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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第3幕 Strategy among the GODs
133/155

第125話 本心は人を弄ぶ

「ノキア、進展は?」


 調査隊の野営地にて、テシガワラはノキアを見つけて声を掛けた。


「芳しくない。 現状、別の問題が浮上してしまっている」

「教えてくれ」

「それだが──」


 初回探索を終えて帰還したノキア一行。 夜に飲まれて正気を失ったメイをゼラに任せていたわけだが、彼の好奇心が二次災害を引き起こした。


 ゼラはメイが何を見たのか気になり、彼女の記憶を覗き込んだ。 そして記憶の中の夜を認識した瞬間、彼も同様に夜の餌食となった。


「偶然私が居合わせたことによって原因究明はすぐにできたが、あの二人が使い物にならないことで調査が滞っている。 メイが正気に戻ってから記憶を喋らせれば良かったものを、ゼラが先走ったな。 進展がなかったわけでもないが。 夜は残滓に触れた者にさえ干渉できることが分かったし、これにより遺跡の主人が魔法技能に卓越した存在という確証も得られた」

「なるほどな。 僕の方は第二階層へ進む方法を考えていたんだが、あいにく一つしか浮かばなくてな。 知識を貸してほしい」

「どのような手法だ?」


 ノキアとテシガワラは歩きながら議論を交わす。


「空間属性の強化魔法をノキアに付与して、単騎で探索をしてもらうという内容になる。 魔法が効力を失うまでの間であれば探索は可能だと思う」

「卿が空間属性とはいえ、魔法効果を──いや、強化魔法か」

「そうだ、同属性であれば強化魔法が負けることはない」

「強化魔法の概要を聞いてもいいか?」

「座標感覚の保持が主な効力となる。 他者に付与した場合は、対象への物質転送も可能だな」


 空間属性の強化魔法である《空間掌握ルーム・ハンドラー》は、空間認識能力を飛躍的に高める。 これにより攻撃精度を上げたり、広大な範囲の状況把握が可能となる。


「なんだその狂った能力は? 後者は特に異常だぞ」


 ノキアは魔法の異常性に驚きを隠せない。 長距離間の物質転送など、運用方法を考えれば無数に選択肢が上がる。 これを軍事転用すれば、それだけで世界情勢をひっくり返せるほどに。


「そう意図して魔法を鍛えたからな」

「……遺跡探索の良案を検討できそうだ。 とはいえ、あの広間では魔法が解除されるのではないか?」

「どうだろう、分からないな。 メイの魔物への攻撃が来る瞬間に空間がひどく歪んでいたことから、次元干渉を挟まなければ攻撃は来ないと考えられるけど。 次元干渉を受けないノキアであれば、単独行動が可能だと判断してる」

「一考する価値はあるか。 ただ、あの場所が魔法無効化空間である可能性は消せていないな」

「その場合、遺跡攻略はほぼ不可能となるな。 状態異常無力化手段を持った空間属性魔法使いを連れてくるしかなくなる」

「現実的ではない条件だな。 ひとまず卿の意見を参考に作戦を組み立てよう。 あとはメイとゼラが何を見たのかが分かれば、二回目の探索計画ができる。 楽しみだ」


 メイの記憶というピースが揃えば、次回探索のパズルも完成に近づくだろう。 ノキアの探索欲と知識欲が彼女を昂らせる。


「そういえばさ」

「ん?」

「どうして君たちは厄災を攻略したがるんだ?」

「厄災に対してやけに拘っているのは帝国だけで、そちらの真意は不明だ。 ……ああ、そうか。 神意の追求という見方もできるわけか、面白いな」

「変に納得されても分からないんだけど」

「ああ、済まない。 ヴェリア公国としては、そこに知識の宝庫があるからとしか言えないな」

「君は厄災を神の忌み子とも言ってたな。 それはどこからやってきた考え方?」

「厄災には人間社会成立以前から存在している災害であり、その視点からだ」

「でも遺跡建造物は明らかに人間が作ってそうだけど?」

「魔法があるんだ。 人間でなくとも可能だろう」

「それはまぁ、確かに」


 会話の内容は厄災全般に移る。


「公国は他国の厄災に興味はないのか?」

「そのようなことはない。 魔竜も調査対象だったが、そちらはすでに攻略済みだ。 したがって、公国の興味は夜にのみ注力されているだけのことだ。 夜の攻略を終えられれば、他の厄災も調査対象となるだろう」

「僕が他の厄災を攻略するって言ったら手伝ってくれる?」

「個人的には参加を希望したいが、夜の攻略を終えてからになる。 卿はどの厄災を攻めるんだ?」

「厄災“蓮池”だ。 僕が王国勇者って呼ばれてた時からその調査自体はあったんだ。 だけど、見つからなかった。 だからまずは、蓮池がどこに存在するのかを調べるところからだけど」


 特定の個人の前に忽然と姿を現す厄災、蓮池。 これにより王国内で神隠しが絶えない。 それは一面に蓮華を咲き乱し、中規模に膨れ上がった蓮池は踏み込んだ者全てを取り込んで消失する。


「蓮池か。 進出鬼没という点では魔竜と近しいが、出現条件さえ不明なのは如何ともし難いな」

「王国はあらゆる面で終わってるからな。 王の一声でこれまでの研究を全部白紙にするだとか全部気まぐれで、厄災調査も中途半端。 今代の勇者も厄災対応を命じられてるっぽいけど、捜索は難航してるみたいだ」

「それでよく国が存続できているな……」

「だから僕に見限られるんだ。 理由は他にもあるけど」

「あと触れられていないのは連邦の“氷像”くらいなものか。 あれに関しては情報が全て秘匿されている。 卿は情報を持っているか?」

「持ってないな。 結構前に氷像がいる霊峰に侵入しようとしたけど、変な魔法使い連中に勝てなくて撤退したんだよな。 だから狙うとしたら蓮池しかない」

「考えるべきことは多いが、まずは目の前の問題からだな」


 二人は会話を終え、それぞれの業務へ。


「なぁ、あんた」

「ん?」


 一人宿舎に戻るテシガワラに声をかける者がいる。


「あんた、先代の王国勇者だろ?」

「ああ。 君は? 何か用でも?」

「俺は第四調査隊のスライっていうんだ。 第一調査隊の調査結果を知りたくてな」


 アルタクサタはではまず、夜の調査のために魔物掃討が行わた。 現在は調査隊が生活できる程度のスペースは確保されているが、調査以前に魔物の脅威は完全に除去されておらず、常に魔物の襲来に備えなければならない状況だ。


 遺跡調査隊はノキアの第一調査隊だけではない。 夜の対応が可能なノキアが遺跡の本丸に据えられているが、遺跡は夜の範囲に留まらない。 ここは大型都市規模の遺跡群が広がっており、未だ手付かずの場所も多い。 調査隊以外には討伐隊などの別部隊もあり、複数のチームが協力して国家規模の事業が展開されている。


「ノキアに直接聞けばいいんじゃない?」

「あの人は多忙で面会ができない。 調査に参加した中で、話ができそうなのはあんただけだったんだ」


 夜の調査は、特別に選ばれた面々しか参加できない最高指令。 夜の支配下は未発掘の遺跡であり、研究者からすれば宝の山。 そういうこともあって、スライや他の調査隊員は内部が気になって仕方がない。


「別に口外するのを止められてはないけど」

「本当か!?」

「遺跡内部で君たちが気にかけているような遺物は見つからなかった。 以上だ」

「そ、それだけか……?」

「そう。 で、夜に襲われて撤退してきただけだ。 特別面白い事はなかったな」

「も、もっとこう……ないのか? 必要なら、あんたの望む物を用意するぞ? どうだ?」

「要らないな」

「金銭か? 女か? 俺が口利きすれば何でも──」

「醜いな」

「──は?」


 スライはテシガワラから軽蔑の視線を向けられ、思わず竦んだ。


「君らの出世争いに僕を巻き込むな。 邪魔をするなら第四調査隊っていうのを全員殺すけど?」

「い、いやぁ……じょ、冗談じゃねえかよ……。 そう怖い顔すんな、って……」

「気になるなら自分で見に行くといい。 なんなら──」


 テシガワラは途中で言葉を止めた。 スライは恐る恐る続きを促す。


「ど、どうしたよ……?」

「スライ、今度調査に向かう際は君が帯同できるか聞いておく。 じゃあ」

「お、おう……助か、る」


 スライは怯えた表情のまま、その場から颯爽と立ち去るテシガワラの背中を見つめ続けた。


「面倒な慣例に従ってる時点で僕は間違ってた。 なんだ、簡単なことだったじゃないか」


 スライとは対照的に、テシガワラは顔面に笑みを浮かべている。


「人間を使って調査すればいいんだ。 実験には何事も犠牲はつきものだし、調査隊員がどれだけ夜に飲まれようと構わないしな」


 ゼラとメイが目覚めるまでの間に、姿を消した調査隊員は十名を超えた。



          ▽



「ハジメさん……!」

「……ん……ああ、悪い……」

「良かった、目が覚めた……! だ、大丈夫っすか……?」

「多分、な……」


 エマは、苦しみ出したハジメを見て慌てた。 それとともに、どこかで体調を崩すだろうということも理解していた。


 エマは出発前日のシノンとの会話を思い出す。


『ハジメちゃんのことで伝えておくことがあるから聞いて』

『は、はいっす……』

『ハジメちゃんは色々と溜め込んじゃう癖があるから、根気よく話しかけてあげて。 何でも自分でやろうとしちゃって、それで辛くなるんじゃないかな。 手伝えるところは手伝ってあげるとか、そんなのでも大丈夫だからさ』

『ずっと思い詰めた表情っすよね……。 目の隈もすごいし、壊れそうな感じはしてたっす』

『そうなのよ。 黙ってると思えば急に優しくなったりして、怖いよね?』

『い、いや、それは……まぁ』

『そんなに気を遣わなくていいよ。 君たちは互いにふざけ合えるくらいには仲良しだったからさ』

『と、言われても……』


 エマは記憶喪失期間を口頭で補完されたが、あまり理解が追いついていなかった。 ハジメから聞いた内容をシノンがエマに伝えた形であり、そうなるのも仕方がなかった。


『前は仲良しだった。 だから、ここから仲良くなれる潜在力は十分にあるよ。 そんなところに変な注意点を伝えたことは申し訳ないけど、ハジメちゃんの心は結構すり減っちゃってるからさ』

『何が、あったんすか……?』

『それを聞けるほどには仲良くなれるように努力して。 それがエマちゃんのやることだから』

『まぁ、はい……』

『エマちゃんはハジメちゃんに付いていくって決めたんでしょ? 仲良くなるためには中身を晒さなきゃならないんだし、いずれにしてもやることは一緒だよ。 根気強く、ね?』

『……がんばるっす』


 最後の夜も終わりが近づき、会話は原点に戻る。


『本当に私たちとは来なくても良かったの?』

『はいっす。 あたしがここにあるのはハジメさんのおかげみたいだし、連れ出してくれたハジメさんに邪魔って言われない限りは一緒にいたいっすね。 多分記憶を失う前のあたしも同じことを思ってるはずなんで』

『モルテヴァは人口の99%が死に絶えたようだし、エマちゃんがハジメちゃんと動いてたから助かったっていうのは間違いないかな。 じゃあそうか、分かった。 意志は硬いみたいだから、エマちゃんの気持ちを尊重するよ』


 エマは、木陰で俯いたまま動かないハジメを見つめていた。 ハジメが意識を失っていたのは数分程度で、その後は調子悪そうに肩で息を続けている。


(あの時の選択って実は、あたしの気持ちじゃなかった可能性もあるよね? 記憶喪失前の自分っていう名の他人の思考を想像して、勝手に代弁しただけな気もする。 あたし、本当はどうしたかったのかな……)


 想像以上に危うい状態のハジメ。 エマは今更になって自らの選択が正しかったのかが分からなくなっていた。 旅の目的も少し大雑把なものだし、ハジメとの会話も表面上のものばかり。 傍目に仲が良さそうに見えるだけで、二人の関係性は全くもって進展していない。


(ハジメさんの中で何があったのかを聞けそうにもないし、かといってあたしができることはないんだよなぁ……。 シノン姉さんは根気よく行けって言ってたし、こればかりはやるしかないか)


 エマはよし、と心の中で意気込んでからハジメの隣へ座る。


「ハジメさん」

「……ごめん」

「辛かったら言って欲しいっす。 ごめんって言われても、あたしには何も分かんないっす」

「いや、ほんと……ごめん。 エマのことは……いや、全部、俺が……」


 要領を得ないハジメの発言。 彼が辛いのだろうと分かっていても、エマの中には僅かばかりの苛立ちが生まれ始めていた。


「……まずは何に対して謝ってるか教えてほしいっす」

「これは俺の、問題なんだ……。 だから、エマが心配する……ことじゃない」

「でも抱えきれてないじゃないっすか。 だからそうやって体調が悪くなるし、心配させたくないならそういう姿を一切見せてほしくないっす」

「それは、ごめん……」

「だから……!」


 エマはもどかしさから思わず立ち上がった。 眼下に見えるハジメはあまりにもちっぽけで、次の罵倒の言葉が紡げなかった。


「……何か酷い目に遭ったんですか?」

「いや、違う……」

「何を、したんですか?」

「……」

「話してくれないと、あたし分かんないっす。 ただでさえ記憶がないのに、ほぼ初対面のハジメさんの内面を読めっていうんですか?」

「これは俺の問題で、時間をくれれば……いずれ──」

「自分で解決できないからこうなってるんじゃないんですか!? 馬鹿なんですかッ!?」


 突然の大声に、発したエマでさえ驚いてしまった。 ハジメも目を丸くして彼女を見上げている。


「ああ、馬鹿な俺が間違いを犯したんだ。 取り返しのつかないことを、何度も何度も……っ」


 ハジメは何かを思い出したのか、嗚咽混じりに泣き出した。


「全部教えてください。 ハジメさんが何を見て、感じて、どう思ったのかを。 ここにはあたししかいないっすから、あたしが判断してあげます。 間違ってたら間違ってるって言います。 だから、話してください」


 ハジメは虚ろで腫れぼったい目を開き、奇怪なものでも見るような視線をエマに送っている。 そのような態度を取れば許されるとでも思っているのだろうか。


『根気強く、ね?』


 エマはシノンの言いつけ通り、真っ直ぐにハジメを見つめ続けた。


(シノン姉さんがああいうってことは、以前のあたしは結構しっかりしてたんだと思う。 被虐民であの後二年以上も生き続けたんだから、相当な気力があったはず。 今のあたしはそこまで頑張れるとは思えないけど、でもそれに比べたら目の前の男の子を救うのなんて大したことない! これも以前のあたしの足跡をなぞっているだけかもしれないけど、それでもいい。 あたしが記憶を失ったのも、ここにいるのも、何か意味があるはずなんだから。 だから、目の前のやるべきことを最後までやり切る。 この気持ちは、今のあたしのものだ)


「聞きますから」


 エマに根気負けしたハジメは、ゆっくりと俯いた。


「俺は──」


 諦めたように、ハジメはこれまでのことをこぼしていく。


 ラクラ村に始まり、クレメント村、ベルナルダン、モルテヴァを経て、ロヒル街道へ至る過程。 ハジメの足跡に生存者はほぼ皆無であり、それぞれハジメが関わった数名だけが生き延びた。 言い換えれば、ハジメとは無関係の人間は軒並み死に絶えたということ。


 ハジメは神々の騒乱の渦中で今を生きている。 ハジメの周囲には無意識に神の暴威が振り撒かれ、巻き込んだ人間を無差別に傷つけていく。


 これまでハジメは、無関係な人間の死を見ていなかった。 いや、見ていないフリをし続けていた。 それがここに来て、見過ごせないものとなってしまった。 それだけならまだいい。 直接人間を手にかけ、ハジメは疑いようのない犯罪者に成り下がってしまった。


「殺したのは悪い人、だったんですよね……?」

「明らかに悪と断定できたのは二人だけだった。 それ以外は、俺が勝手に悪と決めつけた上で……殺した」


 ハジメはハッキリとそう言った。 自身の発した言葉がそのままハジメに染み渡っていく。


「……殺し、たんだ……」

「そう、だったんですね……」


 エマは掛けるべき適切な言葉が見当たらなかった。


「でも、ハジメさんには……いえ、何でも無いです」


 エマは言いかけた言葉を飲み込んだ。 でも、に続く言葉は何だ? 殺人を肯定するだけの理由があるのだろうか。


「俺は、俺の意思で人殺しなんてしなかった……。 それだけが俺の支えで、俺を人間たらしめる材料だった。 俺はそれを簡単に捨てて……畜生に堕ちたんだ」


(ハジメさんにはきっと、あとで苦しむことも考えられないくらいの切迫した状況があったんだ。 それは、あたしの記憶が失くなっていることと関係がある?)


「その覚悟で、やったんじゃないんですか? 後悔するくらいなら──」

「違う」

「……違うって、なんですか?」

「いや、違わないかもしれない……」

「分かるように言ってください」

「全部が間違ってた訳じゃない……はずなんだ。 そのほとんどは、誰かを守るためだった。 その大義名分を背負えば、許されるかもしれないものはいくつかある。 それに関して後悔はないし、守れて良かったとさえ思ってる。 けど……」


 ハジメはしっかりと息を吐いて続ける。


「俺の知らないところで、俺の意図しない範囲で、巻き込まれた人間があまりにも多すぎる……。 小を生かすために大を犠牲にできるほど、俺の命は高いのかって疑問なんだ。 神たちは俺に色々と期待してるみたいだけど、俺はそこまで価値を高められてない。 だから俺はずっと、悩み続けてる……」


 果たしてこのまま生きることに意味があるのか。 ハジメの悩みはそこにある。


『誰かを生かすことも殺すこともできない君が、ましてや自らを殺すなんてことはできやしないんだよ。 死ぬ覚悟もないくせに大きな口を叩くなよ、小物が』


 何度も思い出される、ゼラのあの言葉。


「誰かを生かせば、それでいいのか? 誰かを殺すことができる覚悟が、本当に必要なのか? 俺が俺を殺すことができれば、それが一番じゃないのか? 死ぬ覚悟があれば──」

「もうやめてください!」


 ぐちゃぐちゃになる思考に、ハジメは自らを保てなくなりつつある。 自決することが最善の策とさえ思えてしまっている。


「……俺の価値が上がれば、全部許されるのか?」

「そんなこと、分からないですよ……」

「俺はなんとか、人生に意味を見出そうとしたんだ。 だからこうやって神に関わる仕事を選んで、それっぽい言い訳作りをしてる。 なぁ、人生ってそこまで無理して意味付けしないと駄目なのか……?」

「人生に意味を持たせるのが、人間本来の目的じゃないんですか……?」

「俺のせいで死んだ人間全員に、そう言えるのか? 俺のせいで死ぬべきだったって、言わせるべきなのか?」

「そこまで背負わなくても……」

「そんな無責任でいいのか? いいはずないだろ!? 俺が殺したんだぞッ!」


 いつの間にか、諦観は怒りに。 ハジメは思いつく限りを並び立てている。 発言に意味が伴ってるのさえ、分からないまま。


「そうです。 ハジメさんは多数を殺してしまった。 それは背負わなければならないと思います。 背負って、それでも生きなければならないと思うんです。 ハジメさんが死んだら、それこそ死んだ人たちの意味が失くなってしまう。 殺してでもやり遂げなければならなかった未来に辿り着いて、そこでしっかり謝ればいいと思います。 今ここでクヨクヨしていたら、ハジメさんが果たすべき目的地にすら……届かなくなる。 違いますか?」

「……そう、かもしれないけど……」

「ハジメさんはこれまで、色んなことを見て見ぬふりしてました。 これからは、目を逸らさず、生きるんです。 ずっと想い続けたまま人生を全うする──それすらできない人が、他人の人生に責任を持つとかは言ってはいけないと思います。 責任を持ち続けて、最後までやり遂げてようやく、ハジメさんの人生は意味を持つんです……! 意味のない人生を歩んでるような人には、誰も誤ってなんか欲しくない!」


 エマは途中から感情が爆発していた。 彼女もハジメ同様、思うままに言葉を投げつけた。 それが正しいかなんて、この場では関係ない。 思いの丈を放つことこそ、人生なのだと。 無意識の中の気持ちが、そう彼女を奮い立たせていた。


「ほら、どうだ俺の人生には意味があっただろ? そう言われたら、仕方ないかなって思う人も出てくるはずです。 でも、全員じゃない。 ずっと許してくれない人もいるでしょう。 だからといって、謝ることがハジメさんの本来やるべきことじゃない。 ハジメさんは一心不乱に人生を最後まで生き切って、見せつけて……やるんです。 それくらいかっこいい生き様を見せつけないと、誰も……笑顔には……なれない……っ」


 エマもぐちゃぐちゃになって、噛み砕けない気持ちは彼女を不安定に。 言葉と一緒に涙も溢れ、最後には支離滅裂でまとまりが失われていった。


「……」

「うっ……うぅ……ごべん、なさい……。 こんな、こんなつもりじゃ……なかったのに……」

「ごめん……」

「謝らないで、ください……」

「そこまで言わせてしまって、ごめん。 あと、ありがとう」

「どう、いたしまして……っ?」


 ぽん、と。 エマの頭にハジメの手が触れた。


 エマが見上げたハジメの顔からは、不思議とネガティブな感情が抜けていた。 憑き物でも落ちたように、ハジメの顔面には少しだけ色が宿っていた。


「そうだよな……。 最後までやりきれないやつが、何言ってるんだよって話だよな……」

「ハジメさんは、諦めてなんかいなかったですよ……? 諦めきれなくて、だから苦しかったんです」

「自分じゃなかなか、分からないもんだな……」

「あたし、変なことばっか言ってたと思います。 ごめんなさい、情けない姿を見せてしまって……」

「いや、助かってる。 今も、これまでも……。 こうやって感情をぶつけられたことなんて無かったし、なんて言ったらいいんだろうな……。 魂に響いたというか、揺さぶられた思いだった。 ありがとう」

「あたしが、役に立てたのなら……何よりです」

「本当に感謝してる。 だから、俺も君に誠実でありたいと思う。 騙すのは、無しだ……」

「?」


 一転、ハジメの表情に翳りが見えた。


 エマは、不安によって心臓が少しずつ鼓動を早めていくのが分かった。


「……何か、ありますか?」

「あ、いや……ごめん。 本当にごめん。 先に謝っておく」

「だから、なんなんですか……?」


 ハジメは重く息を吐いて、苦しげに言葉を漏らした。


「え……」

「だから、君の記憶を消したのは……俺なんだ」

「なん、で……」


 それは、エマの感情を狂わせるに十分な破壊力を有していた。


 エマの見る景色から、色が抜け落ちた。

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