1/告白
至って平凡で、まるで目立たず、隠れるように暮らし、でも家族に逃げられ、そして殺人者。そんな人間が私なのでしょうね。
冷酷で残忍な殺人鬼だったら、苦しむことはなかったのかもしれません。飽きることなく人を殺し続け、心を痛めることもなく、それこそ本の垢汚れの程度にしか気にかけず殺人罪を犯し続ける。誰彼構わず気が向けば殺害し、たとえメディアで嘲笑され、軽蔑され、恐れられようと平気の沙汰。そういった人間だったら、今のこの状況がどんなに楽でしょうか。
いえ、別にそうなりたいとは言いませんが、私は分が悪いのです。
先程述べた人物ならば、警察に捕まりにくいでしょうから。殺すのはあくまで趣味で、動機はなんとなく、被害者との関係も特になし、そういう犯人ならば警察も特定するのは難しく捕まえにくいでしょうし。
どうでしょうか、刑事さん。
きっと、そういうただの趣味で殺人を行う犯人は、気が向いたら殺し、気まぐれで飽きたからやめよう、と足を洗うのではないでしょうか。あくまで趣味ですから。
でも、私は違います。
私の場合、自分でもよくわからないのですが――衝動的だったのですが、動機はしっかりと明確にあって、被害者との捻じれ曲がった関係は嫌というほどはっきりしています。あの憎き女が殺された今、それはもうどうしようもなく、おのずと犯人は私だと、方程式に公式を当てはめて紐解くように――こいつだ、犯人は間違いなくこいつだと、この私だと……、わかってしまうでしょう。
まったく、私は愚かな人間ですね。そこまで理解しておいて、なぜあの女を殺すような真似をしたのでしょうか。……まあ、その理由はどうしようもなくわかっているのですが。
言った通り、衝動的に行動してしまったのですから、仕方ありません。
人間は、そういうものでしょう?
理屈ではちゃんと駄目だと理解しているけど、やってしまう。玉手箱を開けてはいけないと言われたのにも関わらず、開けて老人になってしまったり、見てはいけないと言われたのに、機織りの現場を目撃して鶴に逃げられた男がいるように、私もその例を逸脱せずやらかしたのです。
考える前に体が動き。行動に移してしまったと気づき――ああ、やってしまった、大変なことをしてしまったと、苦悩するのです。
私はそれが殺人だったわけですが。肉を裂く気味の悪い感覚が腕に伝わって、しばらく茫然としてしまったのは記憶に新しいですね。
後悔はしています。だけど、それは殺してしまったことではありません。殺してしまったことについては、しょうがないと思っています。もう終わったことですから。彼女は死ぬべき人間だった、二年前からずっとそう思ってましたから。むしろすっきりしていますよ。何せ彼女は、私のたった一人の息子を――最愛の息子の命を奪った女ですから。憎くないわけがありません。事故には違いないでしょうが――いやはや、六歳の子供の命を奪ったのにあそこまで罪の意識がないとは、父親として驚愕にも勝る呆れが私を襲いましたよ。あのときほど、煮え切らない心境はありませんでした。……あのときほど、復讐の炎が私を焦がしたときはありませんでした。彼女に対して、まるで同情の余地はなかったのです。
でも、たとえ私の人生を台無しにした女を殺したところで、追い打ちをかけるように、更に私の人生が最悪の形になるのは、何というか……こう、やり切れない思いですね。
もともと、私の現状は修復しない、回復しないモノですから。
彼女が私と同じ苦しみを味わい、かつ息子が戻ってきたら、世界は平等だと感じたことでしょうが……息子は帰ってこず、私も犯人として罰せられるのは釈然としないというか、やはり世界は不平等で不条理だと、思わずにはいられませんよ。
この感覚はきっと、刑事さんにもわからないでしょう。
……罰せられたくはない、というわけではありません。既に私は息子を失い、苦痛と苦悩に満ち満ちた日々を二年間送っているわけですからね。そこにさらに牢獄に追いやられ、肉体的で精神的な苦痛や苦悩、不幸が付け加えられたところでさほど問題はないのです。
……ただ。
そう。
――ただ、世の中の関節が外れているように、思えるのです。この不条理が、私は納得いかない。