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盾を飛び越える存在

更新は不定期です

あの世とはどんな場所なのだろう。


神や天使が居て、祝福を与えてくれるのだろうか。


それとも地獄に落ちて、悪魔の大窯で煮込まれるのだろうか。


それとも生まれ変わって、別の人間や動物に生まれ変わるのだろうか。


そして、天国や地獄に行く判断材料とは何なのだろうか?


思想や信じる神によって、あの世が変わるとするなら。


きっと私のあの世には何も無い





日本海 USSリロイ・コンスタンティにて




「艦長、レーダーが何か捉えました」


レーダー員のあやふやな発言に艦長であるハリー中佐は、何かとはなんだと聞き返す。


「小型物体が、時速100ノットで本艦に接近中です」


艦長が画面を覗くと、小さなの影がこちらへ向かって近付いているのが確認出来た。


そしてレーダー員が何故、何かという表現をしたのか分かった。


「なんだコイツは?」


レーダー上では鳥にしか見えないが、速度185kmで艦へ接近していた。


「100ノットならジェット推進ではないな。ドローンか?朝鮮半島からか?」


「艦長、韓国機ならIFFに応答する筈です。それにもう、大陸側からこの海域に飛んで来る航空機は……」


「……そうか、そうだったな」


一瞬の沈黙の後、ハリーはこの奇妙な物体の正体を調べるべく、通信を試みる。


「こちらアメリカ海軍所属のUSSリロイ・コンスタンティ、貴機の所属と飛行目的を明らかにせよ」


これを3回程繰り返し、通信を試みたがそれでも応答はない。


「今の全回線で聞こえてた筈だよな」


「はい、全ての回線で呼び掛けました」


レーダー上のこの小ささは、ステルス機かドローンでしか無理なレベルだ。


「北のAn2という可能性は?」


確かに、北朝鮮の工作員がAn2に搭乗して日本本土へ侵入するという可能性はあり得なくは無かった。


だが、北はもっと上手い手を知っている。


昔読んだ資料では、日本人を拉致して入れ替わるという方法で潜伏していた。


航空機での工作員輸送はリスクが高すぎる。


ハリーにはどうしても、この飛行物体が特定の国家の所属しているとは思えなかった。


この物体は脅威になり得ると勘が囁いていたが、頭の何処かでその考えに警鐘を鳴らしていた。


イラン・イラク戦争の頃、イラン航空の655便を誤射した事例を思い出す。


一瞬の判断、一回の間違いが乗員を危険に晒し、国家の信用を貶めることになる。


「撃墜しろ」


熟考の結果、艦長は撃墜することを選んだ。


「対空戦闘用意!」


艦のあちこちで警報が鳴り響き、慌ただしさを増す。


前甲板VLSが開放し、SM6が発射される直前、レーダーから飛行物体が消えた。


「目標ロスト、いったいなにが?」


「すぐに見つけ出せ!見張り員に上空を目視で確認させろ。ソナーも耳を澄ませろ、魚の呼吸も聞き逃すな」


混乱と困惑がCICの中に渦巻く中、クルー達に恐怖心を感じさせないよう矢継ぎ早に指示を出した。


艦長として、実に見事で素晴らしい手腕だった。


この飛行物体がただの航空機であれば、艦長は間違いなく勲章を貰っていた筈だ。


すると突然、べちゃっと何か液状の物体が落ちる音が、この艦奥深くのCICまで聞こえてくる。


「今のは艦橋の方からですかね?」


「こちらCIC、ブリッジ応答せよ今のは何の音だ?」


「ブリッジは制圧された!ブリッジは制圧された!ブリッジはせ」


硬いものが割れる音が響き、粘着質な液体が受話器越しに滴り落ちるのがよく分かった。


「総員に通達、艦内に敵が侵入している!」


直ぐに武器庫から銃火器が取り出され、正体不明の敵を銃撃する。


数十丁のM4カービンライフルから、数千発の銃弾が発射されるが、まるで効果がないように見えた。


それどころか物体は液体を固体化し、投石機のような形に姿を変えている。


「何か射出する気だ!」


ハリーは散弾銃を部下からひったくり、打ち出す瞬間を狙った。


その間にも物体は、艦のアンテナやマストを押し潰しながらどんどん膨れ上がっていく。


やがて爆ぜるように何かが飛び出し、ハリーの頭上を通過した。


「!?そんな馬鹿な……」


射出の衝撃で投石機はバラバラになり、破片に当たってハリーは吹き飛ばされた。


物体は遥か遠くを飛び、あっという間に目視圏外までぶっ飛んで行った。


「艦長!お怪我は?」


「心配はいらん、それより奴を追跡しろ」


「お言葉ですがそれは不可能です」


通信アンテナから射撃指揮装置に至る、ほぼ全ての電子装備を損傷し、攻撃は不可能だった。


「フェーズドアレイレーダーが真っ黒だ、なんだこりゃ?何かへばりついてる」


イージス艦の目でもあるレーダーをやられて、更には艦橋を叩き潰されては、戦闘不能と言わざる得なかった。


「ブリッジどころか下のフロアも潰れてるぞ」

「舵が完全にイカれてる、油圧制御しかないな」


艦はえっちらおっちらと、母港である横須賀へ帰投した。





日本国 潮外市にて



「もうすぐ夏休みだからって浮かれるなよお前ら~」


担任のやる気のない咎めは生徒達の耳には入らず、田舎高校特有の雰囲気を醸し出していた。


教室ではいつも通り、部活動生がダルいわーと口に出しながら大きなバッグを担いで出ていく。


そんなに嫌なら、部活なんてやめてしまえばいいのに。


「ねえ今日街の方行かない?」

「えーまた、サナ昨日も行ったばっかじゃん。てか彼氏から連絡きてんだけど」

「いーじゃんいーじゃんほっとこうよ、ほら多少疎遠になった方が距離が深まるって言ってたじゃん」


全く整合性のとれてない知性を感じられない会話だ。


クラスメイト達を高い所から見下してるつもりだが、その実は誰からも関心を寄せられていない男が居た。


佐藤悠牙、それが彼の名前だ。


人は彼のことを、陰キャ、ネクラ、コミュ障と馬鹿にする。


クラスでの成績は中の下、趣味はゲームと読書と公言しているが、ただひたすらに消費を続ける人間である。


そんな状況に危機感を覚え、何かクリエイティブなことをして見ようと小説を書いてみたが、高校生にもなって中二病を拗らせた人間の書く文章というのは反吐しか出ないと分かり、開始1時間で筆を折った。


今こうやって彼の事を語っているのは、ナレーション等ではなく、自分の頭の中で昔のことを思い出して悶え苦しんでいるのである。


「嗚呼、自分はなんて駄目な奴なんだろう」


その後ろで、不良気質な男子グループが悠牙の背中を侮蔑した気持ちで眺めていた。


「なんかあいつまたブツブツ言ってるんだけど」

「妖精と話してんじゃね、知らんけど」

「なにそれウケる」


こうして彼は、殆どのクラスメイトから気付かれることなく、例え気付かれたとしてもほぼ馬鹿にされながら、教室を後にした。


校舎裏にある自転車乗り場へ行き、錆び付いた鍵穴へ鍵を差し込んでいると、聞き慣れた野太い声が聞こえる。


「おう悠、今から帰りか?」


数少ない友人である佐々木が声を掛けて来る。


「ああうん、そっちは?」


「今から塾、これ以上成績落ちら親に嫌味言われるしな」


ふくよかな体型の佐々木は、腹の辺りがキツキツのシャツを見事に着こなし、今日も抜群の安定感で自転車を漕ぐのだろう。


トタン屋根の自転車小屋に、自分と佐々木が汗をだらだらと流しながら、飽きるまで昨日やったゲームか見たアニメの話をすると思っていた。


だが、その光景に1人追加されて居た。


「そいつ誰?」


佐々木の隣には、肌色の濃い東南アジア系の男が恥ずかしそうに立っている。


「こいつはジョナサン、カンボジアから来たってよ」


「いや吉川っす」


「なんでジョナサンなんだ?」


「なんかジョナサンって感じするだろ」


「いや吉川っす」


佐々木のネーミングセンスは昔から絶望的だった。


小学校の頃、教室で飼っていた金魚にアロワナと命名し、理科のテストでクラスの殆どが金魚をアロワナと書いたことを思い出す。


「塾の近くのコンビニで働いてるんだよ、同じ学校だって知って驚いてる」


「ふーん、じゃ俺帰るから」


「おん、またな」


悠牙はその場を早く離れたかった。


友人だと思っていた奴に別の友人が出来たと知ると、何故か裏切られた気分になる。


こういう時、話に入れない自分に絶望する、素直に友人に新しい友が出来たことを喜べない自分の浅ましさに嫌気が差す。


いつも通る道を急ぎながら、整理のつかない自分の気持ちを落ち着かせようと、あれやこれやと考え事をする。


横断歩道の向こう側にいるカップルが憎い。

目の前で笑いながら友達同士で突っつき合う奴が憎い。

何も苦労せずに無垢な表情を浮かべる小学校が憎い。


このイラつきを発散させようと、悠牙は家に着くなりPCに飛び付いた。


悲報 ワイ友達に裏切られた模様 とスレ立てし、言い様のない怒りをネットの向こう側にぶつけた。


2.名無しさん

「草嫉妬やん」


14.名無しさん

「君素質あるよ」


15.名無しさん

「友達と思ってんのはお前だけ定期」


ネットの中ですらも同情してくれる人間はおらず、攻撃的なネット民達にムキになった悠牙は更に書き込みをする。


31.名無しさん(古河)

「嗚呼、こんなところですらもワイをしたってくれる奴はおらんのか…」


32.名無しさん

「学のない奴が必死に変換ボタン連打して嗚呼とか使っててキッモ 自分が頭良くて文才あるとか思ってそう」


34.名無しさん(吉田)

「この時間帯だし、学校から帰ってスレ立てしてんだろ な。」


35.名無しさん

「句読点使うな殺すぞ」


36.名無しさん

「うわ出た句読点ガ◯ジやん」


37.名無しさん

「こいつ何処にでもいるな、粘着し過ぎやろ」


自分の立てたスレは、最近掲示板で見掛ける句読点を使うとスレッドを荒らし始める荒らしによってレスバトルが展開され、201レス目を迎えた辺りでDAT落ちした。


「なにやってんだろうな俺」


一端冷静になると、この怒りの原因は自分にあると気付いた悠牙は、PCの電源を落としてからベッドに横になった。


カーテンを閉じきっても夕日が差し込み、部屋中に哀愁を漂わせる。


勉強机の上に張り付けてある世界地図を眺めると、ユーラシア大陸の場所に黒く塗り潰され、白字で生存困難地帯と書き記された箇所が幾つもあった。


北はモクスワ付近まで

西はドイツ国境からトルコ国境付近まで

東はカザフスタンから中国の重慶まで

南はアフガニスタンやネパール、インドの3割が黒塗りされていた。


自分はまだ産まれていなかったがその昔、空から降ってきた塔が全てを変えてしまったのだ。


塔は着地地点の生態系を書き換え、人が住めないほどの汚染物質を垂れ流す事もあれば、高層ビルを超える樹木が伸びる事もあった。


地域によって様々な環境が生成され、その環境にはどれも一貫性がなかった。


宇宙、深海に続く、第三の未知と言われていたが、宇宙や深海よりも人を呑み込んでいる。


「生存困難地帯かぁ」


何もしてない時ほど疲れるのは、身体の欠陥とも言えよう。


ぼーっとしてる間にも時計の針は19時を差し、一眠りすると23時まで動いていた。


「ん?うわもうこんな時間か」


冷蔵庫にも戸棚にも食パン一枚もないこの状況、流石に明日まで何も食べられないと腹が減る。


「仕方ないな、ちょっと遠いけどコンビニ行くか」


学生バッグから熊用スプレーを取り出し、財布と一緒にポッケに突っ込んだ。


携帯を覗くと、佐々木からメッセージが来ていた。


午後10.31

塾が改修工事で休みになったから、来週遊ばないか?


「まったく、何をやってんだろうな俺は……馬鹿馬鹿しい」


誘いにokと返信し、外へ出た。


明るく照らされている人気のない路上を、ゆったりと歩いてゆく。


防犯対策にLEDライトに換装された街灯は、夜闇の道を歩くという一種のカタルシスを味わえる場面が、奪われている気がした。


怪しげな宗教団体のポスターや、夏になると良く鳴く小うるさい虫を背景に、暑いようで涼しい夜道を大股で歩く。


住宅地から海岸へ出ると、光に引き寄せられる蛾のようにコンビニの明かり目指して歩き、広々とした駐車場を抜け店内へ入る。


「いらっしゃせ~」


真っ先に弁当コーナーへ向かい、鮭弁当とお茶をカゴに入れ、余計な物は買わずに会計を済ませた。


「910円になります」


味も量もどんどん質が落ちてるというのに、物価だけは悪魔の仕業のように高騰している。


スナック菓子はいつも品薄で、あったとしても代用品が並べられていた。


難民受け入れに伴う人口増加と世界的な食糧危機で、日本の台所事情は厳しい状況に置かれていた。


だが、少し前までは政府が食糧を配給制にしていたので、それに比べれば高くても買えればマシというレベルに改善されていた。


「ありやとうざいました~」


時計に目をやると、もう日付が変わる直前の時間になっていた。


警察や補導員に見付かる前に、足早に来た道を戻る悠牙は、家の近くの街灯の下に座る女を前に歩みを止めた。


肩まで伸びた白くてうす緑な髪は、主張を抑えながらも美しさを演出し、ドレスで隠されてはいるが肌色の柔らかな皮膚が、布1枚を隔てても凝視していたいという気持ちにさせられる。


その瞬間、悠牙は思った。


わたしの物にしたいと。


だがそれは、毒を食らうと覚悟を決めなければならないだろう。


悠牙は手を伸ばし、女へ一言問いかけた。


「うちに来るかい?」

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