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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第2幕 Malice in Rohir highway
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第116話 可能性の追求

 《乱律アマデウス》──空気の振動によって特定の物質や生物に干渉する、風の派生である音属性魔法。


「に、兄ちゃん!?」

「なん、だと?」


 遠方から魔法攻撃を続けていたビシャトール。 そして、その兄を守るように防壁を展開していたヴィシャファト。 二人は驚きつつも、自らに起きた事象に理解が及ばなかった。


 ハジメが魔法を発動した直後、兄弟の魔法が強制解除され、なおかつ展開していた魔法さえもが解除された。 具体的には、ヴィシャファトが生成・設置した土属性の防壁および、それらを光学迷彩で不可視化していたヴィシャトールの魔法がともに意味を失っている。


「やられたねぇ……! 他者の魔法をも不可視化できることがバレてしまったじゃあないか。 今はそれよりも……」


 苦しむ様子を見せるハジメは、突如周辺に現れた防壁の瓦礫に怯え、随分と隙だらけにも見える。


「魔導書が! 出ないじゃあないか!」

「兄ちゃん、この僕も出ないよ! どうなってるの!?」


 何の影響なのか、魔導書さえもが姿を消していた。 その上で、再展開すらできない。


「あの男の魔法だろうねぇ。 広域妨害魔法とは、良い手札を揃えていると見える。 これはこれは、簒奪のし甲斐があるというものだよ。 強靭なる弟よ、この俺の盾となり矛となり、魔法以外でも彼を圧倒しようじゃあないか」

「魔法ばっかりに頼っちゃいけなかったんだよ! やっぱり、いつものやり方で行かなくちゃ!」

「そうともさ、利口なる弟よ。 殴って勝たなければ、やはり漢じゃあないねぇ! ……だが、あの男は魔法を使用しているな。 ここは冷静に作戦を立てようじゃあないか」

「そ、そうだね!」


 ヴィシャ兄弟の見立てはこうだ。 まず、ハジメは防御上限の設定されている魔法を有している。 なおかつ、攻撃力によってはハジメにも届きうる可能性を、ヴィシャトールは見出していた。


「絶大な質量を以てすれば、あの防御を打ち破ることもできるだろうか?」

「だったら、この僕の! くっ、ぬっ、出ろ!」


 ヴィシャファトは手掌に力を込めて魔導書を具現化させようと唸った。 しかし、未だ何かの作用が働いているようだ。


「魔導書は出ない。 ということは、殴り勝つためには何かしらの手段でハジメの魔法を解除させる必要が出てくるねぇ。 あの防御魔法も、効果に応じて相応のマナ消費は免れないはずだ。 このままマナの枯渇を狙うのが妥当か?」

「じゃあさ、じゃあさ!」

「どうしたのだ、興奮著しい弟よ」

「この僕の魔導書を解放させるのはどうかな!?」

「おいおい、魔導書は出せないと今言ったばか──ああ、なるほどな。 流石の兄ちゃんでも、弟には発想力では敵わないな! 素晴らしい意見だぞ、賢しき弟よ」

「じゃあ早速!」

「いや、まずは他の手段を試そうじゃあないか。 そこら中に転がっている瓦礫を使って攻め立ててからでも遅くはないだろう?」

「そうだね! そうしよう!」


 ヴィシャ兄弟の身体は、必要以上の筋肉に溢れている。 肥満体型に見えるヴィシャファトでさえ、筋肉量・筋力で言えば兄よりも優れている。 そんな兄弟が、不数に転がる瓦礫を手に走り出した。



          ▽



「パーソンよ、どう思う?」

「どう、と……そう仰られましても。 困ったとしか言いようがありません」

「そうだのう。 これは随分と困ったことになった」


 ヒースコート領のベルナルダン南方。 森林の中に位置するクレルヴォー修道院では、ツォヴィナールとパーソンが一点を見つめて渋い顔をしていた。


 問題点は複数ある。 まず一つは、修道院を覆う神気がほとんど感じられなくなっていること。 これにより、魔物の侵略を阻んでいた聖域としての効力が薄弱になってしまっている。 そして、もう一つが今回の懸案事項。


「おらぬが?」

「そう何度も仰られなくとも……」


 レスカを安置していた一室。 その壁が破壊され、涼風や木の葉が舞い込んでいる。


「あれは動ける状態であったか?」

「私はこの部屋を管理しておりませんでしたので、全てはツォヴィナール様の知るところかと」


 部屋はもぬけの殻だ。 本来そこにあるはずのレスカの姿はどこにも見られない。


「レスカの失踪からの神気消失で流れは良いだろうが、一体何を起こりとしておるのか……」


 ツォヴィナールはあれこれと唸っている。 しかし問題は無いだろう、とパーソンは考える。


「レスカが神気を漏出しているのであれば、ツォヴィナール様のお力で探知は可能でしょう?」

「さて、どうだろうな。 してパーソンよ、この妾を見て何も思わんか?」

「何も、感じませぬが……」

「何も感じないというのを、奇妙には思わんのか?」

「……なるほど、そういうことでしたか」


 パーソンは、ツォヴィナールを見て得心した。 彼女から放たれているはずの神気をほとんど感じられない。


「レスカめ、妾の神力ごと奪っていきおったわ。 見よ、この妾が一介の人間程度にまで力を落としておるぞ。 これは面白いな、ふふふ」

「笑っておられる場合ですか……? 一大事ではありませんか」

「一大事、か。 そうか一大事か。 それはまた心躍るのう。 神たる妾が、今や神を称するだけのヒトザルに成り果てたぞ」

「そう楽しそうに仰られますな……」


 ツォヴィナールはほとんど人間の機能しか持ち合わせない自らの身体を、はしゃぎながら興味深く観察している。その姿は、本当に人間の小娘のようにしか見えない。


「とはいえ、完全に奇跡の行使ができなくなったわけではないがな。 極限まで力を落としているとはいえ、神であった名残はある。 ということでパーソン、準備しろ」

「……と言いますと?」


 パーソンの頭上に疑問符が浮かぶ。


「レスカを追う。 神の力を好き勝手に行使されては困るからの。 次いで、妾の力も返してもらわねばならん」

「では、修道院を出られると?」

「いかにも。 急ぎ、旅の支度をせよ。 そなたには、か弱い妾を守ってもらわねばならぬからのう」

「お戯れを……」


 そうして急遽、旅支度を整えることとなったツォヴィナールとパーソン。 修道院の管理はタージに任せ、ハジメが帰還した場合の言付けを残して二人は出発した。


「向かう先は決めておられるのですか?」

「大まかに、という程度だな。 レスカは最高神の力を帯びていることから、ある程度の距離まで接近することができれば、神気の存在を覚知することは可能だ」

「では今現在は、何も分からないということで間違いありませんか?」

「全く以てその通りだのう。 いやはや、これは痛快だ」


 またも派手に笑うツォヴィナール。


 ツォヴィナールは、実は旅に出たかっただけなのではないだろうか。 パーソンはそのような考えとともに、一抹の不安が脳裏をよぎる。


「安心せい。 レスカ以外にも明確な目的があるゆえ、この旅自体に意味が伴わないということは無い。 妾の力で旅の安全も確保されたようなものだからの」

「……そう、信じましょう」

「半信半疑だのう。 妾の奇跡を以てすれば、不可能など無い。 安心しておれ」

「奇跡、ですか」

「そう。 奇跡こそ、妾が神である何よりの象徴よな。 神が不可能を可能にしなくてどうするというのだ」

「現在のツォヴィナール様であれば、奇跡も魔法も大差無いように思われますが……」

「言うではないか。 だが、そこには決定的な違いがある。 奇跡が何たるかを知りたいか?」

「ご教授頂いてもよろしいですか?」


 うむ。 ツォヴィナールはそう言って軽快に言葉を紡ぐ。


「魔法とは所詮、奇跡からこぼれ落ちた一片のそのまた一片程度でしかない。 魔法は人間にも行使可能な技能であるがゆえに、その限界値は人間の域を出ない。 つまり魔法とは、どれもこれも想定の範囲内に留まるものだ」

「奇跡であれば、想像を超えた効力を発揮するとの認識でよろしいですか?」

「まさしく。 あのハジメの魔法でさえ、最高神から滴下した力。 魔法という括りには入っておるが、本質は奇跡に寄っておるな」

「理解しました」

「妾の力を近場で体験しているそなたにも、何かしらの影響は出ていそうではあるがな」

「そうであれば、この上無い褒美にございます」

「真面目だのう」


 そう言ったツォヴィナールの目は、遠くに魔物の存在を捉えている。


「魔物であるぞ。 パーソン、そなたの力量を示して見せよ」

「御意に」


 パーソンは、少し草臥れた白い魔導書を具現させた。 彼は聖職者以前に魔法使いであり、魔法技能を積み重ねてきた歴年の功がある


「では──《日輪チャクラム》」


 杖を前に構えたパーソンの側に、高速回転する光の輪が複数形成された。 その目は聖職者ではなく、上級魔法使いらしい鋭さを示していた。


 解き放たれたレスカを追って、顕現した神が動き出す。



          ▽



「な、何!?」


 ハジメが魔法を発動した直後、無数の瓦礫がそこら中に姿を見せた。


(いつの間に!? 瓦礫を散らばらせる魔法か? 武器を用意して、物量で押してくるって魂胆か……。 これは明らかにヴィシャトールの光属性じゃないし、弟の方が土属性魔法で何かしたってことだな)


「《歪虚アンチゴドゥリン》。 そんでもって《強化リィンフォース》」


 攻めて来るのならば好都合と、ハジメは防御を厚くする。 マナはまだまだ余裕があるため、激しい攻撃を想定した結果の対応だ。


(あいつらがどこまで魔法に精通してるか分からないが、接近してきたら《歪虚》の拡散が有効にはなるはずだ。 だけど万が一回避された場合、防壁が失われた隙を狙われる場合もある。 一回限りの大技として確実に決着できる時に使うべきだな。 そうするとここからは、俺も攻撃しつつ隙を見つけていく必要があるな)


「とりあえずは、好き勝手させないようにしないとな……。 《過重弾タフェン・バレット》──《拡散ブラスト》」


 ハジメは手頃な位置の瓦礫に魔弾を射出。 雑に放った割にはかなりの広範囲に効果が拡大し、超重力で以て瓦礫群を押し砕く。


 ハジメは同様の動作を続けると同時に、ヴィシャ兄弟に対して攻撃手段があることを示す。


(姿を消せる以上、ランダム性のある攻撃は嫌うはずだ。 だからこうやって色んな場所に攻撃を撒けば──)


「──はぁ?」


 ハジメは素っ頓狂な声を上げた。 なぜなら、西側の丘上から走り寄ってくる存在があったからだ。 これまで兄弟は姿を隠していたというのに、今度は原始的に瓦礫を両手に握って接近を察知されている。


(気でも狂ったか? わざわざ姿を見せる意味は何だ? 全く無意味な行動とは、到底思えないが……)


 敵が近づくほどに、その表情が明らかになる。


(嗤ってやがる。 俺を殺すための確証があるとしか思えない)


「……まぁ、とりあえずはそう来るよな。 《過重弾》!」


 兄弟は適度な距離で疾走を止めると、手に持った瓦礫の破片を投げつけてきた。 同タイミングでハジメも応戦する。


 勢いよく投擲された瓦礫と、ハジメの魔弾が交差。 速度は、圧倒的に前者が優位。


 ハジメの魔弾が射出された時点で兄弟はすでに左右に走り出し、その動きのまま瓦礫を掴んで二回目の攻撃へ移っている。


 ハジメの防壁が瓦礫を粉砕し、外側へと追いやった。 しかしこの勢いで攻撃を受け続ければいずれ耐久限界が来るだろうことは、ハジメが深く考えずとも分かった。


「チッ、さっき雑に撒いたせいで拡散範囲がバレたか。 《過重弾》!」


 ハジメは情報を落としすぎていることを後悔しつつ、もはや魔弾を拡散させる意味も無いと判断して続きを撃つ。


(どこだ? どこで攻め手を変えてくる? 《歪虚》が来れるタイミングか? それとも、俺のマナ切れを期待してるのか?)


 複数の可能性が考えられるため、ハジメも迂闊に手札を晒すことができない。


(敵の奥の手をを待つか? いや、受け切る前提で考えてることがそもそも間違ってる。 だからと言って、足の怪我で動くのは難しいから……)


「あ」


 ハジメはハッとした。


(そうだ、逃げるって選択肢を忘れてた。 なんで、いつも戦わないといけないんだ? 俺は今、誰かを守らなければならないでわけでもない。 確かにエマのことは心配だけど、まずは自分の心配をしろよって話だ。 最悪、向こうにはシノンちゃんとトナライさんもいる。 俺は俺自身を助けないといけない。 足が十分に動かないのなら──)


「魔法でやればいいか。 俺の魔法なら、最高神から零れ落ちた力の一端なら、それができる。 《歪虚》」


(圧倒的に準備期間が足りないけど、アドリブでやるしかない。 誰かが言ってたけど、魔法がイメージの世界であれば、形のないものに形を与えることはできるはずだ)


 まずは効果の切れそうな防御障壁を張り直す。 相変わらず敵による攻撃の応酬は続いており、ハジメが反撃の手を緩めたことで、更に激しさを増している。


 現状ハジメは、全ての攻撃に対応できている。 しかし、永遠にというわけではない。 ハジメはその瞬間がやってくるのはもうすぐだと気付き、内心慌てながら魔法を紡ぐ。


「《改定リビジョン》。 掴むのは当然、こいつだ」


 《改定》は元来、何かを掴み取るための手として用いてきた。 ハジメがイメージを強くしたことで、これまで無形だった魔法がボンヤリと輪郭を見せ始めている。 その視覚的なイメージが、魔法の可能性を引き上げる。


 巨人の手のような、それでいて縦横無尽に蠢くそれは、《歪虚》の空間に覆い被さった。 手は球体を無理矢理に裏返す要領で、空間壁をこね始めた。


「《歪虚》は全方位からの超重力で外敵を圧壊させる設置型魔法。 重力のベクトルを少し変えるくらいなら、大きな変化ではないはずだ」


 とは言いつつも、どうにも空間が不安定化している様子がある。


(流石に現状のまま壊れるのは勘弁だな。 そもそもこんな状況でやることじゃないんだけど、悠長にはしてられないからな……って、なんだ?)


 ハジメは足下に、何やら地響きを感じた。 重なり合って転がる瓦礫が、カタカタと小さい音を鳴らしている。


「……揺れてる?」


 その時だった。


 同じような退屈な攻撃が繰り返されており、ちょうどハジメの集中力が切れかけた瞬間。 無数に飛び交う無駄な攻撃の中に、見慣れぬものがハジメの視界端に存在感を示している。


(何、だ?)


 ハジメは咄嗟に敵二人を見た。 弟の方がやけに下卑た笑みを浮かべながら、踵を返している。


(表情の意味は? 離れる必要が?)


 ハジメの視界でやけに色濃く映った()()は、急速に大気中のマナを取り込みながら存在感を増している。 ハジメは拍動するようなマナの波動をを感じたが、実際にそれは当たっていた。


(心、臓……? どうして心臓を投げる?)


 それは、見紛うことのない心臓のフォルム。 色調は燻んだ灰色で、拍動のたびにマナが拡散されている。 しかしそれ以上の速度でマナを取り込んでいるようで、肥大しながら鼓動を速くもしている。 完全に離断されながらも生命力を見せる心臓の異常性は、ハジメの判断を遅らせた。


(逃げる……投げる……って──)


 ハジメは気付き、咄嗟に指向性変化を魔法に付与。


「ッ……《拡散》ォ!!!」


 慌てて伸ばされた《改定》の手は、心臓を少しだけ上空へ跳ね上げる効果しか無い。 それと同時に《拡散》の指向性を受けた《歪虚》空間が弾けていた。


 ハジメは直前まで空間の重力を、外側への斥力に変換しようと試行錯誤していた。 その過程で空間重力は外側にベクトルを向けており、《拡散》はそこを刺激した。


 限界まで膨らんだ、心臓を模した爆弾。 違和感に気づいたハジメの魔法が破壊の衝撃で以て彼の身体を吹き飛ばすのと、爆弾が全てを解放するタイミングは同時だった。


「……ッ──」


 限界まで励起した心臓が、抱えきれず暴走したマナをぶち撒ける。 爆発現場には、人間では到底不可能なほどの破壊の痕跡が刻まれた。

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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。

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