彼女の強さの秘密
「エイダ、一体何言って……」
そんな自滅とも言える行為を許せるはずがない。
「さっき、エイダだって駄目だって……言ってたじゃないか……」
嫌な汗が額を伝っている。
自分でも上手く頭が回っていないのが分かる。口の中がカラカラだ。
――俺は、先ほどの言葉が聞き間違いであって欲しいと願いながら、再度エイダの返事を待った。
「頼む。エミーシアに『ドライブ・エイド』をかけてくれ――」
今度ははっきりと、しっかりした声色でエイダが答えた。
「そんな……」
「悩んでいる暇はない。君が悩んでいる間にも、エミーシアはあいつに追い詰められていく」
「でも……。でも、エミーシアさん1人じゃなくて、ここにいるみんなで戦えば、もしかしたら……!」
「――それは、無意味だ」
「どうして!? やってみなくちゃ分からな」
い、そう続けようとして、
「私だって出来るものならそうしているさ!!!」
エイダの悲痛な叫び声によって打ち消されてしまった。
「けれど、エミーシアにとってはニックも君も、そして私も……今はただの足手まといにしかならない」
「力を合わせれば勝てるかもしれないのに!? やる前から諦めるなんて……そんなの俺は嫌だ!」
「あぁ、私だってそう思いたいさ。誰よりもそれを強く思っているのは他でもない私自身だ。
けれど、そんなことを思ってしまう人間には、エミーシアを理解することはできないだろう」
その、細く今にも折れてしまいそうな腕を握りしめながらエイダは言った。
「エミーシアさんが、なんだって言うんだ……」
「あの人は――独りで戦った方が強いんだ……。
ずっと独りで重いものを背負って生きて、ずっと独りで困難な壁を乗り越えて生きて、そんな彼女の人生自体が彼女をそうたらしめているのか、実際のところ私には分からないが、少なくとも私達が力を合わせて敵に挑むよりも、彼女1人で戦った方が遥かに勝機があるんだ。
私達が加勢してしまった場合、彼女は自分以外の人間に気を使い、本来の力を出すことが出来なくなる。
エミーシアは、好きで独りでいた訳じゃない……。独りでいることが彼女にとっての最善であっただけなんだ」
「そん……な……」
膝から崩れ落ちそうだった。
エミーシアさんが普段から単独行動ばかりしていたのは、誰かとパーティーを組むのが煩わしかったのではなく、誰かとパーティーを組むこと自体が自分自身へ足枷を嵌めるということになってしまうから。
その事実に、一体どれだけの人達が気づけていたのだろう……。
その事実が、どれだけ彼女を孤独にしていたのだろう……。
俺は、彼女の孤独にどうして気づいてあげられなかったのだろう……。
彼女は同じチームにいて、チームの中でも目立つ存在だったから、よく知っていたし気にもかけていた。なのに俺は一切、自分から近付こうとはしなかった。まるで自分は部外者であるかのように振る舞い、手の届かない存在だからと意識的に彼女を遠ざけていた。
どうして俺は――……。
「うっ……」
その先を考えようとした時、頭に痛みが走った。
脳天から何かを突き刺すような痛み。それによって思い出そうとしていたことに靄がかかって、曖昧になっていく感覚。
いや、今はそんなことよりも――――
目の前で苦しんでいる彼女を、どうにかして助けてあげたい。
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俺は自らの拳を強く握りしめた。
無力で非力な今の俺に出来るのは、この頭をフルに使ってあいつに勝つための糸口を手繰り寄せることだけだ。
何か、何かないだろうか。何でもいい。
――戦っているエミーシアさんと紫色の頭髪をした敵に目を遣る。
敵の腕から繰り出される攻撃を、何とか当たらないようにぎりぎりのところで躱しているエミーシアさん。今はなんとか躱しきれているが、敵の身体機能が更に成長し攻撃のスピードが上がってしまったら、それも難しくなってくるだろう。
あいつが成長しきる前に。その手足が今よりも強靭になる前に。
そこでふと、あいつにも限界値なんてものがあるんだろうか……という素朴な疑問が湧いた。
非情な思考と、尋常ではない動き、異常な回復力。化け物の様な付加価値によって、あいつが俺達では把握しきれない未知の脅威であると錯覚してしまいがちだが、2本の足で立ち、2つの手を操り、そして口を上下に動かして言葉を発している。
少なくともあいつは、俺達人間と同じ規格を有していると言っていい。
更に細かく分類するならば、人間の劣化版か、あるいは上位互換のどちらかに当てはめることも出来るだろう。
俺達と同じ土俵に立っているとするならば、俺達の常識も通じるはず――――。
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「エイダ、俺を手伝ってくれるか」
「だから……それは無意味だと」
「エミーシアさんじゃない、俺を手伝ってくれるか?」
「君……を?」
俺は、頭の中で早急に組み立てた作戦をエイダに話した。
「なるほど……。その理屈でいけば、確かにあいつを倒せるかもしれない……」
「けど、それには少しばかり時間が必要なんだ。その時間をエイダに稼いで欲しい」
「わかった、いいだろう。このことはエミーシアには?」
「出来ることなら、伝えたいけど……。ここから先、その隙が生まれることはないと思う。
それに――……」
彼女なら恐らく、気づいてくれるはずだ。
そんな、不確かな自信だけが俺の中には存在していた。
「ふっ、エミーシアなら問題ないだろう。あの人はいつだって戦況を読むことには長けている」
そして、少し距離を置いた場所にいるニックに声をかけた。
「ニック!! 聞こえるか!?」
ニックがこちらへと振り向く。
俺は振り向いたニックに向かって左手を上げ、右手の人差し指を使って左手の掌をトントンと叩いた。
それを見たニックは、青ざめながら困惑した素振りを見せる。
「大丈夫! お前なら出来る!」
我ながら無責任な発言だとは思ったが、ニックが時々発動させる地味な強運にあやかりたいと思う自分がいた。
――エミーシアさんが敵にじわりじわりと追い詰められている最中、俺とエイダは作戦の準備を始める。