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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編まとめ

いじめられっ子とそれを慰める幼馴染の百合

作者: 虹月映

 窓の向こうで夕暮れを迎えつつある景色を眺めていると、そろそろかな……と逸る心が抑えられなくなっていく。

 じっとしてられないので鏡に向き合って身だしなみチェック。よし、髪型も服装もバッチリ。スカートもすぐ膝枕ができるように調整済み。

 表情は……ああダメだ。こんなニヤニヤした顔じゃ変に思われちゃう。落ち込んだ心を受け止めてあげるんだから、真剣な顔を作っておかないと。


 不意に呼び鈴の音が響く。

 私の中で使命感を呼び覚ますスイッチがオンになる。

 やっと来てくれた。委員会活動があるのは知ってるけど、それを踏まえてもいつもより遅かったのはなんでだろう。歩みが鈍るほど打ちのめされたというのなら、今日はいつも以上に甘やかしてあげないと。


 そんなことを考えながらゆっくりと扉を開けば、美穂みほが私の心をくすぐるほど暗い表情で立っていた。俯き気味で顔にかかる前髪が表情を隠し、見えないからこその美しさを演出して非常に愛くるしい。

 その手には鞄を持ったまま。途中にある自宅には目もくれず私のところへ来てくれたのだろう。それほどまでに必要とされている実感が私の背筋を妖しく撫でる。


 このために私は生きている。もっと美穂に求められたい。必要とされたい。頼られたい。

 だから私は問い掛ける。答えが決まりきったいつもの質問を。


「美穂、もしかして今日も?」

「うん……ブレザー隠された」


 よく見れば美穂のブレザーには木屑や埃がちらほらとくっついている。灰色っぽいのは靴跡だろうか。

 実にいい。汚れた服をマイナスとせず、魅力を引き立てる材料にしてしまうのも美穂の天性というやつだろうか。


「そっか、つらかったね……ほら、おいで?」


 扉と鍵を閉め、私は両手を広げる。家には他に誰もいない。二人だけの空間。

 整えられた舞台。美穂が私の体に触れた瞬間から、私の世界は美穂以外の色をなくす。


佳奈美かなみ……」


 名前を呼ぶ声が鼓膜を震わせ、私を体の内側から熱くさせる。

 預けられた体は神秘の宝石箱。与えてくれるものは何一つこぼしたくない。傷つけたくないからそっと包み込んではいるけれど、本当は二度と離れないほどに絡め取りたい。

 抱き締めた体から色々なものが伝わってくる。小刻みな震えからは絶望を。浅い呼吸からは焦燥を。遠慮のない圧力からは安寧を。

 私はすべてを受け止める。四本指で背中を軽く叩くのは意思表示のサインだ。


「よしよし、頑張ったね……大丈夫だよ。私がいるからね」


 囁きながら頭を撫でてあげれば、美穂の緊張が抜けていくのがわかる。それと一緒に学校であった嫌なことも消えてしまえばいい。

 美穂も私のことだけを考えて、求めてくれればいい。


「ほら、部屋に行こう?」

「うん……」


 美穂と私は幼馴染。物心がついた頃からずっと二人で過ごしてきた。私の記憶は美穂に始まり美穂で続いている。

 漢字がわかるようになってからは「美がお揃いだね」なんて言い合って更に絆が深まったものだ。

 何をするにも一緒で、私の思い出の場面を並べれば、隣に美穂がいるものばかり。むしろ美穂がいなければ記憶のアルバムに収める価値がない。


 もちろん学校もずっと同じだったけど、高校になってから少し事情が変わった。

 学年単位の人数が増えたことでクラスも離れてしまうし、学校行事や勉強量も増えたせいで一緒の時間が減ってしまったのもあるけれど。


 でも一番の変化といえば。

 入学から程なくして美穂が嫌がらせを受けるようになった、ということだ。


 こういうのは大きな理由もなく突然始まるもので、美穂自身にも原因やきっかけはわからないだろう。

 直接的な危害が加えられることは今のところないけど、陰口や罵倒の方が目に見える傷がない分だけ受けるダメージは大きいもの。


 加害者側は多数。対する美穂はもちろん一人。人見知りなところがあるから私以外に頼れる友人もいないはず。


 だから、私が美穂を守る。心が弱った美穂の拠り所になって、励ますのが私の役目。

 美穂には私がいないといけないんだ。美穂は何も悪くないんだよ、と認めてあげる存在が必要なんだ。

 かつて美穂がそうしてくれたように。


 小さい頃の私たちは立場が逆で、私が美穂の陰に隠れてばかりだった。

 臆病で泣き虫だった私はなんでもないことですぐ泣いていた。そんな私を慰め、あやして、笑いかけてくれたのが他の誰でもなく美穂だった。

 頭を撫でられると安心できた。抱き締められると涙は止まった。肯定の言葉をかけられると夢中になった。


 そう、今でも私は美穂に夢中だ。

 きっかけになった出来事は一番の思い出として毎日のように脳内再生している。


 小学校に入るか入らないか、そんな年齢の頃だ。

 理由は忘れたけど、いつにも増して強情な泣きべそをかいたことがあった。美穂が抱擁をくれても首を振って嫌だ嫌だとわめく始末。

 美穂はそれでも諦めずに私をあやし続け、とても美しい誓いの言葉を与えてくれた。


「大丈夫だよ、佳奈美。何があっても私がずっと一緒にいてあげるから」


 実際はもっと舌足らずで年相応の声だったと思う。

 でも、何度も思い出しているうちに運命の言葉は美化されてリアルタイムに最高の状態へと更新されていくもの。内容は変わらないんだから何も問題はない。


 大事なのはその言葉に泣き止んだ私が必死に何度も頷いて受け入れたことと、美穂が今の私を形作る大黒柱を作り上げたということ。


 私は美穂とずっと一緒にいたい。美穂も同じ気持ちでいてくれている。

 時が過ぎて性格が変わっても、過去の記憶は不変。


 今度は私が美穂を守る番なんだ。一番欲しくて嬉しかった言葉と安心できる場所を、誰よりも近くにいる私が与えてあげるんだ。


 だから、私は裏で糸を引いた。


 あいつらに強制したわけじゃない。私は美穂の行動パターンや性格をぶらさげてみせただけ。

 分岐点の中からどの道を選んで何を手に取ったのかも、すべて決めたのはあいつら自身。勝手にやったこと。私が黒幕を名乗るのもおこがましい。


 それでも結果としては上出来だった。

 あいつらにとってちょうどいいターゲットになった美穂は終わらない嫌がらせを受けることになり、私に頼ってくるようになった。

 これで私が美穂の傷を癒してあげられる。返しきれない恩に少しでも報いることができる。美穂の特別に近付ける気がする。


 今、この瞬間もそんな特別。

 私の膝枕に身を委ねてくれている美穂。それを特別と呼ばずになんと名付けたらいいのか。


「大丈夫だよ、美穂。何があっても私がずっと一緒にいてあげるから……」


 こう言ってあげると美穂はいつも可愛く微笑んでくれる。膝枕で癒してあげているはずなのに、私まで安らいでしまう。

 ああ、やっぱり美穂はすごい。癒されながらも癒してくれる。私もそんな存在になりたい。美穂にもっと近付きたいよ。


 どうしよう、また新しいネタをあいつらに与えてみようか。美穂がもっと傷つけば、それだけ深く私を求めてくれるはずだもの。


 あいつらは憂さ晴らしができる。

 美穂は私に癒される。

 私は美穂に近付ける。


 誰も損してないこの構図。我ながら完璧で素晴らしい。見上げてくる美穂の潤んだ瞳も素晴らしい。私の世界は美穂というキラキラ輝く一等星で満たされている。


「佳奈美……」

「どうしたの?」

「手、握って」


 可愛らしいおねだりが私の心を優しく切り裂く。なんて愛らしいんだろう。手なんかいくらだって握ってあげるし、美穂のお願いならなんだって叶えてあげる。


 美穂、好きだよ……私から離れちゃ嫌だからね?


 だって最初にそう言ったのは美穂なんだよ?

 一緒にいようって宣言したんだから、約束は破っちゃいけないんだよ?


 私の気持ち、受け取ってくれるよね?











   *   *   *   *











 ――というようなことを佳奈美は考えているのだろう。

 付き合いが長いんだから、何を考えてるかなんて顔色と態度を照らし合わせれば簡単に透けてくる。


 大体バレバレなんだよね。佳奈美の中では華麗で隙のない裏工作をしてるつもりなんだろうけど、そんな完全犯罪の真似事を普通の女子高生ができるわけがない。

 そこが佳奈美の可愛いところでもあるからそのままでいいんだけど。


 きっと私がどれだけ佳奈美のことを見続けて考え続けて想い続けてきたかも知らないだろう。

 それだけじゃ足りないから、自分の性格までも佳奈美が望むように振舞ってきたことも。

 別に教えるつもりもないし私だけが知っていればいいから構わない。


 だって、私の気持ちを知ってたらこんなことしなかっただろうから。

 甘えてほしくて癒したいから嫌がらせをけしかける……ああ、なんて不器用で非道で愛らしいんだろう。

 佳奈美は昔からずっと弱いままだ。私がいないとダメな女の子なんだ。


「佳奈美……手、握って」


 ほら、こうやって私に甘えられるのがいいんでしょ?

 傷ついた私を慰めたいんでしょ?

 それくらい私のことが好きで好きでたまらないんでしょ?


 そうそう、これも佳奈美は気付いてないんだろうけど。

 あいつらがしてくる嫌がらせ、私本当は全然傷ついてなんかないんだよ。

 むしろその逆。すごく嬉しくて幸せでいっぱいになっちゃうの。何かされるたびに「ああ、また佳奈美が甘えさせてくれる」って考えちゃうから頬が緩んじゃうんだよね。


 だって当然じゃない。歪んで捻れて重苦しい佳奈美の愛情表現を全身で受け止められるんだから。

 傷ついたフリをするのは仮病を使うみたいで意外と大変なんだけど、佳奈美が甘やかしてくれると癒されて安心できるのは本当。

 そこでは演技も隠し事もせず本気でとろけちゃうからこそ佳奈美は何も知らずに自分は完璧だと思い込んでるんだろうなあ……ほんと、そういうところ大好き。


 こうやって必死に私を求めてくれるだけでも嬉しいんだけど……そろそろ、ちょっとだけ攻めてみようかな。

 たとえば抱きついた勢いで壁際まで追い詰めてみるとか。いい感じの場所だったら押し倒すのもいい。


 それくらい佳奈美を求めてるってアピールしながら「嫌なこと全部忘れさせてほしい」とか言ったら、一体どんな風に私を慰めてくれるのだろう。

 キスとかしてくれるかな。額とか頬に逃げないで唇にしてくれるかな。


 ……その先にも興味はあるのかな。

 私は佳奈美がしたいならいつでもいいんだよ。心の準備はあの時からずっとできてるんだから。


 ふふっ……ねえ、佳奈美。

 これからも佳奈美なりの不器用さで私を甘やかし続けてね。


 だって、ずっとそばにいるっていう私の告白……受け入れてくれたんだから。


 その約束は「ずっと」なんだから効果は一生だよ。

 絶対に離さないから。


 これからも、いっぱい私を「いじめて(愛して)」ね?

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― 新着の感想 ―
[一言] 最高すぎる! なんですかこれ。最高です(語彙力)
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