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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第4章 第1幕 Road to the Kingdom
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第104話 霧晴れ

第3章で様々な要素を詰め込んだおかげで、随分と長くなってしまいました。

第4章からは、ようやく世界に旅立っていきます。

「行ったか……」


 ハジメは未開域から顔を覗かせて対象の行動を観察していた。


 現在は夜。 霧が晴れてしまったこともあり、夜でも視界は少し良くなっている。


「だ、大丈夫っすか……?」

「多分な。 マリスの話が事実なら、あいつらが今代の勇者ってことだけど──」


(髪色は違ってたけど、顔立ちは日本人っぽかったな。 どこかで見たことがある気がするけど、これまでの友達の中にあんなのは居なかったから気のせいだな)


「……?」

「いや、何でもない。 ひとまず生き残れたのは良かったとして、こっからどうするかだよな……」

「そう、っすね」


 マリスはすでにハジメらの元を離れている。 魔竜の存在が消失したために、どうにもやるべきことが出来たらしい。


「こんな場所にずっと居るのも危ないし、一旦どこかに隠れるか。 この辺って町とか村ってあったっけ?」

「付近には無い、かと。 数日北に歩けばあるらしいっすけど」

「そうだよな……」

「さっきの人たちが北に向かってるから、モルテヴァの方が安全と思うっす。 マリスさんが言うには、もうこの辺りに危ない存在はいないっぽいですし」

「そうするか」


 そうしてモルテヴァに向かったハジメとエマ。


「これ、は……」

「ひどいっすね……」


 無人の廃墟。 その表現がピッタリだろう。


「エマ、この辺りは安全か?」

「特に危ない色は見えないっす」

「じゃあ何か感じたら教えてくれ。 手は絶対に離すなよ?」

「も、もちろんっす……!」


 エマはハジメの手を一際強く握った。


 二人は奴隷区画から入り、平民区画を経て商業区画へ。


「本当に誰もいないな……。 原型を留めてる建物が一つもねぇ」

「でも、血とか衣類はそこら中に残ってるんで、誰かがいたってことは確かなんですよね……」

「そう、だな……」


 ハンターギルドと魔法使い組合を物色しながら、次は貴族区画へ。


「収穫はあったな」

「なんだか悪い気も……」


 ハジメはそこそこの金銭と魔石を窃盗──入手していた。


「俺が勝手にやったことだ。 生きるために必要ってことで見逃してくれ」


 結局、それ以降で大した収穫は得られなかった。 どうやら先に物色した者がいたらしいことが分かり、ハジメは警戒心強めに行動を切り上げた。


「本当に町の人たちは全員死んじゃったんすね……」


 瓦礫のそばで身を寄せ合って座る二人。


「俺らが生きてるのは、むしろ奇跡に近いんだろうな」


(そうは言いつつも、周囲を犠牲にして俺が生き残ってるというのが正しい理解なんだろう。 俺のために、一体どれだけの人間が死ななきゃならねぇんだ……)


「ハジメさん……?」

「とにかく、これからのことを考えよう。 生き残れた以上は、俺たちにはまだやるべきことがあるって見方もできるわけだしな」

「確かに」

「エマはこれからどうしたい?」

「こうやって生きてられるだけで、心から感謝してるっす。 全部ハジメさんのおかげなんで、どこでもついていきますよ!」

「そう、か。 そうだよな。 助かるよ」


 エマにはっきりとそう言われ、ハジメは思わず言葉に詰まってしまった。


(違うんだ、エマ。 俺は君が思うような良い人間じゃない。 他人を強制的に不幸にしてしまう災害なんだよ。 生かしてしまった限りは責任を取らなくちゃならないけど、いずれは……)


「──ということなんで、どこでも行くっす」

「ああ、えっと、なんだって?」

「ひどい! 聞いてなかったっすか!? せっかくあたしが未来の展望を語ってたのにぃ!」

「ごめん、ごめんって! ちゃんと聞くから! もっかい言ってもらっていいか?」


 ぷんすかと怒るエマを見て、ハジメの懸念はいつの間にか少し薄らいでいた。 だからそのまま、マイナス感情はどこかに置いておくこととした。


「だからぁ、あたしはずっとこの町しか知らなかったんで色々見てみたいんすよ!」

「……!」

「え、あれ? あたし変なこと言ったっすか?」

「……いや、何でもない。 ちょっとびっくりしただけだ」

「どこかびっくりする要素あったっすか?」

「スケールが広いなぁ、って」

「ハジメさんに比べれば、全然狭いっすね」

「そうか?」

「あたしには神様とか良く分かんないっすけど、ハジメさんの方が断然すごいっすよ」


 そうやって話していると、二人して徐々に眠くなり、気づけば朝を迎えていた。


「お父さん、こんなとこに人がいるよー?」


 ハジメは陽の光を脳裏で感じながら、朧げにそんな声を聞いた。


「ん……?」

「ねぇねぇ、君たちこんなとこでなにしてんの?」

「エマか……。 ごめん、あと五分……」

「ねぇねぇ。 ねぇってばぁー」


 ハジメは身体を激しく揺すられながら、不快感を溜め込んでいく。 そうしているうち、すぐに限界が来た。


「うるっ、せぇ……!」

「おわっ!?」


 ハジメが目を開けると、そこには見知らぬ女性が驚いた様子で立っていた。 女性は褐色肌に白い髪。 露出高めの作業服のようなものを着込んでおり、背中には巨大なリュック。 頭にはサイズの合わない大きめのゴーグルを掛け、全身にゴチャゴチャと細かい装備が取り付けられている。 控えめに言って、とっ散らかっているという印象が強い。


「……え、あ……すいません、間違えました」


 ハジメは相手がエマじゃないことが分かり、途端に恥ずかしくなって謝罪してしまう。


「んーと、私はシノンっての。 君たちは誰? ここってモルテヴァだよね? こんなとこで何してたの? もしかして、廃墟でエッチする激イタカップルだったり? でもさ、あんまり身を隠せそうなとこもないし、風情があんまり無いよね。 それにさ、青姦って変な病気もらっちゃうから──」

「こら、やめんか。 一気に質問するでないわ」


 矢継ぎ早に捲し立てるシノンに対し、投げかけられたのは中年らしき人物の嗄れた声。


「あ、お父さん。 こんなとこで寝てる人がいたんだけど」

「見えておる。 おぬしら、おいの娘が申し訳ないことをした。 ほれ、お前も謝らんか」

「えー、何も悪いことしてないんだけどなぁ。 ごめんちょ?」

「まったく……。 おいはトナライと言う者。 おぬしらのことを教えてもらってよいか?」


 トナライと名乗る男性は、小柄ながらがっしりとした肉付きの中年男性。 シノンと褐色肌は同じであり、彼もまた大量の荷物を全身のあらゆる部分に装着している。 全身を分厚い革製の衣類で固め、ドワーフといった表現がピッタリな見た目をしている。


「えっと、俺たちは──」


 トナライが警戒心を生まないように話しかけてくれたおかげで、ハジメも落ち着いて返答することができた。


「なるほどお。 そんなことがあったんだ?」


 ハジメはモルテヴァの騒動から魔竜の出現など、特別隠すようなこともないため詳らかに説明を行なった。


「おぬしらはこの辺りの人間だったか。 おいたちはヴェリアから来た。 調査家リサーチャー探検家エクスプローラーを兼任し、世界を旅しておる。 魔竜の調査のためここまでやってきたわけだが……」

「ここまで町が崩壊するって、なかなか無い経験だよね。 君たち、よく生きてたもんだよ」

「はは、まぁ……」


(エスナから聞いた限りは、領主以外にもドミナさんとかリセスさんも騒動の悪化に関わってたみたいだしな。 その辺はあんまり話すべきじゃないか。 魔人と魔竜が暴れたって線で話は通してるから大丈夫だろうけど)


「んー、どうしようかなぁ。 魔竜に関わる事象を観測した人間が少ないのは困ったところだねぇ」

「魔竜自体も消えてしまったからのう」

「はぁ……」

「お父さん、私ちょっくら町中見て痕跡探ってくるよ」

「おうさ。 おいはこやつらから詳しく話を聞いておくかのう。 よいか?」

「それは、まぁ……大丈夫ですけど。 エマ、良いよな?」

「は、はいっす!」

「んじゃ、行ってくる」


 わっさわっさと荷物を揺らしながら駆けていくシノンを、エマはキラキラした目で追いかける。


「エマ、なんか良いことあったか?」

「あ、いえ! 旅するのって楽しそうだなぁって思っただけっす!」

「旅は、そうだな。 俺もそんなに旅した経験ないから、楽しそうではあるよな」

「いいなぁ。 トナライさん、あたしからも旅の話とか聞いていいっすか?」

「ああ、お安いご用意だ。 しばし親睦を深めるかのう」

「はい!」


 ヴェリアからの来訪者。 彼らとの邂逅が、ハジメの進路を規定することとなる。



          ▽



「さて、勇者は行ってくれたわね。 領主もどこかに消えちゃったけど、これはどう評価すれば良いのかしら?」


 未開域の奥地。 そこにエスナは居た。


「私としては任務失敗ね」


 そう返すのは満身創痍のドミナ。 彼女もまた、今回の騒動を生き残っていた。


「とは言うものの、モルテヴァという町を目の敵にしていた依頼者としては、今回の件は良い方向に働くかな。 つまり、ギリギリ妥協できるラインってこと」

「そう」

「リセスのことは残念だったけど、あなたが死体を回収してくれたから助かったわ。 ありがとう」


 ドミナは膝の上でリセスの髪を撫でながら、素直な気持ちをエスナに伝えた。


 リセスは冷たくなって動かないが、表情は穏やかなものだ。


「礼ならユハンに言ってあげて。 彼の魔法が無ければ、私たちは生きていないわけだしね。 もしかしたら、領主の中にまだ彼が居るかもしれないから」

「もう一回アレと戦うのは勘弁して欲しいところね。 ゼラとメイは両方生き残ったわけだし、あなたたちが相手したら?」


 ドミナは疲れた顔のまま、視線をゼラに投げた。


「僕たちの目的は達せられてるから、態々ロドリゲスと戦う気はないかな。 一旦本国に戻るよ」

「本国?」

「僕たちは帝国の人間だからね。 ずっとモルテヴァに潜入して、色々悪さをしてたってわけ。 そういう意味では、君たち殺し屋とやってることは同じかな」

「へぇ、そう」


 疲労感のためか、ドミナは興味なさげに宙空を見上げた。


 未開域上空の霧は晴れ、本来暗く覆われていたはずの森には夕陽が差し込んでいる。 心なしか、魔物への警戒心も解けてしまう。


「そう言えば、他に生き残りは?」


 ドミナが目覚めた時には、ここにいる他三名以外はすでに発った後だった。


「ニナとジギスは早々に旅立って行ったわ。 どうにもやるべきことがあるみたい。 あと、フエンちゃんは先に王都へ戻ってもらっているわ。 だから、計七人が今回の生き残りね」

「数千いた人間が七人って、大変な事件に発展しちゃったわね。 その殆どが外部の人間で、純粋に残ったのが奴隷だけというのは随分と風刺が効いてるじゃない」

「ええ、笑えないけどね。 あとは……」


 エスナは周囲にマナを散布。 しばらく置いてから再び話し始めた。


「ハジメとエマも生きてるみたい。 だとしても、モルテヴァ本来の生き残りは被虐民と奴隷だけね」

「良かった、ハジメ君も生きてるんだ……。 彼は今どこにいるの?」

「森を出て町に戻ってるようね」

「……すごい感知範囲ね。 それも左眼のおかげかしら?」


 エスナの左眼窩には眼球がしっかりと収まっている。 ロドリゲスに抉られたはずの傷口も治癒しており、異なるのは網膜の色。 左眼は黒に近い灰色を呈している。


「多分ね」

「へぇ」


 ドミナはそれ以上突っ込んで話をすることはない。


 完全魔人化していることしかり、魔竜を取り込んで支配していることしかり、エスナはすでに人間の域を大きく出てしまっている。 そんな彼女の気分を害する余裕は、ここに居る誰にもなかった。


「そろそろ私は王都に向かおうかな」


 身を十分に休めたエスナが、そう切り出した。


「ハジメ君に会わなくていいのかしら?」

「大丈夫よ。 ハジメとはいずれ必ず会うから」

「ふーん。 じゃあ私も一旦家に帰るとするかな」

「ドミナ」

「なによ?」

「モルテヴァで、ハジメの面倒を見てくれてありがとう」

「私は何もしてないわよ。 ちょっとの間、好き合ってただけなんだから」

「そうね。 いつも随分な乱れようだったものね」


 ドミナは一瞬顔を赤らめ、すぐに気を取り直してエスナを見た。


「……あなた、何を知ってるの?」

「後ろから激しくされるのが好きなのね」

「ちょッ!? その記憶は消させなさい!」

「私はハジメの様子をこっそり伺ってただけ。 そこに映り込んでくるあなたが悪いと思うのだけれど」

「あ、あんたねぇ……! 誰にも言うんじゃないわよ!」

「じゃあ僕たちは帰国するから、君たちはずっと喧嘩してな」


 呆れたゼラが、鬱陶しそうな表情で二人を見ていた。


「うっさいわよ。 さっさと帰りなさい」

「付き合いが長かったのに、その反応はつれないな」

「言ってなさい。 別にあんたとは友達でもなんでもないわよ」

「ま、それもそうか。 あと、エスナ」

「何かしら?」

「僕たちの主人ロウリエッタと、フエンの主人トンプソンは、帝国で肩を並べる間柄だ。 だからまたいずれ、君とは会うと思う。 その時を楽しみにしてるよ」

「こちらは会わないことを祈ってるのだけれど。 私もあなたに一つ言っておくと、今後ハジメに手を出すなら容赦無く悲劇を降らせるから。 そのつもりで、ね?」

「気をつけるようにするよ。 ドミナもせいぜい長生きしな」

「はいはい、お疲れさま」


 ゼラはメイの召喚した魔物に乗って去っていった。


「そう言えばエスナ、あなたゼラを殺すとか言ってなかったっけ?」

「メッセンジャーとして生かしておくの。 私の存在を知ってもらわないといけないからね」

「よく分からないけど、あなたが良いならそれで構わないわ。 ……じゃあ、行くわね」

「ええ、さようなら」


 エスナはドミナの背中を見送ると、魔導書を取り出しつつ周囲に霧を散布させた。 霧が彼女に纏い付く。


 湿った風が、木々の間を抜けていく。 風を受けた霧は拡散し、厚みを失った水蒸気は単なる水粒へ。


 しんとした空気が森に残る。


 エスナの姿は、もうどこにも無かった。

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