エミーシアという人物
敵はエミーシアさんの挑発なんて最初からなかったかのように、標的を俺に定めたままだった。
先ほどと同じようにふわりと空へ跳ぼうとして――
すんでのところで、エミーシアさんにそれを阻止される。
エミーシアさんが狙ったのは敵の足だった。
飛ぶ瞬間の、ほんの一瞬生まれた相手の隙をついて、その手段である足に攻撃を加える。
一見誰にでも出来そうな単純な動きだが、敵の、足を使って上空へ跳ぶ時の勢いと速さに追いつけたのは、やはり彼女だからこそ出来たのだろう。
「させません」
威圧的に言い放つエミーシアさんに対して、化け物はようやく反応を示した。
「あーあー、じゃまするな。じゃまするな。じゃまするな」
今までの何を考えているのか分からない表情から一転、眉間に皺をよせ明らかなイラつきを見せる。
跳躍しようとして斬りつけられた足を、そのまま翻しエミーシアさんへと蹴りの叩きつけを食らわせる。
「ふふっ、やっと――。やっとあなたの動きが読みやすくなりました」
ものの見事な速さで繰り出された蹴りは、彼女の研ぎ澄まされた1本の刀によって、鮮やかに躱された。
「ぬうっ……!」
驚いたのは敵だけではない。
その場にいた全員が、目で追うこともままならない速さの蹴りを、エミーシアさんがいとも簡単に躱したことに驚いていた。
それはまるで、手品でも見ているかのような錯覚に陥るほどの無駄のなさ。
「中途半端な知性は、かえって足枷になってしまうんですよ。時に生き物は、本能の赴くままに動いた方が強いこともある。先ほどまでのあなたのように。
私達人間が何故考えるのか、あなたには分かりますか?
考え続けなければ、五感を頼りに本能だけで生きている物達に負けてしまうからです。
先ほどまでのあなたは、まだそちら側の生物だった。
――けれど、今のあなたは既に私達の領域に足を踏み入れてしまっている。
知識も経験も、重ねている数が違うのです。あなたがその攻撃を仕掛ける時に放った僅かな殺意。その殺意によって導かれる軌道。それを私が読み取れないわけがない」
まるで、それが当然のように彼女は言った。
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俺は、エミーシアさんという人を誤解していた。
彼女は最初から、当たり前のように強くて、当たり前のように独りで戦えていたわけではない。
彼女はここに至るまで、知識と経験を一つ一つ堅実に積み上げてきたのだ。
一体どれだけの時間、彼女はそんなことを続けてきたのだろう。
俺には想像することも出来ないが、それはとても果てのないことのように思えた。
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「ぐうううううう、むかつく! むかつく! むかつく! なんなんだお前。なんなんだお前」
敵は怒りを顕わにする。
これなら、勝てるかもしれない……。
俺がほっと胸を撫で下ろした瞬間、エイダが叫んだ。
「エミーシア!! これだけ喋れるようになっているということは、言語知能が成長しているということだ。つまりそれと比例して、身体機能も成長しているはず……。
いくら攻撃が読みやすくなったとは言え、その攻撃の威力が今より上がれば、躱すことすら出来なくなるぞ!!!
やはり、私も――――」
「いいえ、結構です」
「エミーシア!!!」
「さっきも言ったでしょう。私は1人の方が戦いやすい……と。
それにほら、あなたには役目があるでしょう?」
「でも……私には分からないんだ。分からないからあなたのところへ来た。
どうすれば、見つかるんだ……? どうすれば、私はこの世界を救えるんだ……?」
その凛々しい顔を歪めながら、今にも泣きだしそうな声でエイダは言った。
「答えは、ほら……」
その優しい声と共に、俺の視線とエミーシアさんの視線が交差する。
「え……?」
「それは、私には出来ないことなの。
私はただ……あの人に、ごく普通で当たり前の平穏な日常をこの先もずっと、ずっと、ずっと……。
送っていて、欲しかった。ただ、それだけだったから……」
そう、聞こえるか聞こえないか分からない程の小さな声で彼女は言い、
「お前むかつくなァ! 壊れちゃえ! お前なんか、壊れちゃえッッッ!!」
敵が勢いよく振りかざした右手からの攻撃を、刀で正面から受け止めた。
が、その攻撃がエミーシアさんに受け止められることはなく――――
彼女は無様に地面を転がり続け、そして止まった。
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「ぐっ、ふっ……はぁ、はぁ、はぁ」
その白く透き通るような刃を地面へと突き立てて立ち上がる。
「いざ、参る!!!」
彼女を止めるものは、もはや何もない。
脇目も振らずに、目の前の障壁へと挑んでいく。
地に根を下ろしながらも空を見上げる花のように、その姿は根強さの中に華麗さを秘めていた。
「しつこいなァ!!!」
今度は左手を振り下ろす。
それは、振り下ろすスピードと威力から鋭利な刃となってエミーシアさんへと直撃する。
「ぐっ……うぅ、はぁ、はぁ」
俺は今になって気が付いてしまっていた。
敵が何故わざわざ、ただぶら下がるだけだった両腕を再生させたのかを――。
足は空を翔けるのに長けている。それはあくまで移動手段でしかないのだ。
だから、あいつにとっての攻撃手段は……、本命は……腕。
「エミーシアさん!!! あいつの腕からの攻撃は、足からのものよりも更に強いと思う!!」
必死にそう叫ぶ俺の声は、彼女には届かない。
せめて、負傷している彼女の身体に回復魔法を……そう思い、回復範囲まで近づこうとした時、
「マサシ、エミーシアに――『ドライブ・エイド』を……かけてやってくれ……」
震える声で、エイダが呟いた。
「何言って……」
そう言って彼女の顔を見遣ると、彼女はその瞳に涙を溜め、けれどそれを決して流すことがないよう堪えながら、必死にエミーシアさんを見据えていた。
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