どこかの主人公のように
愉快に笑う紫色の頭髪をした化け物に変化が生じる。
俺の目の前に降り立った時、そいつは首と胴体、そしてそれを支える2本の足だけの状態だった。
不思議にこそ思わなかったものの、一番最初に目にした時とイメージが変わっていたことだけは覚えている。どこか不完全で、不安定な存在――――。
それは、そいつの見た目のことだったのか、それとも中身のことだったのか、認識した瞬間に俺の視界はエミーシアさんに遮られてしまったため、今となってはもう覚えてはいない。
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――ケタケタ。ケタケタ。
そいつが笑うごとに、今まで何もなかったその場所に腕が生え始めた。
胴体から繋がる接続部分。肩、肘、手。その速度は、目の前で何が起こっているのか自分自身で把握できるほど、ゆっくりだった。
「エミーシア、こいつ再生しているぞ……」
その合間にエイダがこちらへと駆けてきた。
「ええ。まさかここまで、適応力が高いとは思っていなかった」
俺に背を向けながら2人は、目の前の敵に対する作戦の練り直しを図る。
「急所は一体どこなんだ……?」
「やはり、頭……それとも胴体でしょうか」
敵と言っても、弱点の分からないものと対峙した場合、必要になってくるのは倒すための戦力でも、追い込むための作戦でもない。
必要なものはひとえに分析だ。
けれど、これまでの相手とのやりとりだけでは、一体どこが弱点でどこを攻撃すればいいのか、どう動くのが最善か、その見極めが出来なかったのだろう。
結果として無謀と知りながらも、相手が再生しきる前に急所らしき部位を狙うという曖昧な作戦を練る以外に、2人が取れる選択肢はなかった。
「私が頭を付き抜く。エミーシア、胴体を頼めるか?」
「同時に、というわけですね。それ以外に今のところ手はなさそうですね」
敵がその細長い両腕を再生しきる前に、一気に間合いを詰め、相手の視界に映らない場所へと移動する。
エミーシアさんは腰を下げ、敵の下半身側から胴体を狙う。
一方、エイダは空を舞った。
相手の死角を狙って、上空から頭頂部を狙ったのだろう。
――が、それが仇となった。
尋常ならざる跳躍力を持つそいつにとって、空は完全に自分の領域と化していた。
エイダが頭頂部目掛けて攻撃の構えを取った瞬間――――
敵は上空へ跳び、攻撃態勢に入り無防備になっていたエイダの脇腹に、その強靭な足による蹴りを食らわせる。
「が、はっ――――」
そのままエイダは出口とは真逆の方向へと飛ばされ、地面に引き寄せられるようにドサリと落ちた。
「エイダ!!!」
俺の問いかけに返事はない。そのことが無性に怖くなった。
俺の回復魔法の効果範囲は5M程度。これだけ距離があるとここから回復魔法は使えない。
俺は、俺の後ろで怯えるニックに、
「ニック、なるべくあいつから離れてくれ! 俺はエイダの回復に行ってくる!」
とだけ言い残し、エイダの元へと走る。
エイダが吹き飛ばされたことで、混濁した意識がはっきりとし始めたのか、ニックは走り去る俺の背中に向けて、
「あ、ああ、分かった! 足引っ張ってすまない……。お前の言う通りにする。んで、余裕があったらエミーシアさんの援護に回るよ!」
と、力強く答えてくれた。
そのことが、この状況下において少しだけ心強かった。
俺は一目散にエイダの元へと駆けよる。
仰向けに寝転がるエイダの口元に耳を近づける。
と、わずかだが呼吸はあった。
「エイダ!! 大丈夫か!?」
「あ――……。あぁ、少しばかり……助力を、頼む――」
「分かった」
エイダの損傷範囲を目視で確認する。
俺の補助魔法『フィルム・エイド』の効果もあってか、想像していたよりも傷は浅かった。
「肋骨数本と、臓器での内出血……くらいか。呼吸が苦しいのは衝撃で肺の機能が一時的に麻痺しているせいだと思う」
「視ただけで……そこまで、分かる……のか」
「まぁ……ね。俺の魔法は回復だから、快復魔法とは違って、全部を全部元通りにすることは出来ないんだ。あくまでも、元の状態に戻るための手助けに過ぎないから、ある程度の損傷範囲は把握しておかないと」
「なる……ほど」
「じゃあ、いくよ。――汝の活力よ、原初の型へと巻き戻れ『ヴィガー・リワインド』」
俺が口にした言霊と共に、魔力がエイダの体へと注がれる。
「どうかな?」
「大分……楽になったぞ。一体どういう原理なんだ……?」
「原理ってほどのことでもないけど、取り合えず麻痺していた肺の機能を正常に戻して、臓器の内出血を止めた。肋骨に関しては、流石に全部綺麗に元通りにするのは無理だったから、本来の70%ほどまで機能回復させた。無理するとまた折れちゃうから、戦う時は普段の70%ほどの動きを意識してくれ」
俺の長ったらしい説明を聞いて、エイダは目をきょとんと見開いた後、
「あぁ、それだけ出せれば十分だ」
いつもの、凛々しい顔つきに戻っていった。
その様子を見て安堵する。
と――――
「マサシ!!!! 逃げろおおおお!!」
緊張の糸が切れた俺の内心とは裏腹に、緊迫したニックの声が背後から聞こえた。
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一瞬、一瞬がコマ送りのように再生される。
敵が、目にも留まらぬ速さで空を翔けこちらに向かってくる様子も――――。
その更に後方でニックが必死に叫んでいる様子も――――。
まるで他人事のように感じてしまえるほど、鮮明に、刻々と。
上空にいる敵と目が合った。
――ああ、あいつが狙っているのは俺なんだ。
そう思った時、不思議と恐怖はなかった。
ただ一つ気がかりだったのは、このままではエイダが巻き込まれてしまうということ。
俺の足は自然と前へと踏み出していた。
俺の人生、それは常に何処かで誰かの脇役であり続けること。それだけだった。
その生き方が嫌だったかと聞かれれば、答えはノーだ。
俺は、俺の周りでみんなが楽しそうに笑っているのを見るのが好きだったし、みんなが何かに挑戦しようとする時、それを手伝うのも好きだった。
けれど――――。
たまには――――。
どこかの主人公のように、自分の命をはって誰かを守ったっていいじゃないか。
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