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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第3幕 Apostles in Corruption
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第97話 襲来

「我を滅しようと集団で挑んでくるがよい。 それがお前たちの首を締めることとなる」


 ロドリゲスはランダムな方向に魔弾を放ち続けながら南下を続ける。


『レイシとモノは大した成果は挙げられなかったみたいね。 ロドリゲスの動きにも何やら目的がありそうだから、私たちも始めましょう』


 短時間で組み上げた作戦がここに開始された。


『《漂流ドリフト》』


 ロドリゲス周囲の霧が奇妙な動きを見せている。


『……取り込んだわ』


 ロドリゲスも気が付かぬうちに、霧は彼を牢獄に閉じ込めた。 これが、ロドリゲス討伐のための一つ目の鍵。


『じゃあ次ね。 私の魔法とドミナの《毒霧ミスト》は、属性的にも性質的にも親和性が高いと思うの。 だから私の霧で毒成分を覆えば──』


 ロドリゲスは唐突に胸部の違和感を覚え、直後激しく血液を嘔吐した。


「が、ハ……ッ……何だ?」


 ダバダバと流れる血液量に、ロドリゲスは何かしらの攻撃が行われている事を即座に理解した。


 ドミナの攻撃により、ロドリゲスの周囲への注意が少し散漫になる。


『生物である以上、気道からの攻撃は有効。 ドミナ、効果の程は?』

『組織破壊性が強い毒なのに、動きを一時的に止める程度なのは変ね。 常人なら即座に呼吸困難に陥って倒れるはずなんだけど』

『発動時点で効果が薄まって、それ以降の持続効果も期待しづらいんじゃない?』


 エスナの視線を受け、ドミナが頷いた。


『でも大丈夫、今ので分かったわ。 リセスの抗体を含んだ毒なら次も効果が期待できると思う』

『それは僥倖ね』


 ロドリゲスとの攻防でエスナが入手した彼の肉体組織、マナ、その他さまざまな情報を集約されて作成された抗体。 それを内在したドミナの毒。 これが、二つ目の鍵。 しかしまだまだ鍵は足りない。


『フエンちゃんも近づいているけれど、どうするのかしら』


 上空にはフエンとカチュア。 彼女たちはロドリゲスの感知範囲外を飛行している。


 バチッ──!


「ァ……グゥウ……!」


 空からカチュアの魔法が降り注いだ。


 直撃を受けたロドリゲス。 彼は一瞬だけ身体を硬直させると、誰にも聞こえないレベルで小さく溢した。


「時間を与えたが、総攻撃でもこの程度か……下らんな。 実に下らん」


 続けて魔法を唱えている。


「《犠牲弾バレット》」


 ロドリゲスは、大きく腕を振う形でそれらを上空に向けた。 四本の手掌それぞれには魔弾が数発ずつ。


 魔弾は腕ごとに異なるベクトルで射出され、それらは半ば散弾のように広範囲を埋めている。


「《拡散ブラスト》」


 魔弾の一つ一つが急激の膨張──爆発のような広がりを見せた。 それらはさながら、上空に向けられた絨毯爆撃のようだ。


「馬鹿が」


 フエンとカチュアが回避不可能な範囲攻撃に驚き一気に高度を上げたのを、ロドリゲスは認識した。 しかし魔弾の方が速い。


『反撃の意図が不明ね。 だけど、鬱陶しがってくれてるのなら別の行動が見れるはず』


 エスナはロドリゲスの動きを観察し続ける。


『……エスナ、あれはどういうこと?』

『方向感覚を狂わせてるの。 だから意味不明な攻撃をしたのよ』

『よく分からないわね』


 ロドリゲスは上空に向けて攻撃をした──ことになっている。 しかしながら彼の腕はそれぞれあらぬ方向を向いていて、魔弾全てはフエンとカチュアに掠ってすらいない。 そもそも彼女らは、ロドリゲスの感知範囲外にいたはずだ。


『あの霧の中に、領主が領域として切り取った構造を反映しているの。 それらを絶妙に移動させてるから、ああやって道を外しているのよ』


 ロドリゲスは真っ直ぐ歩くことができておらず、少しずつカーブしながら進んでいる。 尚且つ歩幅も極小さい。 霧の中で距離感も狂わされているのだ。


『時間は確保したわ。 あと、ドミナの攻撃手段が有効だろうってこともね。 この間に、動ける人間を掻き集めましょう』

『一斉に攻撃するってわけね』

『そう。 ドミナの攻撃は、所詮はダメージにしかなり得ない。 必要なのは、確実に弱点を曝け出させること。 防御に入られたら面倒だし、ここは慎重にやらなくちゃ』

『防御ごと削ればいいんじゃないの?』

『耐えられている間に領主の反撃を許して誰かが死のうものなら、作戦そのものが瓦解するわ。 だから私たちは一撃で決めなければならない。 領主が余裕を残している、いまのうちに』


 エスナは上空のフエンに合図を送りつつ、モルテヴァへ向かう。


『リセス、抗体を作ってもらった続きで悪いのだけれど──』


 そう前置きした上で、エスナはリセスに次の指示を出した。


『ユハンと協力して、私たちを殺す毒を作ってちょうだい』



          ▽



「マリス、あの息吹ってのに触れるとどうなるんだ!?」


 エマを抱えて霧の魔竜の息吹から逃げるハジメ。 魔人マリスも伴走している。


「霧ノ世界ニ取リ込マレル。 ウル──アノ男ハスデニ狂気ノ淵ダ」

「えっと……ウルって言ったか?」

「イカニモ」

「ウルって、ハンターの人っすよね!?」

「アノ男ハ我々ニ供スル者。 タダ、ソレダケノコトダガ」

「ああ、くそ。 色々と分からねぇことばっかだけど、今はウルが魔人側とかはどうでもいい。 それで、ウルが霧に飲まれてどうなったんだ?」

「アトハ奥地ヘト誘ワレルコトダロウ。 ソシテ魔竜ニ捕食サレル。 ソウイウ、仕組ミダ」

「捕食……仕組み……分かんないっす」

「……俺もだ。 とにかく、触れたらマズいよな? 霧とは今どんな距離だ?」


 ハジメはエマに背後確認を促した。


「触れ……あ」

「ん、どうした──って、それは……」


 エマの手に霧が纏い付いている。


 霧の壁自体は、まだ少し後方だ。 しかし、その一部が腕のように伸びている。 獲物を逃さないと言わんばかりに。


「あア……ああぁア、アア……ッ──」


 霧は一度触れたが最後。 べっとりとへばり付いたような動きでエマの足から身体に向けて這い上がろうとしている。


「捨テロ。 サモナクバ、腕ヲ切断スル」


 マリスはそう言って腕を振り上げた。 ハジメはそれだけで息吹の異常性を認識しつつ、マリスの行動に理解を示した。 ただし、エマを害するとなれば話は別だ。


「やめろッ! やめてくれ!」

「仕方ナイ。 スグサマ例ノ魔弾デ息吹ヘ耐久可能カヲ確認シロ。 オ前ノ纏ウ神気ガ本物デアレバ、対抗デキルダロウ」

「は? 何言って……?」

「霧ノ魔竜ヲ含メタ各地ノ厄災ハ、穢レノ源泉ダ」

「穢れ……? ってことは……」


 ハジメは、少し前のツォヴィナールの言葉を思い出していた。


『──濃度の高い瘴気を“穢れ”と呼び、これは生物を使徒化させる。 瘴気こそ、世界を侵そうとする悪神の意思そのものだ』


 つまるところ、魔竜とは悪神の意思を反映した存在に他ならない。 瘴気を振り撒く害悪と言える。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……! マリス、あんたは何を知って──」

「急ゲ」

「チッ……! 《歪虚アンチゴドゥリン》!」


 ハジメは魔導書を片手で器用に展開。 進行方向に魔法を設置し、エマを抱えたままそこを潜る。


 歪虚には、エマの身体に纏い付いた異物を外側に排除するようベクトルをかける。


 ぬるり。


 ハジメとエマが設置魔法に飛び込み、そして抜けた。


「ゔっ……」


 エマから呻き声が漏れた。


 マリスは魔法を避けているが、今は気にしていられない。


 ハジメはエマの腕を見た。 そこに霧は張り付いていない。 そのまま背後を確認すると、歪虚の表面に引っかかるようにして停滞する霧の姿があった。


 押し寄せる霧も、魔法に触れた部分だけ動きを減じたようにも見えた。 しかしながら圧倒的な物量は、その様子を覆い隠しながら尚もハジメらに迫る。


「エマ、大丈夫か!?」

「ッ……ハァッ……ハァッ……ここ、は……?」

「おい、しっかりしろ!」

「あ、あれ……!? ここは外っすか!?」

「外って何だ? つうか、身体におかしなところはないか!?」

「ハァ……。 大丈夫っす、多分……」


 エマは滝のような汗をかきながら、どこか意識が朧げだ。


「マリス、エマはどうなってるんだ?」

「ソコニハ、囚ワレタ者ニシカ理解デキナイ恐怖ガアルヨウダ。 詳細不明」

「な、なるほど……。 とにかく、一瞬でも触れられたらアウトってことだな。 あと俺の魔法で触れた感じでは、耐久はできると思う。 霧の壁の厚みによっては、魔法の内側でやり過ごすって手もあるはずだ」


 魔竜の息吹は、見た通り霧集合体にため物理的に干渉が可能。 ハジメはそう理解した。


「息吹ヘノ対処法ニ、ソレヲ打チ消ストイウ選択肢ハ無イ。 逃亡ガ最善ダガ、耐久デキレバ……或イハ……」

「……?」


 やけにマリスの語尾が聞き取りづらかった。 ハジメは彼に何か考えがあるのだろうと憶測するとともに、次の行動を模索する。


(息吹の霧の厚みが分からないが、歪虚領域内に引きこもりさえすれば対処は可能なはず。 ただし問題は、この霧がエスナたちの元へ向かっているということ。 俺たち三人が耐えられたとしても、その後どうする? これは悪い予感だけど、戻った時点で全員が生きている保証は無い。 とはいえ、この短時間で全員が死んで領主が勝ってる可能性も低そ、う……ん?)


 ここでハジメは、ロドリゲスの設置した領域解除条件に一つ疑問が湧いた。


(ユハンさんは確か、「領域内生命全ての死亡」って言ってなかったか……? あの言葉が確かなら──)


「マリス! もうじき追いつかれてしまうから、俺の魔法で耐久するぞ!」

「勝算ハ?」

「お、俺のマナが保つ限りは……」

「イイダロウ。 デハ任セル」

「了解。 エマ、動くなよ?」

「ほえ……? あ、はい……」

「頭がおかしいままか。 じゃあマリス、俺が設置した魔法に飛び込んでくれ。 《歪虚》!」


 ハジメが展開した空間に、三人が何とか滑り込む。


「グ、ゥ……!」


 直後、異常性を孕んだ魔竜の息吹が全てを白く飲み込んだ。


「マリス、どうした──って、マジか」


 ハジメは苦痛に呻くマリスを気にするが、それ以上に無視できない事態が進行していた。


 魔竜の息吹が動きを止めている。 その上、霧から伸びる触手のような腕が、歪虚空間内へ侵入を試みては解けて外側へ追いやられている。


「狙ワレテ……イルナ?」

「これは、マズくないか……?」

「ん……。 あ、あれ? ここは……?」


 エマが両目をぱちくりとさせている。 その上でキョロキョロと周囲を見渡し始めた。


「おいエマ、大丈夫か?」

「あれ、ハジメさん? こんなところ、で……ぎゃああああああッ!?」


 突如悲鳴を上げるエマ。


「ど、どうした!?」

「あ、赤、赤、赤、赤、あかぁああァアアア!」

「何言ってんだ!?」

「赤いィいいイいぃ!」


 エマはブルブルと震えながらハジメの身体に抱きつき、どこを見ても視界が赤いことに怯え続ける。


 危険信号を意味する赤と、先ほど息吹に触れた際の恐怖体験が繋がってしまったのだ。


「エマ、何が見えてる!」

「やだッ、やだ……! 暗いのは、独りなのはヤダぁ!」


 泣き喚きながらハジメの衣服に顔を埋めるエマからは、どうにも詳細な聴取が難しそうだ。


「マリス、何か分かるか? というか、あんたも様子がおかしくないか……?」

「気ニ……スルナ……。 神気ニ多少、アテラレテイルダケノコト」

「神気に?」


(そういえば、エスナが教会に入れないって言ってたな)


 魔人がどうして神から悪影響を受けるのか。 どうして魔人なる者が存在しているのか。 はたまた、どうして人間が魔人になってしまうのか。 ハジメの中に無制限に疑問が湧いてくるが、もちろん答えは出ない。


「イカ、ニモ」

「ヤバいな、全然頭が回んねぇ……。 まず、この息吹が偶発的なものか俺たちを狙ったものかが不明だ。 現状俺たちを狙ってるのは確実なんだけど、魔竜なんていう謎の存在に狙われる要素は無いんだよな……」

「神ノ配置シタ厄災ガ、神ニ誘ワレルノハ……必定」

「……なんだって?」

「旧人類ハ、自ラノ生キル世界ヲ何モ知ラナイノカ」

「すまん、言ってること全部分からねぇ……」

「知ラヌノナラ──」


 ひたすら泣き喚くエマを無視して行われる会話。 しかしながら意味は無い。


「──地面ヲ掘レ」

「は?」


 唐突な話の変わりように驚くハジメ。


「そ、そうっす! 下に逃げ、逃げるっすゥ!」


 エマは一心不乱に地面を掘り始めた。 ハジメはそんな姿を晒す彼女を尻目に、再び周囲を見渡した。


 やはり霧は、無数の触手を伸ばしては消えを繰り返している。 それらは本当に人間の手の形状を呈しており、差し伸べるような佇まいさえ見せている。 ハジメはそこに本能的な怖気を禁じ得ない。


(気持ち悪い……。 非生物が意思を持ったように蠢くのも、人間をおかしくするのも。 必死で地面に潜ろうとしているエマだって──)


「──、聞コエテイルカ?」

「あ、ああ、なんだって?」

「動ケ」

「わ、分かった……! 俺に掴まってくれ」


 マリスとエマは訳もわからずハジメにしがみ付く。 直後、三人の視界がガクンと揺れた。 《歪虚》で足元の土を一気に抉って地面に沈んだのだ。


「「!?」」


 ハジメは驚く二人をよそに、空間を維持したまま地面の中を前に進む。 すると空間上部で停滞していた土が崩れて、彼らの背後を埋める。 これにより、完全な密室が出来上がった。


「これで空間を広げれば……大丈夫そうだな」


 ハジメは空間の効果範囲を広げて可動域を拡大。 手足を広げられる程度には動けるようだ。 しかし土の中のため周囲は暗黒。 何も見えない。


「何ヲシタ?」

「潜るだけじゃ上から降ってくる土を処理し続けることになるし、外とも開通してるからな。 L字に潜ることで外との交通を遮断したんだよ」

「ナルホド」

「空気が薄まるからあんまり喋んないでくれ。 二酸化炭素を外に出す意識で空間を動かしてるけど、それが本当に機能してるか微妙だしな。 あとこれは一時的な対応だから、このままずっとってのも無理だ。 エマも、とりあえずは安心してくれ。 暗いことを除けば、これでもう怖く無いはずだ」

「うぅ……はい、っす……。 もう離れたくないっす……」

「掴まってろ」


 ハジメはエマを宥めつつ、少ない時間で次の動きを考える。


「進むべき方角は分かってる。 けど本来の息吹の進行方向を考えると、そのまま進むのは微妙なんだよな……」

「同意スル。 ココニ留マッテイテモ、アレガ去ルトモ思エナイ」

「じゃあ……西か。 そろそろマナも底が見えてきてるし、急ぐしかないな」


 歪虚を特殊な用途で運用し、地中を進むハジメ一行。


 頭上の霧は獲物を失ったと気付いたのか、ゆっくりと南下を開始。 本来の目的を求めて再び動き出していた。



          ▽



「これはどういう状況?」


 エスナがモルテヴァの町に辿り着くと、すぐにそれは理解できた。


 各所に刻まれた戦闘の痕跡。 そして苦悶の声を流す奴隷区画の面々。


「もう少し後で来て欲しかったな」


 ゼラによる狂乱の宴。 そう表現して違和感の無い状況が繰り広げられている。


「領主を倒すために、人員は大いに越したことはないのだけれど?」

「雑魚が群れても仕方ないでしょ。 僕一人の方がよっぽど有用さ」

「……それで、誰が生きてる?」


 今まさに、ゼラはファバイに対して苦痛を強いている。


 ファバイはゼラに軽く触れられているだけのようだが、ファバイは奇声にも近い悲鳴を上げながら全身を痙攣させている。 白目を剥いて泡を吹き、時折激しく表情を苦悶に満たす様はまさに拷問。


「んー、こいつはもういいか」


 ゼラはエスナから質問を受けたことでファバイに興味を失い、雑に彼を地面に放った。


「僕に突っかかってきたのは、ニナ、マリビ、ファバイ、ジギス、ワソラの五人でしょ。 最初に捕まえたのはマリビで、そのあと──」

「端的に返答して」

「マリビが死んだね。 上級魔法の出力を誤っちゃって、そりゃあもう壮絶な最期だったよ。 そこの血塗れの肉塊が彼女さ」


 エスナは最初それが何か分からなかったが、ゼラに言われてみれば人間の形にも見えなくもないものが転がっていた。


「酷いことするのね」

「おかげでこっちもかなり潤ったよ」


 エスナとゼラやり取りを、彼女に帯同してきたラフィアンたちは静観。 弱い者が蹂躙されるのは、モルテヴァでは最早日常茶飯事だからだ。


「……どうしてこんなことを?」

「必要な工程だからだよ。 あと、簡易魔導書の作り方も知りたくてね。 こいつらやけに記憶を読まれることに抵抗するからさ、仕方なかったんだよ」


 マリビを除けば、他四人はまだ息があるようだ。 しかしながら、全員どうしてか身じろぎ一つ出来ずに壁に横たえられている。


 まるで全員が拷問現場を見せつけられているような。 エスナはこの状況から生み出される違和感を無視して続ける。


「四人は使えそう?」

「さあ? でもまぁ、用済みだから返してあげるよ」


 そう言って現場を後にしようとするゼラの背中に、エスナは質問を投げる。


「ゼラ、あなたは何なの?」


 ゼラが足を止めて顔だけをエスナに向けた。


「何、とは?」

「どうしてそんなに好き勝手するのかなって」

「好き勝手ではなく、確固たる信念の元の行動さ。 他人なんて不確定要素。 目的を為すのなら、自らを確定的要素に引き上げることが最善。 僕は常に、そのための手段を講じているだけだよ。 君の方こそむしろ、安定しない行動ばかり取ってそうだけど?」

「そうね。 それでも領主打倒という目的はブレてない。 あなたもそうかしら?」

「それについては一致していると思ってくれていい。 だからと言って仲間だとは思わないことだ。 必要とあらば君たちも殺すよ」

「あなたが領主を殺せるというのなら、好きにすればいいわ。 一応こちらから動きを提示するから、従うかどうかは任せるわ。 そちらも、何かあれば教えて?」

「いいだろう。 じゃあまず──」


 しばらく内容を詰めていると、ゼラは視界の端に映る異常を具に感じ取った。


「エスナの拘束、解けてない?」

「そう、ね……気づかれたみたい」


 ロドリゲスがいるであろう場所から打ち上がる黒い魔球。


 領域内のかなり高い位置で動きを止めた魔球が妖しく蠢く。 直後、無数の黒い光線が放物線を描きながら撒き散らされた。 絨毯爆撃のようなそれらは、特定の相手を狙うことなく縦横無尽に大地を蹂躙している。


 際限なく生み出される光線は、もちろんゼラたちの付近にも。


「痺れを切らして動き出しッ!?」


 足元付近に高速で着弾した光線が爆散し、砕けた石畳の破片が彼らを襲う。


 モルテヴァには最早原型を留めた構造物ほとんど残されていないが、爆撃によってさらに町は崩壊へ向かう。


「見境無いわね。 みんな動きを統一させたいから、一旦この場を離れましょう」


 エスナは舞い散る瓦礫を避けつつ、奴隷区画の面々を回収する。 ひとところに集めれば、満身創痍の彼女らとはいえニナの魔法で移動が可能だからだ。


「ニナ、落ち着くまでどこかに隠れてなさい」

「エスナ……様……」

「ッ《水弾バレット》!」


 ニナの頭直上で魔法が爆ぜた。 エスナが降り注ぐ攻撃を撃ち落としたのだ。


 この場の誰もが、空からの攻撃に意識を取られていた。 だからだろうか、音もなく忍び寄る敵にゼラは気づけなかった。


「向こうもやる気だ。 本格的に開──」


 敵──ロドリゲスの拳が空気を切る音で、ようやくゼラはその存在に意識を向けることができた。


「ま、ず」


 ブゥン──。


 掠るだけでも致命傷になりかねない攻撃に、ゼラは目を見開いて思わず硬直してしまう。


「……む?」


 拳に生じた感触の違和感に、ロドリゲスは自身の手先を見た。 振り抜いた拳の先にゼラはいない。 今まさに霧散している魔物の姿があるだけだ。


「あの娘か。 小賢しい……《滅波ルインウェーブ》」


 ロドリゲスは口調に苛立ちを滲ませながら、間髪入れずに魔法を唱えた。 その手元で十数の魔石が砕け散っている。


「みんな、早く離れてッ……!」


 魔石を代償に発動される広域拡散魔法。


 黒い閃光が瞬き、生じる凄まじい破壊の衝撃。


 エスナ、ユハン、ラフィアン、奴隷区画の住人。 その全ては回避の間もなく、悪意の波動に飲み込まれた。

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