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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第1章 第2幕 Messenger in Lacra Village
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第6話 踊るピエロはかわいくない

「さて、このような田舎に居るんですかねぇ……? 本当にトンプソン様がそれを見たのか怪しくなってきました」

「旦那様を疑ってはいけないのです」

「しかしここまで大した情報もなかったでしょう?」

「リバーさんは顔面が凶悪だから情報収集に不都合が出やすいのです。 顔面の改善を推奨するです」

「辛辣ですねぇ」

「全然可愛くないです」


 山間を走る小さな馬車。 その御者台では巨漢の男と小柄な少女が他愛も無い話を続けていた。


 男の名はリバー。 彼は丸々と肥え太った巨体に真っ黒でぱつぱつの密着スーツ、そして顔面はピエロメイクである。


 少女の名はフエン。 彼女は碧色の髪を後ろでお団子にして、黒いオーバーオールの内にはシャツと短パン、そして革装備などを多数取り付けている。


 二人の衣類は綺麗にしつらえられており、彼らが階級の低い人間でないことが容易に窺える。


「フエンさん、次の滞在地までどれくらいですか?」


 リバーに質問され、フエンは地図を目の前に広げたまま答える。


「あと半日ほど、ラクラ村が次の目的地です。 前の町で聞いた限りは、特に目ぼしい生産品のない開拓村だと聞いているです」

「収穫がなさそうですねぇ」

「どうして何も知らないです? リバーさんは前の町で何をしていたですか?」

「私も情報を集めていましたよ。 主に盗賊や魔物などについてですがね。 とりわけ気になる情報はありませんでしたが」

「……あまりの情報収集能力の無さに、フエンはリバーさんの将来を憂うのです」


 じとっとした目を向けるフエン。


「あまりひどいことを言わないでください。 ちゃんと情報はありますから」

「何なのです?」

「“悪い空気”──瘴気が発生しているという噂があります。 数年前に一度、爆発的なそれを経験したという人間がいましたよ」

「神を信じない国には当然の末路なのです」

「そうは言っても同じ人間同士なのですから、見過ごせない事態ですよ。 トンプソン様もそれを気に掛けて動かれていますしねぇ」

「それならしっかり働くとするのです」


 翌日、ラクラ村では──。


「おーい、今日って誰か来る予定あったか?」


 男が櫓から下の連中に声を投げている。


「いんや、聞いてねぇべな。 村長さ聞いてみっか?」

「ああ、頼む」

「じゃあ言ってくんべ」


 男の視界にはラクラ村を目指す馬車が一台。


 ラクラ村はエーデルグライト王国の南端、そのどんつきに存在している。 そのため馬車の進行方向は分かり易い。


 ラクラ村には二週間に一度の頻度で行商が立ち寄ることになっており、それ以外に村に用件のある人間はまずいない。 そして本日は行商が訪れる予定はない。 だからこそ櫓の男は異変を察知して使いを走らせたわけだ。


「あんなおかしな格好のやつは見たことないな……」


 櫓の男は目を細めて御者台に座る人物を観察している。 そこには手綱を握るには不釣り合いな巨体がふんぞり帰っており、とてもまともな人種には見えない。


「おい、誰が来た?」


 村長メレドが村の入り口までやってきた。


「見慣れない馬車が一台、こっちに向かってます。 どうしますか?」

「行商か?」

「どうにも面妖な様相の男が御者台に……」

「ふむ、ひとまず話だけでも聞くとするか。 もしかしたらあれに関わる者かもしれん。 ……よし、お前たちはここで待機じゃ」


 何かがあった時のために、メレドは手の空いている男どもを連れてきている。 メレドは彼らを使うような事態にならないことを祈るばかり。


 彼らが緊張の中待っていると、村の入り口で馬車が動きを止めた。


「ここはラクラ村でよろしかったですか?」


 御者台から丁寧な口調で降りてきたのは、奇妙な風体の大男。 次いで荷車の中から姿を見せたのは小柄な少女。


「え、ええ。 こちらはラクラ村となります。 儂はこの村の村長を務めております、メレド=ラクラと言う者です」

「あーいえいえ、ご丁寧にどうも。 私はリバー、そしてこの娘はフエンと申します」

「リバーさんにフエンさんですか。 して、どういったご用件でこのような村まで?」


 抗争を起こしにやってきた人物では無さそうなことにメレドは安心し、定型分で会話を押し進める。 しかし安心できそうなのはリバーの人柄だけで、見た目は凶悪犯のそれだ


 メレドが丁寧に応対するのは、リバーとフエンの衣服が高級にしつらえられたデザインをしているからだ。


 メレドは何度か領主直下の町へ訪れたことがあるが、リバーらの服装は町で見た煌びやかなものに近しく思えた。 そのため彼らが上流階級に近い場所にいるのは容易に想像できる。


 行商でかなり儲けているのだろうか。 メレドはそんなことを考えながら会話を続ける。


「私たちは世界中を巡って旅行がてら、行商の真似事などしておりましてね。 その過程でこの村のことを聞きまして、立ち寄らせてもらったのですよ」

「世界中を……! それは大変な長旅でしょう?」

「長い間国にも戻れていませんね。 ですがどうにもこの辺りは自然が豊かだと聞きましたのでね。 ぜひ見てみたいということで参った次第でございます」

「そうでしたか。 この辺りは確かに自然が多くございますが、それ以外はパッとしない簡素な村です。 お二人がお気に召すようなものはないかもしれませんが……」

「人とのつながりも旅の醍醐味ですから、無駄なものなどありませんよ。 ところで、どうでしょう? 私どもは旅の過程で様々なものを手に入れていますし、交易品などはご入用ですか?」

「それは是非……と言いたいところですが、あいにく裕福な村ではございませんので」

「では、しばらくここに滞在させていただいても構いませんか?」

「それを断る理由はございませんが、あまり贅沢なおもてなしなどは……」

「この自然を見ていればそれだけで癒やされるというものですよ。 泊めて頂きましたらその代価として私どもから貨幣や、有用な品などを差し上げる用意もありますので」

「そ、そうですか……。 それでは村へお入りください。 宿までご案内いたします」

「それではお世話になります」


 ラクラ村からの許可を得て、リバーとフエンは村への侵入を果たした。 その様子を仕事中の村人が見守るが、全ての視線はリバーの顔面に吸収されてしてしまっている。


 リバーは厩舎に馬を預け、宿に身を置くこととした。 宿が質素なのは、人間の滞在を想定していないのだからだろう。


「さてフエンさん、村をぶらつきましょうか」

「その顔面で、です?」

「もちろん」

「はぁ……。 先ほどざっと眺めた様子では、ブラつけるほどの広さもないのです。 村人の聞き取りはフエンがやるので、休んでリバーさんは休んでいるです。 その代わり、夜の間はお任せするです」

「では聞き取りはお任せします。 私は夜までふて寝してます」

「荷馬車の中身を使って良いです?」

「ご自由にどうぞ」


 リバーを置いて、フエンは宿を出た。


 フエンが村を見て回っていると、可愛らしい彼女の姿に大人たちの視線が奪われる。 同年代らしき子供たちも遠巻きにフエンを見ている。


(どうにも、村という単位は精神的独立を果たせない人間が多くて嫌なのです)


 フエンは村の人間の数と顔、それぞれの役割、そして家々の配置などをかなりの速度で記憶していく。 情報収集のためにはまず地形や人間関係の把握などが必須だ。 その前準備としてフエンは目的もなく村を回った。


 村人から生活の様子を聞いてみたりご飯を振舞ってもらったり、そこそこ充実した内容で時間が進んでいく。


(森の向こう側から煙、です?)


 夕方になって陽も落ち始めてきた頃、村から離れた場所から立ち上る煙がフエンの視界に映った。


「あれは何です?」


 仕事を終えたであろう近くの男性に、フエンは煙を指差しながら聞いてみた。


「ああ、あそこには近づかない方がいいよ。 不吉な姉妹が住んでるだけだからね」


 それだけ言うと彼は去っていった。


(不吉……? 何やら気になるです)


 煙は薄い森、というよりは林を挟んだ向こう側から生じていた。 木々によって少し遮られるために、ここからでは広い田畑が広がっていることくらいしか確認できない。


(村八分、ですか。 やはりここは精神的に成長の大きくない村なのです)


 こういった迫害行為は大して珍しいものではない。 しかしそれが姉妹というのなら、特別な何かがあったことを予測させる。


 調べようとしたが、フエンは一旦諦めた。 もう陽も落ちそうだし、しゃべったり動いたりしているとお腹も空いてきたからだ。


 フエンは活動を切り上げて宿屋へ。 リバーを起こして食事にありつく。


「隔離された場所に不吉な姉妹ですか。 何かしら負の遺産でも抱えているのでは?」

「たぶんそんなところです」

「では、村周囲はどのような様子でしたか?」

「確認していないです」

「あれほど時間があったのに?」

「仕事ぶりを見たり、ご飯を頂いたりしていたです」

「……分かりました。 周囲の探索は私がするべき、ということですね」

「適材適所、です」


 同じ頃、姉妹宅では──。


「お姉ちゃん、今日誰か来てなかったー?」

「旅の人が来てるみたい」

「へー。 どんな人?」

「姿は見てないの」

「知らない人かー。 見てみたいなぁ」


 姉妹は夕食の準備を行い、ハジメは家の裏で会話に耳を傾けながら薪割り最中だ。 もちろん内容は不明なため、断片的な単語だけで情報を集める。


(「人」、「来た」。 誰か来てるってことか?)


 ハジメは真っ直ぐに斧を振り下ろす。


 スパン、と綺麗に薪が割れている。 この1ヶ月で随分と様になったものだ。


 ハジメの弱弱しかった体は全体的に締まりを見せ、やや筋肉質になってきている。 特に腕の方は毎晩特訓という名の遊びを繰り返しているので、力強さが増している。 肌も日焼けによってやや色づき、農民の様相を呈し始めている。 ハジメを知っている人間が彼を見たら別人と見紛うだろう。


 ハジメは剣術などの師範を募りたいところだが、あいにくそんな伝手はない。 なので日々の特訓で肉体能力向上を目指す。


(でも、こんな何もない村に来るやつなんているか? 行商以外いないだろ)


 ハジメは一度だけ行商を見かけたことがある。 大きな荷馬車に大量の荷を詰めて貨幣交換や物々交換で物品をやり取りしていた。 その際領主への上納品の回収も行商が行ったりしていたとかなんとか。


(まぁ、俺の生活には関わりはないな)


 ハジメは姉妹以外の村人と接触がなく、毎日の生活に変化が生じない。だからといって無意味に身体を動かしているだけでは何も始まらないため、ハジメは身体強化と並行して言語習得を目指している最中だ。


「ハズメ、──ご飯────?」

「食べる」


 レスカの誘いを受け、ハジメは仕事道具を片付けて家に入る。


 言葉は辿々しいが、ハジメが話せるたびにレスカが喜んでくれるので言語習得は楽しくやっていける。


 入口にある水瓶から水を汲んで手を洗い、食事へ。


 最近はエスナの魔法が上達を見せているようで、水の貯蓄も多くできるようになっている。そのため水を心置きなく使用できる。


 エスナの魔法を見るたびハジメは内心それを流涎しながら見守り、将来の魔法使いへの道を夢想する。


「おいしいね」

「食べる」


 食事中は積極的にレスカが話すので雰囲気が暗くなることはない。


 こうやって姉妹が明るく生活できているのも、レスカの存在が大きい。ハジメが本格的に仕事ができるようになったことで姉妹二人の負担が減り、エスナの疲労具合が改善してきたことも関係しているだろう。


 ここにきた当初、エスナの疲れた様子はハジメの目にも明らかだった。 ハジメが大きなストレス源だったはずだ。 今ではそれが解消されており、ハジメは自分が疎んじられなくなっているであろうことを喜ぶ。


 ハジメは姉妹の会話を楽しげに聞きながら食事を体に詰め込んでいく。


 そして夜──。


「よし、今日もやるか」


 姉妹が寝たのを見計らって、ハジメは今日もこっそり寝室を抜ける。


 ルーチンと化した動きを重ね、汗を流す。


「精が出ますねぇ」

「うわぁああ!?」


 背後から声を掛けられ、ハジメは悲鳴を上げて飛び上がった。


 声は夜闇に際立つピエロの白い顔から発せられていた。


(は? は? 何……誰、だ……!?)


 ハジメは尻餅をついて謎の人物を見上げる。


 息荒く鼓動を爆速に上げて全身が危機を知らせてくるが、圧倒的強者の振る舞いを見せるピエロにハジメの身体は動こうとしない。


「急な来訪、失礼しました。 夜に何をしているのかと、気になって声を掛けさせていただきましたよ」

「……ッ……誰」

「そこまで怯えずとも。 私はあなたを害する予定はありませんよ?」

「……」

「……おや? どうにも怖がらせすぎましたか? 困りましたねぇ、色々とお聞きしようと思ったのですが」

「私……言葉……難しい……」

「……んん? なぜそう辿々しく……?」


 リバーは小首を傾げて考えを巡らせる。 それから急にパッと目を見開くと、ニュッとハジメに顔面を近づけた。


「ひッ……!?」

「私はリバー。 あなたのお名前は?」

「リバー……? 名前?」

「そうです、あなたのお名前を」

「ハジメ……ハジメ=クロカワ……」

「ハジメさん! おお、こんな場所に居られたとは! この村には何もないと思っていましたが、これは思わぬ収穫です! これでトンプソン様に良い報告が出来ますねぇ」


 夜中に小躍りするピエロは心底恐ろしい。


 月光に照らされるたびリバーの顔面の凶悪さがハジメに叩きつけられ、ハジメの身体は震えるばかり。


「……とはいえ、言語が不自由だと聞けることも限られますねぇ。 さてどうしたものか……」


 リバーがぶつくさいってる間にさえ、ハジメは何もできない。 リバーの身体の大きさを見ただけで、物理的に敵わないことが理解できるからだ。 ハジメは申し訳程度に鍬を握っているが、リバーに対してできることはないだろう。


(リバーって誰だよ……。 今日来たっていう奴、か……?)


「ハジメさん、あなたは現在どちらにお住まいで?」

「……?」

「家です、住んでいる所です」

「……家?」

「そう、今はどこに住んでいます?」


 ここで嘘を教えたところで村は狭いためすぐにバレるだろうし、そもそもハジメに逃げる場所などない。 そのためハジメは正直に家の場所を指差した。


「ああ、なるほど。 あなたもあの家にお住まいですか、そうですか。 それが分かれば充分。 では私はここでお暇します。 また明日あなた家に伺いますよ。 ではでは!」


 リバーは言うだけ言うと、その無駄に蓄えた脂肪を左右に振り乱しながらハジメの元から去っていった。 嵐の如く過ぎ去った異常事態に、ハジメはしばらく動くことすらできなかった。


(こ、怖えぇ……。 あんなやつが夜中に彷徨くようなら、特訓やめよっかな……)


 闖入者により萎えてしまったハジメは、水浴びだけしてさっさと自室に戻った。


 奇人の出現に、世界がこの村だけではないことを理解し、ハジメは少しだけ怖くなった。


 そしてリバーとフエンの宿泊室では──。


「早いのです。 本当に調査してきたですか?」

「収穫がありましたので、満足して戻ってきました」

「収穫、ですか?」

「トンプソン様お探しの人物が居たのですよ。 これでメインの目標は解決ですねぇ。 あとはゆるりと周辺の探索を行うだけですよ」

「それは僥倖なのです。 それで、何か聞けたですか?」

「それがどうにも言語が達者ではなかったので今日は諦めました。 彼はあの姉妹の家に住んでいるということなので、明日詳しい話を聞いてこようかと思います」

「その顔面で大丈夫です?」

「すでにご理解をいただいていますので問題はありませんよ」

「そういうことにしておくです」

「ではフエンさん、あなたは明日、村周囲の広範囲探索をお願いします。 私は取引がてら村長などにもお話を聞いておきますので」

「了解した、です」


 異物が紛れ込んだことで、沈黙していた村に波紋が広がる。

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