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南と東の温度差は?

「この子だ、この子が適任だ」


一言も喋らず、ただ死んだように眠るその子は、既存の社会保障制度から見放された存在だった。


世界の色んな場所が住めなくなったこの時代、彼女のような難病を患う患者を救うことは、もう出来なくなっていた。


彼女の境遇を知った人々は、彼女へ同情を寄せる。


だが決して行動はしない。


別に誰が悪いとか、そういう話ではない。


故郷が住めなくなり、難民として別の国に移り住んだ彼らが悪い訳ではない。


そのせいで仕事を奪われ、生活が苦しくなって難民や資本家を恨む彼らが悪い訳ではない。


富を独占していると、貧困層から叩かれている資本家が悪いとかでもない。


誰も悪くない、だから余計に達が悪い。


この少女が苦しみ、意識を失い死にかけていたとしても、誰も悪くない。


必ず誰かが不幸になり、必ず誰かが幸福になる。


この少女が幸福になる為に、貴方が不幸になって下さい。


この少女が幸福になる為に、貴女が不幸になる必要があります。


こう言われてもピンとは来ないだろう。


だがこう言い換えるとどうだろうか?


この少女の医療費を負担する為に、貴方の年金を減らしても良いでしょうか?


親にも見捨てられ、誰も医療費を払ってくれない少女の為に、貴女の税金を増やしてもよろしいでしょうか?


「私は君を目覚めさせて良いのだろうかな?」



「行き先変更だ」


その一声で、セルマは眠りから覚めた。




メキシコにて



「何の用でここに来た?」


AWSU分隊長のパトリックは、麻薬王ミゲルを前に何一つ動じずに問いに答える。


「あんたのコレクションが欲しい」


「ウハハ!おい聞いたかお前ら」


ドアの前に立つ部下と共に大笑いすると、黄金色に塗られたデザートイーグルを抜き、銃口を向けた。


「グリンゴはいつもそうだ。唐突に現れて、コカ畑を焼いて帰る」


「恨み言ならSNSにでもツイートしてくれ、俺はCIAからの指示でここにいる。言ってしまえばアメリカ政府との取引だ」


パトリックを怪しんで見る麻薬王の、その屋敷から500ヤード離れた場所にニッキー、アドルフ、セルマの2人と1頭が隠れていた。


「凄いハッタリだ。隊長にはペテンの才能がある」


CIAもアメリカ政府もこの作戦には絡んでいない。


AWSUが誰にも知らせずにやっている事なのだ。


「何処かの麻薬王が、生存困難地帯の情報を集めてるって噂を耳にした。それでその情報を欲しがってるCIAが、資本に物を言わせて買いまくってる、情報をな」


盗聴機が仕込まれたアロハシャツを着たパトリックは、CIAに雇われている陽気な民間人に成り済ましている。


「俺は正直、近所でヤク中共が増えようが知ったことじゃない。金が欲しいからここに来た」


「態度がデカいな、俺達みたいなのに敬意を払わないと、寿命が縮むぞ」


「それがなんだ、こっちは天下のアメリカ様だぞ」


麻薬王を相手に堂々として大胆不敵な態度は、肝が据わっているというか、頭のネジが外れているというか。


とにかく図太いことだけは確かだった。


「まるでバリーシールだ」


「誰それ?」


セルマの好奇心に応え、ニッキーはウキウキで返答した。


「パブロ・エスコバルに雇われてた麻薬密輸人、アメリカを騙した男!」


「また映画か、レイシスト野郎」


「おいおい失礼だろ、全員平等に差別してるんだ」


「仲いいね」


ニッキーとアドルフの口喧嘩を見ていたセルマは、そう呟くと「「うるさいぞダイナソー」」とハモった返しがやって来る。


SUV並の図体に、トリケラトプスの様な姿で歩く彼女はまさに恐竜で、恐らく100年後に自然公園の下から発掘されても、学者が恐竜と見間違えるに違いないだろう。


「約束しよう、情報を渡せばあんたに手出ししないと」


「クソいい加減にしやがれ!」


パトリックの態度にミゲルは腹を立てるが、提示された条件を素直に蹴れない状況だと分かっていた。


勢力を伸ばしすぎて、アメリカどころか他組織からも標的にされている彼の組織は、崩壊寸前だった。


独裁者が愚かではあるが馬鹿ではないように、彼も馬鹿ではないようだ。


「クソったれのグリンゴめ」


「俺は軍服を着ちゃいない、気分的にはビジネススーツを着てる」


この男はアメリカを毛嫌いしている。


言葉の節々に見えるグリンゴというアメリカ人を指す蔑称が、それを表していた。


一昔前なら、こんな舐めた真似をしている奴は心臓をくり貫かれ、鉄塔に吊り下げられていたが、コイツもそんなことをする余裕がないと分かっていた。


「条件を飲んだら、コロラドに収監されてる息子を解放して、証人保護プログラムを適応させてやる」


パトリックは首を掻くフリをして、首元に仕込んだ盗聴機に向かって音を鳴らした。


「合図だ、始めるぞ」


セルマは背中に搭載されたM107対物ライフルを起動する。


光学照準レンズとレーザーシステムを組み合わせ、徹甲榴弾をフル装填した100ラウンドのボックスマガジンを取り付けたこの武装は、強力の一言以外では表せない破壊力を誇る。


標準装備として、頭部と連動して動くM240汎用機関銃を備え、歩兵相手に火力で劣ることはまずないだろう。


セルマは油圧で動く足で、枝葉の隙間を駆け抜け、豪邸の前に停まる高級車へ銃弾を放った。


燃料タンクに大穴が空き、瞬きする間に爆発した。


機関銃で玄関前を横凪に掃射し、反撃される前に位置を変える。


「なんだ!?」「襲撃だ!全員武器を取れ!」


ミゲルはこの時、コカインのやり過ぎで判断力が鈍っており、この襲撃が別のカルテルの仕業だと思い込んだ。


パトリックはミゲルの考えがまとまらないうちに、畳み掛ける。


「早く決めろ、今撃ってきてる連中が誰かは知らないが、間違いなくお前を殺しに来た事は確かだ」


セルマ達は屋敷の中で交渉中の隊長を援護する為に、とにかく派手に動いた。


グレネードランチャーであちこち爆発を起こし、対物ライフルの大きな音で恐怖を叩き込み、機関銃の制圧射撃で畏怖を惹き起こした。


「息子を一生刑務所暮らしにさせるつもりか!ええ!カマ野郎にケツを掘られるのがお望みか?それとも、カルテルを見捨てて部下の報復に怯えながら、カリブのリゾートで豪遊しまくるか」


「mac10に銃撃されて死ぬか、美女に腹上死させられるかのどっちかだ」


「あぁぁぁ畜生!ちくしょう!ちくしょうが!」


ミゲルは部下を射殺し、ライフルを拾って投げ渡す。


「お前が求めてるものはこれだ」


アジア、中東、東欧、各地の写真が束になって集まっている。


銀行員が札束を数えるが如く、物凄い速さでペラペラと捲り、戦闘で鍛えられた反射神経が、気になる一枚を発見した。


淀んだ空の下に、大きなビルが斜めに倒れた写真があった。


写真裏に書かれた文字には、China 重慶市と乱雑に書き記されていた。


「生存困難地帯は文字通り無人地帯だ。コカの栽培に使えると思ったんだが、無駄な試みだった」


「もう出るぞ、荷物をまとめろ」


「変だな、銃声がもう聞こえんぞ」


気になったミゲルはカーテンの隙間から外を覗く。


横倒しになった装甲車の側に、大きな動物がのそのそと歩いているのが見え、直ぐに顔を引っ込めた。


「なんなんだあれは?」


「うちのペットだ」


ミゲルの首根っこを掴み、12.7mm弾で肉片と化した死体の上に転がした。


「驚かすだけだった筈だが、制圧しちまうとはな」


セルマはミゲルを呑み込まんとする勢いで、ステンレス製の歯を使って肉体を挟んだ。


「今すぐチヌークを呼べ」


「麻薬王を捕まえたとなれば、DEAとATFが大騒ぎするぞ」


「ラングレーもでしゃばってくる」


「私はコイツをいつまで甘噛みしてれば?」


セルマには顔も表情もなかったが、声色で嫌がっていると分かった。




潮外市にて



「うわ、また親からだ」


佐々木の携帯のには、母親という文字列の着信履歴が30件以上並んでいた。


「過保護だよな、お前の母親。父親の方はあんなに厳しいのに」


「よく思うよ、何であんなに正反対なのに結婚できたんだろうな?」


「正反対だから、意外と組み合うこともある」


「なるほど深いなぁ」


吉川の人生観に、取り合えず分かった呈で佐々木は答える。


「憂鬱な気分だぜ……」


先頭を歩く吉川が突然歩みを止め、一歩下がり険しい顔になる。


陽炎の向こう側から、人影が揺らぎながら近付いて来た。


「こんにちは~」


一目だ、ひと目で気がついた。


コイツらはヤバいと。


「わー達は、救済の倣わし教です。ちょっとお時間取らせて貰います~」


うわ宗教団体じゃん、面倒なのに絡まれた。


真夏だというのに、冷えた汗が出てくる。


「いや、急いでるんで」


「お話だけでも如何ですか」


「いや急いでるんで!」


佐々木が前を塞ぐ二人組を強行突破しようとするが、その前に大声で叫んだ。


「キャー!痴漢!セクハラ!」


「うわこういうタイプか、めんどくせえ」


「50代の婆さんに好き好んで触るもんか!」


やりなれているのか、甲高い声を出しながらこちらをチラチラと様子見し、我々が折れるまで待っているのだ。


「困ったなぁ、どうするよ」


「俺早く帰って晩飯作らないといけないのに」


「ぼく、カンボジアコミュニティの集会が……」


こんな時、竹子ならどうするのだろうか?


あの上手い口車で相手を乗せるか、肘の攻撃で殴り飛ばすかのどっちかだ。


「わー達のお話を聴けば、きっと理解してくれますよ」


「なにやってんの?」


困り顔の3人組の背後から、更に困り顔の2人が姿を現す。


「あぁ、そういうことね」


百は立ち塞がる婆さんへ、何かを話した。


「あっ………タカナタカナ」


謎の言語を口に、また陽炎の中へ人影となって戻って行った。


「助かったありがとう」


「別に、通りかかっただけ」


「ウッソだぁー、助けに行くって言ってた癖に」


百の後ろから、藍がひょっこりと姿を見せ、悪戯好きの小悪魔のように笑う。




今思えば、この出会いは間違っていたのかもしれない。


だがこの出会いは、私の人生で最も充実した時でもあった。

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