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6/8

6/過去

 僕の小学校生活は、実に呆気なく終わった。何も感じず、ただずっと立っているの辛いなあ、としか思っていなかったら、いつの間にか終わってしまっていた。学年の大勢はこの学校を去ると実感し、この卒業式の最中に思い出やらで泣きじゃくり、『旅立ちの日に』という歌は聴くに堪えない不協和音と化していた。それでも親身に聴く親たちは、よほど器の大きい人たちなんだろう。僕はしっかりとビブラートを効かせて歌った。寧ろ僕のソロの方がいいかもしれない。もっとも、合唱曲として覚えたこの歌は男性と女性でパートが分けられており、ソロでは完成しないのだけれど。


 僕はこの春休み中に地方の方へ引っ越すことになっていたからか、友達と呼べるだろう他人から卒業アルバムに多くのメッセージをくれた。特に何も思わなかった。悲しいとも、嬉しいとも。


 卒業式を終え、着なれないスーツのような服のまま校庭を横切る。多くの卒業生は友達と仲良く喋ったり、泣いたり、親と話していたり――僕は帰った。家と呼べるかも怪しい寝床に真っ直ぐ、帰ろうとした。


 住宅街を抜け、大通りを陸橋で渡り、近道の大きな公園を通る。


 胸元に付く造花が目にちらつき、衝動的にそれを地面に捨てた。池がすぐ横にある、木陰の涼しい道だ。慣れない物を捨て少し気分が楽になると、突然「ねえ」と後ろから声を掛けられた。


 ゆっくり振り返ると、そこにはまだ若々しい、見た目からは少年とも青年とも言える男性が造花を拾い、こちらにそれを向けていた。


「これ、落したよ」男性は優しい笑顔でそう言うと、造花を受け取るよう促してくる。


「――あ……どうも」


 断るわけにもいかず、ぺこりと軽くお辞儀をして、僕は彼が軽く投げた造花を、野球をやっていた癖でボールをキャッチするように手に取った。改めて眺めると安物らしい、粗い造りだ。


 ふと、男性の顔に目がいった。


 なんだか頬が赤くなっている。しかも手形に。


「お兄さん、そのほっぺどうしたの?」


「え? ああ――」


 男性は左頬の赤みを左手で摩ると、少し俯く。


「さっき、彼女に叩かれちゃってさ」


 重い内容だった。僕は特に何も思う事はなかったが、こういうときは謝らなければならないことを知っている。


「ごめんなさい」


 音の強弱もない棒読みだったが、


「大丈夫、気にしないで」


 と、男性は無理な微笑で返した。


「そう言えば君、野球をやっているのかい?」


「はい、まあ」


「やっぱりね、俺もたまにそのキャッチの仕方をしてしまうんだ」


「じゃあお兄さんも野球をやっていたんですね」


「高校までだけどね。これでも甲子園までは行ったんだよ」


 えっへんと、子供らしく威張る男性に、僕は「凄いですね」と抑揚無く言った。


 するとお兄さんは何かに気付いたのか、じっと僕の顔を覗いてくる。


「……ん? ていうか君、もしかして孤児院の子かい?」


「よく知ってますね」


「まあ、あの近くに住んでいるからね」


「へぇ、そうなんですか」


 適当に相槌を打って、僕は彼をじっと見つめる。……思えば、確かに見覚えのある顔だ。本当に通行人程度の感覚ではあるが、ぼんやりと思い出せる。


「君、今度キャッチボールやらない?」


 突然な提案だった。僕は学校のクラブチームに参加していたが、野球は最後の試合で負けて以来プレイしていないし、そもそもボールなんか触らなかった。


 たまには、いいかもしれない。


「ええ、是非、やりましょう」


 僕は満面の愛想笑いを浮かべた。


「これから君は春休みなんでしょ? なら明後日、どうかな?」


「大丈夫ですよ、じゃあ明後日に」


 内心、少しは嬉しかったのかもしれない。僕は左ポケットで握りしめていたナイフを離した。


「――待ってる、からね」


 そう言う彼の表情は、どこか寂しげで、儚くて、今にも泣き出してしまうんじゃないかと思わせる。無論、僕には一切わからない感情が渦巻いているので、本当にそうかは定かではないが。


「うん。じゃあ、また」


 僕が言った。


「じゃあ、また」


 彼が言った。


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