第107話 体現型魔法
魔石。 自然界であればマナ影響を受けた鉱物が魔石と化し、生物体内であればマナ回路の中心である心臓付近にミネラル分を原基とした魔石が生成されるのが一般的だ。
魔石にはマナ吸収と放出の機能が備わっている。 生成過程で魔石内に取り込まれたマナは、放出されることで周辺環境に影響を及ぼし、環境から再度吸収するという形で魔石は成長する。
魔石のマナ吸収機能をメインに運用すれば、マナ貯蔵体──触媒として活用できる。 また高濃度マナ噴出地帯などでは、マナ曝露を低減する予防策にもなりうる。
魔石の放出機能を活用すれば、周辺環境を一変させる装置として作用させることができる。 また魔石の中身を全て吐き出させることで、シノンが食事に混入させたような精製魔石を生み出すこともできる。
「吸収機能だけを特化させた魔石というのがあって、これを使えば魔法使いを無力化できるのよね。 今は詳しい使用方法は教えてあげられないけど、今度はハジメちゃんの番だよ」
昼食も終わり、ハジメたちは再び歩き始めながら議論を続けている。
現在はトナライとエマがそれぞれ馬に騎乗し、ハジメとエマが徒歩だ。
「俺は闇属性と地属性が使える。 って言っても魔法使いになって1年とかそんなもんだし、能力的にもパッとしないんだよな。 神と接触したのはトナライさんの言った通りクレルヴォー修道院だ」
(どれだけ試してもナール様の声が聞けないし、全てを明らかにする必要は無いだろうな。 ナール様からマナを譲渡されたことくらいは言ってもいいか?)
「へー、複数属性なんだ。 存在自体は聞いたことあったけど、実際に目にするのは初めてだよね。 魔導書見せてよ」
「ああ……って、魔導書は安易に見せて良いものなのか?」
「ハジメちゃんは魔法使いとしての基礎すら学んできていないようだね。 ダメだよ、本来ならね。 でも、私に君を害する意思は無いから安心してよ」
「俺から情報を引き出して殺すって可能性はあるだろ?」
「まぁ、確かに? ハジメちゃんは変なとこだけ慎重だよね。 もっと気をつけるべきところがあるのに」
「それは、まぁ……そうだな。 とにかく、魔導書を出すから見てくれ」
ハジメは魔導書を具現化し、隣のシノンに見せてやった。
「色的には闇属性に近いけど、それにしては地属性っぽさがないね」
「そうなのか?」
(やっぱ、魔導書から属性が大まかに読み取られるんだな。 これからは迂闊に魔導書も出せないぞ……)
「ねぇ、お父さん?」
「うむ。 では聞くが、おぬしの使用できる魔法は闇と地が限界か?」
(クリティカルな質問だな。 こうも内臓を抉るように質問される想定が無いから、俺は慌ててしまうんだろうな。 反省しねぇと)
「多分、限界は無い……かと」
「なるほど理解した。 であれば、ハジメの魔導書は闇属性を反映した暗い色調というわけでは無いだろう」
「確かに最初はほとんど黒みたいな感じでしたけど、今はちょっとだけ明るくなってる気がしますね」
(確か、エスナの魔導書は闇と水が混ざり合ってる感じだったんだよな。 各属性の色が出るとするなら、俺の魔導書は焦茶色になるか? いや、あれ……?)
結局答えが出そうになく、ハジメは混乱するだけだった。
「ただし、おいはおぬしの魔導書から属性を正確に把握できるほどの知識は持ち合わせておらん。 全属性が使用可能ということであれば、大体予想はつくがのう」
「……そうなんですか?」
「属性を分けることで、魔法はようやく人間にも使用可能な技能として具現される。 分たれていない属性とはつまり、力の源泉──神に近しいことを意味する。 おぬしの魔法がそうなのであれば、神の系譜を継いでいるか、神の力に触れて発現したものであるという予想がつく。 どうだ?」
「それは多分……後者ですね」
(すげぇな。 知識があれば、そこまで想定可能なのか。 俺も知識をつけなければ、頭の良い人間に対してディスアドバンテージを負うことになるわけだな。 今回は……そうだな。 ナール様に触れて魔法が発現したとしておくか。 アラマズド神もナール様も神には違いないしな)
「であれば、神がおぬしに託したものこそ魔法技能ということになるか……。 興味深いな」
「お母さんは魔法技能までは授かってないもんね。 確かに興味深いよ。 もっとハジメちゃんのことが知りたくなってきたなー。 あ、エマちゃんのこともね?」
「あたし!?」
「そだよ。 神の力というのは周囲に影響を及ぼすからね。 ずっとハジメちゃんと一緒に居たのなら、何かしらの影響はあるはずだよ。 私のお母さんはそっちの専門家だから聞けたら良かったんだけど、今は仕事で遺跡調査中だからねぇ」
「ずっと一緒ってわけじゃないっす」
「ありゃ? じゃあ最近付き合った感じ?」
「付き合っても……いないっす」
「まぁそう、だな」
「なんか変なこと聞いたみたい! すまぬう! 別の話を──っと、そろそろ森に入るね。 気を引き締めていこー」
たどり着いたのは、二つの山が折り重なる稜線部分。 そこは樹林が切り開かれた一本道が続いており、その上空は左右の山々から伸びた枝葉が覆い被さっている。 トンネル状に貫いた道は、馬車二台がギリギリすれ違うことのできる程度には幅がある。
「なんか……不気味っすね」
エマが言うように、そこは入り口の時点からすでに薄暗い。 何やら未開域にも似た雰囲気がある。 わずかに光が差し込んでいる部分があるだけ未開域よりもマシだろうか。
「ここがヒースコート領の境界か?」
「いんや、まだまだだよ。 こんな感じの軽い山越えみたいなのが何度か続くみたい。 山越えっていうか、山抜け?みたいな?」
「危険じゃないんすかね……?」
「私たちは自衛の手段があるから、大丈夫。 エマちゃんはハジメちゃんが守れるよね?」
「ああ、そこは問題無い」
「ん、じゃあエマちゃんは頼むよー。 あ、そうそう。 ハジメちゃん、マナもらっていい?」
「あ、ああ……」
シノンはまたもや説明もなくそういった発言をする。 その度にハジメは訳がわからなくなるが、いちいち全てを質問していても仕方ないので黙って従う。
シノンが取り出したのは六角柱状に加工された魔石。 大きさとしては、手のひらに収まりきらない長径15センチメートルほど。 無色透明なところはハジメも見た覚えがない特徴だ。
「今は中身がすっからかんだからこんな見た目ね。 含んだマナで色が変わるから、そこは分かりやすいかな。 あとコレ、天然物じゃないからね。 天然でこれなら金貨数百じゃ足らないから」
「人工の魔石もあるんすね」
「うん。 だから放出機能はなくて、吸収と貯蔵機能がメインなのよ。 放置しすぎてマナ貯蔵上限を超えたら甚大な被害が起きるから、定期的にマナを消費させてあげないといけないのが懸念点かな。 ほらほらハジメちゃん、マナを入れちゃいなよ」
「これで……いいのか? 複数種類のマナは入れられるのか?」
「いや、無理だね。 属性ごとに使い分けるのが基本だよ。 私たちには属性なんて正直どうでもいいんけどね」
「……?」
ハジメはどんどんマナを注入していく。 そこから体感でマナが半分ほど減ったところで行為を中断した。
「おー、これはなかなか……」
「色もやはり黒ではないのう。 魔石に注入してみると明らかだな」
ハジメのマナを含んだ魔石は、紺色。
「これが俺の魔法の色か……」
(なんか感動、だな。 俺の魔法が色として目に見えるのは、俺が魔法使いっていう証明でもある)
「量もいい感じじゃないのよさ。 マナ枯渇してない?」
「半分くらいだな。 この程度なら大抵のことは問題なくできる」
「ふんふん、なるほど。 魔法使いとして未成熟な割りにマナが多いのは、魔人とか魔人化した人間によくある特徴。 だけどハジメちゃんの場合はそうじゃなさそうだから、神の力って結論でいいと思うよね」
(行動するごとに俺の事情がバレていくな……。 でも仕方ないか。 俺自身が知らないことの方が多いしな)
「エマと俺が先頭で問題ないか?」
「うん、任せるよ」
「じゃあエマ、危なそうなら教えてくれ」
「はいっす!」
「《夜目》」
「お手並み拝見だね。 基本的には何もないとは思うけどね」
「だといいがのう」
トナライの不穏な言葉を聞きながら、ハジメたちは自然環境に穿たれた人工のトンネルに迷い込んだ。
「エマ、大丈夫そうか?」
「赤くないので、まだ多分大丈夫っすね」
「いや、君の魔法というか、マナを心配してたんだけど」
「それも大丈夫っすかね。 分かんないっすけど」
「うーん、エマの魔法?がイマイチ分からねぇな」
道は続くが、すでにここは完全な森の中。 数キロメートル進んでいるが、今の所出口は見えてこない。
「エマちゃんの魔法ってどんなの?」
「えっと……危険が赤く見える、みたいな。 あたしって本当に魔法使い?」
「魔導印もおっぱいの間にあったし、間違いないよ」
「え……?」
エマはドン引きした目でシノンを見た。 ここまでエマは、魔導印をハジメ以外に晒していない。
「さっきエマちゃんの全身まさぐってる間に魔導印探してたのよね。 上半身になかったら、ズボンまで脱がせるところだったよ。 いやー、危なかった危なかった」
「シノン姉さん怖いっす!」
「危ないのはシノンちゃん、あんただよ!」
(まったく油断も隙もねぇな……。 てか、シノンちゃんに害意があったら、俺たちはもう殺されてるんだよな。 こうやって親密になって油断を誘うってパターンもあるわけか)
「魔法的な技能が備わってて魔導書が出ないパターンっていうのは、体現型の魔法使いにままある話だよ」
「体現、型……? また知らない情報だな」
「猿め」
「逐一馬鹿にするのはやめて欲しいんだが……」
「さすがに猿に失礼か」
「俺に失礼!」
もはやシノンは罵倒をハジメに対してのみ使っている。 ハジメも渋々受け入れつつ話を聞く。
「体現型っていうのは、常に魔法が発動してるタイプの魔法使いのこと。 魔法使いが魔法を使うには基本的に魔導書の具現化が必要なことは知っての通り。 エマちゃんが魔法を使用できてるってことは、それはつまり魔導書を具現化してるのも同義なのよ。 だから魔導書の具現化過程は、すでに行なわれているってわけ」
「へぇー、そんなタイプの魔法使いもいるんだな。 まじで魔法って幅が広すぎる」
「色んな人がいるんすねぇ」
「あと、体現型魔法の上達には本人の成長が大きな要素となってるから、エマちゃんは大器晩成の魔法使いだよ。 時間はかかるけど、成熟すれば屈指の魔法使いにもなれる。 諦めずに鍛錬するがよろしいー」
「鍛錬って、どうすればいいっすかね……?」
「それは人それぞれだから、適切なアドバイスなんて無理無理。 これはエマちゃんの問題だから、まぁいい感じに頑張れっ!」
「雑すぎないっすか!?」
「だって実物に会うのは初めてだし? シノンちゃんは何でも知ってるわけじゃないんだよ! ぷんぷん!」
「ご、ごめんなさいっす……」
そうこうしていると、道の先に光が差し込んでいた。
木々のトンネルを抜けると、晴れやかな空が広がっている。
「一旦抜けたね。 ここからは山道みたいだ」
四人は山々に囲まれた盆地のような場所に到達したが、道は一本のまま前方の山に通じている。 そのまた向こう側には未だ山越えが控えているようで、ハジメは心底辟易としてしまう。
「どんだけ続くんだ……」
「ハジメちゃんは貧弱すぎ。 荷物も少ないんだから文句言わないの!」
ハジメの荷物は、折れた大剣とダスクに貰った短剣、そして小物の入ったベルトバッグくらいなものだ。 確かに大した荷物量ではない。
「つっても、武器二本もそこそこ重いんだぞ? 折れてるとはいえ……あ!」
「どうしたっすか?」
「魔法使えばよかったじゃん……」
ハジメは今更ながら補助魔法の存在に思い至った。
「《重量操作》、《減軽》、《強化》──」
ハジメは自身の装備以外にもシノンやトナライの大荷物にも《減軽》を施していく。
「補助魔法か、なるほどー」
「支援方面とすると、見立て通り攻撃性の魔法はあまり期待できんのう」
「初見なのにあまりひどいこと言わないでください!」
「でもまぁ、これで馬たちも少し楽になるね。 これならそれぞれ二人乗りしたら楽なんじゃない?」
「そうだのう」
ハジメはトナライと、エマはシノンと馬に相乗りすることとなった。 一気に移動速度が上がり、馬たちは舗装された山道をゆっくりと駆けていく。
「ハジメ、あまり動くな。 振り落とされるぞ」
「ケツがあまりにも痛くて……」
「つくづく情けない男だのう」
「さーせん……」
ハジメとエマは軽くしたリュックを背負って、それぞれ御者に背後から掴まる形で進行を続けた。
トンネルとは違い、山道は開けているため陽も届いて恐ろしさはそれほどない。 ただし──。
「派手に戦闘したみたいだね」
山頂を超えて下りに差し掛かったあたりで、それは見られた。
「なんだこれ……。 焦げてんのか?」
山の一部が黒く切り取られている。 ハジメたちの居る場所から一直線に兵器でも放出したかのように、木々がごっそりと失われている。 一帯が炭化して朽ちた様子から、単純に人の手で行われたことではないことは明らかだ。
「火属性に関連する魔法かな? 多分魔法使いの仕業だけど、人間以外に同等の存在が居ないとも限らないわけだね」
日没が近づき、この状況も相まって空気は一気に冷え込み始めた。
「残留マナはほとんど見えんがのう。 直近で実行された事象ではないだろう。 痕跡は奥に向かっていることから、進めば遭遇可能性は上がるな」
トナライがシノンと似たような大型ゴーグルを装着して周囲を伺っている。
(俺より色々見えてんじゃね? 魔法使いも形無しだな)
ハジメも同じく警戒を示すように魔導書を展開した。
「戻るにしてもどこまで戻るんだって話もあるし、今日は山頂付近で野営かな」
「大丈夫っすかね……?」
「この世界に安全な場所なんて無いから、心配するだけ無駄だよ。 自衛の手段を増やせば、安全性が比較的にマシにはなるけどね。 その点エマちゃんは体現型魔法で危険が見えるんだし、危険を避け続ければ理論上生存は可能だとは重うよ」
「二人とも支援に厚いようであるからして、実戦となるとおいたちの出番となるか。 シノン、構わんな?」
「ハジメちゃんがエマちゃんを守りさえすれば壊滅はないよね。 だからそれで大丈夫だよ。 ま、何も起こらないに越したことはないけど」
四人は道を引き返し、山頂まで戻った。
「わあ……」
ハジメはエマが見た方角に目をやって、彼女と同じ感情を覚えた。
「広いよなぁ」
山々のうねり。
遥か彼方には沈みかけている陽の光。 それぞれ山の頂上で拡散され、まばゆい光源として夜を迎える準備をしている。
ぽつりぽつりと煙が上がる地点があり、人間の生活も伺える。 大きな集落などは見えない。 しかしながらこの自然空間にも人間が暮らしていると思うと、ハジメは壮大な世界の中に生きていることを実感させられた。
「二人とも、色々準備があるから──」
シノンから投げられた、何気ない一言。 それは、四人の上に覆い被さった影によって掻き消された。
「ハジメさんッ!!! そこ全部赤──」
「……は?」
大岩が、天から降り注いだ。
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