トラブルメーカーな兄が深夜突然連れてきたのは黒髪黒目の美少年。
「シェリーナ‼︎後は任せた‼︎」
「はぁ⁉︎」
深夜十二時を過ぎた時間に私は兄に叩き起こされて応接室に連れて来られた。その三分後広い伯爵家で貴族令嬢らしからぬ私の叫び声が響き渡ったのだった。
トラブルを起こしてはいつも私に尻拭いをさせる兄に毎回頭を抱えていた。今回も夜中、使用人にバレないようにと起こされた時に嫌な予感はしていたのだ。
ある時はお母様のお気に入りの花瓶を割ったのを私のせいして、ある時は六股を掛けていた事がバレて家に彼女達が押し掛けてきて、それをどうにかしろと怒り狂う彼女達の前に放り出された。今回兄が持って帰って来た厄介事は、厄介事…と言うよりも厄介人と言うべきか…。
目の前のソファに気持ちよさそうに眠る三歳くらいの黒髪の少年。黒は魔力持ちである証であり更に少年の容姿はすべすべ真っ白な肌に桃色の頬、さくらんぼ色の唇、閉じられた瞳を添う睫毛は長く天使のように愛らしかった。兄が置いて行った厄介人をまじまじと眺めていると、右の目の下にある泣き黒子に既視感を覚えた。
「この黒子…ランドール様とそっくり」
ランドール様は兄の友人でなぜあんなトラブルメーカーの兄と付き合っているのかわからない大人びた御方だ。更に黒い髪に黒い瞳の魔力持ちでイケメン。国内に三人しかいない宮廷魔法士の一人であり、ファンクラブまでできている。私の友人達もランドール様のファンクラブに入っていると言っていたっけ…。余談だが、兄にもそのファンクラブというものがあるらしく会員数はランドール様と国内一位二位を争う程だとか…ぐぬぬ…なんであんな兄にファンクラブが…解せぬ。
「…んん」
「あら…起きたのかしら?僕、大丈夫?」
眠そうに目を擦る少年の汗で張り付いた額の髪を整えてあげる。ぱちぱちと眠そうに瞬きをする少年の目はやはり黒色だった。
悪い大人であれば連れ去りたくなるほど整った少年の容姿を見て「もしかして誘拐⁉︎」と兄に対して叫びたくなるのを抑え込んで笑顔を向ける。
「お名前言えるかしら?私はジェリーナよ」
「な…まえ…しぇりー…?」
まだ寝ぼけているのかふわふわとした表情で私を見る少年の頬はぽってりと赤く染まっている。その時少年の服がぐしょりと濡れているのと、少しのアルコール臭がすることに気付いて目を見開いた。
「まさか、貴方お酒をかぶってしまっているの⁉︎」
それに気付いた私は慌てて水を少年に飲ませてから大量のタオルを持ってきて少年の体を拭いた。
「あの馬鹿兄‼︎こんな小さな子にお酒飲ませようとしたの⁉︎信じられない‼︎」
タオルでゴシゴシと体を拭かれている少年は水を飲んで少しマシになったのかジーッと私の顔を見つめていた。その顔はやはり少し赤い。
「…しゅりーな…?」
「そうよ、シュリーナよ。良かったお酒はそこまで飲んでいないようね。気分が悪かったら言ってね」
こくりと頷く少年を見て私はほっとすると、少年を抱えて応接室を出た。少年は思ったよりも軽く、私でも簡単に抱き上げることが出来た。
「えっ…しぇりーな…?」
「大丈夫よ。ここは広くて寒いから私の部屋に行きましょう。少し前に私が使ったお風呂が残っているはずだからそこで体を綺麗にしましょう」
「しぇりーなのへや?おふろ?」
「そうよ。本当はお酒を飲んだ後はお風呂に入らない方が良いのだけど、私が入ってから時間も経ってるしぬるま湯くらいにはなっているでしょう」
いまいち状況を理解していないのか少年は眠そうに目を擦りながら「ん?」と頭を傾げている。その可愛さに私は悶えながらも平然を装っていた。
部屋に着くと私は少年をソファに座らせるとぐっしょり濡れたローブを脱がせた。少年は私にされるがまま服を脱いでいく。最後のパンツに手をかけたところで少年がハッとして私の手を止めた。
「え、えっと…ちょっとまって」
「恥ずかしがらなくて良いわよ私孤児院で子供達のお風呂のお手伝い何度かした事あるし」
孤児院で入浴の手伝いをした時、毎日お風呂に入れない子供達のテンションは凄まじく、喜ぶ子もいれば水が嫌だと泣き叫ぶ子もいる。シスターと一緒に子供達の入浴を手伝った事があるがあれはおこちゃま戦争だ。脱走はするわ、泡が目に入って痛いと暴れるわ、水をバシャバシャ掛け合うわ…服を着たまま近づこう者なら3秒でびっしょりと濡らされる。
恥ずかしいのかもじもじとする少年に微笑むと、私は小さめのタオルを腰に巻いてあげてからパンツを脱がしてあげた。
集団でお風呂に入る事に慣れていない孤児院にきたばかりの子の中にはやはり恥ずかしがる子もいた。そういう子は無理に脱がさずにタオルを与えとけば良いのだ。
「大丈夫?あそこが浴室だから先に行っててね」
「あ、ありがとう…先…?…って‼︎シュリーナ⁉︎」
「ん?どうしたの?」
私は濡らされないように自分が着ていたパジャマを脱いで下着姿になった。私が脱いだ事に驚いたのか少年は真っ赤になってそっぽを向く。
「あら、顔が赤いわね。体が冷えて風邪でもひいたら大変だわ」
「そ、そういうことじゃなくて…ってわわっ‼︎」
私は顔を真っ赤にしてばたばたと暴れる少年を抱き上げてお風呂場に向かった。
「ち、ちがっ…うぅううう…」
真っ赤になった少年は紅葉のような小さな手で顔を覆っている。
しんどくなってきてしまったのかしら?いけないわ、早く体を綺麗にして寝かせてあげないと。
体と頭を洗ってあげている間も少年の顔は赤く、私は急いで少年の体についた泡をぬるま湯でしっかり流してあげた。
その時慌てて洗い流した事でお湯が跳ね返って私の体を濡らした。白色のお気に入りの下着がぴったりと肌に張り付く感じが気持ち悪いが少年の顔はどんどん赤くなっていたので気にしている場合ではなかった。
お風呂から上がり、体を拭いてあげてお酒で濡れたお風呂で一緒に洗って乾かしている途中の為、私のシンプルなシャツを着せてあげた。
孤児院の子供達に比べて少年は大人しかったが、やはり下着が濡れて肌に張り付いてしまっていたので私はそれを脱ぐために手をかけた。
「しゅりーな…」
「ん?どうしたの?」
顔を真っ赤にしたまま下を向く少年に着替えながら声をかける。
「さきにあやまっておくね…ごめん」
「え?どうしたの?具合悪くなってしまったかしら?」
私は新しい下着とパジャマに着替え終わると部屋にあるポットを温めてホットミルクを作ってから蜂蜜を垂らしたものを少年に差し出した。
体もさっぱりして落ち着いたのか少年の顔色も良く、赤みも引いている気がする。とりあえずこの子が誰なのかは明日兄を捕まえて問いただすとして今日は大人しく寝かしてあげましょう。
「私これ好きなの。お兄様には子供舌だって馬鹿にされるのだけどね」
「…じぇらーとと、なかよしなんだね」
ホットミルクをこくこくと飲む少年の目はとろんとしていてとても眠そうだ。ソファに座る少年の隣に腰掛けて綺麗な黒髪を撫でる。
「仲良くないわ。…でもまぁ嫌いでもないけどね」
まぁ、一応血の繋がった兄だしね。兄が血の繋がらない友人とかだったとしたら私はすぐに絶交してるだろうけど。
「じゃ…じゃあ…らんどーるのことは?」
少年は私を伺うようにチラリと潤んだ瞳を向けた。その可愛さに私は「ゔっ」と小さく悶えながらも咳払いをして平然を装った。
「ランドール様?…そうね、あのお兄様と付き合えるなんて心の広い人だと思うわ」
いや、本当に。私だったらそもそも近付かない。ランドール様ほど出来た人がなぜ兄なんかと仲良くしようと思ったのか不思議でしかない。
「…すき?」
小さな少年のさくらんぼ色の唇から発せられた言葉に思わずドキッとする。この子…将来は多くの人を魅了する美少年に成長するんでしょうね…。こんな子供の頃からここまで容姿が整っているなんて…。まぁ、兄も昔は天使のように可愛かった…今は全く思わないけど。
「えっ…えーっと…素敵な方だとは思うけど私なんて相手にされないわよ」
「そ、そんなことない!しぇりーなはとってもきれいだ!…その赤い髪も、えめらるど色の瞳もとってもきれいだ」
体を乗り出して私の容姿を褒めてくれる少年に驚いていると、少年は恥ずかしそうに下を向いた。
「ふふ、ありがとう。そんな事を言ってくれるのは貴方だけよ」
「そ、そんなことはないとおもうけど…」
「じゃあ貴方が私をもらってくれる?」
「えっ⁉︎いいの⁉︎」
「もちろんよ。でも、大きくなって結婚できる年齢になっても貴方の意思が変わらなければね」
「…っ‼︎わかった。約束だよ」
「えぇ、約束よ」
私は無邪気に瞳をキラキラと輝かせる少年に微笑んだ。こんな小さい頃の約束なんてすぐに忘れてしまうんでしょうけどね…。
私は少年を自分のベッドに寝かせると、眠そうに目を閉じた少年に「おやすみ。良い夢を」と言って少年の額にキスをした。自分もその横に潜り込んで少年の体温を感じながら眠りについた。
翌日、伯爵家に再び私の叫び声が響き渡ったのは察しの良い人であればおわかりだろう。
目が覚めた時、隣に居たのは少年ではなくとても美しい十八歳の青年だった。というか、ランドール様だった。
似てるなとは思ったけどまさか本人かよ‼︎申し訳なさそうな表情をするランドール様を見て昨日のあれやこれやを思い出した私は恥ずかしさのあまり、ランドール様の顔目掛けて枕を投げ付けたのだった。
その後、簡単に枕を受け止めたランドール様はニコニコ嬉しそうに笑いながら「約束は有効だよね?」と言ってシェリーナは顔の顔を真っ赤に染め上げた。
私は昼前に帰ってきた兄に事の次第の説明を求めると、昨夜、王城にある宮廷魔法士ランドール様の研究室に押し入った兄は仕事をするランドール様の隣でお酒を飲んでいた。しかし、どんなに進めても全くお酒を飲まないランドール様に兄が無理やり果実酒を飲ませた。ランドール様はお酒に弱かったらしく一杯で潰れてしまったらしいが、その後ランドール様の魔力が暴走して研究室を半壊させて魔力が一度に減った事によりランドール様は一時的に体が小さくなってしまっていたらしい…。
…って、やっぱり馬鹿兄‼︎お前のせいかよ‼︎
昨日ランドール様を置いたまま伯爵家を離れたのは半壊した研究室の掃除と修繕を行う為だったらしい…まぁ、それは自業自得だ。
そのチビランドール様との一夜以降、ランドールからの猛烈なアピールを受けてシェリーナはランドールと結婚した。二人の間にはあのチビランドールそっくりな黒髪緑目の男の子と赤髪に黒目の女の子が生まれて、度々遊びに来る冒険者となった兄の厄介事に巻き込まれながらも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
【登場人物】
シェリーナ
本人に自覚なしの国一番の美女。トラブルメーカーの兄に振り回されて育った苦労性。面倒見が良く、姉御肌。周りの好意に鈍感で自分にファンクラブがある事も知らない。(ファンクラブ会員数はランドール達の倍)
赤い髪にエメラルドの瞳と言った派手な容姿をシェリーナ自身はよく思っていない。他人にキツい印象を与えてしまうのではないかと気にしていつも笑顔でいる事を心掛けてる良い子ちゃん。本人が気にするほど周りは気にしていない。寧ろその美しい赤い髪とエメラルドの瞳に憧れる者が多い。
ジェラート
赤髪青眼のシェリーナの兄。トラブルメーカー。嫌な事は全て妹に押しつけて生きてきた。ランドールのシェリーナに対する好意に気付いていたのでシェリーナのように鈍感ではない。妹のシェリーナの事を大切には思っている。シェリーナ目的で近付いてきた男達を昔から追い払っていた。初めはランドールの事も追い払おうとしていたが、良い奴だったので追い払うのは保留にしていた。ランドールと仲良くなるうちに鈍感なシェリーナと天然なランドールに挟まれてもやもやしていた所にチビランドール事件が起きた。実は恋のキューピット?意外とシスコン。あと、酒豪。伯爵家当主として仕事をしながら冒険者となる。実は容量良く頭も良くて度胸あり。その後歳上の奥さんをもらって尻に敷かれる。
ランドール
黒髪黒目のジェラートの親友。クールで大人びているが、ちょっと抜けている天然。ジュースと間違えてお酒を飲んでしまう事もあった。トラブルメーカーなジェラートに近付いたのは一目惚れしたシェリーナが目的。初めはシェリーナ目的でジェラートに近付いたが、至る所でトラブルを起こすジェラートに巻き込まれながらもシェリーナ同様面倒見が良い性格から親友と呼べる間柄までになった。シェリーナに近づくためにジェラートに近付いた事を本人に打ち明けるがジェラートは初めから気付いていた。ランドールはそれに驚いたらしい。双子の妹と弟がいる。お酒が飲めないが、ジェラートに騙されたり嵌められたりしてお酒を飲んでしまって潰れることもしばしば…。酒屋の雰囲気は好き。