第120話 制圧
「見えた、街道だ! でも、なんだ……?」
ハジメは猪型の魔物に乗って長距離を移動してきた。 ようやく街道を前にして、その異常性に気がつく。
街道の各所で火の手が上がっている。
「マズい、マズい……。 早く止めねぇと……!」
ハジメは焦りながら魔導書を手に取り、可能な限り急速にマナを込める。
「……っぐ、頭がッ……」
マナ不足による弊害が現れ始めた。
《乱律》はマナ効率が非常に悪いらしい。 広範囲かつ多数の対象に向けて詳細な命令付与が可能な魔法というだけあって、またこれを連発したために、ハジメのマナは底を尽きかけている。
「ハァ……ハァ……。 ああ、くそ……」
ぼんやりした頭で見える街道。 騒音の中には悲鳴も聞こえ、火の粉に照らされて複数の影が行き来していることも確認できる。 阿鼻叫喚の様相を呈していることは明らかだ。 ハジメはこれら全てが自らの魔法に起因していると理解し、罪悪感で潰されそうになる。
「止まってくれ……《乱律》──ウッ……!」
高周波の振動が、街道全域に作用した。
▽
街道を広範囲に掌握しているカイヤザとディロケ。
「ヴィシャ兄弟に、いいようにされてしまったか」
「必至」
ヴィシャ兄弟に先を越され、カイヤザは表情に少し悔しさが滲んでいる。
「現状組合に対する戦力的としてはありがたいが、後々を考慮すると厄介か。 騎士の魔法だけはこちらで確保しておきたかったのだがな」
「戦力温存」
「そういった見方もあるか。 ただ、力を付けられるのは避けたいところだな。 兄弟のどちらかにはご退場願いたいな」
「暗殺?」
「魔導書を得たばかりのヴィシャファトは魔導書の耐久がしばらく保つだろうし、ヴィシャトールの魔導書が壊れた瞬間が狙い目だな。 ハシシに伝令ついでにベルマリット周辺の情報を回収してくれ」
「承知。 《瞬間移動》」
ディロケの姿が掻き消えた。
「ディロケ様様だ。 あの場面でジギスがサーニラを狩ったのも大きかったな。 おかげで今のラウンジがある」
ニナとジギスが訪れた、あの日。
『あなたたち、階級社会をぶっ壊したくない?』
彼女の誘いで全ての環境が変貌した。
ラウンジは元々、ひっそりと活動する組織だった。 活動目的は秘して、領主に目を付けられない程度に少しずつ組織を拡大していた。
ラウンジを設立したのは、カイヤザの父。 カイヤザの祖父が魔法使いによって不当に殺されたことがキッカケだという。
組織の収入源は、みかじめ料に依るところが大きい。 カイヤザの血筋が街道設立初期から賭博・風俗業に関わっていたこともあり、法の範囲内で資金確保は可能だった。 警備や土建なども含めて幅広い業態に触れ、十分な税金を納めて模範的な領民を演じ、ひたすらに爪を研いでいた。
ラウンジの当初の目標は、魔法使いの根絶。 しかし時代を追うごとに魔法使いは数を増やし、地盤は更に固められていく。 いつかは魔法使い・非魔法使いの格差撤廃を目指していたが、ラウンジの組織拡大は魔法使いの台頭を止められなかった。 魔法は年々洗練されるシロモノで、ラウンジは魔法使いの進化をただ指を咥えて眺めるしかない状況だった。
ラウンジは魔法使いを妥当しうる武器や魔導具の開発を急いだが、どれもこれも失敗に終わった。 組合によって魔法使いが管理されているため魔法的情報優位は常に組合側にあった。
ラウンジが最も警戒したのは、闇属性魔法の存在。 記憶を読まれて組織の目論見が露呈してしまえば、粛清は避けられない。 そのため犯罪行為は一切推奨されず、組織の目的は幹部連中にしか共有されなかった。 ラウンジは表向き地元ヤクザの域を出ることはなく、むしろ街道に貢献するような立ち回りさえ演じていた。 永遠にも思えるその時間は非常に歯痒く、それでもいつかは復讐の機会が訪れると信じて耐え続けた。
組合を持たない小領地では、街道のように魔法使いの目は厳しくないと聞く。 それがまたラウンジにとっては勿体無いところだった。 魔法使いさえ入手できれば何かしらの手段を検討できたのだが、組合はそれを許さなかった。
たとえ野良の魔法使いを誘拐拉致できたとしても、ひとたび隙を見せれば非魔法使いは手も足も出ない。 そうならないためには殺処分くらいしかできることはなかったが、犯罪行為は推奨されない。 魔法使いの数を減らすことも検討案件だったが、それを許さないほど組合の街道管理は厳重だった。
「上級魔法使いでさえ、今や殺害可能な対象だ。 まずはベルマリット率いる集団から魔導書を奪い尽くし、革命を成功に導くことが先決か」
一定期間を置いてディロケが帰還。 カイヤザは考えていた作戦を実行に移すこととした。
「──以上」
「それは重畳。 このまま情報収集および伝達を続けてくれ。 では俺を現場まで送れ」
「承知。 《瞬間移動》」
カイヤザはベルマリット集団から少し離れた進行方向へ。 ボロボロの黒い魔導書を手に取った。
カイヤザは組合の魔法使いオルファから魔導書を得ている。 闇属性の束縛性質のうち、健康に作用する状態異常属性がカイヤザの手持ち。 これによって、騎士ベンでさえ狂苦の中に陥れることができていた。
「《中域汚染》」
カイヤザの魔導書は、強度の大きい《狭域汚染》と規模の大きい《広域汚染》、そして中間の《中域汚染》を得意とする。 毒や麻痺など特定症状を来たす属性に比べれば強度はグッと落ちるが、広範囲を疾病を暴露させられるのは相当な脅威となる。
カイヤザはベンに《狭域汚染》を作用させた。 これは特定の個人とその周囲にランダムな病魔を帯びさせる魔法で、効果の程もピンキリ。 それでも魔導書は簡易魔導書になった時点で出力制限が取り除かれ、消耗品と化して限界の性能を発揮する。 特化した対策法が実施されない限り、簡易魔導書は大抵の魔法や魔法防御を容易に凌駕してしまう。
「設置型の魔法が有効か、これによって確認できる。 光属性の治癒魔法持ちが居れば疾病対策はされているだろうが、その有無を確認するだけでも効果は十分と言える。 あとは……」
カイヤザは魔物の処理を周囲の手下に任せ、ベルマリットの到着を待った。
「……数が更に減っているな。 好都合だ」
ベルマリットを中心とした集団は、彼女に追随する魔法使いを六名にまで減らしている。 カイヤザは、彼女らが移動の最中に数名別働させたのを見ていた。 どうやら更に別行動させたようだ。
ディロケが各地の構成員からの情報を適宜統合し、カイヤザは構成員によってすでに魔法使いが確保できていることを聞いていた。 ベルマリットは、現在も着実に戦力を減らしているようだ。
ベルマリットが空間を維持し、六名の魔法使いが各方位を警戒した陣形を取っている。
「入ったな。 さて」
七名がカイヤザの設置した空間に侵入。
「……ガ、ぁ……!?」
「ゔッ……これ、は」
数秒の間を置いて、苦しむ者が次々に現れ始めた。 窒息感に首元を押さえる者や、頭痛や嘔気に喘ぐ者、地面で泡を吹いてのたうち回る者まで。 多種多様な症状が、ベルマリットを含めた全員に見られている。
「実に無様な光景だ。 そうは思わないか?」
「カイ、ヤザ……」
離れた位置のカイヤザから嘲嗤うように見下ろされ、ベルマリットは事態を理解した。
「これは貴方が……? いえ、組合の魔法使いが裏切った、のですか……?」
「なるほど、思考は未だ花畑に居るらしい」
「何を、言って……」
「ぎ、ッ……《岩槍》!」
魔法使いの一人が、何とか魔法を発動させた。
「む?」
突如カイヤザを取り囲むように地面が何ヶ所も盛り上がった。 尖った岩が、彼を刺し貫かんと殺到する。
岩にぶつかり合って砕ける音だけが響いた。 そこにカイヤザの姿はない。
「容赦の無いことだ。 死んだらどうする?」
声はベルマリットの後上方から。 カイヤザは家屋の上で飄々と佇んでいる。 彼本人の能力で移動したわけではないことは明らかだ。
「サーニラを返し、なさい……げほッ、ぐ……」
「理解に乏しいな。 仕方がない」
「……っ!? そ、それは……!」
カイヤザは魔導書を具現化させた。 装丁を見せびらかすように、手元で遊ばせる。
「見覚えがあるか?」
「まさか……! いえ、そんなことは……」
「随分と朽ちてしまったが、こいつを与えてくれたオルファには感謝している」
「なぜ貴方が……。 どう、やって……?」
「殺して奪った。 ただ、それだけのことだ。 お前たちもこれからそうなる。 諦めろ」
カイヤザの言葉に、ベルマリット以下組合員全員が絶句した。 全身を苛む苦痛以上に、魔法使いが殺され、魔導書を奪われたという事実に言葉が出ないようだった。
「フレナ、ルヤ、メルゲ、ライオット、ゴーズ、オルファ、サーニラ。 我々ラウンジは全員から魔導書を得ている。 つい先程、騎士ベン=ビューフォートも命を散らし、魔導書を簒奪されるに至っている」
「そ、そのようなことはあり得ません……! ベン殿に限って……!」
「そうか? では、彼らに聞いてみようか」
「彼、ら……?」
タイミングよく、ヴィシャトールとヴィシャファトがカイヤザたちの元へやってくる姿が見えた。
「これはこれは、カイヤザと組合の面々じゃあないか。 楽しそうなことをやっているな?」
「ちょうど、お前たちを待っていたところだ」
「要件は手短にな」
「ああ。 では、ヴィシャファト。 お前の魔法を見せてやってくれないか? 組合の皆さんは、騎士の死亡が信じられないらしい」
「僕は見せたい! そいつらで魔法を試し撃ちしたい!」
ヴィシャファトは爛々と目を輝かせて、ウズウズと身体を震わせている。
「この俺は一向に構わないがね。 ところで、そこの面々は全てラウンジの所有物か?」
「そうだ。 だが約束通り、お前たちにはいくつか魔導書を分けてやろう」
「約束を守る男は嫌いじゃあないね。 では、ヴィシャファト。 戦利品を見せて差し上げてくれ」
「分かったよ! いっくよおおお!」
ヴィシャファトは力強い掛け声と共に魔導書を具現化した。 組合員は魔導書の外観にピンと来なかった。
「《疾風怒濤》!」
轟、と嵐が吹き荒れた。
こればかりは、誰も見間違えようがなかった。 ベンが得意とした、彼のみに許された強化魔法。 それが今、彼以上の出力で解き放たれている。
「すごいよ、兄ちゃん! 見てよ!?」
「こいつは素晴らしいッ!!! 上級魔法使いの魔導書を限界突破させれば、これほどの魔法が得られるのだな!? はっはっは!」
「確かに……凄まじいな」
カイヤザも素直に感心してしまう。 それほどの存在感が、ヴィシャファトから放たれている。
「そん、な……」
絶対的な強さの象徴であるベンの死亡。 それは、組合員の心を折るに十分な攻撃力を秘めていた。
「捕獲済。 作戦終了」
「ご苦労。 全員をここに集結させてくれ」
「承知」
カイヤザの隣へ現れ、瞬時に姿を消したディロケ。 サーニラの死亡も確定的となり、ベルマリットの目は絶望の色を濃くした。
ベルマリットを含めた組合員は皆、苦痛も相まって戦う気力を失っている。
「同志カイヤザ、こちら三名確保しました」
「流石だ、同志カッツォ」
闇属性魔法使いゴーズから奪った黒い魔導書を見せつけるカッツォ。 精神操作によって、虚ろな目をした魔法使い三名を引き連れている。
「任務完了。 同志カイヤザ、こちら五名確保」
「同志ハシシ、ご苦労。 その仕事ぶりには、感嘆の感情しかない。 脱帽だ」
「有難き幸せ」
シノンを攫ったハシシ。 風属性魔法使いルヤから奪った魔法で、魔法使い五名を傷だらけの戦闘不能に陥れたようだ。
「ベルマリット、抵抗はするな。 大人しくしていれば、命だけは見逃してやろう」
今回街道にやってきた魔法使い全員がこの場に揃った。 一人残らず仲間の命を握られ、組合は抵抗の機会すら削がれてしまう。
「俺が最後か。 チッ、俺が一番ショボいのかよ」
最後の締めとして現れたのはラオロ。 ハシシから馬鹿にするような視線を向けられ、悪態を吐きながら人質二名を乱暴に突き飛ばした。
「ゔッ……」
「いったぁ……! もう少し優しくできないの? 君さぁ、心の狭量さが凄いよ?」
「黙れよクソ女。 お前ら二人は、一生を慰み者として過ごさせてやるからよ」
「そういうとこなんだけどねー」
「あ゛ァ!?」
「同志ラオロ、落ち着け」
「同志カイヤザ、申し訳ない……!」
ラオロはカイヤザに嗜められ、慌てながら顔を赤くした。
「それで、彼女らは?」
「例の四人のうちの二人ですよ。 魔法知識を有してるんで、カッツォに記憶を抽出させようかと思いましてね」
「ご苦労」
「他に比べれば小さいもんですが」
「十分な働きだ。 ……さて、これで揃ったか」
組合の魔法使いは、一様に何かしらの被害を受けている。 無事に済んでいそうなのは、カッツォに精神操作された三名くらいなものだろう。 ベルマリット以下七名は他の魔法使いを人質に取られ、雌雄は決したと言える。
「私はどうなっても、構いません……。 他の者は安全を保障、して……ください」
ベルマリットは息も絶え絶えに懇願する。
「いいだろう」
「カイヤザ、この俺も弟も暴れ足りないのだが?」
ヴィシャトールがややこしく口を挟む。
「魔物でも狩ってきたらどうだ?」
「騎士くらい味のある奴が欲しいところだねぇ。 今は騎士を殺せた昂りが抑えられなくて、この俺も誰かを無茶苦茶に殺さないと気が済まないのだよ。 組合の魔法使いを何人か精神操作して戦わせてくれないか?」
「何を言っている?」
「そちらの簡易魔導書持ちでも構わないぞ。 どうだ?」
「わくわく!」
こいつは本気で言っている。 カイヤザは内心でヴィシャトールに引きつつ、どう処理するかを悩む。
「そう言えば、敵はもう一人居ただろう?」
「知らないな。 誰かね?」
「同志カイヤザ」
「同志ハシシ、何かあったか?」
「報告漏れ失礼。 その敵とは、同志ラオロの捕獲した二名の連れに違いない。 こちらが対応困難な未知の手段を用いてきたため、加えて組合の魔法師を確保した直後だったため、逃してしまっている」
「深追いしなかったことは十分に評価できる。 報告は以上か?」
「ええ」
「だ、そうだ。 ヴィシャトール、お前はそいつを狩るといい」
「逃げたのだろう? 居るかどうか分からない者を狩れと言われてもな。 ああ、だめだ……。 そろそろ誰かを殺さないと、気が済まなイいンだ」
「大丈夫か?」
「……ン、あア、大丈夫だが?」
カイヤザは、焦点の定まらないヴィシャトールにえも言えない危機感を覚えた。
「ヴィシャトール、どうしたい?」
「一人、無茶苦茶に殺させてくれ。 それで一旦は静かにしよう」
「それなら一人選べ。 ラウンジから選出するのは禁止だ」
「じゃあそこの女、お前を無茶苦茶に犯し尽くしてからじっくりと殺す」
ヴィシャトールはピシャリと対象を指差した。
「……え?」
怯えた悲鳴は、エマから発せられた。
「では連れて行け。 流石にここでやるのは勘弁してもらおう」
「仕方ないか。 ではヴィシャファト、一緒にこの女で昂りを鎮めようじゃあないか」
「いいね! いいね!?」
「ぅ、ぐ……!」
ヴィシャトールは無表情でエマに近づくと、容赦なく首を掴んで持ち上げた。
「貴様も来るか?」
「やめておくよ。 君たちは私の趣味じゃないから」
「それは残念だねぇ。 だが、あまりにも無常じゃあないか?」
「そいつは刻印魔法を使う。 股間を潰されるぞ?」
ラオロが揶揄うように言う。
「それはそれで楽しそうだが、今回はこいつがお気に入りだ。 ……おっと、孕ませてから殺すのも一興かもしれんな?」
「それなら僕のお嫁さんにしたい! 毎日結婚式と初めての夜を迎えるんだ!」
「それは良い! だがヴィシャファト、お前はすぐお嫁さんを壊してしまう。 それでは子供が永遠に産まれないのではないか?」
「貧弱なお嫁さんになんて子供を産んでほしくないよ! 僕は強くて死なないお嫁さんがいいんだ!」
「こいつがそうだと良いな?」
「そうだね! だから──」
キィィィン──!
その時、突如響いた高周波。 その場にいた全員が、頭の割れるような振動に苛まれた。
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