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エミーシアという人物

 敵はエミーシアさんの挑発なんて最初からなかったかのように、標的を俺に定めたままだった。

 先ほどと同じようにふわりと空へ跳ぼうとして――

 すんでのところで、エミーシアさんにそれを阻止される。


 エミーシアさんが狙ったのは敵の足だった。

 飛ぶ瞬間の、ほんの一瞬生まれた相手の隙をついて、その手段である足に攻撃を加える。

 一見誰にでも出来そうな単純な動きだが、敵の、足を使って上空へ跳ぶ時の勢いと速さに追いつけたのは、やはり彼女だからこそ出来たのだろう。

「させません」

 威圧的に言い放つエミーシアさんに対して、化け物はようやく反応を示した。

「あーあー、じゃまするな。じゃまするな。じゃまするな」

 今までの何を考えているのか分からない表情から一転、眉間に皺をよせ明らかなイラつきを見せる。

 跳躍(ちょうやく)しようとして斬りつけられた足を、そのまま(ひるがえ)しエミーシアさんへと蹴りの叩きつけを食らわせる。


「ふふっ、やっと――。やっとあなたの動きが読みやすくなりました」

 ものの見事な速さで繰り出された蹴りは、彼女の研ぎ澄まされた1本の刀によって、鮮やかに(かわ)された。

「ぬうっ……!」

 驚いたのは敵だけではない。

 その場にいた全員が、目で追うこともままならない速さの蹴りを、エミーシアさんがいとも簡単に(かわ)したことに驚いていた。

 それはまるで、手品でも見ているかのような錯覚に陥るほどの無駄のなさ。

「中途半端な知性は、かえって足枷(あしかせ)になってしまうんですよ。時に生き物は、本能の赴くままに動いた方が強いこともある。先ほどまでのあなたのように。

 私達人間が何故考えるのか、あなたには分かりますか?

 考え続けなければ、五感を頼りに本能だけで生きている物達に負けてしまうからです。

 先ほどまでのあなたは、まだそちら側の生物だった。

 ――けれど、今のあなたは既に私達の領域に足を踏み入れてしまっている。

 知識も経験も、重ねている数が違うのです。あなたがその攻撃を仕掛ける時に放った僅かな殺意。その殺意によって導かれる軌道。それを私が読み取れないわけがない」

 まるで、それが当然のように彼女は言った。


********************


 俺は、エミーシアさんという人を誤解していた。

 彼女は最初から、当たり前のように強くて、当たり前のように独りで戦えていたわけではない。

 彼女はここに至るまで、知識と経験を一つ一つ堅実に積み上げてきたのだ。

 一体どれだけの時間、彼女はそんなことを続けてきたのだろう。

 俺には想像することも出来ないが、それはとても果てのないことのように思えた。


********************


「ぐうううううう、むかつく! むかつく! むかつく! なんなんだお前。なんなんだお前」

 敵は怒りを(あら)わにする。

 これなら、勝てるかもしれない……。

 俺がほっと胸を撫で下ろした瞬間、エイダが叫んだ。

「エミーシア!! これだけ喋れるようになっているということは、言語知能が成長しているということだ。つまりそれと比例して、身体機能も成長しているはず……。

 いくら攻撃が読みやすくなったとは言え、その攻撃の威力が今より上がれば、(かわ)すことすら出来なくなるぞ!!!

 やはり、私も――――」

「いいえ、結構です」

「エミーシア!!!」

「さっきも言ったでしょう。私は1人の方が戦いやすい……と。

 それにほら、あなたには役目があるでしょう?」

「でも……私には分からないんだ。分からないからあなたのところへ来た。

 どうすれば、見つかるんだ……? どうすれば、私はこの世界を救えるんだ……?」

 その凛々しい顔を歪めながら、今にも泣きだしそうな声でエイダは言った。

「答えは、ほら……」

 その優しい声と共に、俺の視線とエミーシアさんの視線が交差する。

「え……?」

「それは、私には出来ないことなの。

 私はただ……あの人に、ごく普通で当たり前の平穏な日常をこの先もずっと、ずっと、ずっと……。

 送っていて、欲しかった。ただ、それだけだったから……」

 そう、聞こえるか聞こえないか分からない程の小さな声で彼女は言い、

「お前むかつくなァ! 壊れちゃえ! お前なんか、壊れちゃえッッッ!!」

 敵が勢いよく振りかざした右手からの攻撃を、刀で正面から受け止めた。


 が、その攻撃がエミーシアさんに受け止められることはなく――――



 彼女は無様に地面を転がり続け、そして止まった。


********************


「ぐっ、ふっ……はぁ、はぁ、はぁ」

 その白く透き通るような刃を地面へと突き立てて立ち上がる。

「いざ、参る!!!」

 彼女を止めるものは、もはや何もない。

 脇目も振らずに、目の前の障壁へと挑んでいく。

 地に根を下ろしながらも空を見上げる花のように、その姿は根強さの中に華麗さを秘めていた。

「しつこいなァ!!!」

 今度は左手を振り下ろす。

 それは、振り下ろすスピードと威力から鋭利な刃となってエミーシアさんへと直撃する。

「ぐっ……うぅ、はぁ、はぁ」


 俺は今になって気が付いてしまっていた。

 敵が何故わざわざ、ただぶら下がるだけだった両腕を再生させたのかを――。

 足は空を翔けるのに長けている。それはあくまで移動手段でしかないのだ。

 だから、あいつにとっての攻撃手段は……、本命は……腕。


「エミーシアさん!!! あいつの腕からの攻撃は、足からのものよりも更に強いと思う!!」

 必死にそう叫ぶ俺の声は、彼女には届かない。

 せめて、負傷している彼女の身体に回復魔法を……そう思い、回復範囲まで近づこうとした時、

「マサシ、エミーシアに――『ドライブ・エイド』を……かけてやってくれ……」

 震える声で、エイダが呟いた。

「何言って……」

 そう言って彼女の顔を見遣ると、彼女はその瞳に涙を溜め、けれどそれを決して流すことがないよう堪えながら、必死にエミーシアさんを見据えていた。

 

 


ここまで読んで下さりありがとうございます。

ご興味持たれた方はよければブクマ、評価など頂けると嬉しいです。

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