7.ここ僕ん家だから!
もう終わりだ。
俺の人生は終わりだ。
死ぬしかない。
有名な自殺場所という廃墟ビルの屋上で、俺はあの世へ一歩足を踏み出そうとした。
「あ〜っ!待って!お兄さん待って!」
背後から声がして、驚いて振り返る。
すると、茶髪のツインテールをした可愛い女の子がこちらへパタパタと駆けて来ていた。
「止めたって無駄だ!俺はもう…」
「駄目!そこで死なないで!ね?もっと良い死に方が…」
女の子は俺の腕を掴むと、しばらく黙り込む。そしてそのまま俺の腕を揉むと、今度は胴体を抱きしめてきた。
「え?あの、え!?ちょっと、何だよ?!」
背中に感じる女の子の胸が当たる感触と恥ずかしさに抗議しつつ固まっていると、彼女はひとしきり俺の体に触れた後。
俺の背中を蹴飛ばした。
「え」
無言で蹴り落とされ、情けない悲鳴を上げながら落ちて行く。
地面に思いっきりぶつかった俺は、結局死んだ。
「アユリちゃん!?聞いてるの!?」
僕は声を上げ、バンバンとソファを叩いた。アユリちゃんはそのソファに座りネイルをしながら、ため息をついて面倒くさそうに言う。
「だからちゃんと死体は片付けたじゃん。あいつ全然細くて食欲無くしたんだもん!まずそうで嫌だなってなったから捨てたの」
「まずねー人間はねー食べるものじゃないからねー!」
アユリちゃんは人間を食べるのが好きらしい。
物理的な意味でも性的な意味でも好きって言ってたけど、性的な意味は僕にはよく分かんない。
アユリちゃん曰く、僕は細くてまずそうだし友達だから食べないらしい。これって喜ぶとこ?
「あのさぁ、僕が家を自殺場所にされるの嫌だって知ってるでしょ!だから死にたい人に別の死に方を紹介してるのに!」
僕はデスクに腰掛けながら文句を続ける。アユリちゃんはネイルが終わったのか片付けをしながら、呆れたような顔をして僕を見た。
「だってセレス、あたしの家に住んで良いよって言っても嫌がるじゃん」
「だってだって!アユリちゃん毎日男の人連れて来るんだもん。別の部屋で寝ててもなんかしてるみたいだし」
アユリちゃん家は夜に安眠出来ない。
「もっと静かにパジャマパーティーしてよ〜」
「パジャマパーティー…ぷふっ!!」
アユリちゃんは何故か笑うと、ソファに横になりながら「そういえば」と切り出した。
「話変わるけど、最近死にたい死にたいって言うメンヘラ男と連絡取っててさ。そいつのトゥイッター見てたらこのセレスの家、死に場所見つけたとか言って呟いてたよ。今日あたしが蹴った奴じゃなくてね」
聞き捨てならない!
僕はアユリちゃんから彼の情報を聞き出し、カレンダーを見た。
「いつ来るか分かる?」
「分かんないよ、死にたいと思ってても死にたい時なんか突然来るもんじゃない?んじゃーセレスが良い日にあたしが追い詰めとくから」
「了解ー!助かる!」
僕はカレンダーに丸をつけ、アユリちゃんにここでお願い!と指差した。
「……セレス」
アユリちゃんはソファから起き上がり、スタスタこっちに歩いて来た。
「このカレンダー去年のだから!」
「あ、ほんとだぁ!」
アユリちゃんはスマホからネットでカレンダーを注文してくれた。助かるな〜ほんとに頼りになる!
「こないだわけわかんない理由でスマホも壊したらしいし。もっと物を大事にしてよ、あたしお金持ちだけど底なしじゃ無いんだからね〜」
「分かった!」
ふと、開けていた窓の外から放送が流れてくる。何となく耳を傾けた。
『昨日夕方頃から、中学生の女の子が行方不明になっています』
『体格は痩せ型、身長は──』
それを聞いていたアユリちゃんは、不満げに呟いた。
「のどかは痩せてはいたけど普通くらいだし。見る目なーい。痩せ型だったらあたしが食べるわけないじゃん」