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犬畜生共めが

都内某所にて



「皆さん外回りの時間です」


社長の声に反応し、社員は一斉に革靴を鳴らして立ち上がり、デスクからNP226を取り出す。


中国で製造されたSIG226のコピー品だが、それでも滅多に見掛ける物ではない。


「5時までには戻って来て下さい」


愛知県で製造され、ファミリー層からテロリストまで愛用する車に乗り、外回りへ出掛けた。


車を走らせ、料金所では現金を使って高速に乗った。


世間話も冗談も言わず、サービスエリアにも寄らずに目的地まで進んだ。


「大阪の難民居住区で起きた大規模な暴動は、一応の沈静化を見せました。公安調査庁の発表では、暴動を支援しているのは中核派とみられ~」


ラジオから流れる情報は、いつも暗いニュースばかりを垂れ流し続けていた。


高速を降り、そこから更に1時間走って日本海側のとある田舎町へ到着した。


「ここ一方通行ですね、迂回しましょうか」


「あら、総括の時に話しておきましょうか」


銃の安全装置を外し、ゴミ袋を両手に持ったスーツ姿の男を、背後からゆっくり車で追い始めた。




潮外高校にて



「うわぁぁぁぁぁあ!!!」


時刻は午前と午後の境目である12時頃、いつものように4限目の授業が終わり、昼休みが訪れた時であった。


隣の教室から絶叫に近い悲鳴が聞こえ、すすり泣く声で満たされた。


騒ぎに気付いた他のクラスからも、何事かとぞろぞろやって来る。


「何かあったの?」「いや、俺も何がなんだか」


床に落ちた携帯の画面には、一家連続惨殺事件再び、というタイトルのネットニュースが表示されていた。


心に波が立つ、津波のような大きな波が自分を覆い尽くそうとしている。


あの後、殺されたのだ。


「昨日謝りに行った家だ……」


悠牙は誰にも悟らないように、ゆっくりと後ずさりした。


「おい待て」


背後から突き刺さる言葉と視線を浴びせ、肩に手を置くのは、昨日絡んできたグループの1人だった。


「お前がやったんだろ」


まずい、これは非常にまずい。


自分を殴ったクラスメイトを不良同士の抗争に見せ掛け竹子が叩きのめしたので、今日は1人欠席している。


やった証拠がなくとも、一度疑われれば確実に標的になる。


「お前が殺したんだろ!」


「知らない…………やってない」


昨日騒ぎになった男女グループと、その野次馬からの目は、電車で痴漢の疑いを掛けられた人間を見る目だ。


「あいつ何やったの?」「突き飛ばしたらしいよ」

「え!?もしかしてこの事件のやつ?」


冬場の流行り病のように、曲解された情報は人から人へ広がり、そして爆発した。


結局、自分は何も変わっていなかった。


1日一夜で人は変われない。


自分の教室も下駄箱も通り抜け、鞄も靴も置いて逃げた。


靴下に穴が空き、転んで膝を擦りむくが、這って逃げる。


「居たぞ逃がすな!」


金属バット片手に自転車に乗って悠牙を追いかける様は、さしずめインディアンを狩る騎兵隊といったところだった。


ネットで世界の闇を知った気になっていた彼にとって、この状況は恐怖以外の何物でもなかった。


高校生にもなって、ワーワー泣きながら逃げる様は、実に滑稽で自業自得とも言えた。


「おや、感心できないやり方だ」


悠牙の逃げた先に、口角を片方に吊り上げた竹子が潜んでいた。


ビニール傘を自転車の前輪へ、槍投げの要領で飛ばした。


自転車から投げ飛ばされ、空中にラインを描きながら竹藪に頭から飛び込んだ。


「え?」


突然の出来事に動揺する間も無く、肘で鼻っ面を陥没させ顔面を粉砕し、脇腹を蹴りあげた。


一瞬にして2名を無力化した竹子に、クラスメイト達はすっかり怯え、化け物と対峙する勇敢な勇者のようだった。


「ところで、この方々は何が目的でこのみすぼらしい、人間として劣っている男を狩猟しているのかな?」


「ふぅん…何か勘違いがあったのかな?まぁ、幸いなことに我々は話し合える。なんせ口が利ける人間が3人残っているのだからね」


頭に血が登っているのか、脊髄反射でもするかのように回答してくれた。


「そいつが俺の彼女を殺したんだ!」


「短絡的ね。こいつがレクター博士なら、私は今頃クラリスになっているよ」


一瞬で状況を理解した竹子は、夏の熱気が脳を沸騰させ、凝固化させる前に映画ネタで返答する。


良くは分からないが、馬鹿にされてると感じたのか、バットを振り上げた。


バットはしっかりと竹子の頭部を捉え、鈍い音を立ててへこんだ。


「なに!?」


「いい振りだ。野球部とか入ってるの?」


「いや……サッカー部」


「あらそう」


両耳を叩いて一時的な難聴を起こさせると、肘で頭部を殴打する。


意識を刈り取られ、フライパンのように熱いアスファルト造りのリングへ倒れた。


「復讐というのは古代から続く戦争の引き金だけど、人が狂える正常な判断だよ。でも警察と司法の判断を待ってからでも遅くないんじゃないかな?」


殴り倒した男子生徒を引っ張り起こすと、悠牙には見せない屈託のない笑みで囁く。


「あんたの運動神経なら、傍聴席の柵を乗り越えて、被告人の背中を刺せる」


戦意を喪失した彼らは、悠牙を睨み付けながら戻って行った。


「どうしてここに?」


「つまらないわね、質問がつまらない」


「……わるかったな」


その場にうずくまって、回りに何も遮蔽物がないというのに、体育座りで自分の殻に籠った。


だが、これまでのいじけ方とは少し違っている。


ゲームを買って欲しくて、親の顔色を伺いながら駄々をこねる大きな子供だ。


「回りくどいよ、はっきり言ってくれないと私も動きようがない」


不祥事を起こした政治家が、テレビの向こう側で曖昧な発言をしているのをいつも馬鹿にしていた。


昔不倫をしたコメンテーターが、朝のワイドショーで得意気な顔をして、説明責任を果たしていないと批判している。


自分はそんな世間を馬鹿にしていた。


責任逃れをしていると。


でも自分は、その説明責任ってやつを果たせていない。


マイクに向かって、記憶にございませんと呟く政治家よりも、厚顔無恥にも持論を展開するコメンテーターよりも、ずっとずっと下劣な存在だ。


「なんとかしてくれ」


悠牙は不祥事を起こした政治家の真似をし、厚顔無恥なコメンテーターの真似をした。


「あはは、つくづく貴方は人間なのね」


竹子は瓦礫の山に捨てられていた犬用の首輪を着けると、悠牙の耳元へ唇を寄せた。


「わおーん」





潮外市にて



「負傷したPMの容態はどうか?」


「えー右胸部撃たれ出血止まらず、どうぞ」


「緊急車両通ります!」


いつものようにクソ暑い夏空の下で、警ら中の警官が撃たれたと無線連絡が入った。


「いくら何でも銃器事案が多すぎる。どうなってんだ今の日本は!?」


「先輩!銃対の到着、あと1時間掛かるみたいです」


「間に合わん!」


法廷速度の1.5倍のスピードで走行し、裏道を暴走猪の如く爆走する。


「あわわわ、警察がやっていい運転じゃない!」


ガリッと車体を擦る音や、カラーコーンを弾き飛ばしながら進むのは、国民が納めた血税に大変心苦しい。


お土産の箱菓子みたく、机の上へ置かれる始末書が目に浮かぶようだ。


流石に大通りへ出ると、人目があるのか無茶な運転は控えてくれた。


無線から発せられる犯人の情報は、背広で30代前半の二人組のという事だけだった。


「情報が足りなさ過ぎます。一端本署に戻った方が……」


「馬鹿言うな、戻ったって何もありゃしないよ。やっぱ裏道に隠れて」


それはとても些細で、長年の経験がなければ気付かないことだった。


芹口は突如反対車線を塞ぐようにハンドルを切り、タイヤをバールで突いてパンクさせ、運転手へ拳銃を向ける。


「出てこい!」


「………降参する」


車の窓を開け、両手を上げながら車外へ出た。


「胸ポケットに銃がある」


「片手でゆっくり取り出せ、それから置け」


作業服姿の男は、シルバーフレームの拳銃を見せ、引き金に触れぬよう、指でグリップを掴みボンネットに置いた。


「何で判った?」


「ナンバープレートが綺麗過ぎるんだよ」


芹口は相手とすれ違うことすらなく、相手の違法行為を見抜いた。


恐らくNシステムの目を欺く為に、ナンバープレートを何処かで付け替えたのだ。


しかしそれが仇となった。


夏場の高速道路を長時間走れば、虫の死骸が当然のようにバンパーへとこびり付く。


ボディとナンバープレートの汚れ具合が、合わなかったのだ。


「もう1人は?」


「どうせ喋らんよ、車は喋ってくれるが」


社用車の隙間に挟まっている、太陽を一杯に浴び、美しい緑色に染まった葉っぱが語ってくれた。


町の外れにある山に生息している樹木の葉だ。


「若葉に足を掬われたな、間抜けめ」


その日のうちに、潮外署の所轄と刑事課が総動員され、それに他県からの応援で機動隊と銃器対策部隊が加わった、大規模な山狩りが開始された。



対策本部にて



「もっとこう……人を割けんのか?」


「厳しいですね、この範囲をカバーするには、人員が幾ら居ても足りないくらいです」


潮外署の署長は地図を見て呟くが、すぐに補足が飛んでくる。


「なんとかならんかね」


「とは言いましても、遭難者の捜索ならいざ知らず、相手は拳銃を持ってますから消防団とか地元の人間は参加させられませんし」


どうテロリストを追い詰めようか、頭を掻いて悩ませていると、警察しぐさとも言うべき事態が訪れる。


「どうも、警視庁から参りました内田です」


会釈とお辞儀が交差する会議室内で、内田は自身に向けて、注目されているようで注目されていない雰囲気が漂っていることに気がついた。


ついこの間、首都圏で爆破テロを起こしたテロリストが、政令指定都市にもされていないクソ田舎に現れたとあっては、公安がでしゃばらない筈がない。


「言っとくが、あんたらに仕切らせるつもりはないよ。こっちにも面子ってものがあるんだ」


「いや、口を出しにはるばる東京からヘリを使って飛んで来た訳ではありません。私はあくまでも本庁との連絡係です」


「連絡?なにを連絡するつもりなのかね?」


「あなた方がしくじった時に備えて、というところです」


管轄意識でバチバチに燃えている最中、山狩りを行っていた部隊から一報が入る。


「えーこちら兵庫県警の黒岩です。本部応答願いますどうぞ」


「こちら本部、何か見つけましたか?どうぞ」


「えー警察犬がD4の区域で変死体を発見、検死官と捜査員の派遣を求む」


警官が変死体と言ったのは、目の前に放置というか、飾られている死体の置き様が実に奇妙だったからである。


「え?追ってるのとは別の奴なのか?」


署長のおい誰か行ってこいの一声で、机で報告書を書いていた山本と芹口が駆り出された。


そして現在に至る……


「警察の面目丸潰れっすね」


切り株に座らされている死体の側には、家庭用プリンターで印刷されたであろうモノクロ写真がファイリングされた状態で置かれていた。


真新しい足跡は、まだ死体を置いた犯人が先程までここに居たと証明している。


「凄いな、こいつの生活拠点から犯行現場まで、何から何まで証拠が揃えてある。刑事顔負けだよ」


「こういうの、棚からぼた餅って言うんですかね」


「冗談じゃないよ、函館に強硬着陸したベレンコ中尉だ。Mig25を狙ったソ連が今にも攻めてくるぞ」


……ソ連ってナニ?という疑問を頭の片隅に投げ、2度と取り出さないであろう場所に捨てた。


「これをやった奴は、この死体を見つけて欲しくてここに放置したんだ」


「ならどうしてこんな山奥に?パチ屋の駐車場とか、廃屋に置いて通報するとかあってでしょに」


山本の言う通り、ここはあまりにも山麓から離れている。


見つけて欲しいなら、もっと運びやすくて、人目に晒される場所に置いてもいい筈だ。


「たまーにだけどな、警察をおちょくろうとする奴がいるんだ」


職務質問をわざと拒否して、警官と口論するのを撮影してネットに投稿したり、スピードカメラに向かって中指を立て、速度違反をする奴なんかがその例だ。


警察犬には犯人の臭いを嗅がせて、その血の匂いを追わせた。


だが犬は目論見通りテロリストを追わず、この死体を見つけた。


ヘンゼルとグレーテルのように、パンくずを置き、我々への目印を作った。


ただのパンくずではなく、人の目には見えない特別なパンくずでだ。


我々が山狩りをしている事を察知し、死体を山奥へ証拠と一緒に隠し、警察犬が見つけられるよう仕向け、念には念をと革靴の足跡まで付けた。


こんな面倒なことをやる理由は、ただ一つ。


「嫌がらせだ」

「嫌がらせよ」


私の問いに化け物はそう答えた。



化け物の目前にて



「貴方のせいで私の保護対象……?いや、これはどう表現すべきかな、ちょっと分かんないや」


「私は、君の形容できない存在に犯されるのか」


「表現が凝りすぎよ、自重しないと社会不適合者の仲間入りって、もうなってるか」


私は空気を著しく消耗したが、敵わない存在と対峙し続けている。


「分からない。何もかもが分からない」


「面白い思考回路をしているわね。精神科医の研究対象にでもなってた方が、修理業者よりよっぽど良いわよ」


「分からない。どうして私がそんなことをしなければならない?」


「哀れな男、異常性癖は辛いわね」


「………あぁそうか、だから勃起してたのか」


黒い液体を流し込み、口と尻から内臓を引き抜いた。


服を品定めするかのように殺人鬼の死体をヒラヒラさせ、抜き取った衝撃で破れた腸から悪臭が漂い始めた。


「おや?」


液体で受信アンテナを構築すると、空へ向けて大きく伸ばす。


「銃撃事件なら警察のレスポンスは早いし、腐る前に見つけて貰えるわね」


一つ面白いことを思い浮かべた竹子は、死体を切り株の上に乗せ、プラスチックファイルを脇に置いた。

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