第110話 魂の扱い
「──《天恵》」
ヤカナヤの、光から派生した加護属性魔法。 《破魔》で邪気を退散させる光を生じさせ、《天恵》による神の加護の具現化で効果を拡大させる。
暖かな、それでいて力強い光が照らしている。 最初は、光の柱がヤカナヤの頭上から真っ直ぐ彼の周囲を包み込む程度だった。 柱は次第にその範囲を広げハジメとエマを覆い、それでもなお拡大していく。
(このまま村を全部多い尽くすつもりか? 相当な規模の魔法だな。 それでいて魔法強度も高そうに見える)
ハジメは嘔気を抑えながら、魔法の進展を見守る。
空中に漂う思念のような何か。 ハジメはその存在を肌感で知覚は可能だったが、実際に目で捉えることはできなかった。 その何かが光に触れ、薄らと姿を浮かび上がらせた。
「あれ、が……」
「そう。 怨念とも呼ぶべき、死者の魂だ。 あれらが、瘴気を呼び込む土壌を形成する」
ゥア……アァ、アアアア──……。
光に触れた魂は、絶望とも悲しみとも表現できない呻きのような断末魔を残し、次々に現れては霧散するという様相を呈している。
「嫌……やめて……」
「心の弱い者は、こうして奴らに狙われてしまう」
苦しむエマを見ながらヤカナヤが言う。
「……ハッ!」
ヤカナヤの掛け声とともに魔法障壁が分厚くなったのを、ハジメは肌で感じた。
(後付けで魔法強度を上げる方法もあるんだな。 俺が《強化》を使ってやる方法とは違うらしい)
アァああアアア──……。
ヤカナヤの魔法で調伏仕切れなかった魂のいくつかが、エマに向けて殺到し始めた。 しかしそれらも、ヤカナヤが魔法強度を高めることによって次々に弾き返されていく。
「エマ、無理なら掴まってろ」
「は、はいぃ……」
ハジメはエマを抱き寄せつつ、成り行きを見守る。
(魂って何なんだ? 生きてるのか、それとも……?)
ハジメはどうしてか、この状況が気になって仕方がない。 そして気づけば、魔導書を開いていた。
「何をしている?」
「……《改定》」
ハジメは、怪訝な視線を向けてくるヤカナヤを無視して魔法を唱えた。 対象は、無数に中空を蠢く魂の一つ。
ハジメは見えない手のような感覚で魂を掴み、握りしめた。 そして、突如ハジメの脳裏に浮かび上がったイメージ。
「──ッ……!?」
「ハジメさん!?」
「何をしている?」
「え……?」
エマが覗き込んでいる。 ハジメがキョロキョロと見渡すと、村はすでに静まり返っていた。
(俺は何を……? それに、さっきの映像は──)
「お、わッ! すまん!」
ハジメは自身がエマに膝枕されていることが分かり、急いで起き上がった。
「……俺って、どうなってた?」
「気を、失っていたっす。 大丈夫っすか?」
気づけばハジメの手足に擦り傷があり、倒れてしまったことが分かる。
「エマこそ……って、なんか顔色いいな」
「そうなんす! ヤカナヤさんが魔法で対処し終えたら、途端に気分が良くなったっす!」
「ならよかった。 それでえっと、ヤカナヤさんの仕事は終わったんですね」
「つつがなく、な。 無事、魂は救済された。 ただし、お前の余計な動きがなければより安全だったが」
「あ、え……すいません」
ヤカナヤのチクリとした小言に、ハジメは思わず萎縮した。
「ついでに聞きたいんですけど、俺ってどれくらい気を失ってました……?」
「100を数えるほどもない時間だ。 その間に必要な工程は終えている。 それで……何を見た?」
「え、っと……」
(随分と限定的に聞いてくるな。 これは多分、俺に起こった状況に気づいてるってことだよな……)
「こう言わないと分からないか? “お前が触れた魂は、どんな記憶を有していた?”」
(……俺は、見た。 いや、あの事件を経験した。 ──村が魔物の群れに襲われて村民がオモチャのように弄ばれる様を。 それらを指揮する男の姿とともに)
「……テシガワラ」
「え?」
ハジメがぽつりと溢した単語に、エマは本当に何を言っているのか分からないという顔をしている。 しかしヤカナヤは違う。
「なるほど、得心がいった。 お前が魔法で魂と接続できたことも含めて、全てを理解できた」
「……」
(奴はそう名乗っていた。 知られても問題無かったんだろうな。 全員を殺すつもりだったんだから)
ハジメはあの光景を、まるで自分の身に降りかかった惨事のように思い出していた。
「……っ!?」
今になって、ブルリと身震いが来た。 当たり前だ。 なにせ、殺された者の視点でその現場を体験したのだから。 幸運だったのは、一瞬で意識が刈り取られたこと。 そして自身が、広場中央の支柱に突き刺して殺されたムテガイでは無かったことだろう。
(ムテガイ……。 あんなに陽気な筋肉バカが──って、俺は何を考えてる?)
記憶がやや混濁していることを自覚し、ハジメは慌てた。
「死した魂は、場合によっては憑依者の意識を乗っ取るとも言われている。 ハジメ、お前は問題ないか?」
「ん、ええ、まぁ……」
「気づいた点があれば言え」
「は、い……。 あの、テシガワラって一体……?」
「知っていてその名を発したわけではないのか?」
「あ、いえ、その名前がチラッと浮かんだだけですね」
「……お前は今、魂に自らの精神を害されていないか?」
「だ、大丈夫です。 そのはず……です」
「エマ、ハジメの様子を注意深く観察しておけ。 当方の側に居る限りは問題ないとは思われるが、念の為だ」
「了解っす……!」
エマはそう言われてハジメをガシリと掴んだ。 エマの行動に果たして意味があるのか甚だ疑問だが、ハジメは黙って受け入れることとした。
(問題なのは、テシガワラって奴が明らかに日本人のナリをしていたことだ。 名前的にも、日本人らしさはあるしな)
「テシガワラといえば、先代の王国勇者の名と一致する。 現在その者は大罪人として追われる身。 そして当方も、その者を追っている」
「やっぱりそうか……」
「やっぱり?」
エマは情報が少なすぎるため話が分からないが、それでも置いてけぼりにされないように会話に混じる。
「王国、とりわけ王都では有名だろう。 王妃を虐殺し、王国中で魔物を解き放っている害悪なのだから」
「魔物を解き放、つ……?」
ハジメはそこに引っかかった。 ヤカナヤの発言が妙に気になってしまう。
「魔物被害は経年的に増加しているが、このように村落が次々と滅ぼされることなど以前には見られなかった。 だが、テシガワラの召喚から魔物情勢が激変している。 不可解な魔物被害は数多くあるが、その者が王都を大量の魔物で襲撃した事件を見れば実態は明らか。 一部では魔人すら生み出すとさえ言われているその者を、当方らは非常に重く受け止めている」
「…………」
(当方“ら”、ねぇ……。 どこの組織なんだろうか)
ハジメは、ヤカナヤが大きな組織に所属していることを想定。 すると途端に雲行きが怪しくなり始めた。
「あ、居た居た! おまた!」
「……え?」
声の聞こえた方向の森の中から、シノンとトナライが姿を見せた。 彼女らは全身が薄汚れて衣類も破れかぶれであり、相当な無茶をしたことが伺える。
「シノンちゃん……? 大丈夫なのか?」
「シノン姉さん、無事だったんすね!」
「おうよ! まぁ結論だけ先に言うと、首魁には逃げられたんだけどね。 ……ってか、うーわ。 お父さん、嫌なのがいるんだけど」
シノンはそう言って足を止めた。
「負の感情をそのまま口にするでないわ」
シノンが嫌悪感たっぷりの視線を向けているのは、ヤカナヤに他ならない。 トナライもやれやれといった様子で彼女を見たのち、鋭い視線でヤカナヤに向き直った。
「えっと、皆さんお友達……?」
空気が悪くなってことを感じ取ったハジメは、場を和ませようと言葉を発した。 しかしながら謎の沈黙は維持されたままであり、むしろ逆効果のようだ。
「二人とも、早くそいつから離れた方がいいよ」
しばらく睨み合いが続き、シノンが静かに言った。
「当方も随分と悪い印象を持たれたものだな」
「当たり前でしょ。 君らアースティカって、まともなことしてないし」
「え……!?」
ハジメは驚き飛び跳ねた。
「……組織の名前を、そう気安く言葉にして欲しくはないのだがな」
「そのくせ、揃ってその白装束纏ってるじゃん。 こっそりしたいなら、そのナリから変えた方が賢明だってアドバイスしとく。 んで、ハジメちゃんと君はどんな関係? ハジメちゃんがアースティカって聞いて驚いたところを見ると、色々察するところもあるけど」
(あー、まずいまずい……! すぐ俺の秘密が露呈するのは何なの!?)
ハジメは半ばパニックを起こしつつ、冷静さを保ったふりをしながら成り行きを見守る。
「ハジメ、お前はナースティカ所属だな?」
「違い、ます……」
ハジメはエマを背に守りつつ、ヤカナヤからジリジリと距離を取るよう動いた。
ヤカナヤは、殺気を放ち始めたシノンへの警戒を怠らずハジメを観察し続けている。
「では何者だ? そこの女ら共々、当方らを知る者が多いことは不思議でならない」
「じゃあさ、まずはその服装から見直し──」
「シノン、黙っておれ。 おいも、ハジメの正体は懸念材料だったからのう。 この場で明言させるのが良いだろう」
「ッ……」
(味方かと思ってたら、ここで梯子を外すのかよ……! あー、やばいやばいやばい……。 俺がここで事実を話せば──いや、話さなくても、戦闘になる可能性は高い。 最悪の場合、化け物じみた戦力を有する三人を相手取りつつエマを守らなきゃならない状況ってのもあり得る……。 どうする……!?)
「何か言ってはどうだ?」
ヤカナヤは冷たく言い放つ。
最後通告だ。 ハジメはひしひしとそれを感じ取った。
(マズったな……。 言うしかない)
「……俺は、つい先日左道に入った。 でも俺はナースティカ所属じゃない。 勧誘もあったが、あいつらの考えは理解できないものだった。 だから当然、その勧誘は蹴っている。 あいつらが言うには俺はフリーの左道者らしいし、あんたたちも欲する人材じゃないのか?」
ハジメは自身を取引材料にしつつ、まずは安全の確保を目指す。 エマが居なければ他の選択肢もあっただろうが、この状況において無茶はできない。
「なるほど。 であれば、悪神に沿った方法で魂を救済したはずだ。 それは到底、当方らとして看過できない状況だが?」
ヤカナヤは、さらに発する圧を増した。 ハジメは明確な敵意を向けられ、息が止まりそうになる。 しかしギリギリで堪え、返答を投げた。
「俺は誓って、誰ひとり殺しちゃいない……! 多くの人間が魔物や魔人に襲撃されて殺害される状況を生き残った結果、何の因果か偶然に左道に入った──それだけだ……」
口にしたくない内容を強要され、ハジメの心は締め付けられた。 そこにはレスカをはじめ、苦楽を共にした者たちも多く含まれていたのだから。
「虚偽の内容ではないが、真実からは遠いか」
フッ、と。 ヤカナヤから圧力が消えた。 どうやら最悪の状況は免れたらしい。
(嘘も見抜けるのか……? 厄介だな。 とはいえ、アースティカの連中にも存在がバレたのは痛すぎる。 ただでさえどっち付かずの立ち位置なのに、これからナースティカも含めて接触が増えてくるとなると、のらくらと勧誘を避け続けるのはどこかで限界が来る。 場合によっては、俺を誘拐して組織に所属させる手段さえ取りかねない連中だ)
「何を考えている?」
「いえ……。 ただ、俺には分からないことが多いので……」
(それにしても、やっぱりナール様との接続ができないのは痛い。 俺一人だと、こうも情報が露呈してしまってるしな。 自分で考えようにも、情報が少なすぎるってのもある)
「少なくとも、お前がナースティカの誘いを拒絶したのは僥倖。 加えて神性マナをそれほどの密度で抱え神の寵愛を受けているとなると、やはりお前はアースティカに相応しい人材だ。 当方はお前の加入を歓迎する」
「いや、そんな急に言われても……」
(まじで面倒臭せぇ……。 これって所謂、宗教戦争だよな。 ナール様はマディヤマーとしてこの対立を良い感じにするとか言ってたけど、普通に考えて二者対立をどうにかする無理だろ。 あの人……ってか、あの神様は何を考えてるんだ?)
「まずはお前がアースティカを認識できた。 これだけは重畳だと言っておこう。 今回は収穫が大きかった。 それではハジメ、ヴェリアの民よ。 当方はお前たちと争う気は毛頭ない。 失礼する」
ヤカナヤはそれだけ言い残すと、颯爽と元きた道を戻っていった。
「はぁ……ッ!」
ハジメは派手に嘆息した。 完全にヤカナヤの姿が消えたあたりで、のしかかっていた重圧が一気に解けたようだった。
「ハジメさん、大丈夫っすか……?」
「あぁ、大丈夫だ……。 ただ少し、疲れたな……」
「厄介なのに目をつけられちゃったねー」
疲労するハジメの元に、シノンとトナライが歩み寄る。 彼女らは未だ、ヤカナヤの歩き去った方向への警戒を弱めてはいないようだ。
「……」
「あらら。 お父さん、嫌われちゃったカナ?」
「仕方あるまい。 奴を落ち着ける方法としては、ハジメの秘密を暴露するくらいしか思い当たらなかったからのう。 すまんな」
「いえ……」
(なんでこうも上手くいかねぇんだろうな……。 自分の不甲斐なさに嫌気が差すぜ)
「──で、だ。 ハジメが如何なる存在かを知れたのはこちらとしてもありがたい話だった。 これでハジメに対するおいたちからの警戒も薄れるというものだからのう」
「ハジメさんは怪しい人じゃないっすよ!」
「分かってるって。 エマちゃんは優しいねー。 でも、ハジメちゃんにぞっこんだからって何でも信用するのは良くないんじゃない?」
「シノンちゃん、茶化さないでくれ」
「私も嫌われちゃったかー。 残念残念。 とりあえずそれは一旦置いといてさ」
シノンはそう前置きして続ける。
「現状を伝えると、私たちを襲撃してきた魔物の問題が解決してないんだよね。 あいつらって頭良いからさ、仲間を呼ばれないように私たちを執拗に追ってくるのは明白なわけよ」
「ダメージも与えられなかったのか?」
「首魁とされる魔物には、接近すらできなかったよ。 それでも、戦力を消費してでも逃げ帰らせるくらいには削れたかな」
「一応戦闘はあったわけか。 だからそんなに汚れてるんだな」
とはいえ、シノンにもトナライにも目立った傷はない。
(戦闘の場面を見れなかったのは残念だったな。 でも、ヤカナヤさんが魂を救済する場面を見れたのは収穫か。 もう少しシノンちゃんの到着が遅ければ色々聞けてんだが、これはしょうがないな)
「それで、こっからどうするかって相談なんだけど。 ハジメちゃんが嫌ならここから別行動でも私たちは構わないよ。 二手にバラければ、襲撃される可能性は半分に落ちるからね。 逆を言えば、ハジメちゃんが襲われたらどうしようもないって話なんだけどさ」
「別に嫌とかは……。 俺は一人じゃまだまだ戦力外だし、それにエマもいるし、ここで別れるのは困るというか何というか……」
「じゃあこのままだ。 他人同士だし心象云々はどうしようもないけど、お互いのためってことで集団行動は継続だー」
「よろしく頼む」
「お願いするっす……!」
「じゃあこんな所はさっさとオサラバだ!」
シノンはそう言うと、ズンズンと進み始めてしまう。
「ハジメさん、置いてかれるっすよ?」
「ああ、そうだな……」
(この村の問題は解決したみたいだけど、本当にそうなのか……?)
ヤカナヤにより死した魂は救済された。 しかしながら、ムテガイなどの遺体はそのままだ。
ハジメは後ろ髪を引かれる思いのまま、何度も後ろを振り返った。 ナイアレ村は自身が生まれ育った場所ではないが、魂に触れた影響が大きく出ているようだった。
(もう忘れよう。 ここは俺の村じゃない)
ハジメはかぶりを振りつつ、エマたちの背中を追いかけた。
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