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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
137/156

第128話 欠落

「はッ……!」


 ハジメは、うたた寝していたような感覚を覚えながら意識を取り戻した。


 アレイ神のこと、その会話の内容も覚えている。 だからすぐ、ハジメは自分の身体を確かめた。


「身体はどこも……失われていない。 ……あ、エマはどう──」


 ハジメが慌てて周囲を見渡すと、地面で横たわっているエマの姿があった。


「エマ……! おい、大丈夫か!?」


 ハジメは急いで接近し、エマの顔面近くに寄る。 耳では吐息を確かめられ、胸の上下する様子が見て取れる。 顔色や血色も良く、目立った傷跡も見られない。


「はぁー……ッ、良かった。 本当に、良かった……」


 ハジメはエマを抱き寄せて涙を流す。 エマに触れると体温もあり、更に彼女の成人を裏付ける証拠が増える。


「アレイ神……ありがとうございます……」


 失ったはずの命が戻っている。 これほどの奇跡が舞い降りたばかりか、ハジメは肉体すら失っていない。 元々は神々のイザコザに巻き込まれたことが全ての元凶だが、それでもアレイ神に対しては感謝してもしきれない。


 ハジメはしばらく幸せに浸った後、柔らかい地面にエマを横たえた。


「……俺は一体、何を差し出したんだ?」


 気になることはそれに尽きる。


 ハジメはもう一度念入りに自らの身体を調べ、五感もしっかり残っていることが確認さっrた。 魔導印も刻まれたままで、少なくとも目に見えた損害は無い。


「魔法は、どうだ……?」


 次に気になるのは魔法だ。 魔導書が出なければ、色々と大きな弊害を生じうる。 しかし魔法技能を失ってもなお、エマの命をと比べれば安過ぎる代価だ。


 ハジメは意を決して魔導書の具現化を祈った。


 恐る恐る目を開けると、右手の上に魔導書が浮いている。


「はぁ……ッ! よし、魔法は大丈夫か。 だとすると、俺は何を失──」


 何気なく捲った魔導書。 その1ページ目から、明らかにおかしな様相が呈されていた。 まず文字量が凄まじいことになっているし、2ページ目以降は文字が全て消されている。


「──なんだ、これ……。 きしょ過ぎる」


 乱雑に割線を書き込まれた魔導書。 誰も立ち入らない自宅に誰かが立ち入った痕跡があった時のような、言い知れない恐怖感をハジメは覚えた。


「《改定リビジョン》以外のページは、全部これか……。 とりあえずどうなっているのかを確かめるしかないな。 ……《歪虚アンチゴドゥリン》!」


 ハジメは確認の意味で魔法を発動。


「まじかよ……」


 魔法が理想に必要な手順を全て完璧にこなしているにもかかわらず、一向に魔法が発動される気配は無い。


「こっちは流石に、大丈夫だよな……? 《改定》……お、こっちは発動でき……いや、なんだこれ?」


《改定》は、そこそこの距離に手を広げるイメージの魔法。 見えない手で何かを掴み取ることが可能だったはずだが、今ではその感覚が失われている。


「魔法の範囲、は……ああクソ、まじかよ」


 魔法が体外に放出される様子は無い。 どれだけマナを捻っても、体表に薄く纏わせるくらいが関の山だ。


 ハジメはあらゆる魔法が使用できず、《改定》すら 初級魔法の限界である放出に留まっている。 なおかつその放出も、程度としては極々微弱。 中級で得られるような指向性の変化は見られない。 これにより、《改定》は獲得時点から中級の性質を持ち合わせていたということが言える。


「初級って、こんなにも貧弱なのか……。 まず距離的なアドバンテージが取れないし、今まで通りの優秀な効果が発揮されるかさえ分からないよな……? 近接戦闘を鍛えることは必須として、魔法生物に対しても優位を取れるかさえ微妙……。 まずいな、これじゃラクラ村に来た頃に逆戻りだ。 ますます、エマの危機察知が重要になってくるじゃねぇかよ」


 これまで頼りにしていた魔法という支柱が失われたのは、あまりにも痛い。 街道を出てからかなり進んでいることもあって、今更逆戻りすることも難しい。 かといって進むことが安全とも限らない現状、少ない手札で戦っていくしかないわけだ。 《乱律アマデウス》によって得られていた、魔法使いや魔物に対する優位性も欠いている。 絶望的な状況と言っても過言ではないだろう。


「俺の大切なものが魔法だったとはな……。 そんな自覚は無かったけど、言われてみればそうだったのかもしれない。 魔法技能を重視してるってことは、やっぱり俺って自分が一番なのかもな。 少しヘコむわ……」


 あれこれ言っていても仕方がない。 重要なのは、《改定》という一本の武器だけでこの先やっていかなければならないということ。 エマの魔法の有用性も高まっている。 もはやハジメ一人でどうにかなる状況ではない。


「あらゆる想定が必要だな。 敵は魔物だけじゃなくて、人間もいれば、魔人だっている。 近中遠距離それぞれの攻撃への対応も必要だし……。 ああ、考えることが多いな。 とりあえず、一つ一つやっていきながら確認するしかないな」


 そうこう思い悩んでいると、エマが動きを見せ始めていた。


「ん……。 あれ、ここは……?」


 エマは気怠さを感じながら目を覚ました。 目の前にはハジメの顔があった。 どうやら膝枕をされているらしいことが分かる。


「よかった……。 エマ、分かるか?」

「……あ、はい……。 どうしたんすか、ハジメさん……?」

「っ……ああ、目が覚めたならいいんだ」

「顔色、悪いっすよ……?」


 ハジメは憔悴し、数年は老けたようにも見える。


「ちょっと、疲れただけだ……。 エマは大丈夫か?」

「あたしは多分……痛っ……!」

「大丈夫かッ!?」


 エマはやけに首元が痛んだ。 ハジメが大袈裟なほどに心配な表情をしているが、エマは自身に何が起こったのか理解できていない。


「大丈夫、っすけど……。 あたし、どうしちゃったんすかね?」

「何も覚えてない、のか……?」


 エマの目には、ハジメはひどく落胆している。 どうにも様子がおかしい。


「いえ、街道を出て結構歩いたのは覚えてるっすよ? 確かに記憶は戻ってないっすけど、大体のことは覚えてるっす。 何があったっすか?」

「あ、えっと、魔物……に襲われたんだよ。 結構大変で、俺も色々とヘマして、エマを傷つけちまった。 すまん……」

「怪我は、無いみたいっす。 ちょっと身体のところどころが痛いっすけど、大したことは無さそうっすね。 だからそんなに気に病まなくてもいいっすよ?」

「それなら、いいんだが……」

「ハジメさんの方が大変そうっすよ? 結構無理してもらったみたいで、こちらこそごめんなさいっす」

「とりあえず、無事で良かったよ……」

「ええ、まぁ、はい」


 二人は身なりを清潔にし、旅支度を整える。 その間もハジメは何かを気にした様子でエマを何度も見ており、エマもそれが気になって仕方がない。 が、なにも言わないということは言い出しにくい何かがあるということだろう。 エマはそう解釈して、ハジメからのアプローチを待つ。


「準備が良ければ出発するぞ?」

「はい、大丈夫っす」


 そうして何事もなかったように旅が始まる。 しかしこれまでとは異なり、二人の間には緊張感が残っている。


 ハジメから話し出すことは無さそうと感じたエマは、自分から切り出した。


「ハジメさん……?」

「ん、ああ……どうした?」

「何かあったっすか? ずっと調子悪そうなんで、あたし心配っす」

「ああ、そうだよな……。 なにから話せばいいか……」


 観念したように、ハジメは重い口を開く。


「俺の魔法は、どんなのがあるか覚えてるよな……?」

「あ、はい。 複数属性が使えて、防御系統に強いんすよね?」

「その通りだ。 ……じゃあ、こいつを見てくれ」


 ハジメは魔導書を具現化させ、その1ページ目を見せた。 そこにはぎっしりと見たことのない文字が刻まれている。


「で、その次だ」


 そうして提示された見開きにも、同じように夥しい量の文字が刻まれている。 前項と異なるのは、その文字全てに取消線のような横線が引かれていたこと。 文字がわからなくとも、それの意味するところはエマでも理解できる。


「元々ここには文字が配列しているだけで、こういう線は引かれてなかった。 次も、その次も、文字が存在している全ページが同じようになってしまっているんだ」

「文字が消されてるということは……」

「ああ。 俺は一つを除いて、他の魔法全てを使えなくなっている」


 そう語るハジメだが、何故だか切迫した様子を見せていない。


「何があったんですか……?」

「……本当に分からない。 気づけばこうなっていたんだ。 魔導書を酷使しすぎた影響かもしれないし、他の理由かもしれない。 だけど、まぁ仕方ないよな。 魔法なんて万能な力を無制限に使い続けられてた方が異常だったとも考えられるし、奇跡的に一つだけ残されてる。 もう一回、魔法について考え直せってことなのかもな」

「そう、なんですね……。 この先、大丈夫っすかね……?」

「こればっかりは先が読めないな。 俺が使い物にならないことも考えると、エマには早急に成長してもらわないと困る。 だからここからは、特訓を兼ねた動きを心がけようと思うんだが」

「えーっ、と……本気?」

「本気も本気、大真面目に言ってる。 エマは魔法を使えるだろ?」

「まぁ、分からないなりに使えてはいるっすけど……」

「俺も最初に覚えた魔法だけは使える。 可能な範囲で支援はするし、俺も魔法の頼らなくても生きていける力を付けないといけない。 ここからは、俺たち二人だけで生き抜かなくちゃならないんだよ。 だから、死なないように頑張ろうぜ」

「ハジメさん、なんかずっと様子が変っすよ!? 正気を保ててるっすか?」

「んー……」


 ハジメは一瞬考え込んだが、どうにもしっくり来ないらしい。


「なんか、忘れてる気がするんだけどな……。 でも、気は狂ってない。 正気だ」

「……じゃあ、はい。 諦めて頑張るとします……。 けど、本当に何も無かったっすか? かなり危なげな感じがするっす……」

「ここまで色々あったから、ちょっと疲れただけだ。 そのぶん、エマにも動いてもらえると助かる」

「あたしのできる範囲であれば……」



          ▽

 


「……で、やってきたわけだけど」

「見事に排他的っすね」


 何度か魔物に襲われつつも、エマの危険察知とハジメの《改定》によって、何とか無事に目的地にたどり着くことができた。


『余所者を村に入れることはありえん。 帰ってくれ』


 到着早々、村人と思しき人物からそう告げられた。


「このまま引き返す選択肢はないから、どうやって入るかを考えなきゃな」

「絶対に入らないとダメなんすか? あたし、未だにハジメさんの目的がハッキリしないんすけど……」

「まぁ、神とか色々言われても分からないよな。 俺も全部を把握してるわけじゃないし、この話も神様たちからの又聞きだからな。 信憑性っていうと、神様を信じろとしか言えないんだが……」

「神様がいるのは別に疑ってないっす。 分からないのは、ハジメさんがそこまで無理してこの村に入らないといけないかのかってところっす」

「んー、どこから話すか」


 ハジメはもう一度、自身の目的を思い浮かべる。


「まず俺の義務だが、神と悪神の騒動に終止符を打つことだ。 何千年も続いた問題を俺の寿命の期間で終えられる保証はないんだけど、それでも俺を助けてくれた神様には報いたいと思ってる。 だからこれは優先したい内容だな」

「スケールが大きすぎるっすねぇ……。 でも、巻き込まれたのにそこまでする義理はないというか……」

「そういう見方もあるな。 けど、そこに関わらないと、レスカを救うのは無理だからな」

「……瀕死の状態で彷徨ってる女の子っすね?」

「ああ。 俺が力をつけないとレスカは救えないんだけど、今の俺は雑魚って言われても仕方ない状況だ。 俺が強くなるには神との接触は必須っぽいし、シノンちゃんからちょうどこの辺りに神の祠があるって聞いたしな。 世界のためにも俺のためにも、ここがそんな場所なのかを把握する必要がある。 村外からの人間を入れないって、いよいよ怪しいだろ?」

「そうやって合理的に判断するならそうっすけど、あたしが言いたいのは、危険を犯す必要があるかってことっす」


 確かに、リスク管理は重要だ。 わざわざこんな怪しい村に拘るよりも、他に行くべき場所があるのではないかとエマは言いたいわけだ。


「俺にとって、神様ってのはすごく身近な存在だ。 ここの連中が神様を大切にしてるなら、俺を蔑ろにはできないはずだ。 なんにしても、神様の力が弱まって悪神が力をつけている状況なんだから、悪神を抑え込めるように現地の神様にお伺いを立てるのは至極当然の判断だ。 まぁ、本当に無理そうなら撤退するから、もう少しだけ我慢してくれ。 少なくとも、情報すら得ないで帰るのは無しだ」

「それはそうっすけど……」


 エマは自慢げな表情をそのままに、渋々首を縦に振った。 ハジメの目的は未だに曖昧なため、エマは全てに賛同できる中ではわけでは無いようだ。なおかつ向こう見ずな様子がすいて見えて、それもエマを足踏みさせる要因となっている。


 ハジメは村の外観を見て回った。その後、もう一度村を尋ねることとした。


「すいませーん、もう少し話はできませんか?」


 ハジメとエマが数日かけて森を縦断した先にあったのは、ここアリスト村だった。 村全体が高い木柵に囲われてはいるが、この村自体が隠匿されているわけではない。 アリスト村民も街道に出入りしているし、隠匿されているのは村ではなく、そこに潜む何かだろうというのがハジメの見解だった。


「また、お前か……。 話すことは無いと言ったはずじゃが……?」


 村へ出入りするための唯一の大扉は開かれなかった。 声は、扉の上に設置されている櫓のような位置から。 不快感に彩られた老人が顔をのぞかせている。


「少し話してもらえたら帰りますんで」

「……では、手短にしてくれ」

「助かります。 この村に入れないことは分かったんですけど、こんな感じの場所っていくつかありますよね? 他はどこにあるか知りませんか?」

「何を、言っておる……?」

「いやいや、俺が何も知らずに来たわけがないの分かりますよね? ここには神の祠があって、この村はそれを守る役割を帯びてるじゃないですか」

「……知らんな。 いい加減、お前の妄想には付き合っておられんな。 帰ってくれ」


 老人はそう言って踵を返した。 姿は見えなくなったが、ハジメは続ける。


「この村の柵って、変な配置ですよね。 普通だったらもっと整然と並んでるはずなのに、意味もなく湾曲してる」

「ハジメさん、もう──」

「この柵は、空間型魔法の外周に沿って配置されてるんだよ」

「……え?」

「ああ、エマは見えないのか。 でも、空間型魔法ってのも少し違うか。 これは多分、修道院で展開されてた結界と同じものだ」

「どういう意味っすか?」

「ここには、神がいるんだよ」

「おい……!」


 声は再びハジメの頭上から。 老人は嫌悪感たっぷりの視線を向けてきている。


「俺の話、間違ってないですよね?」

「それ以上、村の前で妄言を垂れ流すな……」

「妄言じゃないですよ。 あなたたちが村に入るとき、明らかに結界が反応してるんですよ。 ここからは憶測なんですけど、結界を通り抜けるのに必要な何かがあるはずなんですよね。 それって何ですか?」

「帰ってくれ……!」

「まぁ、ここで何も問題がないのなら俺は帰ります。 一つ言い残しておくと、俺はツォヴィナール神とアレイ神から加護を授かってます。 じゃあエマ、帰ろうか」

「え、あ、はいっす……!」


 エマは何度か振り返りながらハジメの後を追った。 櫓の上には老人以外にも数名の男女がいて、どれも屈辱的な表情をしている。 彼らが何を考えているのかは読み取れなかった。


「ハジメさん、いいんすか?」

「さっきの話も半分くらいはでっちあげだし、何か反応を見せてくれるかと思ったけど門外秘なら無理に触れることはしない。 持ちうる手札の中で動くなら、今の俺は欠けてるものが多すぎるしな。 エマの言う通りリスク回避を考えると、今回は諦めるのが妥当だ」

「じゃあ、これからどうするんすか?」

「こっからは王都を目指しながら、神に関わるものを探していくしかないな」

「また同じ道を戻るんすか……」

「手がかりが皆無だったわけじゃないだろ? 神の祠ってのが今も残存してることは、あの村の反応を見たら明らかだしな。 ま、地道に──」

「ま、待て……!」


 老人が、息を切らしてハジメたちに追いついてきた。 そこには先ほどエマが見た数名が追随している。


「──このパターンもあるのか」

「お前、ハジメと言ったな……? 我々のために尽力してくれるのなら、村に入れてやらんでもない。 どうする?」

「エマ、どうしたい?」

「え、え、あたしっすか!?」

「多分これは、相当めんどくさい」

「あー……」


 想定とは異なる流れに、エマは天を仰いだ。


 アリスト村での異変調査が、幕をあける。

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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。

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