無力で非力な自分
俺が使う補助魔法は、物事の原理に則って使われるものばかりのため、余り高度な魔法ではない。高度ではない魔法は基本的に杖を用いなくとも発動することが出来る。
故に、俺が今持っている武器は護身用に腰に携えておいた短剣だけ。
この短剣だけが、今目の前に飛来してくる敵に対抗できる唯一の手段。
俺はそれを手元に構える。
短剣はリーチが極端に短い。これで相手に切り込むのは無謀すぎる。
敵の攻撃をこれでなんとかかわして、その最中相手に生まれた隙を狙って反撃するしかないだろう。
先程のエイダへの攻撃を見る限り、敵の武器はその足にある。
けれど何故、あの時、あいつは腕をわざわざ再生させたんだ?
その跳躍力があれば、腕なんて必要ないじゃないか……。
そんなことをふと考えてしまう。
相手の飛来まで3、2、1――――
敵は、落ちるスピードを加速させ、俺に目掛けてその両足を突き落としてきた。
ズドオオオォォォン!!!!!!!
地面が四方八方に割れる音――。
これは、攻撃などではない。
これは、ただ標的に当たればいいだけの破壊だ。
俺はそれを、ギリギリのところでかわしながら、走って距離を取ることによって回避する。
目の前には敵が落下した位置を中心として地割れが出来ており、その範囲の広さに冷や汗をかく。
エイダから離れておいてよかったと独り安堵しながらも、この無差別な破壊を行う敵に対しての怒りが募っていた。
「だいじなんだナ? おもしろソウダ。おもしろソウダ」
敵の瞳は俺を捉え続けていた。
俺目掛けて飛来してきた時は感じなかった恐怖が、今になってじわりじわりと押し寄せてくる。
この恐怖心は、相手が俺を狙って攻撃を仕掛けてきたから生まれたものではない。
この恐怖心は、相手がただ興味を持ったというだけで俺に攻撃をしてきた、その純粋さに対して生まれたものだ。
まるで生まれたての子供のように、純粋に、残酷に、惨忍に――――。
そんな相手に、作戦も戦略も通じるはずがない。
自分のことなど省みることなく、ただひたすら興味の対象を壊すことに注力する。
こいつを止める方法はただ一つ。
その狂った思考回路を実行してしまう肉体を、ぶち壊すことだけだ。
けれど、どうやって――――
「なにしてあそぶ?」
俺が敵との距離を取りながら思考を巡らせているうちに、そいつの声色が変わった。
先ほどまでケタケタと笑っていただけだった口元は、笑いながらもその中に微かな知性を持ち始める。
「こいつ……成長しているのか……」
唖然として、つい漏れてしまった俺の独り言。
「あぁ、こいつらは孵化してからの時間が経てば経つほど、成長していく」
それに、エイダが答えた。
「マサシくん、ごめんなさいね。こんなことに巻き込んでしまって……。
出来ればあなたには――……。いえ、なんでもない。ここは私が何とかします」
コツコツコツと、優雅に地面を蹴りながらエミーシアさんが敵の間合いへと近付いていく。
「待て!! エミーシア! 私も一緒に!」
「いいえ、結構です。
こいつ相手に作戦なんて最初から通用しなかった。考えてみれば当たり前です。作戦とは、対等の知能を持った相手にこそ通用するもの。こいつにそんなもの無意味だったんです。
だから、今私とあなた2人で戦ったところで、お互いの攻撃に配慮するあまり、そこに隙が生じてしまう。だから私は1人で戦います。
そもそも、私はその戦い方の方が性に合っている」
そう言いながら、刀を鞘にしまう。
「くっ……」
そこからエイダが反論することはなかった。
「マサシくん、お願いがあります」
「は、はいっ!!」
そして、ニコリと口元に笑みを浮かべると、
「私に――『ドライブ・エイド』を2回かけてください」
彼女はごく自然に、当たり前のように、そう口にした。
「いや、でも……それは……」
「時間がありません。先ほど地面を割った時の威力からして、今のままだと私はこいつの攻撃を受けきることが出来ない。だからお願い!」
躊躇する俺を窘めるようにエミーシアさんは言う。
そんな、そんなこと、出来るはずがない。出来るはずがないんだ。
だって、そんなことをしてしまったら……エミーシアさんの身体は……急激に限界値を引き上げたことによる反動を一身に受けることになる。
俺の補助魔法は奇跡でもなんでもない。だから、人間の身体が反動を受けないぎりぎりのラインで取り扱っている。そのぎりぎりのラインが50%。そこから先は、決して手を出してはいけない領域。
だから、そんなことは決して――――
「「駄目だ!!」」
俺とエイダの声が重なる。
「なら……私は、補助魔法なしで戦う」
そう、冷たく言い残してエミーシアさんは敵の間合いへと入っていった。
俺とエイダの言葉を振り切るように――。
「さあ、私と一緒に遊びましょうよ?」
そう発する言葉には、温もりが一欠けらも混ざってはいなかった。まるで、エミーシアさんの別人格でも出現したのではないかと思わせるほど、冷徹に、冷酷に――。
「んー? いいよいいよ。おまえはいらない。おまえじゃないんだ。おまえがだいじなものがいいんだ。おまえがだいじなものをこわしたいんだ。だって、そっちのほうがおもしろい」
ケタケタとではなく、ニヤリと口元に不気味な笑みを浮かべながらそいつは答えた。
それと同時に、
「それは、させません」
辺りの空気が一瞬で凍るほどの殺気が、この空間を支配する。
これは、エミーシアさんのものだ。
そこまで怒りを露わにして、そこまで自分の身を挺して、そこまでして、守ろうとしているもの。
それが――――俺。
ただの脇役に過ぎない、俺。こんな時に何もできない、俺。無力で非力な、俺。
「ははは……。こんなの主人公どころか、主人公に助けてもらうヒロインじゃないか……」
こんな緊迫した空気の中、そんなことを呟いている俺は、やはりただの脇役に過ぎなかった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
結局主人公にはなれないマサシですが、やる時はやってくれます。
後2話ほどで希望が見えてくる……はず!