4人パーティーでクエストへ
大蜘蛛退治は、比較的難易度の高いクエストだ。
その為、このクエストにはあらかじめ最低限のハードルが敷かれている。そのハードルの指標となるのが、個人個人がその能力、適性によって割り振られているランクだ。
最底層の『ボトム』…一人でクエストを行うのが難しい者。初心者が多い。
平均層の『ミドル』…クエストにおいて戦闘、指示、援助が適切に行える者。この層が一番人数が多い。
最高層の『ハイト』…一人でクエストを完遂できる者。限られた人間しかなることが出来ない。
俺とニックのランクは『ミドル』。そして――――
エミーシアさんとエイダのランクは、どちらも『ハイト』だった……。
確かに大蜘蛛退治は、難易度の高いクエストだ。
その為、推奨ランクは『ミドル』が3人。
――これでは明らかな火力過多。ニックが頼る気満々だったのも頷ける。
(俺の回復なんていらないんじゃないのか……)
そんなことを考えながら、大蜘蛛の待つ最奥地へと進んでいく。
足元には草木が生い茂り、右にも左にも森林浴出来そうな程に大量な木が立ち並んでいる。上を見上げると青空がどこまでも続いており、俺はピクニックにでも来たんじゃないかと錯覚してしまう。
一つ、長い深呼吸――――。
と。
目の前から黒い物体が地面を這いながら近づいてくる。
音はない――――。
「やばい、呑気に深呼吸してる場合じゃなかった! 敵だ! ニック!」
「おおおおおう!」
俺とニックが構えようとした瞬間――。
黒い物体は音もなく両断されていた。
「気持ちよくお散歩しているところを、奇襲だなんて……。感心しませんね」
そう言ってにっこりと微笑むエミーシアさんが、両断された黒い物体の前に立っている。
その笑顔に少しだけ寒気を覚えた。
彼女の手元には一本の筋が入った刀が握られており、直前に振るわれたとは思えないほど神々しい刀身が、日光を反射させている。恐らくこれが彼女の所持する武器なのだろう。
黒い物体をよくよく見ると、両断された肉片それぞれに触肢1つと足4つ。
「こいつは、大蜘蛛の遣いだな。我々の気配を察知したのだろう」
冷静にそう言い放つエイダ。
「なるほどー。そうですよねー」
なんて言いながら、改めて俺達『ミドル』では届かないレベル帯、『ハイト』の恐ろしさを噛みしめる。
ニックに至っては言葉を失っており、
「さて、お散歩を続けましょうか」
そう優雅に言うエミーシアさんに対して、首を上下にするだけで精一杯の様子だった。
「なぁなぁ」
「ん?」
ニックが先を歩く2人に聞こえないほど小さな声で話しかけてきた。
「今更なんだけどさ、何であの二人ついてきてくれたんだと思う?」
「なんでって……」
聞かれて、俺もこれと言って何も思いつかなかった。
「俺思うんだけどさぁ……」
「何だ?」
「2人のうちどちらかがさぁ……。俺に気があるんじゃないかって」
少し顔を赤くしながら、ニックが真顔でとんでもないことを口にした。
「なるほどー」
理解を示しておきながら、
「それはないな」
それを全力で否定する。
「そんなぁー! いや、だってよぉ……」
拗ねながらそう言うニックに、
「いやさ、ほら普通にただの親切心なんだって。特に理由もなくさ」
なだめるよう言葉をかけた。
けれど……。
本当に、彼女達は何故、俺達に付いてきてくれたのだろう?
そんな誰でも当然のように抱く疑問を払拭するように、歩みを進めることにした。
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呑気に散歩なんて言っていられたのはほんの束の間の話で、先ほどの大蜘蛛の遣いを筆頭に、次から次へと同じものが湧いて出てくるようになった。
大蜘蛛の遣いは大人1人分の大きさをしており、正直そこまで倒すのに苦労はしない。が、この時、出現する数がやけに多いことが気にかかった――――。
先頭を歩きながら、大蜘蛛の遣い達を紙を切るように両断していくエミーシアさんとエイダ。
本来なら、これだけの戦力が2人も揃っている場合だと、俺とニックは何もせずにただ付いていくだけで済む。
けれどこの時ばかりは、そうも言っていられなかった。
ニックは自分が一番得意とする弓矢で2人を援護する。俺はまだ回復が必要な段階ではなさそうだったので、密かに全員に補助魔法をかけることにした。
身体の筋肉に対して補助を行う『ドライブ・エイド』。
これをかけることによって、身体の限界値の引き上げをすることが出来る。
俺達の身体には、その機能を細く長く維持し続けるためのリミッターが備わっており、基本的に普段の生活では身体機能の20%ほどまでしか使うことがない。それ以上の力を発揮してしまうと、その負荷に身体自体が耐え切れなくなってしまうからだ。
負荷に耐えられるよう筋肉に補助魔法をかけ、20%の限界値を最大50%まで引き上げることができるのがこの魔法『ドライブ・エイド』の特徴である。
次に、身体の皮膚に対しての補助を行う『フィルム・エイド』。
これは人の皮膚の更に外側に、知覚できない程の薄膜のシールドを貼る補助魔法である。
シールドの素材はゴムの様なもので、動きに合わせて伸縮する。質感が強固ではないため耐久力はないものの、外傷を防いだり、打撃による衝撃を緩和することができるのがこの魔法『フィルム・エイド』の特徴である。
この2種類の攻撃、防御にそれぞれ特化したものを1回ずつ。
とはいっても、一度の攻撃で敵を両断し、相手に攻撃する隙すら与えることのないエミーシアさんとエイダに対して、この補助魔法はほとんど意味をなしていなかった……。
一つ救いがあるとするならば、その2人を援護するニックに対してのみ、俺の補助魔法が役に立っていたということだろう。
いよいよ、大蜘蛛の棲み処まであと少しというところで、
「やけに敵の数が多いな……」
「やはり、既に影響がここまで来ているのでしょうか」
何やら、エミーシアさんとエイダが難しい顔をしながら話し込んでいた。
「もしそうだった場合、ここから先は危険だぞ?」
「しかしまだ予兆があったわけではありませんし、私達が気にし過ぎているだけかもしれない」
「予兆……か。それを当てにしていいかどうかは正直まだ分からないが……」
「何より、仮にそうだったとして、ここで逃げ帰ることは出来ません。ここまで汚染が広がっているのだとしたら、何としてもこの場で食い止めなければ……」
「ふむ。2人を巻き込むことになっても……か?」
そのエイダの問いに、エミーシアさんは答えなかった。
「なんですかなんですかぁー! 2人で内緒話なんかしてー」
そんな、糸がピンと張ったような緊迫した空気を、容赦なくニックが壊していく。
「え、えぇっと、大蜘蛛対策をちょっと2人で練っていただけですよ」
場を濁すように、エミーシアさんがその柔らかい笑みをこちらに向けてくる。
「ほんとですかー? 俺には何かこう、もっと深刻そうな話のように感じましたけどぉ……」
そう言われ、少しだけエミーシアさんの柔らかな笑みに陰りが生じたような気がした瞬間――――
「ニック、そんなことを言っていると、ここから先は自分が先頭に立って戦うことになるかもしれないぞ?」
俺は、気が付けば口を挟んでいた。
「えっ、えぇ!? それって、どどどういうこと?」
「今俺達は、2人の戦力があって後方支援に回れるんだ。2人には2人なりの作戦があるんだろうし、そのことに意見を申すってことは……自分も前に出て戦いますっていう強い意思表示と取られてもおかしくはない……だろ?」
「そ、そ、そんなぁー! 違います! 違います! 俺はそんなでしゃばるようなことは致しませんっ!」
そう言いながら焦るニック越しに、ちらりとエミーシアさんに目を向けると、彼女は俺の方を見ながらにっこりと微笑んでくれた。
その微笑みは、今まで見た彼女のどの笑顔よりも、柔らかで、温かいものだった。
自分にだけ見せてくれたそんな彼女の表情に、少しだけドキリとする。
――いや。俺にだけ微笑みかけてくれたなんて、そんなのあるわけがない。
――ただの、俺の思い込みだ。
大蜘蛛の棲み処を前にして、俺の心は少しだけ、浮き立っていた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
次話辺りで、流れが一気に変わる予定です。
ご興味持たれた方は、そこまでお付き合いいただければ幸いです。