第7話 フエンはあれが許せない
「ひぅ……っ!? ど、どちら様ですか……?」
朝イチでやってきた巨大なピエロに、朝の食卓は冷え込んだ。
レスカは驚きで食器を取りこぼしながら泣き出し、エスナも昏倒する寸前でギリギリ踏みとどまって震えている。
(殺人鬼にしか見えないピエロがやってきたら、当然こうなるよな……)
ハジメは昨夜リバーを目にしていたため、なんとか冷静さを保つことができている。
「私はリバー。 旅の途中でこの村に立ち寄った者です。 本日は、そこのハジメさんに用があって参った次第です」
「ハズメ、に……?」
「ハズメ? ハジメさんでは?」
「妹はずっとハズメ、と……」
「ハジメさん、どうなんです?」
ハジメは自分の名前で皆が困惑していることが分かってそれを訂正する。
「ハジメ。 ずっと言ってる」
「ですって」
「えっと、それはいいんですけど……。 ハズ……ハジメとはどういったご関係でしょうか……?」
「ハジメさんとは昨日会ったばかりでして、実は私もあまり知らないのですよ。 できればあなた方から私に教えてくださいませんかっ?」
楽しげに語尾を跳ねさせるピエロ──リバーを横目に見ながら、ハジメは黙ってズルズルとスープを流し込む。 他人事として処理しなければ頭が追いつかない。
「初対面……の方にお教えすることなど……」
「おや、言えないのですか? 何かやましいことでも? それがあなたたち姉妹をこのような境遇に誘っているのでは?」
訳の分からないことを捲し立てるリバーに対し、奇跡的に村人リテラシーを発動できたエスナ。 しかしリバーの発言には少々引っかかる部分が多く、エスナはどうしても反応してしまう。
「あなたが私たちの何を知っていると……」
「何も知りませんよ。 だからあなた方のことも教えてもらえませんか? 私なら、あなた方の状況をどうにかできるかもしれませんよ?」
エスナは心が揺れる。 ここ五年、まともに話を聞いてくれる人間などいなかったからだ。 だから少しでも優しくされたら、エスナはころっと靡いてしまう。
「何が目的、ですか……?」
「目的など。 私は気になってしまったら解決したくなる性分なので」
「何をしてくれるんですか……?」
「私にできることであれば」
「どうにか、できるんでしょうか……?」
「それはお話を伺ってみないことには」
「私たちは幸せになれるんでしょうか……?」
「求めるのならば、いずれは」
エスナの頬を涙が伝った。 なぜだかは分からないが、涙と共に溢れる何かがあった。
「私で良ければお話を聞きましょう」
「はい……」
(なんでこうも胸がざわつくんだ……?)
リバーは謎の話術でエスナの心に侵入して見せた。 これはリバーでなくても可能だったかもしれないが、その第一人者がリバーだったことにハジメは複雑な思いを抱いてしまう。
ハジメは自室の扉の隙間からエスナとリバーの様子を伺う。
レスカはリバーが怖いのかハジメに抱きついているため、身動きが取れない状況だ。
無意識に押し当てられたレスカの巨峰がハジメの下半身に熱を集める。 それを必死に押し殺そうと、ハジメは話に耳を傾ける。
「五年前、両親が亡くなったことをキッカケに不遇な扱いが始まりまったんです……」
「そのキッカケとは?」
「えっと……」
五年前の豪雨の日──。
エスナの両親は山奥の異変を訴えた。 なぜ急にそう言い出したか不明だが、あまりにも真に迫った夫婦の様子に村人たちは困り果てた。
夫婦をどれだけ宥めても状況は変わらず、誰も理解してくれないなら夫婦だけで調査に向かうと言う始末。 娘であるエスナでさえも彼らの話についていけなかった。
その後も夫婦の訴えは変わらないため、村人たちは渋々両親の調査に同行した。
雨が激しいと山は土砂崩れなどの危険が多いため、そんな時に入山を試みるのは馬鹿の所業だ。 それでも村人が同行を敢行したのは、夫婦がともに魔法技能を備えていたから。 村の魔法使いを失うわけにはいかないということで、細心の注意を払って両親の願いを受け入れたという。
「ご両親は土砂崩れに巻き込まれたので?」
「いえ、詳細は分かりません……。 確実に何かがあったはずのですが、その内容に関しては誰も黙して語らず……」
「詳細は教えてくれないのに、村人たちはあなた方姉妹を責め立ててた、と」
「はい……。 どれだけ聞いても、両親が悪いと言う始末で……」
「だからこうして追いやられたのですね」
「あ、いえ、すぐにそうなったわけではありません。 事件の後は、私たち姉妹に責任を取らせて処刑するという話が出ていたのです……。 でもそうなる直前で私に魔法技能が宿り、折衷案として村から離れた場所へ……」
「処刑、ですか。 なんとも物騒ですねぇ。 あなた方を殺すというメリットが見えてきませんが」
「それは……私たちが疎ましかったのでは、と……。 事件では多くの男手が失われましたし、その原因となったのは両親の訴えですので……」
ハジメは直感的にエスナの話をレスカに聞かせるべきではないという判断で、彼女の耳を塞いで抱きしめてやっていた。 すると安心したのか、今は寝息を立ててしまっている。
「とりあえず、理由も分からないままこういった扱いになるのは納得が行きませんねぇ」
「はい……」
「では、私どもで少しばかり調査をしてきましょう」
「調査、ですか……?」
「私たちは旅の流れでこちらにやってきましたが、それ以外にも目的があります。 世界の異変を調査することですね」
「異変……」
「その事件の際、山の異変に気づかれたのはあなたの両親だけでしたか?」
「え、あ、はい。 二人の気が触れたと、誰もがそう思っていました。 斯く言う私もその一人で……」
「……実はですね、モルテヴァという町でとある話を聞いたのですよ。 その方は以前このラクラ村の隣の、えー……クレ、ク……」
「クレメント村、ですか?」
「あーそうそう、そういう名前でした。 ──に住まれていたようで、激しい雨の日に異変を感じ取ったと仰っていたのですよ」
「え……。 ほ、本当ですか!?」
「ええ。 その方はその時何故だか言い知れない不安を感じられたようで、もしかしたら同じ日時だったのかもしれないですね」
「その方はもしかして……」
「魔法使いでしたね。 もしかしたらそれは、魔法使いだけが感じる何かかもしれません。 エスナさんは最近何かを感じられることは?」
「特にはありませんが……。 あ、関係あるかは分かりませんが、最近急に魔法の使い勝手が良くなっていますね。 関係はありそうでしょうか?」
「そればかりは私にも理解しかねますね」
「そうですか……」
「とにかく、私たちは山に調査へ行って参ります。 そこで何かが分かれば、その時にはハジメさんのことを教えてください」
「どうして、ハジメのことを……?」
「急に人がやってくるのも、異変と言えば異変でしょう?」
「それは、確かに……」
「調査は時間が掛かるかもしれないのでゆるりとお待ちください」
「わ、分かりました……」
「それでは」
リバーは一瞬だけ視線をハジメに向けると、のっしのっしと家を出て行った。
エスナはしばらくリバーの動きを目で追うと、ハジメとレスカの様子に少しだけ笑みを浮かべて支度をし、学校へ向かって行った。
ハジメもレスカを起こし、仕事に向かった。
その日からなぜかレスカが寝床に潜り込んでくるようになり、悶々とした毎晩を過ごすことになるハジメであった。
リバーは姉妹の家を出た後、すぐにフエンと行動指針を共有していた。
「──ということですので、詳細を村長氏に聞いて参りますね。 昨晩言った通り、フエンさんは周辺のマッピングをお願いしますよ」
「了解です。 時間がかかるからポーションを所望です」
「よくあんなに不味いものを飲みたがりますねぇ」
「慣れれば癖になるです」
「飲みすぎてジャンキーにならないでくださいよ?」
「いいから早く寄越すです」
魔導書に乗って空に飛び立ったフエンを見送り、リバーは目的地へ向かう。
「なんとも危機感の無い村ですねぇ……。 あんなものが近くにあるというのに」
フエンが向かった先へリバーは意識を向けた。 そこには魔法使いにしか感受できないものが存在している。 しかしエスナは、まだその感受性を持ち合わせていないようだ。 ただ彼女がそれを感じ取れた時、この村は悲劇に見舞われていることだろう。
「さて、あれは私たちで対処できるものかどうか……」
リバーの目に映るのは、山向こうから薄く立ち上る瘴気。
そんな折、村長がリバーに声を掛けてきた。
「リバーさん、どうされましたか?」
「これはこれは良いところに。 少しお聞きしたいことがありまして。 私どもの商品をご覧になりながらお話でもいかがですか?」
「ええ、構いませんとも。 儂はどちらに向かえばよろしいですかな?」
「村長はどうやら足がすぐれないご様子。 私が荷を持って村長宅へ伺います」
「それは助かります。 では儂はお出迎えの準備をして参ります」
リバーは馬車まで荷物を取りに向った後に村長宅へ。
「ようこそお越しくださいました。 大したおもてなしはできませんが、どうぞ」
定型文を交えつつ、リバーとメレドは話を盛り上げる。 話題はこの村の状況であったり今後の交易の可能性であったり。
ラクラ村は開拓村でありながら成果は芳しくないらしい。 男手の不足によるものが大きいようだ。
「誘致などは進んでいないのですか?」
「なにぶん特色となる目ぼしいものがないものですから……」
ラクラ村は場所が悪く、特産もなければ娯楽もない。 先の領主はここに何を期待したかは知らないが、この村は事実上の流刑の地と化している。 メレドが村民に対して離反を禁じているが、それが今後も続くかは分からない。 ここに生き続けても将来に希望はなく、ゆっくりと乾涸びていく未来しかないのだから。
「男手はやはり欲しいところですねぇ」
「ええ。 近隣の村との併合も考えているのですが、それもなかなかうまくはいきません」
「どうして男手が少ないのです?」
「それは、まぁ……色々ありまして」
メレドはこの話を伝えることに難色を示している。
(話さないのは、村としては恥ずべき過去だから? それを知られることであの姉妹との関連を疑われるのを恐れている?)
いずれもリバーの予測の範疇を出ない。 しかしそれは、例の事故が未だにこの村に楔を打ち込んでいるという意味でもある。 何も後ろ暗いことがないのなら、隠す必要もないのだから。
「そうですか。 ではどうでしょう。 私どもで周辺の調査を行なってもよろしいですか?」
「それはどういう……?」
「私たちは様々な場所に訪れて、特産や物流の調査もしております。 この周辺にラクラ村独自の何かが見つかれば、村が活気付くキッカケを作れるかもしれません。 そうすれば交易品も可能になるでしょう」
「なぜそのようなお考えを?」
「変に勘繰らずとも。 単に世界を知りたいという欲求からくる──謂わば趣味のようなものですので。 ただ、幾ばくかの利益を見込めれば、と」
「なるほど……」
無償の善意などあり得ない。 しかしそこに金銭が絡むのであれば、その行為はむしろ真っ当なものに昇華する。
「どうですか?」
「村の再興に繋がる何かが見つかればこちらとしてもありがたい限りです」
「では虱潰しに探すのも骨ですので、この周辺に秘境のような場所の存在可能性をお教えいただけませんか?」
「秘境、ですか?」
「ええ。 村の方が普段近づかない場所などあれば、そういった場所を中心に調査を行おうかと思いますので」
「儂らは普段、南の山へ入るようにしています。 西の山は昔から土砂崩れなどが多く、また魔物が出やすく危険です。 東の山であれば手付かずの場所も多いでしょう」
「東ですか」
「東の方であれば近隣のクレメント村もあまり利用しておらず、何かが見つかるやもしれません」
「ではそちらに赴いてみようと思います。 情報感謝しますよ」
「いえ、お互い持ちつ持たれつですから」
「そうですね。 では私はここで」
「良き報告をお待ちしています」
(持ちつ持たれつ、ですか。 いつの間に互助関係になったのやら)
リバーは村長宅を後にして宿へ戻った。
昼にはフエンも戻り、情報共有を行なう。
「と村長は過去の事件を口にしたくないようでした。 また、事件が起こったであろう西の山方面には近づくなという言い回しでしたね。 やはりあの山には何かがありますね。 フエンさんはそれを確認したんですよね?」
「はいです。 西の山向こうの森の中に、ひときわ樹齢の長そうな木があったです。 瘴気はそこから漏れていたです」
「近づきました?」
「全体的な地形の把握などに留めたです」
「そうですか、それは賢明な判断ですね」
「この後向かうですか?」
「そのつもりですよ。何か問題が?」
「リバーさんは重いので運ぶのが疲れるです」
「でも歩いて向かえば今日中に戻れないでしょうし、我慢してください」
昼食を終え、リバーとフエンは連れ立って宿を出る。 東の山に向かうという話にしてあるので、一度東経由で入山し、そこからフエンの魔法で移動する予定だ。
「あの姉妹の住居を東に設定しているのも、何か関係があるんですかねぇ?」
「知らないです。 リバーさんは考えすぎですので、もっとシンプルに動くと良いです」
村から東に抜けて、姉妹宅を覗く。 すると、田んぼで従事するハジメとレスカの姿が見えた。
「あれが例の、です?」
「ええ。 そう言えばエスナさんが見えませんね。 ちょっと声を掛けてみますか」
リバーが近づくと、それを具に察知したレスカがハジメに抱きついていた。 どうやらそこそこに仲が良いらしいことがリバーにも分かる。
「明らかにその顔面を恐れてるです」
「恥ずかしがっているんですよ」
近くまで寄り、リバーが声を掛けた。
「エスナさんはどちらへ?」
「エスナ、いない」
「変な言葉遣いです」
「言ったでしょう、言葉が不自由だと。 レスカさん、お姉さんは今どちらへ?」
「え、え、えっと……」
「ほら、怯えてるです。 フエンが聞いてみるです。 そこの乳でかチビ、姉はどちらに行ったです?」
リバーの顔面にしてもフエンの第一声にしても、どちらにせよ失礼である。
「ち、乳……!? それにチビって何よ!?」
煽られたことでレスカがやや勢いを取り戻した。
「フエンの方が身長は少し高いです」
「なによ、厚底の靴履いてるからでしょ! 多分あたしの方が高いもん! チビはフエンちゃんの方でしょ」
「ぬぬぬ……」
「一体何をやってるんですか」
「お前、歳はいくつです?」
「15!」
「ぬぬぬ……」
「だから一体何をやってるんですか」
フエンは14歳。 身長に関して年齢的にレスカと多少の差があるのは仕方ないかもしれない。 しかし胸だけは別だ。 レスカのそれは、フエンがどう努力しても届かない域にある。 それが腹立たしく許せず、フエンは突っかかっていた。
「うちの者が失礼を。 レスカさん、お姉さんがどこに行ったか教えてくれませんか? それだけ聞いたら帰りますので」
レスカはリバーに声を掛けられると途端に萎縮している。 もし夜中にリバーと出くわしていたら、一人では眠れなくなっていただろう。
「お姉ちゃんは、学校に行きました……」
「学校?」
「北東の小さな村に時々先生が来るから、そこでお勉強に……」
「そうですか、ありがとうございます。 では私たちはこれで」
リバーはなおも何かを発そうとしているフエンを連れて、山の中に消えていった。
ハジメとレスカは、どうにもリバーたちがトラブルメーカーな気がしてならなかった。
▽
フエンが項のあたりにある魔導印にマナを込めると、その小さな体には不釣り合いな魔導書が姿を現した。
魔導書の大きさは50センチを超えるほど。
「《浮遊》」
フエンはその小さな手で魔導書のとあるページを開き、呪文を唱えた。 すると緑色の光が放たれ、フエンの体がゆっくりと宙に浮き上がった。 その動きのままフエンは魔導書を閉じ、水平に整えるとそこにちょこんと腰掛けた。 魔法の絨毯ならぬ魔法の書物の完成である。
「さっさと掴まるです」
「どうにもこのスタイルは不安定でなりませんねぇ」
文句を言いつつリバーは両手を魔導書の縁へ。
急激に宙へ翔け上がる二人。
優雅に座るフエンとは対照に、リバーは懸垂の要領で魔導書にぶら下がっているだけなので、手を離せば地面に真っ逆さまだ。 しかしこれ以外にフエンの許可が出る移動様式がないために、リバーは渋々このスタイルを受け入れている。
「リバーさんも移動系魔法を取得するべきです」
「あいにくそういった系統に恵まれない属性ですからねぇ……」
「なら、それが得意な新人の募集を推奨します」
「トンプソン様の納得のいく人物が居れば、ですかね。 それまでは一生あなたが下っ端ですよ」
「早く後輩が欲しいのです」
軽く会話をしているが、すでにかなりの速度で宙を走っている。 人の足であれば半日は掛かりそうな山越えを半刻ほどで終え、目的地を視界に入れる。
「なるほど、あれがそうですか」
二人の視界には、悪い空気を立ち上らせる一本の樹木が見える。 が、それは樹木というよりは朽ちた老木だ。
根元に近いあたりの幹でへし折れた老木は、幹の内部空洞を見事に晒している。 その周囲は更地のように何もなく、一番近い場所の木々は色褪せて紫色に変色してしまっている。 そこから同心円上に緑色が少なく、距離が離れるに従って緑色を取り戻し始めている。
「周囲の生態系にも影響は大きそう、です」
「村長が魔物の出現を示唆していたのは間違いないということですか。 あれほどのものは久々ですねぇ」
老木を含む広大な樹林の向こうには海が見えている。 ここはエーデルグライト王国の南端であり、海に臨む広大な敷地を先の領主は利用したかったのだろう。 しかし山が邪魔して開拓は上手くいかず、あのような枯れた村落が出来上がったということだろう。
「少し離れた場所で降りましょうか。 あの場に降り立って周囲が魔物だらけとなれば目も当てられませんから」
「戦闘はお任せするです」
「フエンさんも戦うんですよ? 多対一など私の想定する戦闘様式ではありませんから」
「フエンがポーションジャンキーになってもいいというのであれば頑張るです」
「……そうはなってほしくないので、できる限りのことはしますよ」
「適材適所、です」
人知れず問題解決に勤しむ二人。
世界の異変は、ここに限らずどこかしこで観測され始めていた。
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