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初夏の洗礼

「昨日午後10時頃、弾道ミサイル監視任務に当たっていた米海軍のイージス艦リロイ・コンスタンティで火災が発生し、乗組員39名が死亡したと」


テレビのニュースから流れる情報を、体育座りで聴く彼女は、あらゆる情報を収集していた。


「あのー飲みます?」


オレンジジュースを彼女の傍らに置き、急いで下がった。


昨日は本当にどうかしていたらしい。


怪しい女を綺麗という理由だけで家に連れ込み、一晩泊めてしまうなんて、迂闊で軽率な行動だ。


これでは、家出少女を性行為目的で泊める性欲人間と変わらないではないか。


「畜生あれなのか?深夜テンションってやつなのか?それとも気の迷いなのか!」


「ご乱心のとこ失礼」


頭を抱えて数時間前の自分を責める中、いつの間にか背後に立っていた彼女が話し掛ける。


「まず泊めてくれたことには感謝してる。私に出来る範囲のお礼はする、何かご所望は?」


「え?いや、いいよ。別に特別感謝されるようなことなんて」


「ふーん、でも君のような健康優良男児が求めることなんて、至極単純だと思うけど」


ドレスの裾を上げ、下着が見えるギリギリの位置まで捲り、悠牙をからかった。


「私に対価を求めないのは君が優しいから?それともヘタレなのかな?」


前者を肯定出来ず、後者を否定することが出来ないのが、自分という人間の性格を物語っていた。


ガラスのような目でこちらを見詰めている。


何もかもを見透かした表情でずっとだ。


「あるいは……肉体的関係以上のあり方を望んでいるとか」


朝のニュースを一通り報じ、天気予報のコーナーに入る。


ニッコニコで笑みを作るお天気キャスターの声が部屋に寂しくこだまする中、彼女との距離感は開いているように感じた。


人見知りはしない方だが、今日の自分は人見知りであって欲しかった。


そうでなければ、彼女に言い返せもしない自分は何なのだろうと自己嫌悪に陥る。


「そうやって何でも考え込むのは良くない癖だね」


「何でもお見通しなんだな」


「気持ちは分かるよ、だって私も昔そうだったから」


彼女はそう言って、ドレスを脱ぎ捨てタンスから適当な服を掴み着替えた。


「ジーパンと無地のシャツしかないね。もっとマシな服はないのかい?」


「いや、服とか興味ないし」


「実に利己的な考えだね、君は退嬰主義者なのかい?」


流石にこう言われるとムカついて来る。


「服に気を使うぐらいなら、もっと他にやることがある。大体この服装の何が悪いんだ、機能的じゃないか」


「それが利己的と言っているんだ。君はデートをする時にそこらのリサイクルショップで買ったようなダサい服を着て、隣にいる女性に恥をかかせる気かい?」


「いや別に彼女とか出来ねえし」


「そんな考えだから、彼女が出来た試しがないんだろうに」


どうしよう、いくら反論しても正論の右ストレートでぶん殴られる。


「どうせ俺は陰キャだし」


「愛情に飢えている割には、改善しようとする意志が見当たらない。ちょっと何か言われると自己批判に逃げる。そういうところは直さないとね」


かつて、ここまでズバズバと自分の駄目な部分を突いてくる奴がいただろうか。


説明出来ないが、自分は他人と考え方が違うから優れているという、ちっちゃなプライドは完全に踏み潰された。


自分のことは自分が一番良く知っていると言うが、それに気付かないフリをするので、改善も認識もしないのだ。


「でも、一つ褒められるとこがある」


「え?」


「いくら自分が不快な思いをしても、私をこの家から追い出そうとしないところ。人の痛みが分かるのって、誰にでもやれることじゃないのよ」


彼女は自分の頭を撫で、手を握ってくれた。


「ああ、もうこんな時間なのか」


時計の針は、学校のホームルームが始まる時間を指していた。


今からジェット機で行ったって、間に合わないだろう。


「休んじゃえば?君の性格だと、普段ズル休みはしないでしょ」


「そうしようかな」


2人のなんとも言えない感情など露知らず、テレビは能天気にも夏に採れる緑竹のタケノコ特集をやっていた。


名前も知らない相手とこんなに話したのは、親の葬式の時に、遠い親戚やら何やらが目を歪ませ、要らぬ親切心で金の管理を任せろと持ち掛けてきた時以来だ。


「名前……訊いてもいいかな」


「カラモス・インディコス言いにくいわよね、竹子でいいよ」


画面の向こうで煮付けにされて、かつお節を振りかけられているタケノコから取った名前だろうが、ここまで偽名丸出しなのは清々しい。


「よろしく竹子」


「うん、よろしく」


竹子は真顔で呟いた。




潮外警察署の近くにある蕎麦屋にて



無心に蕎麦を啜る芹口は、風で揺れる風鈴を見て、夏だなぁとしみじみ感じていた。


一方新人刑事の山本は、夏バテで蕎麦を啜る手が止まっていた。


「芹口さん、なんでこんな暑い日に限って事件は起こるんでしょうね」


「なに言ってんだお前、事件はいつだって起こるだろ」


太陽が照りつけ、アスファルトで焼肉が出来そうなぐらい熱されるこの時期に、潮外署は大きな事件を抱えていた。


判田さん一家惨殺事件、なんて言われ世間を騒がせている事件だ。


「昨日の今日だっていうのに、もうネットに情報が上がってますね。判田さん一家を殺したのはアジア系外国人だって」


「適当なこと言いやがって、まぁ陰謀論を書けるだけの材料がこの地域にはあるからな」


ユーラシア大陸災害の後、この潮外市は難民の受け入れ先として、潮外市の人口の半分以上を受け入れていた。


難民が建てたバラック小屋は今でも無数にあり、海水浴場として賑わっていた海岸には、彼らが乗って来た漁船やボートが廃棄され、景観上の問題を生み出していた。


受け入れ当初は国の支援も限界を迎えていて、配給の停止や寝床の不足から、難民が犯罪に走ることが多かった。


犯罪率は10倍に膨れ上がり、強盗やら殺人が毎日のように起き、本庁から派遣された機動隊がいなければ治安が崩壊していただろう。


この混乱が終息したのは、米国からの食糧緊急輸入措置と各省庁の役人が驚異的な速さで難民救済プランを考え実行したお陰だった(普段からそうして欲しいものだが)。


ネットにそういう情報が上がるのは、ある意味必然とも言えた。


「はぁ、この前の銃器密造の捜査でてんてこ舞いなのに、その上殺人事件もってなると」


「手が足りないってか?そんなのいつもの通りじゃねえか。予算も人手も常に足りてる所なんて、財務省ぐらいだよ」


「そんなもんですかね」


「そんなもんだよ、俺達は地に足付けて聴き込みするしか脳がないんだ。お上の意向を変えたきゃ、政治家になるしかねえんだよ」


「なんか芹口さん昭和のデカみたいなこと言いますね」


「ばか野郎、俺は平成元年生まれだ」


「滑り込みじゃないですか」


蕎麦屋を出ると、また一軒一軒一人一人に聴き込む捜査を再開する。


買い物に出かける主婦やタクシー運転手、誰にでも話を聴き、誰にでも警察手帳を見せた。


本当に暑くて仕方ないがスーツは脱げないし、靴は通気性の悪い革靴を履いているので、とにかく蒸れる。


ひと昔前、クールビズなんていうものが推奨され、サラリーマンが半袖シャツ姿で会社に出勤するのが見られたが、長くは続かなかった。


みんなスーツ着て、ネクタイをぶら下げる方が落ち着くらしい。


芹口も推奨されていた頃はネクタイをせず、シャツ姿で出勤していたが、本当にこれでいいのだろうか?ラフ過ぎるんじゃないのか?なんて心配になったものだ。


暑さからくる汗より、冷や汗の方が多いと感じたので、次の年にはネクタイを締めるようになった。


改革というのは、生易しいものではないと実感した時でもあった。


「芹口さん、次あのアパートにしましょう」


判田家近くの防犯カメラに写っていた映像には、怪しい人影が歩いて行くのを捉えていた。


そこから犯人の足取りを予測し、犯人が逃走に使ったと思わしきルートで聴き込みを行うのだ。


山本が指した場所には、裏道が良く見えるアパートが立っていた。


もしかしたら、住人が何か見ているかもしれない。


「階段が崩れかけじゃないか」


一見何処にでもある錆びだらけのぼろアパートだが、スラム特有の臭いを漂わせていた。


「山本、拳銃いつでも抜けるようにしとけ」


「はい?」


「万が一だ。この前大阪の方で、家宅捜索中に刑事が1人やられただろ」


山本は言われるがまま留め具を外し、相手に見えないよう腰に手を掛ける。


国内の治安悪化の原因は貧困だけではない。


難民受入れの際、余りの人数に監視や入国手続きが緩くなってしまい、荷物に混じって銃火器の類いが持ち込まれた。


海外で銃器製造を行っていた職人等も、暴力団からスカウトされ、生活の為に働かされているというのだ。


こうした銃火器によって、アクティブシューター事件が頻発した。


銃撃者による銃乱射事件は留まるところを知らず、銃火器による犯罪は、今年に入って30件を超えていた。


結果、警察の拳銃使用は大幅な書き直しが必要となった。


「昔は拳銃なんて滅多に持たなかったんだけどな。今じゃ勤務時は常時携帯と来た」


芹口はドアをノックし、潮外署の者ですが何方かいらっしゃいませんか、と大きな声で落ち着きながら話す。


「…………留守ですかね?」


「居るよ、ドアから離れろ」


芹口はドアの前から少しずれ、手を伸ばしてノックする。


「すいませーん!居るんでしょ?」


芹口のしつこさに参ったのか、それとも寝ていたのか、ドアの向こうから足音がする。


ドアが開くなり、芹口は足を滑り込ませ、ニコニコと挨拶しながら威圧する。


「いや~朝からごめんね、寝てたでしょ?」


乱雑に切られた髪で、よれよれのランニングシャツを着た男は「いえ、別に」とボソボソ喋りながら視線を反らす。


「君1人?」


「はい」


ボロボロのサンダルの隣に、真新しい靴が置いてあるのを玄関口から覗き見た。


「そうですが、じゃああの」


次の瞬間、男は筒状の何かを芹口へ押し付けた。


一瞬でそれを手でずらすと同時に、拳銃を相手の首に押しつけた。


両者一緒に引き金を引き、返り血が芹口の顔に飛び散る。


「芹口さん!」


銃声で片耳が一時的に聞こえなくなった芹口に、山本の声は届かなかったが、裏に回れ!と大声で叫ぶ。


山本が階段を下り、アパートの裏手に回ると明らかに二階から飛び降りたであろうと男が、足を抱えていた。


「動くな!」


そう言われて動かない犯罪者はいない。


トカレフ拳銃をポケットから取り出そうとしているのを見て、山本は3発撃った。


1発目は外れ、2発目は脇腹に命中し、3発目が手の甲に当たった。


相手は拳銃を落とし、暑いアスファルトの上に寝転がった。


すぐに拳銃を足で蹴り退け、携帯で救急車を呼んだ。


「県警の山本です、救急車お願いします。いや、あの自分が撃ちました。はいそうです、はい」


芹口はハンカチで血を拭いながら、蒸し暑い部屋の中を調べてみると、ショットシェルが大量に散乱していた。


鉄パイプの中に散弾を詰め、雷管を叩いて発射する簡単な仕掛けで出来ていた。


密造銃の典型例とも言えるが、超近距離でしか使えないお粗末な銃だ。


「びびって撃つような早漏だ、所詮小物か」


汗が流れ、床にポトリと落ちる。


「応援まだかよ、死体腐っちまうぞ……」


夏の風物詩たるセミがやかましく泣き喚き、まるでノイズのように空へ響き渡っていた。


タイトルの展開になるのはもう少し先です。

過程を楽しんで頂けると、投稿の励みになります。

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