第112話 悪意の街道
「これまでの魔笛の動きを見るに、あれは毎度こちらの苦手部分を突いてきておる。 尚且つ、こちらが対応し辛い新要素を絡める形でな」
魔笛が相当に知能の高い魔物というのは自明だろう。 そう付け加えつつ、トナライは考察を語る。
「今回、あれはこちらの対応力を見ていた。 小賢しい魔物を大量動員したのは消耗を誘う意図もあったとは思うが、それは次善の策くらいなものだろう」
「ハジメちゃんよりは断然頭いいっぽいね」
「そんなのいちいち言わなくても分かるっての……!」
「とにかく魔笛の習性は知れた。 であれば、次の動きにはある程度予想がつく」
「えっ、そうなんですか?」
「ハジメちゃんは敵の思考まで意識を巡らせた方がいいよ。 じゃないと長生きはできないんだから」
「そう言われてもな……」
シノンとハジメのやりとりを聞きつつ、トナライは続ける。
「ハジメ、魔物と人間との違いは何だと思う?」
「えっと、なんだろ……。 身体機能の限界値、とかですか……?」
「それもあるが、決定的に異なる部分は脳の出来だ」
「脳?」
「ハジメちゃんは人間の誇りであるその部分でさえ負けてるんだけどね」
「シノンちゃん、ちょっと黙ってくれない!?」
「急に大声出すなんて、まるで獣だよ。 こわー」
「うぜー」
「シノン、話が進まん。 静かにしておれ」
「はぁーい。 ハジメちゃんと違って、エマちゃんは静かにできてえらい!」
「……」
エマは黙って話に耳を傾けている。 トナライに思考しろと言われて以降、ずっとこの調子だ。
「身体機能も魔法も、突き詰めれば人間と魔物でそこまで顕著な差は生まれん。 大きく差の出る部分が、脳という話だのう」
「魔法を極める魔物とか聞いたこと無いんですけど……」
「今まさに敵対しておる魔笛がそうだ。 だが所詮、あれらも元は獣。 畜生連中が可能なことは、魔法を機能として備える程度だ。 人間のように脳が発達してこそ、魔法は機能から技能に昇華される。 裏を返せば、思考を伴った魔物は手がつけられんということになる」
「あれ? 人間と魔物の差が脳では?」
「差が最も顕著であるが故に、おいたち人間がこの世界の支配者たり得ている。 そこを埋める可能性──そう、経験というものを魔物に与えてはならない。 それこそが、人間を人間たらしめる厳格な規範。 魔物の成長を許せば、おいたちは容易に家畜と成り下がるだろう」
やはり、この世界はギリギリの状態で踏みとどまっている。 ハジメはそう確信した。
「つまり、俺たちの魔笛に対する漫然な抵抗は成長を促しているだけだと?」
「いかにも。 であるからこそ、叩く時は一気に叩かねばならん。 恐らく次が、魔笛を屠る最後の機会となるだろう。 おいたちはあれに対して、あまりにも多くの知識を与えてしまっている」
「なるほど……」
ハジメたちは魔笛に襲撃され、生きるためには正しい対応をしてきたはずだ。 しかし長い目で見れば、人類の脅威を生み出しているとも取れる対応となってしまっている。
「魔笛は今回の襲撃で、数による物量の有効性を確かめた。 その上で、高濃度マナによる昏睡作用が有効だという結果を持ち帰っている。 であれば、次回はマナを利用した手法で攻めてくる。 これは想像に難くない」
「でも、魔笛は予想外に多くの手札を消費させられてるよね。 もう一度軍勢を揃えるためには当然、相応の時間がかかるでしょ。 だとすれば、あいつはどんなことを考えるでしょーか?」
シノンによる質問が投げかけられた。
ハジメは首を捻るエマを横目に、試金石のような問いへの解答を急いで探した。
「……あいつは待たない。 対応できない状況を逃しはしない。 つまり、こっちが疲弊して体勢を崩してる間に攻めてくる」
「半分正解、って感じ?」
「一撃で仕留められる手土産を持って、が正解だのう」
「その手土産が高濃度マナってことか。 それを俺たちが何とか凌いだとしても、魔笛は成長を見せて何度も帰ってくる。 まずいですね……」
「あいつは逃げ足も早いからね。 これで敵の思考を読む大切さが分かったかな? ハジメちゃんは多分、これまで何とか対応してきたから生きてるんだろうね。 対応できてしまったから、というのが正しいかな。 そういう人って往々にして居るんだけど、まぁ長生きはしないよ。 どこかで明確な限界がやってきて、あっけなく死ぬよね」
「……そう、だろうな」
シノンの言った通り、ハジメは様々な苦難が何とかなってしまっていた。 他人の命を消費するという形で。 では、そこに他人がいなければ? 考えるまでもないだろう。
(長い目で成長を期待してたけど、それだと駄目だな。 苦難のたびに、それを余裕で乗り越えられるくらいの成長を引っ提げて進まないといけないみたいだ)
「ってことで、エマちゃんの出番だ」
「はえっ!? 囮、とかじゃないっすよね……?」
「まさか。 いやそんな、まさかまさか」
「あ、えっ、本当に……?」
シノンのテンションが本気なのか冗談なのか分からないため、エマはただただ最悪を想定して戦慄する。
「今のところはそこまで考えてないよ。 でも命の価値で言えば、一番低いのがエマちゃんだってのは言っておくね」
「思ってても言うなよ……」
「は? そんなに仲良しこよしがやりたいなら、町か村に引きこもってなよ」
「あ、ああ、いや、悪い……」
シノンが突然真顔になって低い声で発したために、ハジメは内心でひどく狼狽した。 内容も正論でしかないため、そこに反論の余地はない。 シノンが事実をありのままに言ってくれていることを、むしろ親切と捉えるべきかもしれない。
「話を戻すけど、魔笛が次で決めにくるならエマちゃんの危機察知は有用なんだよね」
「そう、なんすか……? あたしでも役に立てます?」
「今回ばかりは適任って言えるかもね。 あいつの狙いは奇襲だろうし、私たちを一撃で消そうとするなら、やってくるのは恐らく私たちの直近になるはずだよ。 だからエマちゃんは、自分のことだけ心配して魔法を使っていればいい。 理解した?」
「た、たぶん……はい」
(エマは頑張って着いてこようとしてるけど、まだまだ難しいっぽいな)
「俺は魔法を構えて、来た瞬間にぶっ放せばいいんだな?」
「んなわけないでしょ、お馬鹿。 待ち構えてるのが分かってるところに突っ込んでくるほど相手も愚かじゃないよ」
「え、いやだって──」
「うるさい。 今度の攻撃は恐らく、対処不可能だからね。 魔法使いにすら有効な攻撃を、私たち非魔法使いは回避できない。 だからあいつは、嬉々としてマナ汚染を狙ってくる。 狙わない方がおかしいくらいには、動きを想定できる。 だから私たちは、あいつを凌駕できる」
「そうなのか……」
「あ、ちなみに、今回はハジメちゃんが頼りだから。 失敗したら全員死ぬと思ってね?」
「……マジ?」
作戦はこうだ。
魔笛の襲撃を耐え凌ぎ、隙を突いて一撃を入れる。
「魔法使いならそれができる……ってことですか」
「容易ではないだろう。高濃度マナ噴出地帯では、全身にマナを張り巡らせることで汚染侵蝕に抵抗する荒業もあると聞く。今回はそれを応用する」
人間が高濃度マナを被曝することで昏睡してしまうのは、脳がマナという異物をハッキリと認識できず高度な対応処理を要求されるためだ。コンピュータが処理落ちするイメージに近いだろう。しかしながら、意識を失ったからといってマナの処理が捗るわけもなく、結局は自然排泄を待つしかない。意識消失はむしろ、マナによって脳内を蹂躙される苦痛から逃避するための反応という見方もある。
「攻撃を受けて油断を誘うのか……」
「その認識で正しい」
「俺だけがマナで脳を防御できる状況か……。 でもそれって、全員が一旦マナを被曝するってことですよね? 危険じゃないんですか?」
「危険だが、早急に対応すればリスクは最小限に抑えられる。 つまるところ、ハジメの対応力が勝負の鍵だのう」
「責任が重すぎる……」
(三人の命を預かるとか、俺に出来ねぇぞ……? 他に方法は無いのかよ)
「高濃度のマナに対し、おいたち非魔法使いは防備の手段を持ち合わせておらん。 突然に降り注ぐマナなど自然災害と同義であり、先手を打つことなど不可能だ。 対応力でカバーするしか選択肢は無い」
「散開して被害を分散させた方がいいんじゃ……?」
「それではここまでの対応と変わらん。 リスクを負わなければ、得られるものなどあるまいて」
被弾前提の作戦に、ハジメは二の足を踏んでしまう。 ハジメは、リスクを回避する方が生存率が高いと考えている。 死亡も含まれるリスクとなれば、回避すべきというのが正常な反応だろう。
「手札を晒すほどに、負うべきリスクは著しく増大する。 だからこそ、ここなのだ。 敵が王手を掛けてくるタイミングにこそ、心臓を突き刺す隙が見える。 ここを逃せば、ゆっくりと手足を捥がれる未来しか残らん」
「恐らく、そうなんでしょうね……」
「リスクばかりに目を向けるな。 最も生存率が高い瞬間を、これから模索するだけのこと。 では準備だ。 数瞬の後に敵が攻めてくるやもしれんからな」
そうして、作戦は強引に進められた。
「ふぅううう……。 作戦通りでさえ、あまりにもギリギリ過ぎる……!」
トナライの見立て通り、魔笛はハジメたちの付近に飛来した。 いや、正確にそれを認識できた者は居ない。 高濃度マナによる汚染を行ないながら出現した、というのが大まかな予想だ。
『あ!? く、来るっす……!』
エマが襲来を認識した直後、四人の意識は刈り取られた。 全身にマナを充溢させていたハジメでさえ、外部マナの圧力によって強引に全身のマナを弾き飛ばされた。 それほどのマナの暴威が叩きつけられていた。
ハジメは気力でマナを頭部に維持し、押し寄せるマナを内側から押し戻した。 その結果、取り戻された思考は本来の責務を思い出し、魔法の発動を可能にさせた。
『魔導書は衣服の下で展開維持し、手ぶらを装え。 全身にマナを広げていれば、魔導書だけを色濃く見抜かれる心配も無いだろう』
ハジメはトナライの指示に従った。 魔笛によってマナを吹き飛ばされたものの、魔導書の中身のマナまでは影響が無かったらしい。
魔笛は最初からハジメを狙っていた。 あまりにも美味そうなマナを持つハジメを、何よりも先に摂取しようと考えた。 そこが敗因となった。
魔笛の油断は、肉眼的に魔導書の不在を確信してしまったこと。 食事に全神経を注いでしまったことだろう。
ハジメは心置きなく、ゼロ距離で魔法を放つことができた。 魔笛が最後の最後で油断してくれたおかげで、魔導書の不在が演出された。
「なんとか成功したけど、問題はこっからだ。 急がねぇと……! 魔石を頭とか全身の各所に触れさせる、だったな」
ハジメは予め聞いていた対処法を思い出しながら、三人の身体に魔石を押し当てていく。
『マナが定着する前に吸い出せば、多分大丈夫だよ。 一時的に脳の障害は出るかもだけど、自然に症状は改善するから安心するといいさ。 定着しなければ、狂って魔人化することもないからね』
襲撃直前のシノンはハジメを励ますためなのか、そんなことを言っていた。 しかしハジメが重要視したのはそこではない。 マナが定着して脳が変性した生物は正気を失い、魔物や魔人のような思考へと変貌を遂げていく──そう解釈できた部分だ。
「なるほどようやく納得した。 《改訂》は、定着したマナを強引に引き剥がしているんだろうな。 魔物として高度に成長したやつは多量のマナを浴びていると聞くし、それだけ定着し切ったマナを弄くり回されたらこうなるのも頷ける」
数度の《改訂》によって、魔笛の脳内マナはぐちゃぐちゃに掻き乱された。 今や魔笛はピクリとも動かない死体となって、ハジメの足元に転がっている。
「う……ん……」
しばらくすると、シノンが苦しげな声を漏らした。 彼女らが目覚めるのも近いらしい。
「良かった……。 これで多分、大丈夫だな……」
ハジメは気味悪い魔笛の死体に怯えながら三人の覚醒を待った。 意識を取り戻した三人は半ば錯乱した様子だったが、それも聞いていた通り時間経過で改善の色を見せていた。
「頭いたああああい!」
「むむむ……」
話せるまでに回復したシノンは、それ以上ずっと叫んでいる。 同じくトナライも目頭を押さえて座り込んでおり、マナ曝露の余韻がしつこくこびりついている。 しかしながらそれも盛り込み済みの作戦だったので、二人とも仕方なく耐えている。
問題はエマだ。 彼女は未だ目覚めず、揺すっても刺激しても反応が無い。
「魔法使いとして未熟、だから……影響が強いんじゃ、ない? あいたたた……」
こればかりは予想が付かないらしい。 とりあえず呼吸はしているので、意識障害が遷延しなければ大丈夫だろうというのがシノンの見立てだ。
「疲れた……」
ハジメは一通りの対応を終えると、木に背中を預けて座り込んだ。 数日にわたる極度の緊張状態から解き放たれたことで、ここまで先送りにしていた疲れが一気に押し寄せたのだろう。 ハジメは睡魔に飲み込まれていった。
▽
「そろそろ今回の山を抜けるぞー」
魔笛討伐から一週間ほどが経過し、何度目かになる山越えが完了しそうだ。 魔笛に追い回されたこともあって、本来進むべきルートを大きく外れて半ば遭難にも近い状況であり、方角だけを確認して旅が続いている。 救いだったのは、魔笛討伐以降で獣肉を入手できたことだろう。
「村来い、村来い……」
ハジメは神にでも祈るような所作で両手を擦り合わせている。
村ガチャの時間だ。 山越えしたからといって安心はできない。 これまで山を超えたと思えば、すぐに新たな山が姿を見せ続けたのだから。
「おっ、盆地だ!」
先に進んでいたシノンが嬉しそうな声を上げた。
「いや、俺はまだ信じないからな……」
「ずっと平地だよー」
「いやいや、何も無い平地って可能性も……」
「あ、民家ある」
「おっしゃきたああああ!」
ハジメは嬉々として奇声を上げて走り出す。
「まったく、仕方のないやつらだ。 のう?」
「うう、そうっすね……」
トナライはやれやれと肩をすくめ、馬上でぐったりとしているエマに問いかけた。
エマは最終的に目を覚ましたのだが、それ以降ぐったりとした様子は変わらない。 本人的には極度の倦怠感ということだが、外部マナを取り除いた今でも体調不良は継続している。 いわゆるマナ宿酔と呼ばれる現象らしく、急性のマナ中毒としてそこまで珍しくはない症状のようだ。
「街道っぽさが出てきたし、ここは当たりかも!」
遥か遠くに見える人工物が、野宿で疲れ切ったハジメの心を潤す。 そのまま数時間進む。
「でもなんか村って感じじゃないな」
田園風景の中にぽつりぽつりと散見できる民家を横目に進んでいくと、地面がある程度の整いを見せ始めた。 そこからさらに北を覗けば、建物群が南北に細長く配置された集落構造が姿を晒している。 それらはなだらかな丘の上に、おそらくは丘向こうまで伸びていることが予想される。
「宿場町かな。 周辺の山岳配置から判断すると……」
シノンは地図と睨めっこしながら、あれやこれやと呟きつつ唸っている。
「ここがどこか分かるのか?」
「えーっとね、多分あれはロヒル街道かな。 ここはまだヒースコート領の北西にあるブルーム領を越えたディアス領の南端だね。 魔笛のせいで、めちゃくちゃ遠回りした上に、村とか町を全部すっ飛ばしてきたみたい」
「あいつまじ許せねぇわ」
「勝てたからいいでしょーが。 そこそこの魔石も手に入ったし、収支としては大幅にプラスだから許す!」
そんなこと言いつつ進んでいくと、徐々に街道の一端が明らかになってきた。
「本当に、街道に沿って町があるんだな」
「そこそこ発展してるのなら、治療院もあるかもしれないね。色々と物資も整えないといけないし、しばらくはここで滞在になるかな」
「エマにも休養が必要だしな」
「申し訳ないっすぅ……」
「気にすんな。 みんな疲れてる」
街道が見えてから、四人の足取りは軽くなった。 野営を繰り返す生活に慣れているトナライとシノンでさえ、声には出さないものの安心感をしっかりと漂わせているほどだ。
「着いたらまずは食事だな。 もう獣肉は飽き飽き──」
「ッ!? 危、ないっす……ッ!」
「──うげェ!」
過酷な行程を経て町を目前にしたハジメは、弛緩し切っていて警戒心など皆無の状態だった。 だからエマの切迫した声を聞いても、彼女が無理に馬から飛び降りてハジメの上に転がり落ちた衝撃を受けても、何が起こったのかは分からなかった。
「う、っぐ……」
「痛てぇ……。 というかエマ、大丈夫か!?」
エマが地面に転がり、苦しげに呻いている。
ドサリ。 倒れ伏す音がもう一つあった。
「……は?」
ハジメの背後では、倒れ伏した馬が眉間から血液を流してピクリとも動かない。
「動かず、冷静さを保持しろ」
トナライがハジメとエマの前に出て、盾を正面に構えた。
「ハジメちゃん、さっさと防御魔法。 基本でしょ?」
シノンが言う。 彼女は攻撃が飛んできたであろう方角を真っ直ぐに見据えながら、眼球をしきりに動かして敵影を探している。
「ッ……《歪虚》!」
ハジメは魔導書を取り落としそうになりながら、急ぎ魔法を展開。
「気づけなかった。 誰が受けても致命傷だったかもね。 エマちゃんが優秀でハジメちゃんは命拾いしたと思うよ」
シノンの声色に普段のおちゃらけた雰囲気は無い。
「一体、何が……」
返答はない。 誰も何も分からないからだ。
「さて、ようやく未開の国らしくなってきたのう」
「そうだね。 人外ばかり相手にしてたから忘れかけてたよ」
「おいおい、さっきから何を言ってるんだよ!?」
ハジメはイマイチ状況が掴めない。
「攻撃されたの。 そんなことも分かんないの?」
「いや、それは分かるけど……。 でもなんで……」
「ん? あー、そういうこと」
「チッ……! なんだよ!? 説明してくれよ!」
「うるさいなぁッ! いい加減に嫌気が差すんだけど!? ちょっとは自分で考えなよ! いつまでそうやって他人頼りなの!?」
「っ……あ、ああ、悪い……」
「はぁ……。 ハジメちゃんは分からないんだよね。 でも、だからって憤るのは本当に不愉快。 やめて欲しい」
「すまん……」
罪悪感から、ハジメは押し黙った。 大声を出したところで何も解決しないばかりか、冷静ささえも失っていたことに今更になって気が付いた。
「攻撃が来たけど、ハジメちゃんはエマちゃんのおかげで間一髪。 馬が殺されて、私たちは敵の存在および次の攻撃を絶賛警戒中」
「そう、だよな……」
「もしかして、魔物の襲撃って思ってる?」
「……違うのか?」
「十中八九違う。 これは人間の仕業だよ」
「……。 だとしても、でもなんでそんなこと……」
ハジメはそう発してから、先ほどと同じ愚行を続けていることに思い至った。 恐る恐るシノンを見るが、彼女はずっと町の方角から視線を外さない。
「ハジメちゃんは随分と安穏とした環境に生きてたみたいだね。 だから分からないんだよ、人間の──」
ピシッ!
歪虚の防御膜が何かを受け止めた。
「……ッ」
ハジメは目前まで迫って圧壊されていく透明の何かを見て怯えながら、シノンの言葉を聞き入れる。
「──悪意ってやつがさ」
気づけば謎の物体は、チリ一つ残さず消えていた。
「行くぞ。 どこかで敵が待っておる」
ハジメたちの到着を待たずして無粋な歓迎を行なう、ロヒル街道の悪意。
(この世界はやっぱり、まともではないな……)
緊張の耐えない外部世界を改めて認識したハジメの額から、冷や汗が零れ落ちた。
ロヒル街道のある地点から、旅人を歓迎する兄弟がいた。
「あれれ!? 兄ちゃん、兄ちゃん! 一番得点の低い馬なんて殺してどうするのさ!? これってわざとなんだよね!? わざとなんだろ!?」
「おいおいおい、我が愛しき弟よ。 馬鹿にしちゃあいけないぜ? 完全無欠の兄ちゃんが、そんなヘマをするわきゃあないだろう!? 見てな!」
兄から撃ち出される弾丸は、何かによって押し留められた。
「兄ちゃん!? おい嘘だろ!?」
「……ま、まあ、待て待て待て。 こいつはただの挨拶だ。 獣なんて交えず、仲良くしようぜってメッセージだ! だから今のは! ハナから当てるつもりもありゃあしないんだ……ぜ!」
「すげぇよ兄ちゃん!」
この世界の住人にとって不吉は常につきものであり、人を殺すためには悪意さえ必要ないのかもしれない。
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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。