1.いじめられっ子に協力するよ!
「おはよー。ねえ今日もカラオケ行こー!もちろんのどかの奢りでー!」
「いーね!ね、のどか、良いよね?」
恵那が私の肩を掴む。その力は必要以上な強さだった。
「いっ…でも、昨日も私の…」
「は?」
派手なネイルをした恵那の爪が、私の肩に食い込む。
「…何でもない、良いよ」
「マジー!?やっぱウチら仲良しだよね!はーマジでのどかみたいな友達いて嬉しい!」
これで私が全額負担してきた恵那、由梨乃とのカラオケは今週連続で三日目。
先週も学校帰りに毎日行かされ、しかも二人共大量に食べ物や飲み物を注文するから一般的なカラオケよりもはるかにお金がかかる。
前に断ろうとした事はある。でも、そうしたら恵那は私の顔写真をSNSで拡散すると脅してきた。
仕方なくお金を出し続けていると、やっぱりお小遣いは底をつく。中学生の私にはアルバイトも出来ない。
親にお小遣いを増やして貰えないかと頼んでみると、使い過ぎだと怒られてしまった。もちろん増額はなし、むしろ怒られたから減らされてしまった。
恵那と由梨乃にお小遣いを減らされた話をしても、脅しの内容に出会い系サイトに私の名前、写真で登録するというものが加えられただけ。
薄々感じ始めていた、これは…
…「いじめ」では、ないだろうか。
今日もカラオケが終わり、一人家に帰る。
もう限界だ。お母さんに正直に話して、お金を貰うしかない。
「…お母さん…あの、あのね…」
「何?」
「お小遣いの話なんだけど…」
「増やすのは駄目よ」
「…私、いじめられてるの」
お母さんは眉間にしわを寄せた。
「いじめ…?」
「うん…。私のお金でカラオケに行かないと、私の写真をネットに上げるとか…出会い系サイトに登録するって脅されて」
「馬鹿言うんじゃないわよ!」
突然声を荒げたお母さんに驚いて、思わず数歩後ずさりした。
「あんたそこまでしてお金が欲しいわけ?」
「違うよ!嘘じゃないよ!」
「はぁ…呆れた。私だって忙しいんだから、変な嘘つかないでよ」
信じてくれないの…!?
お母さんは確かに、厳しくて怒りっぽい性格ではあった。
でも何で、助けてくれるどころか信じてすらくれないの…!?
「本当だって!」
「本当ならそんな友達、さっさと縁を切れば良いじゃない。それくらい自分の力で解決しなさい」
お母さんはそう言い残すと、リビングから出て行ってしまった。ぽつんと一人残された私は、力が抜けてその場に座り込む。
「…自分の力で…解決…」
そうだよね、私だってもう中学生…もっとちゃんとしなくちゃ。
明日、恵那達にまた誘われたら…ちゃんと断ろう。
もしかしたら、私の写真の話とか…冗談かもしれないし。
制服から簡単な普段着に着替えて、ペットの犬の散歩の用意をする。
「ハナ、行くよ」
リードを持って近寄ると、ハナは嬉しそうにクルクルと走り回った。
薄暗い道をほとんどハナに引っ張られながら歩いて行く。
明日恵那達にしっかりと向き合わなきゃならない…。気が重い。
俯きながら歩いていると、ハナが突然立ち止まった。
「ハナ…っ!」
思わずハナにつまずきかけて、よろけてしまう。
そんな私を見たハナの目の前にいた人物は、声を上げて笑い出した。
「あははははは!!ドジー!」
「えっ…」
ハナが立ち止まり、見上げているその人物は…私と同い年か少し上くらいの、白い肌に白い髪をした不思議な雰囲気の男の子だった。
…男の子?…いや、女の子かもしれない。
中性的で美人なその子は、私を見て笑った後にハナの前にしゃがみ、ハナの頭を撫でた。
「可愛いねー。何て名前?」
声を掛けられてその子をじっと見つめていた事に気が付き、何だか恥ずかしくなってハナに視線を移す。
「…ハナ、です」
「ハナちゃんかー。なんかそんな名前のキャラ前にいたよね…にしても暗い顔してるなー君は。どしたの?」
ハナから手を離して立ち上がると、その子は腰に手を当てながら私の顔を覗き込んだ。
「…暗い?そうかな…?」
「うん。暗い。いじめられっ子みたいな表情してる」
ドキッとする。何なんだろうこの子は…。初対面なのに色々はっきり言うよなぁ…。
「どういう意味?あ、あなたには関係無いでしょ!」
「うん。関係ないけど…。あ、僕はセレス。君は?」
「の…のどか、だけど」
僕、って事は男の子なのかな。
「ねぇいじめられてるの本当だったりする?結構ヤバめ?死にたくない?」
驚いて、セレス君の顔を再びじっと見つめる。
彼はと言うと可愛らしい笑顔のままで、言ってる事と合わせて考えると…何だか、嫌がらせを受けているような気分になってきた。
「死にたいなんて…思わないよ」
「そっか。なら良かったね」
バイバイ、と手を振り小走りで立ち去ろうとするセレス君を、納得が行かない私は呼び止めた。
「ちょっと待ってよ!いきなり何なの…!?初めて会ったのに、失礼じゃない!?」
私が叫ぶとピタリ、と姿勢をそのままに止まった彼は、顔だけ振り返った。また楽しそうに笑っている。
「それだけ言えるなら大丈夫だよ。頑張れー」
それだけ言うと、セレス君は不思議なステップを踏みながら去って行った。
「…何だったんだろう…」
足元のハナを見ると、セレス君の去った方向をじっと見つめ、固まっていた。
「ハナ、ごめんね、行こう」
そういえば、セレス君に撫でられた時もハナは大人しかったな…。嫌がってる風でもなかったし。
乾いた言葉に聞こえるような、でも核心を突いてくる話し方をするセレス君。
最後に応援してくれたのを思い出して、少しホッとした。
「…頑張ろう。頑張るよ」
ハナを連れ、再び歩き出す。
この時、私はセレス君に会うのはこの一度きりだと思っていた。
あんな不思議な子とまた再会するなんて、考えもしなかった。