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兵器群に呑まれて

防衛省大臣室にて



「おととい上海で起きた爆発事件について、中国政府は首謀者である、反共国民軍(ACNA)の工作員を逮捕したと発表しました」


「ええ、今丁度テレビで観てますよ。中共も随分苦戦してますし、確かに何をしでかすか分かったものじゃありませんからね。……えぇ、はい…はい了解致しました。ではそうお伝え下さい」


受話器を置くと同時に、羽黒が話し始めるチャンスと思い口を開く。


「何方からですか?」


「上とだけ言っておこうかな。台湾海峡に護衛艦を派遣してくれって」


「台湾海峡ですか」


アジア情勢悪化に伴い、米軍と共同で航行の自由作戦を行っていたが、台湾海峡は文字通りホットゾーンである。


そこを通過するとなれば、中国側からの反発は必至であり、中国感情を逆撫でするだろう。


「さっきニュースであっただろう。ほらACNAの工作員が捕まったって」


生存困難地帯拡大による影響で、中国国内には避難民が溢れかえっていた。


中国政府は行き場に困った国民を国外へ追い出し、そのやり方に不満を持てば、教育施設へ送られた。


当然国への信頼、言うなれば共産党への信頼は地の底から地中へと更に沈んだ。


そんな情勢下では当然、反政府組織が生まれる。


太平洋戦争終結後に始まった国共内戦で、毛沢東率いる人民解放軍に大陸から台湾へ追い出された中華民国にとって、またとない機会だった。


かつて蒋介石が夢見た大陸反抗への一歩として、反共産主義武装組織であるACNAへ台湾は支援を行ったのだ。


当然中国は怒り狂ったが、国力の低下で台湾への武力侵攻は見送られている。


「まぁ向こうもやらんとは思うが、両国の関係が悪化してる時だ。弱いとこ見せれば戦争になる」


台湾海峡への自衛隊派遣だなんて、国家もネットも荒れるだろうなと、想像しつつ本題へ入る。


「それで山狩りの結果は?」


「犯人は以前逃亡中、捕まった1人も口を割ろうとしません」


「振り出しに戻った訳か……」


「いえ、Nシステムと防犯カメラで活動拠点を割り出せました。逮捕は時間の問題かと」


定時の会が企業の次に狙ったのは個人だった。


企業から献金を受け取り、厚生労働省のブラックリストを意図的に操作したとされる職員が、標的となった。


被害者は既に刑期を終え、釈放されていたが、彼らの怒りは刑務所に入っていた程度では収まらなかったようだ。


今回の事件で、彼らの義賊的な行動を称賛する声もあるが、所詮は犯罪者、法治国家たる日本で私刑というのは通用しない。


「今回の事件、銃器の出所がはっきりしない辺り、少々きな臭いな」


「彼らの使っていた拳銃は刻印と製造ナンバーが消されてましたが、間違いなく中国製のコピーSIGです」


SIG226はドイツ製の拳銃なのだが、中国はそれを勝手にコピーし、NP226として売り出していた。


かつてはフィリピンや中東の紛争地帯へ売り込んでいたが、近年それが日本国内に流れつつあった。


「向こうの密輸ルートを炙り出さない限り、大陸のアカが無尽蔵に武器を送り込んでくる訳だ」


「本来こういうのは、警察のやる仕事なのですがねぇ……」


「警察?君は一つ勘違いをしている。これこそ警察の出る幕ではないよ」


大臣は煙草を吸おうと胸ポケットを探るが、禁煙していることを思い出し、代わりに机から黒糖飴を取り出して噛み砕く。


「君のトップである官房長官は、そう思ってはいない。だから我々に助けを求めたんだ。これは戦争なんだ、反社の起こす抗争とは訳が違う」


自分の目の前で何が動き、周りで誰かが誰かを殺そうとしているが、知らない顔して通せるのに慣れてきた。


「さぁやろう、相手が誰だろうが関係ない。お国の為に」


この世界に染まったかもしれない。




潮外高校にて



教室内では、いつもの目線が悠牙に向けられていたが、その目は少しだけ違っていた。


「……………………チッ」


クラスメイトは舌打ちをして席を立ち、悠牙の机を少し蹴って出て行った。


あの後すぐに犯人は見つかり、容疑は晴れたが、教室の雰囲気は複雑なものとなっていた。


相手がいつも馬鹿にしていた奴とは言え、大勢の前でお前が犯人だ!と言ってしまったのだから、当然そういう空気になる。


それに加え、親しい女性を失ったショックで、感情がごっちゃになっているのだ。


そのお陰なのか、彼と同じ轍を踏むまいと陰口は無くなり、グループの会話には自分を揶揄する表現ね代わりに、スラングが飛び交うようになった。


教師が怒っている隣で、黙々と何かに打ち込むフリをしている時の、あのよそよそしい感じの様だった。


クラス全体が、自分を居ないものと捉えるようになった。


改善とは言わないが、マシになったとは言えた。


「よおユウ、大変なことになってたな。ジョナサンも心配してたぞ」


「いや吉川です」


珍しく佐々木が吉川を引き連れやって来て、自分を教室から連れ出したかと思えば、珍しくパンを奢ってくれた。


「冤罪で殺人の容疑者になるとかマジですげえじゃん、逃亡者みたいで」


「俺医者じゃないし、妻を殺してもない」


映画ネタで盛り上がる佐々木を横目に、悠牙もそれに面倒そうに答える。


「僕のいた国じゃ、疑われたら冤罪でも出頭してた」


「そりゃどうしてだジョナサン?」


「殺された奴の親戚が、ギャングに殺しを頼むんだ。警察署まで襲撃しにくる奴もいるけど」


東南アジアの情勢悪化で日本へ移住した吉川にとって、彼らの能天気な思考と自分の思考には、絶対的な違いがあった。


あの独特な殺気とドブ川の臭いを放つ、よどんだ目をした人間を、まだこの国で見たことがない。


一線の、そのまた一線を越えた人間を街中でよく見掛けるようになれば、その国は崖っぷち立っていることになる。


「あーあーヒマ……暇すぎてヒマラヤになりそう」


「すげえ暇そうだな」


「そうですね」


男3人、遠い目をしてヘリを眺めるこの治安が長く続くことを願おう。


上空から爆弾を落とすことも、機関砲を撃ち込むこともない飛行機が飛ぶ国を。





東北地方のどこかにて



「クロドリからアカギへ、間も無く目標地点へ到着する」


「了解、灯りを消せ」


UH60JAの機内灯が消え、ドアが開けられた。


4眼の暗視装置を起動し、10名の隊員が舞い降りる。


「目標以外は全て無力化、ROEはいつも通りに、作戦を開始する」



数時間前……


「ヤンキー共からの依頼だ」


スクリーンに写る地図を前に、パイプ椅子にだらけて座る自衛隊員達は、体勢だけはゆるゆるだが目は笑っていなかった。


「この男を確保しろ、■■県の中核派拠点に潜伏中と思われる。今回は連中も絡んだ事案だ、UAVの支援が付く」


「いいですね、そのまま調達打ち切ったアパッチヘリも支援して貰いましょうよ」


加賀はアメリカから調達予定だったアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリを、予算やら何やらの問題で13機しか調達できなかった事をネタにしていた。


「もし登山客に出くわしたらどうします?」


「作戦は夜間に決行する為、民間人には遭遇する確率は低いが、まあいつも通りだ。相手の持ってる映像機器は全て破壊して証拠を残すな」


そして今に至る。


「リーパーからアルファ1へ、建物の東側、燃えているドラム缶の近くに5人」


狙撃班として配置された翔鶴と瑞鶴は、HK417とMSR狙撃銃でその集団を狙っていた。


「数が多い、バレずにとは行かないかな」


恐らく30~40人規模の数が、2階建てのプレハブハウスで寝食を共にしている筈だ。


これまで襲撃した中核派の拠点には、火炎瓶や鉄パイプ爆弾といった古典的な武器ばかりだったが、それに加えて何丁かの56式自動歩槍を発見していた。


いわゆるアサルトライフルと呼ばれる、この日本で手にするには難しい武器だった。


「この施設、明らかに軍事訓練の為の場所だ」


跳弾対策で山側に沿って、人型の標的が備えつけられている。


そのベニヤ板の的には、木ノ下首相と米国大統領の顔写真が張り付けられていた。


爆発の跡と銃弾の跡が、土壌をくっきりと抉っている。


「統一射撃用意」


ライフルに取り付けられたIRレーザーが5人の急所を狙い、引き金へ指をそっと寄せた。


「撃て」


胸へ2つの穴が空き、確実に絶命させた瞬間、突入班が建物へ突入する。


「敵襲!敵襲!」


騒ぎに気がついた彼らは、武器を取ろうと保管場所に走るが、その背中を正確無比な射撃で撃ち抜き、シャトルランでもしてるかのように走った。


「帝国主義者め!我々は屈しないぞ!」


革命戦士は階段上から自動小銃を乱射するが、外からガラスで丸見えの場所に陣取ったので、外の狙撃班に無力化された。


赤城はHK416を構え、単発で確実に急所を狙い排除してゆく。


弾が切れれば、後続の隊員と入れ替わり、その隊員がポイントマンとして最先頭を突き進む。


「誰か生きてるのいないのか!?」


大声を出して叫び、仲間へ呼び掛ける彼らに対し、特殊作戦群は銃声以外の物音を出さなかった。


追い詰められた革命戦士は、暗闇に向かって銃を撃った。


弾倉内の30発全て撃ち尽くした直後、彼の頭蓋骨が割れ、5.56mm弾が命を刈り取った。


「脅威を排除」


「リーパーから全部隊へ、建物から1人南東に向かって逃走している」


上空を旋回していたUAVが、足を引きずって逃げる人影を捉えた。


「止まれ!」


必死の形相で、手に持っているスーツケースも何もかも放り捨てて走るが、蒼龍がタックルをお見舞いして拘束した。


「Get off me!」


「アメリカ人か?Do you speak Japanese?」


顔に袋を被せ、迎えのヘリに押し込むと直ぐに撤収準備に入る。


「自動小銃が26丁、拳銃3丁、散弾銃1丁、鉄パイプ爆弾1本に小銃弾が約5000発そしてRPG7」


「……大当たりだ、中核派の訓練施設どころか武器庫まで潰したぞ」


「おい凄いぞ、M4カービンまである」


CIAがムジャーヒディーンに流した中国製の56式や、ソ連崩壊後の混乱で第三世界に流れたAKと違い、米国製のM4カービンは滅多にお目にかかることはなかった。


2021年8月15日を境に、それはほんの少し変化しつつあったが。


「米国がアフガニスタンに残した土産だよ」


米軍のアフガン撤退に伴い、アフガニスタン共和国軍はタリバンの猛攻を受け崩壊した。


アフガン軍に供与されていたアメリカ製兵器は、タリバンに鹵獲され、ブラックマーケットに売り飛ばされた。


それが砂漠を流れ、海を越えてこの日本に辿り着いた。


愛とか歌は国境を越えると言うが、越えるだけなら簡単なことだ。


だが国境を越えるのは銃であり、国境線を変える理由の大多数は銃なのだ。


共産主義者の厄介で唯一合理的とも言える部分は、武力による制圧が最も革命への近道だと分かっているところだ。


「見ろよこいつら、こんな場所に子供連れてやがる」


しかし革命なんてものは、前時代的考えであり、その身勝手な思想に子供を巻き込むのは、何一つ容認できない。


エアコンもない真夏の山奥に、革命だの何だの言って自分の子供に銃を握らせ、人を殺す訓練をさせている。


「子供に触らないで!触らないで!キャー!キャー!」


母親が甲高い声で叫ぶ。


字面だと小馬鹿にしてるように見えるが、その声は恐ろしく不快で恐ろしい声だ。


危機に直面した時、実は男よりも女の方が突っ掛かって来る。


大きな声を上げて、同情と威嚇を混じらせた声を発する。


もし自分がロボットに男か女、どちらか性別を与えるとするなら女にするだろう。


ホルモンバランスの影響や、男女間の身体的差を埋められるロボットならば、必ず良い殺人マシーンになる筈だ。


個人的で主観的考えではあるが。


「コイツらはどうする?」


「後始末は公安の仕事だ、我々は撤収する」


目標の男をヘリに押し込む前に、投げ捨てた衝撃で、中身の飛び出たスーツケースを回収しようと手を伸ばす。


DARPA印刷された紙の束の中に、一枚の写真が記載されていた。


四足歩行で立つ鉄の動物だ。


「不整地歩行型兵器 XM-02 愛称セルマ………」


赤城の頭の中で、大きな声が鳴り響いている。


私を睨み付けながら。

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