」


 クレルヴォー修道院を出たツォヴィナールとパーソンだったが、ひょんなことからベルナルダン街に立ち寄ることとなった。


 事件から1年以上が経過して、ベルナルダンは見事なまでの復興を遂げていた。 ただ、大幅に減ってしまった人口が補充されるわけもなく、少ない人員の中で街という外枠だけが再生されたかたちだった。 そこにきて、ようやく人員それぞれの立ち位置も新たとなり、街としてのスタートが切られていた。 そうなるとやはり、問題は人員不足に立ち戻っていた。 街という外側ばかりを強化したばかりに、人員それぞれの負担が凄まじいことになっていたのだ。


 そんな中、この世界では恒例の魔物被害が勃発していた。 ベルナルダンはそのようなことも想定して、より入り組んだ街並みを作り上げていた。 そのおかげか大した被害もなく人々は屋内に逮捕することができたが、今度は魔物をどう撤退させるかという事態に陥っていた。 ただでさえ少ない人員のなか、戦闘に長けた人物はあまりにも少なかった。


「パーソン、まずは食糧調達が必須じゃ。 妾はさっそく腹が減っておる。 まったく、人間とは難儀な生き物だのう」

「長期の旅になるでしょうから、保存食にしても味に関して文句は言いなされぬよう……」

「妾を子供扱いするでないわ。 そこまでわがままではない」

「失礼しました。 そこも踏まえてベルナルダンを経由する方向で考えておりました。 そろそろ見えてくることでしょう」


 パーソンは手の焼けるツォヴィナールを懐柔しつつ、目的地を見据えた計画を頭の中で練っていた。 修道院を出て以降、魔物との遭遇率が以前に比してあまりのも高い気がする。 ツォヴィナールは帝国入りを目指すと言っているため、この調子であれば、公国での魔物被害は相当なものだろう。 パーソン自身は戦闘に長けているとは言えず、かといってツォヴィナールも人間にパッケージされてしまっていて限界はある。 どこかで仲間を募る必要性もあるだろう。 できれば前衛が良い。 それ以外にも次々と問題は噴出してくるだろうし、安穏な旅でないのは確かだ。 だからこそ、目の前で呑気にはしゃいでいるツォヴィナールのぶんまで、パーソンは思考を悩ませなければならない。


「パーソン」

「……はっ。 いかがされましたか?」


 ツォヴィナールの声がやけに深刻そうで、思わずパーソンは気持ちを正した。


「見ろ、街に魔物が跋扈しておるぞ」

「ベルナルダンに……ですか?」


 パーソンには、地平線の先にベルナルダン街が見えるか見えないかといった具合だ。 だが、ツォヴィナールには、はっきりと何かが見えているらしい。


「戦闘準備。 悲鳴の類は聞こえぬが、妾の食糧事情が逼迫するのは困る。 ちょうどいい機会だ、あの街を妾の支配下とするぞ」

「急な展開ですな……。 私には従う以外の選択肢はありませんが……」

「そなたの戦闘経験を増やす良い機会でもある。 そう文句を垂れるな」

「この歳で駆け出しハンターのような扱いを受けるとは思いもしませんでしたな……」

「何を言うか。 妾にとっては、そなたですら乳飲み子にも程遠いわ」

「確かに、そうでした」


 そうしてベルナルダン入りしたツォヴィナールとパーソン。


「ほっほ! こりゃいいのう、生身の感触とはかくも心地が良いものか」


 ツォヴィナールは魔物の群れに飛び込むと、人間離れした動きで敵を翻弄。 魔法攻撃は行わず、生身で魔物を殴る、蹴る。 触れた先から、魔物が砕け散っていく。


 ギャア──。


 パーソンの《日輪チャクラム》が、ツォヴィナールに襲い掛かろうとしていた魔物の首を引き飛ばした。


「ツォヴィナール様、あまり派手に動かれぬよう……」

「そなたの支援があってこそよな。 ほれみろ、見事に無傷だぞ」

「ですが、神が血肉に塗れた姿というのは看過できませぬ。 遠距離で処理できるのであれば、それを優先していただきたく……」

「まったく、そなたは真面目過ぎて困るのう。 ほれ、これでどうじゃ?」


 ツォヴィナールをマナを発したかと思うと、彼女に纏わり付いた魔物のあれこれは、綺麗さっぱり消え去った。 これこそ、魔法詠唱を介さない奇跡の一端だ。


「そら、まだまだ来るぞ。 そなたはまず、自身の心配をせい。 妾は忠告通り、安全に雑魚どもを屠るからの」


 ツォヴィナールは視線すら向けず、背後に向けて雑に水の魔弾を放って見せた。 魔弾は魔物の群れの中心で爆散し、その波動だけで一気に十数匹を蹴散らした。


「それであれば、私も満足ですな……」

「だが、これはこれで退屈であろう? であるからして、妾は──」


 ツォヴィナールは嬉々として魔物に突っ込んでいく。


「ツォヴィナール様!? 怪我などされましたら承知しませんぞ!」

「はっはっは! 妾に無茶をさせたくないのなら、そなたが魔物どもをさっさと処理せい」

「手の焼ける神ですな……。 これは先が思いやられる……」


 籠城を敷いて魔物から身を隠していたベルナルダンの住民たち。 屋外から聞こえる奇声混じりの戦闘音。 事態が急変したのかと住民の恐怖も増し、頭を悩ませていた首脳陣も出張ってくる騒ぎとなっていた。


「おいおい、あんたら大丈──」

「なんじゃ!? 邪魔するでないわ、たわけ!」

「──え?」


 やってきたダスクとカミラに向けて、意図的に飛散させられた魔物の肉片が降り注いだ。


「おっと」

「な、なんだ……!?」


 ダスクを盾にしたカミラは無事。 ダスクだけが被害を受けることとなった。


「うげッ……! おい、何しやがる……ッ!」

「妾の側で囀るな。 遊戯に興じたいのなら、向こうで手こずっておるパーソンの元にでも行っておれ」

「その前にあんた何者だァ? まずは名乗ぶッ──!?」

「やめときな。 この方にあんたの態度は失礼だからね」

「チッ、なんなんだよ……」


 その後ゴットフリートの参戦もあって、ひとまず魔物を街中から撤退させることには成功した。 ただし時間帯もすっかり夜に入り込んでしまっていたため、追撃は難しい状況となった。


「で、パーソン。 ついぞ教えちゃくれなかったが、その女は誰なんだ?」

「……」

「申し訳ございませぬ……」


 騒動を超えて、面々が一同に会する。


「いや、良き心掛けだ。 迂闊に漏らさぬだけで十分。 とはいえ、無礼には仕置きが必要か」

「なんか偉そうにしてるけどよォ、何者かを教えてもら──」


 ダラダラと垂れ始めたダスクに向けて、ツォヴィナールは手をかざした。


「──ゔ……っ」


 水球がダスクの頭部を覆い、もがいても頭を揺すっても外すことができない。 暴れるほどに水分はダスクの気管を侵していく。


「この程度で良かろう」

「……ご、が……ごほッ……!」


 突然襲われたダスクに対して動きを見せようとしたカミラとゴットフリートだったが、ツォヴィナールがマナの波動を撒き散らしたことで即座に動きを止めた。


「爺さん……。 ほら、言った通りだろう……?」

「なるほど、《鷲の目(イーグルアイ)》は健在というわけか……」

「くっそ……ごっ、ほ……お前ら、助け……」

「いや、あんたが悪いね。 そもそも、初対面の女性に掛ける言葉遣いですらない。 あたいはいいけど、女性ってのはもっと丁寧に扱うもんだよ」

「うむ、そなたは実に賢明だ。 その殊勝な態度に免じて大抵のことは許してやろう」


 ツォヴィナールは小気味良く、そう告げた。


「えーっと、まぁ、あれだ。 おま──いや、あなた様は……」

「もうあんたは黙ってなよ。 オルソーが来るまではあたいが話す。 ……っと、そうだった。 あたいはカミラという者。 あなたのお名前をお聞きしても?」

「妾は水神ツォヴィナール。 愛着を込めてナールと呼んでも良いぞ」

「……え? すいじん……?」

「神だ」


 隣で目を閉じたパーソンが、腕を組みながらウンウンと頭部を小刻みに振っている。


「とはいえ、力は失われて久しい。 今や人間程度の力しか出せんが、このくらいなら可能だな」


 ツォヴィナールはそう言って右手を天に掲げた。 すると、シトシトと雨が降り始めた。 次第に雨量は増し、ツォヴィナールが腕を下ろすと、雨はぱったりと止んだ。


「範囲も狭いな。 まったく、人間の身体というのは制限が多くてかなわん」

「見事なお手前で……」

「この程度で褒められてもな。 しかしまぁ、これで理解したであろう。 魔導書を介さない魔法発動という奇跡こそ、神の神たる所以よな。 どうした、男。 呆けた面をしよって。 何か言わんか」

「も……申し訳ありませんでしたああああ!」

「この地方では五体投地を流行させている輩がいるな……」


 ツォヴィナールはダスクの奇行を、かなり引いた目で見ていた。


「──ということで、十分に英気を養うことができたのではないですか?」


 ツォヴィナールがベルナルダン街に入って以降、彼女により積極的な魔物狩りが行われた。 その間に街の防備が更に強化されていく。


「英気というより、神気の補充だの。 妾を畏敬する者が増えれば、それだけ力も増すというもの」

「では、そろそろですかな?」

「そう急くでないわ。 水道関係の状況さえ改善されれば、すぐに発つ用意がある」

「それは……重要なことなのですか?」

「重要だとも。 妾に対して常に感謝を持ってもらわねば困るからの。 形として妾の偉業を残すことで、信仰にも近い効力を得ることができる。 これであれば、行く先々で妾の神格化を進めることさえ可能だ。 これはその実験段階だと思え」

「左様でしたか……。 失礼いたしました」


 ツォヴィナールが考えなしに過ごしていると思い込んでいたパーソンは、心から反省した。 神の行動に、本来無意味なことなどあろうはずもない。


「この手法は、あまりにも時間が掛かる。 だが、現状の最善手であることも確か。 ハジメの神力を有効利用できていれば、このような手法を取る必要もなかったのだがな」

「その全てはレスカに委譲されたようですが?」

「いかにも。 ただ、レスカのそれは、もはや妾には御しきれぬほどに膨大な神力であった。 あれはあれで一個の上位存在であり、妾の関与できるところではない。 一方、僅かとはいえ神力を溢出させるハジメでさえ、この世界には過ぎた存在。 しかしあの程度であれば、長期的に管理することで妾を再度神の座に戻すことさえ可能だっただろう。 つまり、それが御せる力かどうかの違いだ」

「それほどまでに神の力とは偉大なのですな……」

「ハジメは、今もどこぞで神に絡まれておるかもしれん。 彼の者の力は、ハジメの人生を歪曲させて事件へ強制的に巻き込む程度には効力を持っておる」


 ハジメの意思とは異なる部分で事件へと誘われていることを、彼は知らない。 偶然の選択と思っている行程が、まさか必然性を伴っているなど、想定することすら難しいだろう。


「ところで、あのままハジメを留め置いてもよかったのではありませんか? そうすれば、ツォヴィナール様の御力も……」

「阿呆。 数十年もハジメを留め置けるものか。 神と人間の想定する時間経過には乖離があることを知れ」

「なるほど。 ご教授感謝いたします」

「だからこそ、こうやって実際の恩恵として妾の業績を残さねばならぬ。 長い旅路だが、着実に妾の力も増してきておる。 あとは妾の銅像でも作らせれば安泰だろう。 パーソン、オルソーを呼んでまいれ」

「畏まりました」


 最高神アラマズドの動きに導かれるように、様々な神が蠢動を見せ始めていた。



          ▽



「エマ、どうする?」


 どうしてか、入村の許可が得られたらしい。 あとはエマの返答を待つだけのようだ。


「どう、と言われて──っ……!?」

「大丈夫か!?」


 突然の頭痛がエマを襲った。


「これは……あれ、っす……」


 何度か経験した感覚には違いないが、今回は特別に重い。 エマは酩酊するような吐き気を覚えながら、この感覚が意味する現象を待った。


 次第に視界がクリアになり、同時に赤く色づき始める。 これこそ、エマの固有魔法である危機察知能力が発揮された結果の症状だ。


「……どいつだ?」

「個人じゃなくて……村の一点……っす」

「なるほど……」

「どうかしたのか?」


 老人はハジメとエマの挙動を見て、警戒するような視線を向けている。


「体調が優れないだけだ。 よくあることだから、そんな心配するものでもないよ」

「そうか。 では入村してもらう……と、言いたいところだが……」

「厄介な手順でもあるのか?」

「入村にあたり、これを常に携帯してもらう」


 そうして提示されたのは、紐で吊るされた長方形の何か。


「何、だ……それ……」

「……? 木札っすよね?」

「木札……? 木札なのか、それ?」

「少々特殊な木札と理解すれば良い」

「まぁ、ちょっと赤いんすけど……」

「赤いのは、うん、そうなんだけど……」

「どうしたんすか?」

「いや、何でもない。 あとで話す」

「……?」

「では、これを持て」


 そうやって木札を手渡そうとするのを、ハジメは手で制した。


「とりあえずエマには持たせてくれ。 あんたらに悪意がなさそうなのは分かるけど、ちょっと試したいことがあるから俺は木札を持たなくていい」

「どういうことだ?」

「あんたらが俺を入村させたいのは、俺が神云々の話をしたからだろ?」

「それは、そうだ……」

「俺の話を、妄言だとしても信じざるを得ない状況ってのは確かだよな? だから俺も、自分を信用させる意味で、一旦は木札なしで入れるか試してみたい。 俺の想定通りなら、恐らくは問題なく入ることができるはずだからな」

「……理解が及ばんが、そうしたいのであれば許可しよう。 ただし、体調不良など僅かでも異変を感じたら即座にこれを携帯してもらうぞ?」

「ああ、それでいい」


 エマは少々警戒しながら木札を受け取り、ハジメの真意を測りながら村民の後に続く。


「ハジメさん、本当にこの流れって大丈夫なんすか?」

「これは、解決しないといけない問題のはずなんだ。 どうしてかは分からないけど、やっぱりそう思えて仕方ないんだよな」

「そんな風に思い込まされてるって線はないっすか……?」

「……なるほど、その可能性を最初から捨てていたな」


 エマの一言で、ハジメはハッとしたように考え込んだ。


「でも、そうだな……。 神は乗り越えられる試練しか与えない……と、俺は思う。 楽観的かも知れないけどな」

「今までそうだったとしても、ここから先も同じとは限らないっすよね?」

「正論だな。 だから俺はエマに、俺のためについてきて欲しいとしか言えない。 俺には君が必要だし、君が本当にこれ以上先を望まないのなら、今から撤退してもいい」

「その言い方は、ズルいっすよ……」

「ごめん。 だけどこれは、俺たちの人生のターニングポイントになる。 その確信があるんだ」

「じゃあ……仕方ないっすね。 だけど、ハジメさんが話してない神に関する内容は全て教えてもらうっす。 この条件なら、ギリギリ呑めるっす」

「ああ、全て開示する。 一蓮托生だ」


 そうしてアリスト村の入り口で再度説明を受け、まずエマが入村を果たした。 そこに何ら問題は起こらず、不安を抱えたエマが村外のハジメを見つめていた。


 一方ハジメは、エマと村人が入村する際の魔法防壁の反応を見ていた。 空間型魔法であろうそれは、人間が出入りするたびに反応を示しているが、二次的な何かを引き起こしている様子はない。 どうしてハジメにそれが見えるか分からないが、見えてしまっている以上、警戒しない理由はない。


「あとはお前だけだ」

「ああ、分かってる」


 全員が今朝の面持ちで見守るなか、ハジメはまず右手を防壁に触れさせた。 ぬるりとした魔法空間特有の不快感がハジメに伝わった。 しかしそれは、親和性を以てハジメに反応を返してくる。


 ハジメは指先から手首、肘へと徐々に侵入を果たしていく。 その間、魔法的攻撃は行われていない。


(これはどっちだ……? 神の力として親和性があるのか、それとも左道者として親和性があるのか。 もし後者なら、ここにいるのは悪神の類いってことになるだろうし、判断に困るな。 あとはあの木札……。 俺には到底樹皮にすら見えないあれを、どう扱うかだな……)


 今更ながら、少々後悔の念が湧いてきてしまったハジメ。 しかしエマを先に村内へ追いやってしまった以上、引き返すことができない。


 ハジメは意を決して、全身を魔法に埋めた。


「入れるのか……」

「そこは大した問題じゃないだろ?」

「確かに、そうだ。 何らかの心身影響はあるか……?」

「皆無だな。 嘘はない、誓って本当だ」

「期待半分だったが、まさか本当に平気で居られるとはな……」


 村人は皆、ハジメを奇異の目で見つめている。 それほどまでに、ハジメは異常な行動を成し遂げたのだろう。


「本来であれば、どんな反応が見られるんだ?」

「魔法使いの言であれば、激しいマナ酔いが起こるそうだ。 非魔法使いであれば、マナ酔いだけでなく短期的な滞在ですら恐ろしくてできないそうだ。 すぐにでも逃げ出したくなる根源的な恐怖があるらしい」

「……。 エマの方は大丈夫か?」


 今更ながら聞かされる内容に、ハジメはこの村の異常性を再認識する。


「今のところ問題ないっすね。 木札も、大丈夫になったっす」

「……分かった。 んで、俺はあんたらの信用を勝ち取ったのか?」

「そうも平気で過ごされてはな……。 皆も、同様の意見だろう」

「ふーん……」


 ハジメは、自身がよもや異常者の第一位に名乗りを上げるとは思ってもいなかった。 それでも、想定通りの展開に、ハジメは自身の行動に確信を深めた。


「じゃあ話してくれ、あんたらが抱える問題ってのを。 ただし、問題解決を確約はできない。 俺は俺のためにあんたらに協力するけど、俺の手に負えないものなら撤退も視野だ。 それを理解してくれるのなら、最大限の助力をしようと思う」

「それは、願ってもない話だ……。 我々も、誓ってお前たちに危害を加えないと約束する。 だからどうか、我々を──この村を、救って欲しい」


 懇願めいた声色と視線。 傍目には分からないが、アリスト村人が置かれているのは確からしい。


「エマ、いいよな?」

「ハジメさんのために、あたしもできる限りやるっす」

「助かる。 ちなみにエマ、この村にある問題の根幹はどこにあると思う?」

「まぁ、あれっすよね……」


 エマが指差す先は、村の中央あたりに鎮座する一本の巨木。


「そう、だな」

「お前たち、分かるのか……?」

「分かるもなにも、あれが魔法の中心だからな」


 村を覆う魔法と同様のマナが、そこから色濃く発し続けている様子がハジメの目に見て取れる。


「そう映るのか……」

「あれに端を発して、諸問題が浮上してるって認識でいいか?」

「そうだ……。 我々が御神木と崇めるあれによって、この村は常に爆弾を抱えているのだ……」

「御神木、ねぇ……」

「……含みがあるな。 お前には何が見えている?」


 一挙一動が見守られるなか、ハジメはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「その木札は、御神木から作ったもので間違いないよな?」

「ああ。 御神木の一部を切り取って作成している。 だが、それがどうしたと言うのだ?」

「生まれた時から、肌身離さず携帯しているよな?」

「そう、だ……」

「もしそれを手放すと、どうなる?」

「先ほど説明──」

「それは村外の人間の話だ。 嘘は良くない。 もう一度聞く。 この村で生まれ育った人間がそれを手放した場合……いや、これだけじゃ足りないな。 もしその木札を持っていたとしても、この村の人間は最終的にどんな変化を──最期を迎える?」

「それは……」


 投げかけられる、尋問にも似た確信めいた質問。 村人は、揃って下を向いてしまっている。


 ハジメには、自らの持論をある程度確信するだけの情報的優位がある。 この村で生涯を終える村人には理解できないだろうが、大まかに推論を立てられるだけの経験がハジメにはある。


「答えづらいなら先に説明しておくけど、あんたらが御神木と呼ぶあれは、樹木なんかじゃないぞ……?」

「……そう、なのか?」

「あたしには、樹木にしか見えないっすけど」

「では、何だと言うのだ……?」


 村人が御神木をどう見ているのかは分からない。 恐らくは白い樹木に見えているのかも知れないが、ハジメには、木札さえ木札に見えていなかった。


(気持ちが悪い……。 あれを樹木と認識できているのは、本当に幸せなことだよな。 木札を見せられた時点で一瞬考えたけど、まさかこれも想定通りとは思いもしなかった。 だってあの木札、どう見ても何らかの白い生物の外皮にしか見えなかったもんな……)


「人間の形をした、巨大な何かだよ……」

「「「……!?」」」


(御神木って言うんだから、何らかの神なんだろうな……。 あんなに細く長く捻られてるけど、目とか口とか、身体の各所が分かるパーツがこうも点在してると、流石にな……)


 ハジメは心の底から恐怖が湧き上がっていた。 村外の非魔法使いが根源的に覚える恐怖とは、これのことなのだろう。 目に見えなくとも、伝わるものがあるらしい。


 身長10メートルを優に超えるような白皮の人型を、人智を超えた力で絞ったような形状。 それをそのまま地面に突き刺して、御神木として崇めさせたのは何者なのか。 顔を模しているパーツそれぞれが異常なまでに引き伸ばされてはいるせいで 、開眼などはしていないようだ。 だがこれがひとたび開眼したり、声を発するようなことがあれば、ハジメは即座に逃げ出す用意がある。 外皮は樹皮の如くガサガサと毛羽立っていて、それだけが人型の人間らしさを薄めてくれる材料となっている。 あとは、本当に理解できないことばかりが漂っている。


(どうしてこんな状況が巻き起こっているのか、理解が及ばない……。 分からないことが多すぎて、肉眼的なだけじゃなくて未知という恐怖も俺を怯えさせえている……。 恐怖で吐き気が催すなんて……)


 突如、一人の村人がその場で嘔吐し始めた。 それに釣られて、多くの人間が同様の反応を示して地面にうずくまる。


 ハジメは間一髪で嘔吐を堪え、エマを近くに抱き寄せた。


「あれって、樹じゃないんすね……」

「……ああ。 細長く捻られた、人間を模した何かだ。 その木札も、俺にとっては人間の皮膚にしか見えない……」

「ひっ……」

「いや、手放すな! 気持ち悪いだろうが、我慢してくれ」

「は、はいっす……」


 ハジメは村人が嘔吐に至った理由に怖気を催しつつ、御神木をずっと見つめていた。

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