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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第1幕 Road to the Kingdom
119/155

第111話 何度だって現れる

「ハジメちゃん、敵襲!」


 シノンの声によって、ハジメは夢から現実に呼び戻された。 夜間は交代で睡眠を取りながら警備していたが、幸か不幸か敵襲を事前に察知できたようだ。


「またかよ……!」


 ハジメは激しい鼓動を感じながら飛び上がり、魔導書を即座に展開した。


「明らかにこっちが嫌な時間帯で攻めてきてるね。 私が元気に起きてる時にやってきたのは失策と言えるけど、こっちの体力を削るって意味では断続的襲撃は効果的になりつつあるね」


 休むに休めない状況は、判断能力という部分に影響が大きく出てくる。 魔法もある程度万能とはいえ、判断力低下や集中力の維持困難は味方を傷つけることにも繋がりかねない。


 あたりは暗く、深夜と言える闇が覆い尽くしている。 そこに響く音色。


「聞き慣れた笛の音だな……」

「発生源なんてアイツしかいないでしょ。 夜間だし鳥系の魔物は来ないはずだから、地上を特に警戒だよ」

「了解……。 《夜目ナイトアイ》」


 魔笛。 そう呼称される魔物の襲撃はこれで五度目。 執拗にハジメたちを付け狙うストーカーは、昼夜を問わずお構いなしに攻め立ててくる。 そのため四人には疲労が蓄積し続け、とりわけハジメとエマは目の隈が濃くなっている。


 ヤカナヤとの接触を終えてから三日。 この調子で襲撃を繰り返されているため、旅もままならない状態で遅々とした進行が続いている。


「商人って、よくこんな道を行き来するよな?」

「当然ながら護衛は付いているでしょ」


 ハジメは現実逃避からなのか、下らない話をし始めた。 こうも危険な道のりだと、そのような疑問さえ湧いてしまう。


 そういえば、と。 ハジメはあることを思い出した。


「こういう森とかじゃなくて、大きい通りとかは魔物被害って無いのか?」

「街道とか舗装された道なら魔除け効果の魔導具があるからね。 流石にこんな山奥じゃ設置は難しいけどー」

「だからこんな厄介な魔物が居やがるのか」

「可能性としては、魔笛は最近このあたりにやってきたってのもありそう。 あいつらって作物を荒らす蝗害と一緒で、特定の場所に居座らないからさー」

「だとしても、せめて夜は眠ってほしいもんだよな……! 《歪虚アンチゴドゥリン》」


 ザザザザッ──。


 複数の存在が地を駆けてハジメたちの元へ向かっている。


「エマちゃんはハジメちゃんのサポートに徹するように! 私とお父さんは最悪無視でも大丈夫だから」

「分かったっす……!」


 眠気眼を擦りながら、エマも集中力を整えていく。


 ここまでハジメはエマのおかげで幾度となく危険を回避できており、彼女もようやく“使える”レベルにはなってきている。 問題点があるとすればやはり、効果時間の短さだろうか。 しかしそれは体現型魔法使いの宿命とも言える部分なので、文句は言えない。


 バッ、と何かが飛び出した。


「速──」


 気づけばそれは目前。 一瞬だけ広い範囲を覆っているように見えたそれは、実際は小さな動物の群れだった。


 小動物が障壁に接触する寸前、ハジメは違和感を禁じ得なかった。


(ここまで何度かの襲撃で、敵は俺の魔法についてある程度の情報を得ているはずだ。 それなら、安易に俺の空間に触れようとするのどうしてだ?)


 そのような思考と並行して、小動物は次々に空間に入り込んでは爆縮していく。


 一方シノンは直前で飛び退いたことで、咄嗟の襲撃を回避することに成功していた。 敵が小動物とはいえ、数の暴力にはどうしても抗えない。 一度怪我をして機動力を損なえば、容赦の無い攻撃が降り注ぐのは必至。


(「単純に見える攻撃にこそ、思わぬ意図が隠れている」。お父さんが良く言ってるけど、これも多分そう。 魔笛はハジメちゃんの防御能力について把握しているんだから、今回はそこを突いた攻撃だと考えるべき。 だとするなら──)


 シノンは回避行動を取りつつ、一瞬で魔笛の目的を看破していた。


「──ハジメちゃん、それをまともに受けちゃだめだ!」

「……え?」


 ハジメから発せられたのは、間の抜けた返事だけ。 それと同時、《歪虚》によって爆縮した小型の魔物たちから何かが一気に拡散していた。


 爆発。 シノンはその結末を予測したが、少し違っていた。 魔物から飛び出した一つ一つは小さなものだったが、折り重なるように爆ぜることでその中身は色濃く変化し、ハジメとエマを一瞬で覆い尽くしている。


「ぐ、ッ……ぅ」

「あ、れ……」


 まずエマの意識が刈り取られた。 続いてハジメの視界もぐらりと揺れた。


(なん、だ……? 何を食らっ、た……)


 ハジメの思考の黒く塗り潰された。


 ぶちまけられた中身の正体は、純粋なマナ。 非魔法使いが直撃を受ければ甚大な肉体影響が出てしまうほどの濃度が一帯を包み込んでいる。


 魔法使いが大量のマナを被爆した場合においては、マナ受容量を超えた分は当然のごとく悪影響として表出してくる。 それが、マナ酔いと呼ばれる現象だ。 被爆者はある種アルコール酩酊にも近い状態に陥るが、問題点はマナの自然排泄が困難な点にある。 マナ酔いは魔法使用によるマナ消費で対応は可能とは言われているものの、酩酊状態にあっては魔法使用などほぼ困難だ。 そのため解決手段として時間経過に任せるか、外的にマナを吸い出すという特殊な方法を取らなければならず、それは所謂魔法使いが機能停止煮に陥ったことと同義だ。


「お父さん、二人が使い物にならなくなっちゃった!!!」


 そう言っている間にも、無数の小賢しい敵が集団で迫ってきている。


「……であれば、おいが敵らを駆逐して回ろう。 シノンは手が空き次第、ハジメを運用可能な程度まで戻しておけ。 こやつらの利用価値は未だ多いからのう」

「がってん!」


 シノンとトナライは、同時に魔杖ステッキを取り出した。


 トナライは剣のグリップにも似た形状の魔杖を取り出し、右手に握る。 柄頭の部分には窪みがあり、そこへ緑色の魔石を嵌め込んだ。 それが完了すると今度は腰のポーチに手を突っ込み、ピンポン玉ほどの大きさの球体を取り出し徐に握り潰した。


 トナライが使用したのは、ヴェリアで開発された消耗品としての魔導具。 衝撃を加えることで内部に封じられたマナが魔法陣に作用し、一回きりだが魔法を発動させる。 その結果、無属性魔法《身体能力向上ブースト》が具現し、トナライの身体機能を一時的に引き上げた。


「この場は任せるぞ」


 トナライはそれだけ言い残すと、凄まじい速度で敵集団に対して駆け出した。 その手に握られた魔杖からは、込めた風属性のマナを発現した魔刃が伸びている。


「さてさて、防衛戦と洒落込もうか」


 トナライを見送ったシノンの両手には、分厚めのメリケンサックのような金属塊が装着されていた。 魔石を嵌め込む部分が手掌側に存在しており、ここにも緑色の魔石が収まっている。 一応これも、魔杖の一種として数えられている。


「いくよおおお、っと……!」


 シノンはストレートパンチの要領で思い切り右腕を振り切った。


 拳の先から空気の塊が放出された。 それは軌道上の木々を容易に圧壊させるとともに、迫り来る魔物に差し込んだ。


 轟──。


 魔物に触れた瞬間、空気が大きく爆ぜた。 風属性魔法《衝圧弾ダンパー・バレット》の効力によるものだ。


「どんどんいくよー!」


 シノンは敵がどこに存在するかなどお構いなく、ボクサーが行うシャドーボクシングの要領で中空を殴り始めた。 体力の続く限り生み出される拳圧は、それ一つ一つが《爆発エクスプロード》にも近しい痕跡を環境に刻んでいく。


 ものの数十秒でシノンの周囲は視界が大きく確保され、巻き込まれた魔物はことごとく爆散の末路を辿っている。


「よっ! ほっ!」


 またもや魔物たちから次々とマナが溢れ出している。 非魔法使いであるシノンにとってマナは毒でしかない。 そこでシノンはあちこちに魔石を放り投げ始めた。


 内部容量を満たしていない魔石は、吸収効果を作用させて環境中のマナを吸い上げる。 遅々として、それでも確実に、マナは濃度薄めていく。


「んじゃ、ハジメちゃんとエマちゃんにもこれを差し上げようー」


 シノンは放り投げたものと同様の魔石を二人の頭部付近に押し当て、マナの吸い出しを期待する。


「まぁ、これで終わるわけないよね」


 シノンが顔を上げた。


 敵の増援だろう。 無数の足音が迫っている。


「どこからこんな数の手下を揃えるのかなー? 敵も趣向を凝らしてきてるし、ハジメちゃんも戦力としては怪しいし、雑な対応を続けるんじゃなくて指針を練るべきなんだろうね」


 シノンは拳を振るい続けた。


 あたりは魔物たちの細かな血肉が飛散する状況だが、シノンの拳圧はそれすらも上から叩き潰す。


 ブゥゥン! シノンが嬉々として拳を振るった。


「ありゃ?」


 しかし魔法は発動されなかった。


「ガス欠するの早くない!? やっぱ燃費が悪すぎる! ってことで──」


 シノンによるフルスイングの平手打ち。 乾いた音が響いた。


「痛ッ!? え、ちょ、痛……。 な、なに……?」


 ハジメは突然の痛みと衝撃により、半ば強制的に現実に引き戻された。 どうやら魔石によるマナの吸引は効果があったらしい。


「いつまで寝てるのよさ!」

「……え? 膝魔法って、おおよそムテガイから息子でしかなくね?」

「は?」

「ナイアレ村だけど違ってこないと、ん……?」

「寝ぼけすぎ。 働かなきゃ死んじゃうよ? 魔笛、襲撃、きてます! はい、復唱!」

「魔笛……襲撃……きて、えっと……その、あ! マジ!?」

「さっさと準備しなさい! さっきみたいに高濃度マナを浴びせられたら昏睡するから、遠距離攻撃でどうぞ!」

「分かった、気をつける……」


 ハジメは未だ思考が纏まらないが、危機的状況ということを意識して本能だけで魔法の準備を急いだ。


「あー、えー、あったこれだ! 《歪虚》!」

「さっきそれで失敗したでしょーが!」

「いや、違くて! だからその、

……《拡散ブラスト》をするだっけっていうか──」

「え?」

「あれ?」


 ハジメの《拡散》が起動した。


 この状況に一番驚いたのはハジメだった。 シノンとの口論の中であまり意識せず発せられた思考性変化が、そのまま《歪虚》に作用した。


 《歪虚》の膜が弾け、衝撃波とともに駆け巡る。 爆ぜた膜に触れた木々は捩れ、魔物の血肉は更に細かな破片に砕かれ、それでもなお拡散を続ける波動は周囲の景色を一変させていく。


「えー……っと……」

「やるじゃん! ってことで、私は準備があるから対応よろしく。 ハジメちゃんがミスったらエマちゃんも死んじゃうから、気をつけてねー」

「お、おう……」


 シノンはそそくさと魔石などをあれこれ入れ替えている。


 ザザザ──。


 足音ですぐに分かる。 軍勢だ。


「対応したのに来るの早過ぎるだろ……! どんだけ居るんだよ!?」

「お父さんが魔笛を追ってるけど、この攻勢が終わらないってことはケリは付いてないみたいだね。 ってことで、相変わらずの持久戦になるから」

「またかよ、クソッタレ……」


 長い夜が始まった。


「ひとまず、全員無事かのう」

「そ、そうですね……。 エマは……」

「うぅ……」


 数時間の攻防を経て、ハジメのマナは枯渇気味だ。 エマはマナ総量が低いため、ハジメ以上に消耗が大きい。


「お父さんが一番損耗が激しそうだね」

「致命傷は避けておる。 それでも治癒魔法は欲しいところだのう……。 魔杖に治癒系統の魔法を込められないのは何とかならんのか」

「それは本国の研究に期待ってことで。 それまではポーション生活続行だよ」

「長期戦闘を想定しておれば、手持ちを増やしてきたんだが。 こればかりはどうしようもないのう」

「治癒魔法って貴重なんですね」

「基本の四属性と比較すると、光や闇、派生属性は魔法陣の性質が特殊に過ぎるからのう。 おいたち非魔法使いが魔法を使用できるというだけで十分というものだ」


 トナライの奮闘により、今回も一旦は魔笛を退けることには成功した。 しかしながら、すぐ近いうちに襲撃を受けるだろう。 毎度後手に回っていることに、ハジメたちは限界を感じつつある。


「今回は特に激しかったけど、だからと言って次回は大丈夫って保証はないね。 そろそろ次の手を考えないとだ」

「おいは体力と耐久には自信があるが、近接特化のため、せいぜい魔笛を追いやることくらいが関の山だからのう。 決まり手に欠けるな」

「私はスピード重視の軽装で耐久性は乏しいからねぇ。 敵が単体ならいいけど、複数戦闘は苦手だ。 で、ハジメちゃんは? 魔笛に対して何かできそう?」

「あー……接近さえできれば、多分何かしらのダメージは叩き込めると思う。 だけど、一人で動くのは色々と不安が大きいな。 それに……」


 ハジメはエマを見た。 するとエマは申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……。 あたしが役立たずなせいで……」

「あー、いや……そういうことを言ってるわけじゃないんだが」

「エマちゃんが急にみんなの役に立つってことはないから張り切らなくていいし、あんまり気にしなくていいよ。 普通の人間なんて、大抵はそんなもんだよ」

「はい……」

「励ましてんのか、貶してんのか」

「まぁでも、構成を変えてみるのはアリかもね。 ハジメちゃんを前線に出して、私かお父さんもどっちかがエマちゃんを守るっていうのはどう?」

「良いのではないか? あちらが趣向を凝らしてきていることに対して、こちらも対応を変える必要はある」

「敵が遠隔攻撃にシフトしてきたのも、こっちの接近を恐れてるのが見てとれるしね。 何度かアタックして様子見なんてしょうもないから、次で決めるかー」

「そんな簡単にいくのか?」

「ハジメちゃんはもっと自信持った方がいいよ。 無理かもしれないじゃなくて、やるんだよ」

「そう、だな」


 次の接触で魔笛を駆除するため、綿密な作戦を立てつつ夜は明けていく。


「眠い……。 馬に揺られながら寝るの無理……」

「貧弱なサルめ」

「サルってやめて……」


 初回の襲撃で馬を一頭失ったことから、歩行による移動となっている。 そのため魔笛から逃走することが難しく、対応を余儀なくされているわけだ。


 馬には交代で騎乗し、移動を優先して無理にでも休息を取るという形だ。


「ハジメちゃんの魔法があるから、移動はかなり楽だね。 何より装備を含めた荷物の重さが苦にならないのがデカいね」

「ハジメさんは役に立ててるのに、あたしは……」

「卑屈になりすぎだっての」

「そうだよ。 エマちゃんは一般人! 一般人なの! 一般人らしく振る舞え!」

「もうそれ貶してるだけだろ」

「なんかできることないっすかね……?」


 エマはずっとこのような調子だ。 肉体的にというより、精神的に参ってしまっているようだ。


「いざ危険が迫った時に備えてマナを温存しておればよかろう。 訓練も積んでこなかった

素人が、いきなり戦場に出て可能なことなどあろうはずもない」

「お父さんも手厳しー」

「能力で示せないのなら、思考を提供しろ。 そうでなければ、本当にお荷物になるぞ?」

「……そう、っすね」


 四人の身体は軽いが、足取りは重い。 旅慣れているシノンとトナライでさえ、お荷物を抱えての継戦は辛いものがある。 それでもハジメを見捨てないのは、彼の有用性が上回っているからに他ならない。 エマに関してはハジメが保護を望んでいるから連れているだけで、現状彼女はお荷物という立場を崩していない。


(次はいつなのか、どこから来るのか、どんな手段でくるのか……。 何かを常に警戒するって、あまりにもストレス……が多……い……)


 疲労によって、ハジメの意識は強制的に薄れていった。


 緊張を強いられる移動が続く。


「魔笛の影響だろうけど、普通の獣が姿を見せてないよね。 魔笛は私たちを飢えさせて殺す気かな?」

「多少なり影響は受けているのだろう。 だが、魔物肉は手に入っただろう?」

「栄養も味も最低保証だし、小型の魔物の肉片ばっかでしょ。 こんなことなら、最初に攻めてきた大型から肉を剥ぎ取っておくべきだったかなー」


 長期の旅は本来、入念な前準備の上で実施される。 そうでなければ、食料などあらゆる物資は現地調達をすることが多い。 シノンとトナライの旅は前者だったが、想定外に後者を歩むこととなった。


 想定を大きく超える日数経過により食材は底をつき、体調も万全ではない。


「次あたりでケリをつけないとねー」


 シノンは何気なくそう言ったが、ハジメにとっては深刻な問題だった。


(二人は明らかに俺たちのせいで無理を強いられてる。 次で決着が付かない場合、邪魔者として置いていかれるだろう。 俺とエマを生贄にしてでも魔笛を処理しようとするかもしれない。 そろそろ俺も、有用性を示さないと厳しいな……)


 ハジメはここまで常に薄氷の上を歩んできた。 それが今、砕けようとしている。 氷を何かで補強しなければ。 その何かとは、ハジメ自身の可能性に他ならない。


(いつも何かにつけてあれこれ考えるのは悪い癖だけど、裏を返せば思考はしっかりできるってことだ。 次の魔笛戦で余裕があったら、柔軟な思考で──)


 ぐにゃり。


「──あ゛?」


 ハジメの視界が歪む。


(この感覚、は……)


 慣れることのない、慣れるはずのない酩酊感。 ハジメはこれを知っている。


(……脳を異質なマナで……犯される、前……に……)


 ハジメは頭部にマナを急速動員。 侵食過程の外部マナを無理矢理に吹き飛ばした。


「……ハァッ!!! はぁ……はぁ……!」


 ハジメは息荒く、滝のように汗を滴らせた。 同時にハジメの視界が正常なものへと戻りつつある。


「はぁッ……何とか、最悪の結果だけ──臭っさ!? ……は?」


 突如、鼻が曲がりそうなほどの異臭が。 ハジメは自身の顔面に生暖かい風が降りかかるのを感じた。


「ゲェッ、ゲァッ、ゲァッ」


 耳障りな濁声。 この時点で、ハジメは思考よりも先に状況を理解していた。


 まずハジメの視界に飛び込んできたのは、ギョロリとして全て別々にあらぬ方角を向いた四つの眼球。 眼球の間には極太の汚い鼻が垂れ下がっており、限界まで引き上げられた口角が不気味に嗤っている。 唾液をボトボトと落としながら、汚い声を漏らしている。


 視界がクリアになるほどに、その悍ましさが増していった。


「みんな、逃げ……あ」


 目の前の魔物を見上げたハジメの視界の端に、見覚えのある手足がチラッと見えた。


 ハジメは全身が硬直して動けず、眼球だけを必死に右往左往させた。 シノン、トナライ、そしてエマ。 どうやら三人ともに倒れ伏しているようだ。


(……まずい、まずいまずいまずい! 俺だけか!? 俺だけなのか!?)


「ぁ、が……」


 鼓動が限界まで引き上げられ、ハジメは苦しげに悶えた。 同時にそれが、ハジメの脳裏を刺激した。


 ぼとり。 ぼと、ぼとり。


 ハジメを覆う影と、滴る汚液。 これから何が起こるのかは、言うまでもない。


(こいつは俺を食べ……いや、あれだ……何だ? 敵襲……? えっと、シノンちゃん? シノンちゃんがあれで、あれだから……何つったっけ? ……そう。 『魔笛、敵襲、きてます』。 だから、その──)


「──《改訂リビジョン》! ああっ! そうだ、これだ! 俺はこれをやりたかったんだ!」

「ゲ、ぇア?」


 魔物は素っ頓狂な声を上げ、そのいびつな巨体を傾かせた。


「あっぶな……。 作戦通りとはいえ、紙一重だったぞ……? でもまぁ、勝ちは勝ち……だよな?」

「ゥ……エ、ゲッ……ゲ」


 倒れ伏した魔物は、全身を痙攣させながら気味悪く唸りを上げている。 本能的なものなのか、逃げる素振りで立ち上がろう踠いているようにも見える。 しかしそれもうまくいかず、動いては倒れるのを繰り返す様は非常に気色が悪い。 魔物の体毛は全身を覆うにもかかわらず、肘から先は無毛。 何もかもが異質だ。


「お前は頭が良過ぎた。 だから負けるんだ、馬鹿が。 散々俺たちを怒らせた罪は、ここで償ってもらう」

「ゲェッ、ゲ……ェっ……エぁ」


 懺悔なのか、それとも歓喜なのか。 判別のつかないその奇声は──。


「《改訂》」


 ──そのまま断末魔へと変換された。

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