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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第3幕 Apostles in Corruption
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第95話 父子決別

「上空は攻撃方向が一定しないことから、例の二人で間違いない。 北側から浴びせられる質の低い無数の攻撃は、ハンター連中によるものだろう」


 ロドリゲスは言葉を口に出しながら空間把握を続ける。


「だが、その他の動きがパッタリと途絶えている。 霧に紛れて何らかの行動を企てているのだろうが、無駄なことを……。 この空間内で全ての者の意思が統一されていない時点で、お前たちに勝ち目など無い」


 ロドリゲスは身を屈めた。


「では回復と情報収集を兼ねて──」


 極限まで高められた脚力がロドリゲスの肉体を射出。 爆発にも近い痕跡を地面に刻みながら、ロドリゲスは一直線にハンター連中が居ると思われる場所へ。


 轟。


 弾丸の如く打ち出されたロドリゲス。 彼の直線上にある木々は悉く蹂躙され、その身は彼の想定した地点へと到達していた。


「ひっ……!?」


 驚きを孕んだ悲鳴は、ロドリゲスのすぐそばで生じた。 運悪くロドリゲスの着地地点に位置取っていたハンターから発せられたものだ。


「馬鹿が」


 ロドリゲスは視覚で認識できなくとも、声と衣服の擦れる音、その他複数の要素によって存在を認識できる。


「ひぐゥ──ッ」


 ロドリゲスは乱暴にハンターの首を引っ掴んだ。 ハンターは逃げようと必死に暴れたが、首を絞められ呼吸も満足にいかず、尚且つ身を浮かせられては大した行動もできない。


 ロドリゲスは空いた手で魔導書を展開。


「《記憶遡行リード・マインド》」

「あ゛ッ……! あぁアアア……!」


 ハンターが苦悶の表情を浮かべながら身を捩らせた。 無理矢理に記憶をほじくり返され、その頭蓋内には生涯感じたことのない苦痛が生じさせられている。


「ふん、木っ端ハンターか。 作戦は……知らされていないな。 我を倒せるなどと思い上がるとは。 身の程を知れ」

「ゥ──ガ、ぁ……」


 ぐしゃり。 骨の握りつぶされる音と共に、ハンターはぐったりと四肢を投げ出して動かなくなった。


 ロドリゲスの身体が徐々に癒え始めた。 特殊な魔法によって、殺害から回復効果を享受することができる。


「次はメイグス。 そのあたりから順に辿るとしよう」


 集団から離れる動きを見せたメイグス。 そして彼がラフィアンという名前を発した記憶を、ロドリゲスはハンターから得ている。


 ロドリゲスは手に抱えていたハンターをゴミのように投げ捨てると、濃霧の中を闊歩。 着実に目標へと近づいてゆく。


「雑魚どもは我に捕食されるまでその辺りで震えておれ」


 ロドリゲスの言葉に、息を潜めていたハンターたちが恐怖に慄いた。



          ▽



「うーわ、ホントに魔人じゃん。 ぐっろ」


 レイシは開口一番そう漏らした。


「レイシにラフィアン、あなたたちのことは知っているわ。 同じく巻き込まれた者として、領主の殺害方法を考えましょう」


 一旦戦線から離れたエスナは、レイシたちが集まる場所へ赴いている。


「いきなり何だコイツは? 勝手に仕切り始めて気に入らねぇな」

「言ったでしょ。 彼女がエスナ。 面倒だから喧嘩腰はやめてちょうだい」


 嫌悪感を隠そうともしないラフィアンに対し、ドミナが宥めるように言う。


「ドミナ、傷は癒えたようで何よりね」

「はいはい、お気遣いどうも」

「ゲニウスに助けてもらったようね。 ここに姿を見せないところを見ると、彼はまだ空間外で待機ってところかしら?」

「そうよ。 私たちの治癒で相当量のマナを使わせちゃったから、戦闘になった時に役に立てないってことで隠れてるわ。 それ以上に、ゲニウスの存在を隠匿したいってのが理由だけどね」

「そう。 ところで、そこの無口さんも健在かしら?」

「……」

「ユハン様を愚弄するな」


 ユハンは腕を組んで下を向き、木を背に休んでいる。 エスナがそんな彼を半ば煽りながら刺激すると、条件反射でモノが反応する。


「モノ、あなたは治癒魔法を受けられないのが難儀よね。 同情するわ」

「貴様ッ──」


 腰の剣に手を掛けて今にも切りかからんとするモノを、エスナは手で制して続ける。


「とまぁ、反論できるくらいに元気なら大丈夫そうね」

「本当に生意気な女ですね。 私はその全てが気に入らない」

「どうしても戦いたいならご自由に。 でもその前に領主は処理しないといけないわ。 あなたの大切なユハンが生き残るには、それしか手がないのだから」

「……分かっています。 では案を。 このような霧を発生させたからには、目的があるのでしょう?」

「無いわよ」

「は?」


 モノの反応は至極真っ当なもの。


 ここにいる全ての者から不可解な視線がエスナに寄せられる。


「だから作戦会議しようとやってきたの。こうやって領主を撹乱でもしないと、集まることも難しかったでしょ? 期待できる戦力はここにいる私たちだけみたいなものだから、手札を出し合ってパパッと決めちゃいましょう」

「さっきから、なんでテメェが仕切ってるんだって話だ」

「それならラフィアン、あなたが進めるといいわ。 時間がないから手短にお願い」

「人任せにすんな。 さっさとテメェの手札を開示しろや」

「いいわよ。 私は水と闇の二重属性。 見てわかる通りか弱いし、性格的にも私の魔法は攻撃性に乏しいの」

「テメェのどこに、か弱い要素があんだよ」

「見る目ないのね。 一応攻撃性の高い魔法もあるけど、雨を降らせてからじゃないと使えないから現状では期待できるシロモノではないわ。 あとは、そうね。 両腕が完全魔人化してるけど、少なくとも人間側に立ってるわ。 そんなところかな」

「その見てくれで人間側って言われてもな。 俺様は魔法のことは分からん。 レイシ、何か分かるか?」

「二重属性なんてものが存在するなんて聞いたこともないけど、魔人化を抑制できてる時点で実力は相当なものだよね。 ここにいる全員、エスナ一人で殺し切れるんじゃない?」


 何気なく言い放たれたレイシの評価に、ラフィアンは思わず身が硬直した。


「……なるほどな。 そんなら次は──」


 各自、持ち得る手札を曝してゆく。 その過程でモノは難色を示したが、ユハンがあっさりと魔法を開示したことで、観念したように自身の能力について話し始めた。


霊薬ソーマが一雫。 随分と珍しいものを持っているのね」

「公国からの流れ物だ。 コイツをお見舞いすれば、領主と言えど一瞬でお陀仏だろうよ」


 ラフィアンの持つ霊薬。 これは瘴気を祓うとともに魔石全般に浄化効作用を発揮するシロモノだ。 もちろん、魔物や魔人の持つ魔石でさえも例外ではない。


「領主を仕留める手段としてそれ以上のものはないわね」

「だがまぁ、問題は誰がどうやって実行するかだな」

「霊薬を軸とした領主殺害方法を考えるわ。 ひとまず現時点で考え得る行動指針をそれぞれに提示するから、各々アレンジして。 その間リセスは、領主が私に刻んだ攻撃から抗体を生成」

「分かりました」

「レイシとモノは、フエン・カチュア両名と一緒に領主を削って」

「ま、適材適所か。 特に異論はないよ」

「モノ、言いたいことは?」

「……」


 リセスとレイシは自身の能力特性を十分に理解しているため、すんなりとエスナの案を受け入れた。 しかしながらモノは違ったようだ。


「霧が展開できている現状で、あなたがユハンの盾になる必要は皆無よ。 だからあなたには、前に出て戦ってもらう。 無駄にユハンのそばで遊ばせているわけにもいかないからね」

「先ほど、領主様に対する私の無用さは認識済みでは?」

「それでも前衛を張ってもらう。 捨て駒になることも、あなたの仕事の一つよ」

「随分と身勝手なことを言いますね……」

「私はなにも、全員がこの状況を生き残ることを最終目標として掲げていないわ。 領主殺害が最優先で、あわよくば生き残れたらって程度よ。 生き残るのは私かもしれないし、あなたかもしれない。 全員死んで、領主の勝利で終わる可能性もある。 私たちのために捨て石になれって話じゃなくて、ユハンのために戦いなさいってだけよ。 おかしなことは言ってないわ」

「ユハン様のことはどうするつもりですか?」

「ドミナ、リセス、ユハン、ラフィアンの四人には別の役割を考えてる。 私は戦いながら霧を介して全体の状況を把握しつつ、指令を出すわ。 これが私の考える案。 異論があれば適宜受け付けるわ」

「……ユハン様が危険な目に遭わないようにしてください」

「善処するわ。 あと、ユハンの関わる作戦はあなたたちから漏れる可能性があるから聞かせられないわ」

「漏れる……?」

「領主に記憶を読まれるってことよ。 分かったら──」

「おい、あんたらッ!!!」


 朝荒らしい足音と共に、静けさを裂く無法者の声が響いた。


「あらメイグスさん、どうかした?」

「ハァ、ハァ……い、いや、何かあったわけじゃないんだが、あいつらが領主に攻撃を仕掛けようとしてたからよ……」

「予想通りね。 その人たちは全員死ぬだろうから、逃げてきて正解よ」

「……何だって?」

「領主も、一方的に攻撃されたら黙ってないってこと。 視覚情報が奪われたのなら、力の限り暴れるのは目に見えてるわ。 考えなしに攻撃なんて開始したら、自ら居場所を教えてるようなものよ」

「まさか俺たちを囮に……?」

「そんなわけないでしょ。 その人たちは、勝手に死に急いでるだけじゃない」

「だ、だよな……」

「メイグスさんは隠れてるといいわ。 私たちが死んだら、その時は諦めて」

「死んだらって……」

「そういう戦いなのよ。 普通にやっても勝てるわけないし、私たちは何とか策を弄するからあとは祈ってて。 じゃあ、私たちは移動するから」


 エスナはそう言って、周囲の連中を連れて移動を開始。


 明確に邪魔者としての扱いを受けたメイグスは、ここでようやく自分たちの命の短さを知った。 あわよくばコソコソと生き残ることができると高をくくっていたが、どうにもそうではないらしい。


「……」


 メイグスは失意のままにエスナらを見送った。


「ほっといていいのー?」

「戦う意志のない人は運命に弄ばれるだけだから、放置でいいの」

「ふーん」


 レイシが背後を見遣ると、メイグスは肩を落として立ち尽くしたままだ。


「あれ、何の音?」


 木々の薙ぎ倒されるような振動が響いた。


「もうそこまで迫ってきてるけど……って、いないわね」


 先ほどまでメイグスがいた場所に、もう彼は居なかった。 今の衝撃を聞いて逃げ出した。 エスナはそう判断した。


「こっちはいつ開始?」

「任せるわ。 ああ、あと一つ。 どう攻めるかは自由だけど、殺されるくらいなら自害してね。 回復されると面倒だから」

「ほいほい。 じゃあラフィアン、せいぜい生き残んなー」

「ハッ、言ってろ」


 レイシとモノが足を止め、エスナは残り四人を連れて南下。


「エスナ、これで作戦に関わるのは全員? 奴隷くんたちは不参加?」


 最終確認のようにドミナが問う。


「彼らの能力は不安定にも程があるし、どうにも町の方でゼラと交戦中のようだから人員に含めないわ」

「じゃあゼラとメイも戦力には数えないのね」

「その二人はさらに動きが読めないから、一旦は無視することにしたわ。 領主を殺害するという目的が一致している以上、直接的に私たちを害することはないだろうしね」

「間接的には邪魔してきそうだけどね。 まぁいいわ。 それなら邪魔が入る前に作戦を説明して。 どうせここにいる私たちは、単体では大した役には立てないんだから」

「おう、言ってくれるなァ。 俺様の霊薬がなけりゃあ、作戦もへったくれもなかっただろうが」


 ラフィアンの威勢が未だに良いのは、エスナにとってむしろ好都合。 問題は──。


「ユハン、そろそろ何か話したら? 気味悪いんだけど」

「貴様にだけは言われたくはない」

「あら、喋れるじゃない。 頼りのモノがいなくなって寂しくなったのかしら?」

「下らんな。 さっさと話せ」

「無気力なのに随分と高圧的なのね。 あなたは領主を殺すことに賛成ってことでいいの?」

「さぁな」

「……どうなってるの?」


 エスナがやれやれといった様子でドミナを見た。 それに対してドミナは肩をすくめ、分からないというジェスチャーで返した。


「彼は初めからあの様子ですよ」

「調査の帰りはあんな感じじゃなかったけどな。 おい魔人女、本当にあいつを作戦に含めんのか?」


 ユハンの様子に嫌気が差したのか、ラフィアンも苛立ち混じりにそんなことを発した。 しかしながらユハンは何の反応も示さない。 それがさらに空気を悪くしてゆく。


「やる気ねぇんなら、モノと一緒に肉壁にでもした方が使い道ってもんがあんだろ。 その間に領主の魔核に霊薬をぶち込みゃあ、それで終いじゃねぇのかよ」

「それができれば私もそうするのだけれどね。 でもそんなに単純じゃないの。 霊薬を一度きりの機会に確実に効かせるには、周到な準備が必要なんだから。 そのために、ユハンの魔法は役に立つはずよ」

「ハッ、俄かには信じらんねぇな」

「それを判断するのは、先に私の話を聞いてからにして。 作戦概要は──」


 時間がない中での、最初で最後の作戦会議が実施された。


 初めからこれは消耗戦であり、時間経過とともに手札の消費が予測される。 そのことから反撃の機会は少なく、それもすぐにやってくるだろう。











「ユハン。 結局最後は、我とお前だけか」

「ああ、そのようだ……」

「非常に残念だ。 お前が北域に長居してくれていれば、このような形での別れは生じなかったであろうからな」

「何を言うか……。 魔人化に際して、私ごと殺すつもりだっただろうに」

「状況も状況だったのだ、仕方あるまい。 それでも、お前を失うことに対する後悔の念があることは事実だ」

「そう、か。 父上に人間の部分が僅かでも残っているなら安心だ。 獣に食い殺される最期というのは、受け入れ難いからな……」

「獣ではない。 人間を超克した別次元の存在だ。 それにしても、人生何があるか分からんな。 よもや息子をこの手で殺めることになるとは」

「私も……もう少し長生きできると思っていた」


 ユハンはゆっくりと周囲を見渡した。 見える範囲に生存者はいない。 というより、()()()()()()生きていられる方が異常なのだ。


 そのまま、無言の時間がしばらく続いた。


「どうした。 話は終わりか?」

「そう、だな。 案外、話したい内容など出てこないものだ」

「そう悔いるな。 お前は父の進化を目の当たりにした。 それを誇りとして、死後の世界に持っていけるのだから」

「ああ」

「では息子よ、達者でな。 我のために死ぬが良い」

「そう言えば、死ぬ前に一つ言い残したことがあった」

「……何だ?」


 ユハンは最後の言葉を告げた。 直後、彼の意識は虚無に染まった。

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