表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第1幕 Road to the Kingdom
114/155

第106話 旅の始まり

 ハジメはどうして魔竜と同じマナを放出しているのか。


「あ……え、っ……?」


 ハジメはシノンからの思わぬ指摘に狼狽えた。 同時に、そのような反応を示してしまったことを後悔する。 さて、どう言い訳をしようか。 そのように考えていると、シノンが続けて言った。


「いや、別に責めてるとかはないよ。 ハジメちゃんが神に触れてるというのも、私たちにとってそこまで特別なものでもないしね。 珍しいといえば珍しいけども」

「えっと……何て言ったらいいか分からないんだけど、神に触れたのは確かだ」


(あーあ、こりゃまたナール様にどやされるな。 でもまぁシノンちゃんの発言が事実なら、ここで偽ることは関係性を崩す要因になりかねない。 世界の事情について詳しい彼女ら親子との繋がりは、大事にした方が良いと思うんだよな)


「なるほど、なるほど。 実はね、私のお母さんも神に触れてるんだよね。 そもそも公国民に、神に対しての王国民みたいな負の感情は無いよ。 安心して話すがいいさ」


 トナライは何も言わないが、ウンウンと頷いている。 ハジメはそれを見てすぐに彼らを信用してしまう。


(でもまぁ、そう全部を話すべきじゃないよな。 エマに話したことに関しても、今更少しだけ後悔してる部分もあるし)


「俺は辺鄙な教会で触れたんだけど、シノンちゃんの母親ってどんな風に神に接触したんだ?」


 ハジメは自身の話をぼやかしつつ、内容を合わせながら進める。


「教会だとかなり接触濃度は高そうだね。 私のお母さんの場合は祠だったらしいんだ。 だからと言って接触が必ずしも影響を与えるわけじゃないんだけど、人によっては何らかの恩恵を得られるっぽいのよね」

「不思議なこともあるんだな」

「ハジメちゃんは神様の姿が見てないの?」

「姿、って言われてもな……」

「ま、そうだよね。 信仰の薄い王国で見れるわけもないか」


(信仰の高さが神の知覚に役立つのか? 神に関する知識もそうだけど、シノンちゃんは色々知ってるな)


「シノンよ、長話もそろそろ良いのではないか?」


 資料を一通り読み終えたトナライが話の中段にかかる。


「ん、確かに。 獲るもの獲ったし、出発するかな」

「あれ、もう行くのか?」

「シノン姉さん、出発しちゃうっすか?」


 別れを感じたのか、エマは寂しそうな声を漏らした。 シノンとの邂逅はごく短いものだったが、非常に濃い時間経過だとハジメもエマも感じている。


「元々モルテヴァに寄る予定はなかったしね」「魔竜調査が未だ完了していない以上、おいたちの活動は終わらん。 おぬしらはこれからどうするつもりだ?」


(エスナとかフエンちゃんはトンプソンって人物に会えって言ってたけど、この約束はまだ生きてるのか? まぁそれはいいとして、エマはどうしたいんだろうか)


「一応、王都には向かうつもりですね。 エマも……」

「どこでも着いて行くっす!」

「ということなので、邪魔じゃなければ一緒して良いですか?」

「こちらも目的地は王都の方面だろうから、おいは一向に構わんぞ。 おいの妻同様、神に触れた者のことをもう少し知っておきたいという意図もあるが」

「私も大歓迎! エマちゃん、旅するぞっ!」

「やったぁ!」


(エマも喜んでるし、個人でできることには限界があるから一緒に行かない手はないな)


「トナライさん、よろしく頼みます。 シノンちゃんもな」

「シノンの話し相手ができるのはありがたい限りだ」

「よろしくちゃん!」


(俺の目的は強くなって戻ることだし、情報収集も必須の作業。 今後も同様の騒動に巻き込まれることを考えると、まだまだ独り立ちできてるとは言えない。 誰かの助けを得られてるうちに、強くなっていかないとな)


 ここまでハジメが一人で旅をした時間など、数日程度。 ここからは王都に向けた長い道筋を辿ることとなる。






「お父さん、気づいてた?」


 モルテヴァを出発したハジメ一行。 移動に際してシノンとトナライは馬を利用し、ハジメとエマの歩行に合わせてゆっくりと速度を合わせている。 シノンらの前を歩く二人は楽しげに進んでいる。


 シノンは前方のハジメに一瞬だけ視線を送ってから、そっとトナライに話し掛けた。


「ハジメのマナのことか?」

「そう」

「当然だ。 あれ程までに濃い神性マナを漂わせる存在は厄災か、それこそ厄災を生み出した神くらいなものだろう」


 トナライは自身の持つ魔導具──懐中時計の形状をしたマナ計測器を取り出しながら言う。 魔竜など厄災を追う彼のような調査家リサーチャーは、このような魔導具を所持することが多い。 とりわけ危険地帯と呼ばれる場所に赴く際には、マナ影響というのは無視できない要素となってくる。 魔法使いならまだしも、非魔法使いにとってのマナは毒そのものだ。


「魔竜が通った場所は数値が高く出ることはあるけど、そこまで振り切ってる数値は見ないね。 すぐそばに魔竜がいるって状況でもなければ考えづらいよ」

「そうだ。 よって、ハジメはノキアと同じ接触者で間違いない」

「だよねぇ。 お母さんも接触者じゃなかったら、“夜”の最前線調査なんかには駆り出されなかったのに」

「仕方あるまい。 アルタクサタは、おいたちヴェリア民の到達すべき場所。 その地を覆う“夜”もまた攻略対象だ。 厄災が神の作品である以上、神の力を以てして対処するのは当然の流れだろう」


 シノンの母、ノキア。 彼女は現在、ヴェリアの古代都市アルタクサタにて実地調査の任に就いている。 また神の力の有用性を発見したのも彼女ということで、調査隊長として前線にも駆り出されている。 そんな母を持つシノンが調査家として活動するのは当然の流れだった。


「そうだね。 ここからは、ハジメちゃんの力を見極めて神の力を解析して……可能ならこちらの陣営に引き入れるのが理想かな」

「そのあたりの関係構築はシノン、お前の得意とするところだろう」

「うん、まっかせて」

「神の断片の触れたのか、力を一部譲渡されたのか、そこが問題だ。 かのベルナルドゥスのように──ん?」

「どうかしたの?」

「いやなに、少し気になることがあっただけだ。 ……ハジメ」

「えっ、あ、はい?」


 ハジメは驚いて振り向いた。


「この付近にはクレルヴォー修道院が存在していたとは思うが、おぬしはそこで神に触れたな?」

「あ、えっと……」


 トナライの発言は憶測を大いに含んでいるが、断定的な質問をすることでハジメの動揺を誘った。 どうやら当たりらしい。


「ハジメちゃんって、反応ですぐバレるよね。 気をつけた方がいいよ」

「そうだのう。 随分安穏とした環境に育ったと見える。 例えばおいたちが神に敵対する勢力であれば、今この瞬間におぬしは殺されておるぞ?」

「そうですね……はい、気をつけます……」


 トナライからこれ以上の追撃が無いため、ハジメはトボトボと歩き始めた。 心なしか落ち込んだ様子にも見える。


「接触者がこれでは、大した力は授かっていないかもしれぬな。 クレルヴォー修道院の神ツォヴィナールは、聖人ベルナルドゥスに力を授けたと聞く。 ハジメは聖人からはあまりにも掛け離れた性質をしておる」

「あー、そっか。 ここって魔法発祥の地なんだっけ。 そういえばお母さんの地図にも記載があったね」


 シノンは自らの母が自室に掲示してあったものを思い出していた。 それは数百年前の世界地図であり、重要施設としての寺社が記載された、神が信奉されていた時代の産物。


「神関連はノキアの仕事だが、この機会に王国の祠などを巡るのも良いかもしれぬな。 接触者がいれば、何かしらの反応も見られるであろう」

「それもそうだね。 せっかく王国にも来たし、お母さんがアルタクサタから出られないならこっちで進めようか。 じゃあそろそろ馬たちも疲れてきたし、休憩としよう」


 シノンは馬を少し急がせてハジメらと並走。


「ハジメちゃん、エマちゃん。 あそこの川辺あたりで休憩にするよ!」

「ああ、わかった……」

「りょうかいっす!」


 雄大に広がる草原に、太い川の筋が見えている。 それは前方の山々から伸びたせせらぎの一つ。 シノンたちの歩んでいる舗装された一本道には、川と交差している部分がある。


 その更に向こう側。 鬱蒼と茂る木々の連なりは人間の侵入を拒むように立ち並び、進行方向全てを覆っていないことだけが救いだろうか。 山と山の間に見える切れ目があり、人間によって開かれたことが分かる。


 ここまでモルテヴァを出て数時間だが、すでに人間の生活感は皆無だ。 道が続いていることだけが人間世界が連続している証明であり、すぐ右手に見える未開域は人外の巣窟。 魔物が大挙して襲来することも十分に考えられる。


「エマちゃん疲れたでしょ?」

「いえ、まだまだ歩けるっす!」

「そりゃ元気でいいねぇ。 だけどこっちはションボリちゃんかな?」

「それは、まぁ……はい」


 肩を落として歩くハジメからは、予想通りの反応しか帰ってこない。


「シノン姉さん、今はそっとしておいてあげるっす。 ハジメさん、こう見えて繊細なんで」

「こう見えてもなにも、貧弱な餓鬼じゃん?」

「うぅッ……」

「姉さん、やめるっす!」


 そうこうしながら進むと、川辺に辿り着いた。 接近すると川幅は10メートルほどあることがわかり、石橋がアーチ状に川を跨いでいる。 川の流速はそこそこだが、馬に乗って渡るには少々厳しそうだ。


「ちょうどそこに木陰があるね。 陽も真上にきてるし、ご飯にしよう!」

「やったやった!」


 元気に返事を返すのはエマだけだ。 ハジメは気怠げにしている。


「おいは馬たちに水をやってくる。 シノンは昼食の準備をしておれ」

「ほいきた! エマちゃん、ついてこい!」

「はい!」


 はしゃいで回るシノンとエマは、きゃっきゃと声を上げながら木陰に走って行った。


「ハジメ、こやつらを川まで連れて行く。 付き合え」

「あ、はい」


 トナライはハジメに馬の手綱を引かせ、そそくさと歩き出した。


「あ、ちょ──」

「ヒヒーン!」

「うあっ!?」


 ハジメが急いで追いかけようと手綱を引っ張ると、馬は抵抗するように上体をもたげた。 ハジメは勢いよく引き摺られ、無様に地面を転がる。


「はぁ……。 何をしておる」

「いってて……。 すいません」

「おいに謝るのではなく馬に謝らんか。 お主は馬を道具か何かと勘違いしておるのか?」

「いや、そんなことは……」

「しておるな。 ここに来るまで働き続けた馬たちに敬意を払っておらん。 おぬしは馬に跨ってなかったかもしれぬが、おいたちだけでなく生活道具も運んでくれているのだから、その働きには感謝せねばならん」

「そう、ですね……」

「分かったのなら丁重に導け」


 ハジメはなんとか馬を宥めつつ川辺へ。 たったそれだけの作業なのに人一倍疲れを増して、馬以上に水を浴びる。 トナライにはハジメが一気に老け込んだように見えた。


「お待たせ」


 ハジメは手綱を木にくくりつけ、トナライから手渡された乾燥豆を馬にやってからシノン他の元へ戻った。






「あ! ハジメさん遅いっすよ! こっち来て手伝うっす」

「ごめんごめん、何すればいい?」

「火の番っす。 消えないように頼むっす」

「お、おう」


 ハジメは枝葉を焚べつつ、定期的に空気を送り込んで火の維持を行う。


「あっつ!? くっそ、なんで──」


(──なんで火の番すらまともにできねぇんだ。 誰かに会うたびに小言ばっかり言われるし、そんなに俺はダメなのか……?)


 考えすぎて卑屈モードに入ってしまう。 ハジメの悪い癖が出てしまっていた。


「ハジメさん、手が止まってるっすよ!」

「ああ、ごめん。 っつ!?」


 ぼーっと作業をこなしていると、エマが手に持った大きめの鍋をドカンとハジメの目の前に置いてきた。


「ちょっと言われたくらいで気にしすぎっす。 ハジメさんはハジメさんらしくしてればいいんすよ!」

「まぁ、それはそうなんだが……」


(エマにこう言われても、この娘は随分と虐げられてきたから軽めに感じてるだけなんだよな。 俺にエマほどの忍耐力は無い)


「他人の言うことなんて、全部を聞き入れる必要は無いっす。 周囲のために自分が変わる必要も無いかと」

「言われたこと全部に対して、確かにって思っちゃうんだよなぁ……。 今んとこ、貫けるほどの自分ってものも無いしな」

「じゃあ大いに悩んで悩みまくるしか無いっすね!」

「悩んでばっかの自分が嫌っつうか、なんというか……」

「いいじゃないっすか、悩んでも。 悩めるだけの余地があるって思えば、たぶん大丈夫っす!」

「……!」


(能天気ってわけでもないけど、この娘の無邪気さには救われるな……。 俺の腐り切った中身ですら、ちゃんと受け止めてアドバイスまでしてくれるなんて)


「エマ、やっぱ君はすげぇな……」

「あたしなんて全然っすよ。 ハジメさんみたいに重大な任務も無いですし、そこまで深く考えてないだけかも?」

「それでも君がいてくれて、助かってるよ」

「これは……! ハジメさんの中でのエマ株爆上がりっすか!?」

「そう、かもな」

「えッ……なんだか照れ──」

「ちょっとちょっと君たち! 仲睦まじいのは良いけど仕事して!」

「──わっ!?」

「あ、すんません!」


 ハジメはシノンの介入によって現実世界に強制連行されてしまった。


「エマ、ありがとな」

「困った時はお互い様っす」


 食事が出来上がり、四人は鍋を囲んだ。


 鍋では豆や乾燥野菜が雑に煮込まれており、牛のドライソーセージ数本が細かく刻んで投下されている。 味大半はソーセージからの出汁が効いており、もう一つ特別な味付けがなされている。


「なんか、独特な味だな。 何の味なんだ?」

「それはねぇ……コレでっす!」

「魔石っすか?」


 シノンは色の抜けた魔石を手にしている。 しかしながら、それそのものが鍋に沈んでいる様子はない。


「知らない?」

「知らねぇっての」

「あー……」

「おい、また未開人とか言うなよ? シノンちゃんの常識と俺らのそれは乖離があるんだからな」

「じゃあ愚かな猿に教えてあげるんだけどー」

「ひどくなってんじゃねぇかよ、ふざけんな」


 シノンが握るそれは、精製した魔石。 精製して純度を高めた魔石は内側からマナが溢れ出すことはなく、非魔法使いに対する悪影響は失われる。


 魔石をパウダー状にまで細かく砕き、経口的に取り込むことでマナ受容体を後天的に生み出そうという試みがある。 これはヴェリアでのみ完成された技術であり、しかし未発展な分野でもある。 この試みが必ずしも良好な結果繋がっているわけではないが、ある程度成果が見られているようだ。


「なんでそんなことするんだ? 魔法使いを生み出そうとしてるのか?」

「魔法使いがマナを毒として認識しないのは、マナ受容体が備わってるからでしょ? それなら非魔法使いもそうなるようにしたいじゃん。 世界中のマナ濃度が年々上昇してるんだから、普通に生活しててもマナ被曝に困るようなことがないように対処しようとしてるんだよ。 この行いが結果的に後天的魔法使いの出現に繋がるかもしれないって期待がないわけじゃないけどね」

「危なくないのか?」


 ヴェリアは研究調査に重きを置く国家。 個人的な研究も積極的に国が応援し、それがさらに研究を推し進める動力にもなっている。


「もちろん危ないよ。 だから身を以て研究実験するわけよ。 私たちヴェリアからしたら、未来を予測して動けてない他国の愚鈍さは目に余るよね。 後手後手の対応なんて、馬鹿のやることだよ。 あ、でもトラキアだけはマトモかな」


 シノンはさらっと話しながら食事を頬張る。


「シノン姉さん、そんなの食べてあたしたちは大丈夫……?」

「大丈夫でしょ? 何も問題なくない? 魔法使いじゃなかったら料理は別にしてるはずだし」

「あ、あの……」

「うんうん、エマちゃんが魔法使いなのも分かってたからね。 ヴェリアの技術をなめるんじゃないっ!」


 エマはシノンの楽しそうな様子が少し恐ろしかった。 自身が魔法使いということを告げてもいないのにバレてしまっていたのだから。


「シノン姉さん、あたしが魔法使いっていつから知ってたっすか……?」

「んー、最初から? 不用心に眠りこけてる君たちを遠くから発見した時点で、魔法使いかどうかとか力量とかは見てるよね。 じゃなきゃこっちから話しかけたりしないって」

「それは、そうっすね……」


 シノンは暗に、ハジメとエマを容易に屈服させられると言っている。 もしかしたら、二人が知らない何かをすでに仕込まれている可能性もある。


「シノンちゃん、俺たちってそんなに迂闊か?」


 ハジメもシノンが恐ろしくなって聞いてみた。


「迂闊は迂闊だけど、たぶん私たちヴェリア民を相手にしたらみんなそう感じるんだと思うよ。 現状帝国が最強みたいな風潮があるけど、実際は公国の方が何倍も国力があるしね。 軍事力でも公国が上なのは間違いないかな。 私たちが自己主張していないから、帝国が勘違いしてるだけなんだよね」

「あれ、でもヴェリアって、公国って言うからには帝国の俗国なんだよな?」

「そうらしいね。 でも俗国化したのは百年くらい前だし、現代もそのままというのはあり得ない話だよ」


 シノンは特に誇張する様子もなく、ありのままを話しているように見える。 恐らく彼女の話す内容は概ね事実なのだろう。


 ハジメは他国のことなど今まで考えたことはなかった。 シノンからこのような話を聞かされて、ハジメは自らがとても狭い環境でしか生活していなかったことを思い知った。


「すごいっす。 あたしの知らないことばっかだ」

「魔法に関しても、俺たちより遥かに知識がありそうだよな」

「そんなこと、あるかもねー」


(やっぱ知識は力だよな。 だからこそ、帝国よりも強大と言わしめる公国の知識は是非引き出しておきたい。 ここから単に旅してサヨナラだけじゃ、俺の成長にもならねぇし。 だから──)


「頼むシノンちゃん!」

「おっ、どしたどした?」

「無知な俺に色々教えてくれ! このままじゃ俺、弱いままだ……!」


(結局ここまで、誰かを犠牲にしてしか生き残ってきてないんだ。 たまたま生存できてるだけで、俺の力なんて蚊ほども役立っちゃいない。 どこかでシノンちゃんらと別れるとしても、その時点でエマを余裕で守れるくらいには強さが必要なんだ。 この際、プライドとか下らないことは考えちゃいられないんだ)


 急に頭を下げて教えを乞うハジメに、他三人が驚いた様子を見せている。


「おうおう、ハジメちゃん顔を上げなよ。 君は悩み過ぎだし、急ぎ過ぎだって」

「俺には時間がねぇんだ」


(本当に時間がない。 俺がこのままである限り、無駄な犠牲は出続ける。 ずっとナール様と連絡が取れないのも、俺の焦りを助長してるな……)


「ハジメちゃんは青いねー。 でもまあ、私たちに教示を仰ぐのは正しい判断かもね。 君が何に悩んでるかを知る意味でも私たちに力を見せるのは必要な工程だし、それが信頼関係構築にも繋がるんだよ。 期せずして、ハジメちゃんは正解を引いたわけだ」

「それなら、良かったけど」

「ハジメちゃんついでに、エマちゃんは何か魔法で悩んでないの?」

「あたしはそもそも魔導書が出ないので、魔法使いってハッキリとそう言えるか怪しい感じっすね……」

「悩みがいっぱいだ! こりゃ腕が鳴るね」


 ハジメはクレルヴォー修道院を出てから誰かに悩みを相談などしたことがなかった。 だから今回、他人に教えを仰ぐことができるのは貴重な体験だと言える。


「そう言えばさ、エマちゃん。 現段階でここ四人の強さに順位付けてみてよ」


 食事は進み、シノンがこんなことを言い出した。


「えー、っと……。 トナライさん、ハジメさん、シノン姉さん、あたしって順っすかね」

「じゃあ正解言うね。 例えばここから、よーいドンで殺し合いしたとするとー」

「はいっす」

「ハジメちゃんとエマちゃんがほぼ即死して、私が死ぬまでにお父さんが傷つくかどうかって感じかな」

「え……」


 シノンは続けて恐ろしいことを言う。


「魔法使いを殺す方法っていうのがあるからね。 これを知らない相手なら、初見殺しが可能かな。 良かったね、今回知ることができるよ」



          ▽



 クレルヴォー修道院──。


「ツォヴィナール様……!」


 血相を変えたパーソンが礼拝堂に雪崩れ込んだ。


「パーソン、冷静さを損なうなど……恥を知れ」

「も、申し訳ありません……。 ですが、このような珍事──いえ、奇跡など……」

「分かっておる。 湖が全て聖水に昇華しておったのであろう?」

「は、はい……」

「そなたもわかっておろうが、これは妾の仕業ではない。 妾は所詮、人の身に封じられた神の紛い物よ」

「で、ではこれは、レスカによるものでしょうか……?」

「さて、どうだかな」


 ツォヴィナールはレスカの安置された棺を見遣ると、空気を掬うように両手を広げて動かした。


「これらは神性マナを存分に含んでおるが、一方ではレスカの水属性を反映した色合いを呈しておる。 もはや妾の領域を塗り替えんばかりの侵食具合だな」

「色合い、ですか……」

「人間には見えぬ。 マナを識別するなど、人間には過ぎた力よ」

「そうですか……」

「して、パーソン。 そなたは手ぶらでここにやってきたわけではあるまいな?」

「はい。 これより聖水の効能を把握して参ります」

「許す。 急ぎ取り掛かれ」

「はっ」


 パーソンは小走り気味に礼拝堂を後にした。 ツォヴィナールはそれを確認してから口を開いた。 再び右手で中空を撫でている。


「さて、これらのおかげでハジメとの接続も阻害されてしまったな。 レスカか、彼の者か……いずれにせよ、妾の聖域が汚されるのは到底看過できぬな」


 ツォヴィナールには珍しく、彼女の顔面には不満に溢れた表情が貼り付けられていた。

本作を読んで「面白い」「続きが気になる」と思われましたら是非ブックマークをお願いします。

また↓の広告のさらに↓に☆☆☆☆☆があり、タップで作品評価になります。

作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ